~スローなペンシル~ヤード・オ・レット ディプロマットペンシル

ペンシルも使いだすと万年筆にはない良さがあって、いいものだということはわざわざ言うまでもありません。

私は万年筆を原稿の下書きにも使っているけれど、万年筆はどちらかというと清書のための筆記具で、ペンシルは下書きのための筆記具だと思います。

消しゴムで消すことができるということもあるけれど、私の場合は考え込んで筆が止まっても乾かないということと、書いた文字が万年筆ほど強く残らないので、気楽に書くことができるし、たくさんの人が周りにいる状況、電車の中や喫茶店の中でも気後れすることなくノートに書くことができる。そう思って最近では万年筆と使い分けてペンシルも使っています。

台湾のレンノンツールバーの水色という非常に淡い色のインクを下書き用に使ってから、ペンシルに自然に移行したのは、やはり乾かないことが重要だったのかもしれません。

下書きという、どちらかと言うと私にとっては苦しい作業ですが、ペンシルも良いものだと気付かせてくれました。

文具店で勤務していた時から12年も経っていて、特に国産のシャープペンシルのすさまじい進化に気付いていませんでした。

芯が折れない機構というのは結構通常のスペックになっていて、自動的に芯が出てくる、芯が尖ったままであり続けるといった機能のものが発売されていました。

シャープペンシルと言えば低価格帯だったのも、今では数千円の価格のものが売れていたり、取り巻く環境は変わっていました。

ヤード・オ・レットはそういった流れの頂点に君臨できるペンシルですが、日本製の流行しているペンシルとは、真逆の存在なのかもしれません。

クラシカルなデザインのペンが多いヤード・オ・レットですが、このディプロマットは六角形で、シャープでモダンなデザインになっています。

スターリングシルバーの重厚なボディと、1.18mmという太芯を12本収納することができる繰り出し式の内部機構は、職人仕事で作られています。 

プラスチックの部品がひとつも見当たらないのも、ヤード・オ・レットの徹底しているところで、現代の筆記としては稀有な存在です。

メカの面白みがこのペンシルの最大の特長ですが、太芯を好きな長さだけ出して書くことができるのは繰り出し式ならではで、そのブレのない筆記感はヤード・オ・レットならではのものです。

ヤード・オ・レットは1934年、レオポルド・フレデリック・ブレンナーによって設立されました。この年にブレンナーは今のヤード・オ・レットの特長であり、名前の由来になっている3インチの芯を12本収納して、1ヤード分の芯を保持することができるペンシルの特許を取っています。

特許取得と並行して、1822年から繰り出し式のペンシルを製造していたサンプション・モーダン社のパテントも取得し、早くから現在のヤード・オ・レットの形を完成させています。

多くのペンが流行によってその姿を変えて、今に至っていることを考えると、全く変わらずに今も存在し続けているヤード・オ・レットのペンシルは貴重な存在だと言えます。

頭の中で出来上がったものを一気に紙に書きだすような時は万年筆の方がそのスピードについてきてくれるけれど、考えながら書き進める時は、ペンシルがその思考の遅さに付き合ってくれるようで合っている。

ヤード・オ・レットディプロマットはそんな使い方にぴったりな、スローなペンシルだと思います。

当店のペン先調整の説明

ホームページのデザインをリニューアルして、ペン先調整の表現を少し変更しました。

今まではインターネットで万年筆をお買い上げいただく時に、調整方法を「標準調整」「おまかせ調整」「オーダー調整」の中からお選びいただいていましたが、それを無くしました。

何を選択しなくても、全ての万年筆を当店の理想的な形に仕上げてお送りいたします。

よりご自身の書き方やお好みに合ったペン先調整をご希望される場合は、コメント欄にご要望をご記入下さい。ご要望に沿って調整致します。

万年筆は工業製品なのに、そのペン先は1本1本違い、同じものはほぼありません。

私はそういうところが好きで、自分の仕事のやりがいを感じています。

たくさんのペン先の中から書きやすいものを選ぶこともできますし、書き方を見ることができれば、その人に合うものを選ぶことができます。

自分の理想でない形のものは手を入れて、なるべく自分の理想とする形にして、皆様にお届けするようにしたいと思って、今回の変更となりました。

私の理想とするペンポイントの形はルーペで見た時に美しいと思える形です。

その形は様々で、球形のものにも四角いものにも美しいと思えるものがあります。ひとつに決まっているわけではありませんが、自分が手を入れて調整したからには、後から自分が見た時に美しいと思えるものにしたいという想いが強くなってきました。

ペンポイントは美しい形で、切り割りは適度に寄っていて、食い違っておらずペン芯にしっかりと密着していること。左右非対称なものや、筆記面を削り過ぎたもの、開き過ぎたものは美しくないと思っています。

ペン先調整の理想を言い過ぎると頑固なようで、お客様方が遠慮してしまう恐れがあるかもしれません。

でも私にこういう風にしてほしいという要望をお伝えいただきましたら、ご要望と自分の理想の折り合いをつけたものにしたいと思っています。

ペンポイントが美しいかどうかなんて、殆どの人が気付かないことなのかもしれませんが、ペンポイントは美しいものであった方がいい。

それは書き味の良さにもつながり、それが当店の万年筆の特長だと思っていただけるようにしたいと思います。

ペン先の力

趣味の文具箱最新号vol.52で、パイロットポスティングペン先を取り上げました。

ポスティングというのは極細のペン先をお辞儀させて、ペン先を硬く開きにくくすることで、文字の太さが筆圧の影響を受けにくくして、安定して細い文字を書けるようにしたペン先です。

