昭和のビジネスマンの定番 パイロットエリート

昭和のビジネスマンの定番 パイロットエリート
昭和のビジネスマンの定番 パイロットエリート

海外で生まれたもので、日本に入ってきて独自の発展を遂げたものは多くあると思います。

古くは香や茶など、それらはそれをたしなむ芸道になって工芸などを巻き込んで文化になっていきましたし、身近なところでは携帯電話がそれにあたります。
ガラパゴス携帯と揶揄されるように、各メーカー、各キャリア独自の規格で、独自の機能を盛り込んで高機能を追求したものですが、ソフトに共通性がなく、カスタマイズできないので壁に当たっています。

素晴らしく作り込む日本製品のあり方も電化製品では20世紀的であり、個を重んじる21世紀的ではないのかもしれません。
エボナイトの変色を抑えるために漆を塗るという発想から、漆で絵柄を施した蒔絵万年筆も日本で独自に進化し、確固たる地位を築きました。
キャップを閉じている時は短く、キャップを尻軸に差すと長く、筆記しやすい長さになるショートタイプの万年筆も日本で独自に発展した万年筆です。

それらはワイシャツのポケットに差しても底が当たらず、かさ張らず、ビジネスマンたちにとって、とても使いやすいものでした。
タバコの入ったシャツの胸ポケットにショートタイプの万年筆を差していたビジネスマンが多くいたいと想像しています。
このショートタイプの万年筆で、それよりも少し早く登場していた能率手帳に書き込むというのが、できるビジネスマンの定番のスタイルで、どちらも昭和を代表する、高度経済成長を支えたとても機能的な道具だと言えます。

国産各社から発売されていたショートタイプの万年筆で、最も代表的なものはパイロットエリートでした。
エリートが発売されたのが1968年で、今から45年前のことです。
私もエリートと同い年で、このパイロットエリートが復刻されたことに、心がざわめきます。
しっかりとした塗装のアルミのキャップもそのままですし、すべらかでありながらもしっかりとしたキャップの感触もそのまま。14金の大きくしなやかなペン先も健在です。

誰もが万年筆を持っていた時代だからこそ、何本も万年筆を持っている人は少なく、胸ポケットに差したエリートは、手帳書きから手紙など様々な用途に使われていたのではなかとイメージしています。
昨今の万年筆は私たちのような限られた人間には、あって当たり前の道具ですが、大多数の人にとっては特別な近寄り難い特別なものになっています。

でもエリートはそのあり方が違っていて、たくさんの人がそれだけを持っているような、万年筆が気負いのない道具だった時代の名品だと思っています。

⇒パイロット エリート95S

大人の真剣な遊び心

大人の真剣な遊び心
大人の真剣な遊び心

この万年筆は1本ずつ非常に丁寧に作られたものだと思いました。

クッキリとエッジの立った、磨き抜かれたボディ。金張りの3本のキャップリング。トップのホイールに天然石オニキスが奢られたクリップ。
この万年筆のオリジナルは1936年、創業者のアルマンド・シモーネがオマスの陣頭指揮を執っていた時に作られたもので、私は8年ほど前に復刻されたオマスエクストラトランスルーセントを見たのですが、忘れられない万年筆としてずっと頭の片隅に残っていました。
夏になると透明のボディのデモンストレーターが各社から発売されますが、これほどのものを見ることはあまりありません。

このトランスルーセントは、「遊び心のある万年筆を最高の素材を使って作り上げ、実用品を超えた万年筆を作るメーカー」として、その後の私のオマスの印象を決定付けたと言っても過言ではありません。

その後日本代理店の不在により市場から姿を消したオマスの復活を待ち望んでいました。
この万年筆を見て思い付いた印象をキーワードにすると、「作り込む」ということでした。
透明で柄入りの万年筆のボディはもっと価格を抑えることができるアクリルボディでも作ることができます。
でもそれをオマスはしないだろうことは予想がついていて、この辺りにオマスの価値があるように思っています。
今回復刻されたエクストラルーセンスに、当店が選んだペン先は14金のエキストラフレックスニブで、これは往年のオマスに付けられていた非常に柔らかいペン先で、筆圧に気を付けないと引っ掛かりが出てしまいます。
しかしそのボディ同様に書くことを楽しめるものになっていて、遊び心を存分に刺激してくれる万年筆に合ったものになっています。

