サクサク書けるインクを求めて

小説「メディコ・ペンナ~万年筆よろず相談~」の世界観を表現したオリジナルインクを、1/24(火)の神戸新聞朝刊で取り上げていただきました。(播磨地区は1/21)

神戸の万年筆店が舞台の小説ということ、出版元であるポプラ社の公認であることで、興味を持って下さったのだと思います。

さっそく新聞を見てご来店された方もおられて、掲載された効果はあると思いました。
地元の小さな店の活動を応援したいという新聞社の心意気を有難く感じました。

オリジナルインクを作るということは15年前の開店時から始めていましたが、最初の頃はなかなか売れませんでした。

オリジナルインクは当店のこだわりのインクの色を表現したもので、存在することに意義があると思って辛抱強く作り続けていましたが、そのうち文具店のオリジナルインクがポピュラーな存在になって、徐々に売れるようになりました。

15年間ずっと作り続けているインクですが、飽きのこない、使う人にとって安心して使える定番のインクになれるものだと思います。私も常にどれかを使っています。

インクについて考える時、私の場合は万年筆や紙との相性についても一緒に考えます。万年筆の理想の書き味を実現するためには、相性のいいインクが不可欠だからです。

万年筆の良い書き味、好みの書き味にも様々なものがあって、それはなかなか言葉では表現できません。でもあえて言うなら、私はサクサクと書けるということを理想としています。

サクサク書けるというのは、適度なインク出でペン先の筆致が感じられるような、少しだけ紙に切り込むような書き味です。

たくさんインクが出て滑らかなヌルヌルした書き味と、インク出が最小限に抑えられたカリカリの書き味を好まれる方はよくおられますが、サクサクはその中間に位置するものだと思っています。

サクサク書けるようにするには、ペン先の調整や紙質の他にインクの相性も重要で、その組み合わせをいつも探しています。

新しい万年筆にインクを入れる時、当店のオリジナルインクだと、朔、冬枯れ、虚空、メディコ・ペンナあたりであればどれもサクサク書けて間違いありません。

それでもインク出が多いと思ったら、ペリカンロイヤルブルー、ペリカンブルーブラックなどのインクに変えてインク出を抑えようとします。

滑らかさが足りないと思ったら、ローラーアンドクライナーを試すこともあります。

サクサク書けることとは違いますが、パイロットブルーブラック、ブルーのインクを使えば、大抵どんな万年筆でもインク出が多くなります。書き出しが出にくいとか、インク出を増やしたい場合などには有効で、ある意味最強のインクです。

欠点はある程度良い紙でないと滲むということと、ペリカン、モンブランなどドイツ系の元々インク出の多い万年筆に使うと、出過ぎてしまうというところです。

結局いろいろ試行錯誤する必要がありますが、自分の理想の組み合わせが見つかったら、それは宝物だと思います。

渋い万年筆の廃番 パイロットデラックス漆

渋いというモノの価値観は日本以外では通じにくい日本独自の感覚だということを「千利休無言の前衛」(赤瀬川原平著)で読みました。

「無言の前衛」は、私のモノの好みを決定付けてくれた本で、20年ほど前にこの本をたまたま見つけて読んだから今こうしていられる恩人のような本で、名著だと思っています。

この本によって茶道の美意識を知ってから、30代から40代半ばくらいまで茶道というものにハマりました。千利休に関する本を読み漁り、茶道も習いました。

茶道のお道具の中には煌びやかな西洋的な美しさを持ったものもありましたが、より格の高いものになると渋いとしか言いようがない、より高度な審美眼を要求するようなものになってきます。荒々しい素材感があって、作り込まれていないように見えるよう、最大限の注意を払って作り込まれたもの。

それはきれいとボロの間とも言えるものの在り方で、それらのものを渋いと言うのかもしれないと自分なりに思っています。そしてそれを万年筆やステーショナリーの中にも見出したい。

だけどなかなかそういうものはないし、そもそも万年筆にきれいとボロの間のものを求めること自体が難しいことなのかもしれません。少し前に外国のメーカーのさまざまなものできれいとボロの間のものが出始める流行のようなものがあって、定着したらいいなと思いました。

万年筆で言うとファーバーカステルクラシックマカサウッドがそれに当たるし、廃番になってしまいましたがS.Tデュポンディフィでもありました。

きれいとボロの間までいかなくても、素材感の感じられるものがその素質のあるものだと思っています。そして素材感を感じるには、自然の素材である必要があります。パイロットカスタム845、シルバーン、カスタムカエデ、ファーバーカステルクラシックなどが当てはまりますが、その中にパイロットデラックス漆も入っていました。

