ほどよいジュエリー感の万年筆

ラマシオンのシルバーの時計を愛用しています。

時計に凝る方ではないのでこれ1本しか持っておらず、毎日同じ時計をしています。

でもケースのシルバーの質感、文字版のデザインなど好きなところばかりで気に入っているので、買って数年経つけれどいまだに時間を見るのが嬉しい。こういう愛用品を着けていると毎日が楽しくなります。

アクセサリーを着ける習慣のない自分にとって、ラマシオンの時計は唯一のジュエリーと言える存在です。

そう考えると、万年筆もそういう存在のものなのかもしれません。特にスターリングシルバー(純銀)の万年筆はジュエリーと言っても過言ではありません。

万年筆の世界においての金属の格付けとして、最上位は間違いなく金無垢ですが、その次はスターリングシルバー、次にチタン、銅、真鍮、ステンレス、アルミと続きます。これは私の感覚ですが、大きく間違ってはいないと思っています。

実用として使うこともできるけれど、ジュエリーのように貴金属でできているもの。ファーバーカステルクラシックスターリングシルバーの、細身でクラシカルな完成されたデザインは誰もが認めるところで、この万年筆を使いこなしたいと思っている人は多いと思います。

スターリングシルバーを証明する刻印がパーツパーツ全てに押されていて、これも所有欲を満たしてくれます。

細身ですが重さがあるので、尻軸にキャップを付けると後ろバランスになって、あまり長時間書き込む万年筆ではないかもしれませんが、手帳を書いたり、サイン用として使ったり、私に言わせると一番華やかな用途でのみ使う万年筆です。

シャープペンシル・ボールペンも万年筆と統一感のある美しいデザインで、揃えて持ちたくなる、数少ないモデルでもあります。

廃番になってしまったので、シャープペンシルとボールペンしか残っていませんが、クレオスクリベントの「リネアアルト」もスターリングシルバーを贅沢に使ったペンです。

保管されていた自社の資料の中から見出した、1940年代のデザインを復刻したもので、近未来的なところが今では逆にレトロに感じるデザインです。

軸に少しふくらみを持たせていて、握りやすく実用的にも良いペンだと思います。

ドイツの2つのスターリングシルバーのペン。シルバーでできたジュエリー感のあるものですが、こういうものは身につけると嬉しいような元気がもらえるような気がします。それがジュエリーがもたらす効果なのかもしれません。

ジュエリー感とは違うけれど、シルバー独特の手にピタリと添うような感触、少しずつ黒く変色して凄みが出てくることにもシルバーの価値があって、万年筆をはじめとする筆記具に向いた素材であると思います。

私がこの年代の代弁者というわけではないけれど、書くことを大切に思っているおじさんには、実用的なシルバーの万年筆がちょうどいいジュエリーと言えるのかも知れません。こういうものを使う、あるいは持っているだけでも、日常が楽しくなるのは間違いないと思います。

⇒Faber-Castell クラシックコレクション スターリングシルバー 万年筆

⇒Faber-Castell クラシックコレクション スターリングシルバー 0.7mmペンシル

⇒クレオスクリベント リネアアルト ボールペン

⇒クレオスクリベント リネアアルト 0.7mmペンシル

いつか手に入れたい万年筆

WBCの準決勝が気になって、店ではスマホの文字中継から目が離せませんでした。画像を見られなかったので、決勝戦のあった翌日の定休日は、もちろんテレビにかじりついていました。

どちらかと言うと、まだコロナ禍から抜けきれていない元気のない日本でしたが、WBCの優勝で日本中が勇気づけられて、大きな力をもらったのではないかと思います。

侍ジャパンの選手たちはとてつもなく大きなことを成し遂げた。それはきっと彼ら一人一人が血のにじむような努力を重ねてきて、その力を世界レベルにまで高めてきたから決勝でアメリカに勝つことができたのだろう。

私たちは自分の仕事において、彼らのような大きなことを成し遂げることはないかもしれませんが、頑張ろうと思わせてくれる彼らの活躍でした。

私たちの仕事は今だけ良ければいいわけではなく、長い間立ち続けて、最期まで立っていることを目指すようなものなので、スポーツの世界とはまた違った結果の出し方をするのだろうと思います。

そんな盾やトロフィーのない戦いの中で、密かに手に入れて、自分の記念碑的なものになる万年筆を当店では揃えておきたい。万年筆にはそんな存在でもあると思っています。

いつか手に入れたいと思える万年筆は、目標に思い続けることができる定番万年筆である必要があって、そんなふうに思える定番万年筆はそれほど多くないのではないかと思っています。

そんな特別な定番万年筆のひとつが「アウロラ88クラシック(ゴールドキャップ)」です。

最近では少なくなった、金キャップに黒軸の万年筆。力強い大人の威厳を感じさせてくれるシンプルな万年筆です。

個人的に、黒×金の万年筆が良いと思えるのは40歳を過ぎてからだ、と思っているので、この万年筆の魅力はもしかしたら若い人には伝わらないかもしれません。でもある一定の年齢を超えた人には、どうしようもなく惹かれる万年筆だと思います。