遊び心を感じさせてくれる万年筆をもう1本。
ビスコンティオペラマスタークリスタルをご紹介いたします。

もちろん明言はされていませんが、この万年筆はシェーファーのトライアンフ型のペン先のついた万年筆へのリスペクトが感じられます。
シェーファーのトライアンフ型ニブは現在作られていませんが、マニアックな仕様が多かったシェーファー独特の仕様のひとつでした。
独特の形のペン先ですが、とても書き味の良いもので、成功していた仕様のひとつでした。

筒状で、地金はネジを切ってボディに装着する構造になっているほど厚く、表面の刻印が薄く裏側に写るものが多い現代のペン先とは、真逆のものです。
素材の厚さは、万年筆においては良い結果をもたらすことが多く、トライアンフ型ペン先の書き味も良いフィーリングのものでした。

オペラマスタークリスタルのペン先は、素材こそ最近のビスコンティが取り組んでいる新素材のうちのひとつクローム18というものが使われていますが、とても厚く、ネジが切られている構造は同じで、書き味もシェーファーのものに近いと思いました。
ペンポイントは少し上に反ったような形状をしていて、これによりペン先を開きやすくし、弾力のある書き味に仕上げています。

このペンポイントの恩恵は変化のある美しい日本字を書く役にも立っています。

ペン先に装着して、ストローのようにして吸入させることができる、シュノーケルデバイスはインクが少なくなったボトルインクも楽々と吸入させることができるものです。
引き上げておいた尻軸を軸に戻すように押し込むことで、大量のインクを一気に吸い上げる劇的な「ダブルタンクパワーフィラー吸入」とともにインク吸入の儀式を厳かなイベントにしてくれる演出をしてくれます。

これをいかに格好良く所作するのかも、大人の遊び心なのかもしれません。

*画像の万年筆はオマスの「エクストラルーセンスリミテッドエディション」です。


インクの話

インクの話
インクの話

子供の頃から天邪鬼で、親の言うこと、特に母親の言うことの反対のことばかりしていました。
母が焦れば焦るほど私は勉強の嫌いな子供になっていきました。
そんな子供だったのに、万年筆ではいつも両親が使っていたものを思い出しますし、インクの色は二人が使っていたインク、父のパイロットブルーブラック、母のモンブランブルーブラックがいまだに万年筆のインクの色のイメージになっていて、真似するつもりはないのに、私がいつも使ってしまうインクの色はいつもブルーブラックになっています。

季節によってインクの色を変えたいとか、用途によってインクを変えたいと思うけれど、私の使い分けはいつも使う紙に対して、同じブルーブラックでインクの性質を使い分けるオイルのような使い方になってしまうのです。

私がインクの色の冒険をしないのは、絵心のなさも影響しているのではないかと思っています。
いろんな色で書きたいという欲求があまりありません。
でも様々な色のインクで書かれているノートを見るときれいだと思いますし、自分もそんな風にノートを彩りたいと思います。
もしかしたらすぐに戻ってしまうかもしれないけれど、ブルーブラック以外のカラーインクを使うようにしたいと思いました。

私のようなカラーインクとの付き合い方に、エルバンは容量が少なくてちょうどいいと思っています。
エルバンが良いと思う理由はもちろん量だけでなく、その色とストーリーのある名前のセンスがいいと思っています。
当店でもオリジナルインクを発売していますが、ストーリーとかセンスを大切にしたいと思っています。

そう言いながら、いつもブルーブラックのインクを入れて万年筆を買っていただいた方に硬い手紙を書いているペリカンの万年筆に「ビルマの琥珀」を入れてみました。
とても柔らかい発色で書いたばかりの時、少しビチャビチャした印象を受けるけれど、乾くとしっかりと発色してくれる不思議な質感。
ビチャビチャした感じは、万年筆の詰まりにくさに貢献しているように思い、どの万年筆に入れても安心して使うことができるインクという、エルバンの定評を裏付けています。

エルバンは1670年から続いているメーカーで、創業343年という、ファーバーカステルの252年を超える文具業界では老舗中の老舗で、340周年の時1670という名前のメモリアルインクを発売して大好評を博しましたが、その1670インクを復刻発売しています。
オーシャンとカーマインの2色がメモリアルインクとして発売されていました。
オーシャンはエルバンには珍しく強めの色合のブルー。カーマインはオレンジ色に近い赤色で、もちろんどちらの色も従来のトラディショナルインクにはない色になっています。