小振りで慎ましやかな細身の万年筆で、古風な形のペン先は柔らかく、濃淡のある文字を書くことができます。真鍮の軸なので重量もありますが、キャップの尻軸への入りが深いため中心に重量が集中してバランスがいい。

そしてその名の通り軸が漆塗りになっていることで、あまりにもスマートに塗られているので気付かれにくいかもしれません。こういう万年筆を渋い玄人好みの万年筆と言うのだと思いました。

そのデラックス漆が廃番になって、生産終了となっています。

慎ましいデザインとは裏腹に、凝った作りの部品点数が多い万年筆で、クリップもスプリングが仕込まれた可動式です。

漆塗りのキャップ、軸でもあり、もしかしたらコストが見合わなくなってしまったのかもしれません。

こういう存在の万年筆がなくなるのは寂しい。日本のモノ作りの頑なさを感じさせる万年筆だったと思います。

⇒パイロット デラックス漆

毎日を丁寧に暮らすためのダイアリー

毎年、十日えびすの前後の水曜日に西宮えびす神社に行って、笹を買って帰ります。

西宮えびすと言えば境内を走って一番福を競う福男レースで全国的に有名ですが、自分たちも一年に一度は必ず歩く場所がテレビで繰り返し映るのは楽しいものです。

昨年はコロナ禍ということで訪れる人も少なかったように思いましたが、今年は夜店も参道いっぱいに出ていて、賑やかでした。

宗教も持たず信心深くもないのですが、毎年の恒例行事なので、もし行かなくて店が上手くいかなくなったら後悔すると思って、ジンクスのつもりで毎年行っています。

以前は近くの柳原えびすに行っていましたが、兵庫駅前のコンビニで店員さんにからんでいる人を注意したら、こちらがからまれて大騒ぎになった。一緒にいた妻がもう二度と柳原えびすには行きたくないと言うので、少し遠いけれど西宮えびすに行っています。

こういうささやかな休みの日の記録も、時間メモリをつけて箇条書きでM6手帳に書いています。仕事の日のことは、方眼罫の正方形ノートに縦線をいれて半分に区切り、1ページ2日にして記録しています。

こういう記録をつけるのは、休みの日も仕事の日も後で見返すことが意外に多く役に立つからですが、その時間一瞬一瞬を大切にしたいという想いがあります。

当店にダイアリーを買いに来て下さったお客様が「毎日を大切にしたいから手帳をちゃんと書くようにしたい」と言われていて、私たちの想いを代弁する言葉だと思いました。

当店のオリジナルダイアリーには、マンスリーダイアリーとウィークリーダイアリーがあります。

マンスリーは予定が確認しやすく、特に仕事においてとても使いやすいので、私も昨年はシステム手帳と併用しながら使っていました。

しかしダイアリーの中に仕事の夢やアイデアも書いておきたいと思うようになって、今年はウィークリーを使い始めました。

ウィークリーダイアリーにはマンスリーダイアリーのページもありますので、予定とToDoとともにアイデアも書けるようになりました。

近年システム手帳が人気があって、バイブルサイズとM5サイズを中心としたシステム手帳ユーザーが増えているのを実感していました。

でも今シーズンは、綴じのダイアリーも盛り返しているように思います。

当店の正方形のオリジナルダイアリーも昨年より売れていて、1冊の綴じ手帳をキッチリと使うことで、1年の記録としたいと思う人が増えたからかもしれません。

そう思うと、私の仕事でもオリジナルダイアリーで十分使えるし、バラバラにならないので、むしろ記録するには綴じ手帳の方がいいかもしれないと思うようになりました。

それにシステム手帳でさまざまな分類を試してみたけれど、私の場合時間の経過という絶対的な条件でページが分かれていく方が、何年後かにも探しやすいことが分かってきました。

オリジナルダイアリーは質感のある上質な紙の表紙ですが、手帳にビニールカバーを掛けると1年きれいなままで使い続けることができますし、軽く、薄くて荷物がかさ張らなくていいかもしれません。

革カバーに入れて使うのも、より愛着を持って使うことができていいものです。

ベルトとペンホルダーがついたミネルヴァリスシオ革のオリジナルダイアリーカバーはエージングするということで人気があるし、カンダミサコさんが作ってくれているカバーはよりタイトな作りで、また違った魅力があります。