88クラシックには近年、スターリングシルバーキャップがラインナップに復活しています。コーティングされていない銀のキャップは、使ううちに落ち着いた光沢になって、黒ずんできて凄みが出てきます。純銀を証明する刻印が天冠とバレルに打たれていて、ある意味ゴールドキャップよりもよりジュエリー感があって、記念碑的な要素は強いかもしれません。

ゴールドとシルバーのメタルキャップの圧倒的な存在感に目が奪われますが、この万年筆を持ってみると、自然なカーブが手に馴染み、非常に握りやすい持ち心地の良い万年筆であることが分かります。

重そうなキャップですが、尻軸にはめて書くとバランスが良く、決して後ろに引っ張られるようなことはありません。

ゴールドキャップもシルバーキャップも限定品とは違う14金のペン先です。アウロラの18金ペン先は初めから柔らかく良い書き味であることが多いですが、14金ははじめ硬めで、使い込むうちに柔らかい書き味になってくると言われています。

硬めと言われるペン先ですが、ペン先調整で気持ちいい書き味に仕立てて、使い込んでいただくのに相応しいものにしてお渡ししています。

目標にして、何かの記念に手に入れるペンだからこそ最高の書き味にしたい。そのために、もっと腕を磨いて、相棒の調整機も常に良い状態にしておきたいと思っています。

当店は、いつか手に入れたいと思う特別な万年筆を手に入れるのに相応しい場所でありたいと思っています。

⇒AURORA 88(オタントット)シルバーキャップ

多様化する万年筆〜プラチナシェイプオブハート・イヴォワール〜

万年筆はそれぞれ書き味に特長があって、私はその違いを味わいながら使う楽しみを伝えたいと思っています。

デザインに個性のあるものを見るのも楽しく、それも万年筆のひとつの楽しみだと思いますが、書き味の違いを感じることは大人の楽しみだと思っています。

万年筆の良い書き味、というと柔らかいペン先をイメージしますが、硬いペン先には硬い故の良い書き味があります。

硬い書き味なら金ペンでなくてもいいのではないかと思われるかもしれませんが、そうではありません。

大切に仕舞っておいても勿体無いと思って最近常用している古いシェーファーのライフタイムなどは、分厚い金の地金の硬いペン先の万年筆です。

でも少し手ごたえのある滑らかな書き味があって、安心感を持って書くことができます。その書き味は1930年代、40年代隆盛した極端に柔らかかったイギリス製の万年筆に、パーカーデュオフォールドとともに対抗したものだと思っています。

現代の硬いペン先の万年筆というと、プラチナが挙げられます。

筆圧の強い人は安心して力を入れて書くことができますし、手帳に細かい文字を書く人は、硬いペン先だからこそ筆圧に影響されない安定した濃さの揃った文字を書くことができます。それはパイロットやセーラーにはないプラチナの特長で、事務的に文字を書く道具として、とても使いやすいものだと思います。

万年筆を道具として使っている人は、ペンケースにプラチナセンチュリーを1本入れておいてもいいのではないでしょうか。きっとこういう万年筆もあってよかったと、硬めのペン先の書きやすさを実感してもらえると思います。

しばらく動きのなかったプラチナから、2000本の限定万年筆が発売されました。

シェイプオブハート第二弾「イヴォワール」です。

天冠部が透明のドーム型になっていて、その中にジルコニアとハート形の金片が2枚入っている、きらびやかでゴージャスな仕様になっています。

ハート形の金片はペン先のハート穴を抜いたものです。

ペン先の切り割り根元の穴をハート穴と言いますが、ハート穴と言いながら実際にハート形になっているメーカーは少なく、今ではモンテグラッパの高級品とプラチナくらいではないかと思います。

天冠のドームがこの万年筆のアクセントですが、首軸は艶ありのホワイト、ボディはマットな質感のホワイトになっていて、高級感のある仕上がりになっています。

日本の万年筆は書き味の違いを追究した渋好みのものが多かったけれど、特長ある書き味を大切にしながらもデザインに特長を持たせたシェイプオブハートのようなものも出てくるようになって、より多様な万年筆のあり方を示すようになってきました。

それは今まで万年筆を使ったことがない方が、万年筆に興味を持って使うようになってくれるようになったからだと思います。一過性のブームではなく、趣味のもののあり方として定着して、文化になってくれるものだと思っています。

⇒プラチナ#3776 センチュリー 特別限定モデル「シェイプ・オブ・ハート イヴォワール」

雲と夜 存在感のあるペンケース

店というのは、特に個人商店は店主の器の大きさが店の規模を決めるのかもしれません。

当店が創業当初から変わらないのは、自分の器量が店によく表れていると思っています。慎重で、好みや価値観に固執する頑固な自分の姿そのものが店に反映されている。でも自分が望んでいる店の形なので、規模を大きくしなければ、とは思わないけれど。