ペリカンのスタンダードインク4001はエルバンのインクと並んで定評のあるインクで、万年筆売場のほとんどが試し書き用にペリカンのロイヤルブルーを採用しているところがそれを裏付けています。
ペリカンロイヤルブルーは、しっかりと水洗いすると万年筆に残りにくいですが、万年筆に吸入させて使うと、乾きの早さが際立っていて、とても使いやすいインクです。

ペリカンのインクのボトルをゴージャスにして、よりインク出をスムーズにしたものが、エーデルシュタインインクです。
エーデルシュタインインクは、毎年限定インクを発売していて、インク・オブ・ザ・イヤー2013はアンバーです。私が色インクとして選んだエルバン「ビルマの琥珀」と同じ系統の色ですが、温かみがある色で間違いなく人気が出る色だと思っています。

なるべく色インクを楽しむようにしたいと思っていて、皆様のお手元に色インクで書かれた私からの手紙が届く日がいずれ来るかもしれません。

ペン先調整雑感

ペン先調整雑感
ペン先調整雑感

ペン先調整はどういう時にしたらいいのですか?とよく聞かれます。

包丁のように刃が鈍くなって切れ味が悪くなったら研ぐというものではなく、書きにくいと思われたらその時にペン先調整に出されることをお勧めしますが、書きやすいと思っているものを調整に出す必要は全くないと思います。

でもそれでは、自分はどこまでを求めたらいいのかという何か哲学的な話になりますので、そんな時は一度拝見させていただいて、調整する余地があれば調整し、正常な状態で、調整の必要がなければ調整せずにお返しするようにしています。

万年筆をより書きやすくするペン先調整は、こんな風にしたら完璧という正解があるわけではありません。
ペン先の状態には、正常という野球で言うとストライクゾーンのようなものはありますが、その万年筆を使われる人によって好みがあって、ストライクゾーンの中でどのようにすれば気に入っていただけるかを模索する作業もまた、ペン先調整です。

特にインクの出方の調整はどのようなインクを使うか、どんな紙に書くか、筆圧は強い方か弱い方かなどを考慮して調整することによって、よりお好みに合ったもの、理想の万年筆に近付けることができると思います。
そういう理由で、当店で万年筆調整を依頼される場合は、インクは入れたままで、いつも使われる紙をお持ちいただくと万全です。

私はペン先調整をするのがすごく好きで、書けなかったり、書きにくかったりした万年筆が自分の手によってその役割を全うすることができるようになった時、本当に嬉しくなります。
それはペン先調整を始めてから今まで、ずっと変わりません。
でもやればやるほど難しさが見えてきて、ペン先調整をするようになったばかりの頃の方が、何も考えずに簡単だと思っていたようなところがあります。

ペン先調整はペンポイントをルーペで見ると誰の調整かサインがしてあると思えるくらいに個性が表れるもので、おそらく調整師によって美学のようなものがあるのだと思います。
私にも理想の形のようなものがあって、全てのペン先をその理想の形になるようにしたいと思っているところがあります。
でも例えば店を始めたばかりの6年前よりも今の方が断然経験値は上がっているので、当時の自分の仕事を見ると、きっとまた違うものが見えるように思います。

そして、万年筆のペン先調整をペン先の研ぎと考えてしまうのは、私はあまり賛同できないところがあります。
ペンポイントを削らなくても書きやすくなるペン先はたくさんあるし、削れば削るほど、ペンポイントの寿命は短くなっていきますので、削る量をなるべく少なくするのが、良いペン先調整だと思っています。
それでも書き味の良い万年筆に出会った時、その研ぎがどのようになっているのか気になって、ルーペですぐに見たいと思います。
昔の万年筆、特にドイツのものは、丁寧に研がれているものが多く、そんな仕事を参考に、今の万年筆に反映できないかを、いつも考えています。

ペン先調整をする万年筆販売店として営業しているので、完璧な状態のペン先をお客様にお渡しする気持ちでいますが、日を追うごとに自分の中での完璧な状態は変化していて、まだまだ行き着いたという感じはありません。
おそらくこれからもずっと追究し続けるのだと思っています。