エージングしない丈夫で手触りのいいシュランケンカーフに内張りを施し、コバを作らず、シュランケンカーフのしなやかさを生かした作りで、柔らかな印象のものに仕上がっています。

その1冊を見れば2023年の自分の行動を確認することができて、日々を愛着を持って丁寧に生きるために、この一年を記録する正方形ダイアリー、試していただきたいと思います。

⇒オリジナル正方形ダイアリーTOP

ペン先調整と研ぎ

明けましておめでとうございます。

いきなりですが、正直に告白すると、去年はいろいろなことで苦しんだ年で、いろいろ考える所がありました。

いろいろ考えた結果、結局当店には万年筆しかない、当店がチョイスした万年筆を当店なりに味付けして示していく他に道はないとい開き直りに似た結論に至りました。

当店なりの万年筆の味付けというのはペン先調整です。

各メーカーさんが緻密に設計して、細心の注意を払って生産している万年筆をより書き味が良いように、気持ち良く書けるようにすることがペン先調整です。

中にはペン先調整をしなくてもとても書き味が良いものがありますが、たいていの場合ペン先調整でより滑らかに書けるようになります。そして、調整の必要があるかないかを見極めて、必要のないものには何もしないのもペン先調整の目と経験に基づく技術だと思っています。

万年筆の書きやすさは人によって違うと言われることもありますが、ペン先の硬い柔らかい、インク出が多い少ないなどの好みの違いはあっても、滑らかに書けるペン先が嫌いな人はいません。

そういう万人が好む状態を当店としては標準的な状態だとしています。

販売する万年筆もペン先調整で持ち込まれる万年筆もそれぞれの万年筆の最も良い状態を目指して調整していますが、その状態にするにはそれぞれの万年筆の最高の状態がどういうものか知っている必要があります。

調整士は様々な万年筆を見て、それぞれのとても良い状態の万年筆を書いたり、ペンポイントをルーペで見て、多くの万年筆の良い状態の書き味を知っています。

それを知っているからペン先調整を任されたペンをどういう状態にするべきかという到達点が分かる。

私も職業柄、良い状態の万年筆を書かせていただいたり、ルーペでペンポイントを見せていただく機会に恵まれました。おかげで多くの万年筆の良い状態を知ることができ、感覚的にも理解することができました。これが私の調整士としての財産で、このおかげで今まで生きてこれたのだと思っています。もちろん私に万年筆を任せてくださったお客様がいるからこそです。

仕事の経験は時代が変わるとなかなか生かすことができず、むしろ邪魔になることが多いかもしれませんが、ペン先調整は経験が技術になっていく。だから調整士は齢をとっても続けていける生涯の仕事だと言えます。

ペン先調整とペンポイントを特殊な形状に形作る研ぎとは区別して考えています。

ペン先調整ではメーカーさんの作っているペンポイントの形状を尊重していますが、極端に細く書きたいとか、横線が細く縦線は太いスタブ形状にしたいとか、キレの味ある美しい文字が書きたい、という要望があった時には、メーカー純正のペンポイントの形状では実現できないことがありますので、特殊な研ぎを施すことになります。

最近ご要望が多いのが三角研ぎです。

極太や太字などかなり太いペンポイントから研ぎ出す方がその特長が出しやすいですが、細めでもできないわけではありません。筆記角度40度くらいの少し寝かし気味で書いた時にヌルヌルと気持ち良く書けるように筆記面作り、ペンポイントの先端に行くほど細く研ぎ出します。

寝かせて書くと太く、立てて書くと細く書ける状態にします。

そうすると日本語のトメハネハライが美しく表現しやすいペンポイントになり、書くことが楽しいペン先になります。

手帳には細く書いて、他のものには太く書くというような太さの使分けもできます。

セーラーの中字以上のペンポイントは近い形状をしていますが、それをより極端にはっきりさせたものがこの三角研ぎです。

インク出は多めよりも少なめにした方が線にキレが出るようです。

金ペン先の万年筆ならどの万年筆にもこの三角研ぎをしていますので、興味のある方はお申し付け下さい。お持ち込みの万年筆への三角研ぎの場合は10000円(税込)で、当店でお買い上げの万年筆であれば、無料でさせていただきます。

三角研ぎなどの特殊な研ぎはその結果を視覚的に見せることができますが、良い書き味というのは、目に見せることのできない感覚的なものです。それは味に似ているのかも知れず、だから書き味というのかもしれません。

それが当店でできる万年筆の味付けだと思っています。本年もどうぞよろしくお願い申し上げます。