良いものは常に探していて、これはと思うものを扱いたい。長くお付き合いができると思える作り手さんのモノを扱いたいと思っていますので、どうしても慎重になります。

でもそんな出会いは運命的にやってくるのではないだろうか。バゲラさんと再会した時も、自分から動くことなく、両店のタイミングが合って起こったことだと思います。

バゲラさんのペンケースを初めて見せていただいた時に、自分はずっとこういうものを探していたのだと思いました。そしてこういうものが似合う人間になりたいと思いました。

自分で言うのも何ですが、万年筆店の店主というある程度の個性の強さが許される立場でありながら、特に際立った個性があるわけでもない普通の人間です。

アクの強さというか、存在感というものが自分にも備わってほしいと思っていますが、平凡な家庭に育って、平凡に生きてきたためか、引っ込み思案で主張し過ぎることを潔しとしない性格になってしまった。

このペンケースには、憧れていた個性の強さがあると思っています。

素材には最高級のものを使っているけれど、素材の良さとか、機能性を超えた存在感があります。

パティーヌ加工された秘蔵のアンティークゴート革や、小さなパーツにもとっておきの絶妙な腑が出たクロコを使ったり、見所がたくさんあります。

全て手縫いで、「駒合わせ」という難易度の高い技法でさりげなく縫われているところもあれば、革製品ではあまり見られないシングルステッチを部分的に色を変えて施して、デザインの一部にしていたりする。

工夫した点や見どころを聞きながら、革職人の高田奈央子さんは革製品を作っているというよりも、モザイクアートのようにこのペンケースを作っているのではないかと思いました。

このペンケースに自分ならどんなペンを入れるだろう。

サイズ的にはモンブラン149がピッタリです。149は、頑丈で書き味が安定していて、重量感やバランスもいい、とても良い万年筆です。だけど、もっと個性的でアクの強いペンでも面白い。高蒔絵が施された派手な万年筆でもいいし、金無垢の万年筆でさえ存在感ごと包み込んでしまうだろう。

でも今の自分はきっと、生真面目な印象の万年筆149を入れて大切に持ち運ぶのだと思います。

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標準を教えてくれたペリカンM800

昔から地図が好きで、出掛けた先々の駅や観光案内所でその町の地図をもらってきては、大切にファイルしてコレクションしています。

考えてみると地図はずっと好きで、社会科の地図帳は授業中だけでなく、家に帰ってからもずっと見ていました。

地図を見ているといつも何か発見があるし、地図を見ながらその場所がどんなところか想像するのが楽しかった。でも大人になって実際にその場所を見て、想像通りの場所だったことは一度もなかったけれど。

先日、神戸市立博物館に行ってきました。

目的は特別展をしているインド絵画ではなく、市立博物館所蔵で現在公開している神戸の古地図を見るためでした。

市立博物館にはかなりの数の古地図のコレクションがあり、そのうちの4000点ほどは南波松太郎氏が1983年に寄贈したものでした。

南波松太郎氏は戦前、船舶の設計などをしていて、戦後いくつかの大学で教授をした人でした。古地図は趣味で集めていたと思われますが、自身の死後のことを考え、そのコレクションを市立博物館に寄贈したのだと想像しています。

亡くなったのが1995年なので、断捨離をずいぶん前にしたことになります。

神戸の古地図はその膨大なコレクションのほんの一部ですが、見ることができてよかった。

最近父から聞いた話によると、南波松太郎氏は祖父の従兄にあたり、面識もない限りなく他人のような人ですが、赤の他人というほどでもない。集めているものの歴史的な価値など次元は違うけれど、地図を集めていたということで親近感を持ちました。

地図を集めるようになるずっと前、学生の時はブルースのレコードを集めていました。30代はじめの頃に万年筆で生きて行きたいと静かに決心した時に全て売ってペリカンM800を買いました。

万年筆の定番中の定番、全ての万年筆のお手本と言われている万年筆を知ることは、自分にとってとても大切なことだと思いました。

それに、ペリカンは当時の万年筆にありがちなパリッとしたところが感じられず文房具的な道具に見えて、当時の自分の好みに合いました。

人生の新たな局面を迎えたと思った時、コレクションはリセットの対象になるのかもしれません。

はじめM800は自分には大きく感じられ、キャップを尻軸につけて書くと後ろに引っ張られるような気がして、しばらくキャップをつけずに書いていました。しかし数年使って、気が付くとキャップをつけた方がバランスが良く感じられるようになりました。

万年筆を使い始めたばかりの頃、万年筆のバランスに戸惑って、いろいろ持ち方を試行錯誤していました。でも慣れると、どんな持ち方でもバランスの良さは感じられるということが分かりました。

今では最も自然に書くことができる扱いやすい万年筆だと思っています。

20数年前のあの時、M800を買っておいて良かった。万年筆について語る時、よく分かっているM800を基準に語ることができました。お手本を知ったことはその後の自分の仕事においてどんなに助けになったか分かりません。

万年筆で生きていくことを自分に誓った時に、初めて自分で買う万年筆をM800とした見る目に間違いはなかったと今では思っています。

⇒ペリカン M800 緑縞

⇒ペリカン M800 黒軸

⇒ペリカン M805 ブラックストライプ