システム手帳リフィル筆文葉・そら文葉のデザイナーかなじともこさんにお願いして、ポスティングペン先の万年筆で書いているところを撮影して、そのページで写真も載せていますが、この時にポスティング万年筆の小さな文字を書く力を改めて知りました。

写真を見ていただければ分かりますが、3ミリ方眼に漢字やかな1文字を入れて書いています。これを書ききったかなじともこさんがすごいのはもちろんですが、それに応えることができる万年筆の細く書く力を感じました。

ポスティングのペン先は、パイロットカスタム742、743、カスタムヘリテイジ912などのレギュラーサイズの万年筆についていて、手帳のペンホルダーに差して使えるタイプの万年筆ではないけれど、この細く書く性能は究極の手帳用の万年筆だと言っていい。

他にもペン先にこだわった万年筆として、セーラーの長刀研ぎペン先というものもあります。(*長刀研ぎ万年筆は実店舗限定商品で、WEBショップに載せることができませんが、店頭に在庫しています)

ペンポイントを長刀形状に先端を鋭く研ぎ上げて、立てて書くと細く、寝かせて書くと太く書けるようにしてあります。書き方によって、筆文字のような鋭いハネ、ハライを書くことを目指したペン先です。

このペン先は多少の慣れが必要ですが、使いこなすこと、書くことをより楽しくしてくれる、セーラーの伝説の職人長原宣義さんが現代に甦らせた、ペン先の研ぎです。

ポスティングも長刀研ぎも、世界の万年筆とは違った日本独特の万年筆のあり方を示したもので、こういう世界観の万年筆を大切にしていきたいと思っています。

私もペン先の研ぎの美しさにはこだわっていますし、こういうことを追究することも生涯の仕事だと思っている。

ほとんどの人が気付かないかもしれないけれど、ルーペで見た時の姿は滑らかで美しい姿であってほしい。美しいペンポイントを持つ万年筆は、きっと適度なインク出で、書き味が滑らかだと思っています。

国産万年筆の書き味

万年筆というものはそれぞれの国柄が表れていて面白いものだと思っています。イタリアのメーカーはイタリアらしい万年筆を作るし、ドイツのメーカーの万年筆はドイツらしいものに感じます。日本の万年筆も同様です。

そして、その国が発展期にある時、経済とか情勢と無関係に思われる万年筆も比例して活気があることはさらに面白いことだと思います。

1920、30年代のアメリカ、1950年代のドイツ、1960年代の日本、そして今の台湾というように、国に勢いがある時ちゃんと万年筆も黄金時代を迎えている。

そのように考えると日本の万年筆はピークを過ぎているということになるけれど、より成熟した存在になっているという言い方、捉え方ができます。

そして、それこそが日本の万年筆の生きる道であるけれど、私たちはそれを海外のお客様方に伝えられずいるような気がします。

日本の万年筆は、海外の万年筆のようにデザインに分かりやすい個性があるわけではないけれど、書き味に違いがあって、それはデザインの違いよりもより、深い万年筆の楽しみ方だと思っています。

私も分かりやすいデザインの違いよりも、微妙な書き味の違いを感じたり、自分が好きな書き味を味わいながら筆を滑らせている方が楽しい。

今この手元にパイロットカスタム74とセーラープロフィット21という実用本位の万年筆があります。どちらも私にとっては非常に書きやすい。

同じ書きやすいでもそれぞれ違いがあって、パイロットカスタム74はどんな筆記角度で書いても同じように滑らかに書ける。大きなペン先のカスタム743ほどではないけれど、書き味も非常に柔らかい。

セーラープロフィット21は、カスタム74に比べて芯のある書き味。快感はカスタム74の方が上だけど、もしかしたらプロフィットの方がきれいな文字が書けるのかもしれません。

書き味を味で例えると、甘口のカスタム74、少し辛味のあるプロフィット21といったところかもしれません。

日本の万年筆メーカー3社、パイロット、セーラー、プラチナの書き味にはそれぞれ個性があり、その書き味こそがそれぞれのメーカーからのメッセージがあって、世界的に見ても日本のメーカーのそれぞれの書き味には個性があり、大いに存在価値があると思っています。

メーカーを横断して、それぞれを比較したり、特徴を挙げたりすることができるのは複数のメーカーを扱っている専門店だけなので、専門店は日本の万年筆の繊細な書き味の違い、味わい方を伝える責任があります。

そして、調整士の仕事は、各メーカーの個性的なこの書き味を引き出すことなのだと思います。

日本の万年筆の分かりやすいデザインの部分、例えば蒔絵や漆塗りのペンだけが海外の人に伝わって、評価されているという現状を変えないと、日本の万年筆は正しく評価されているとは言えないのかもしれませんが、書き味の微妙な違いを伝えることはなかなかに難しいことなのかもしれません。

調整士がペン先調整によって理想の書き味を追うことができるのは、いくつもの理想の書き味を知っているからです。

それを私は微妙な書き味を持った日本の万年筆で覚えました。

誰に聞いても、海外でペン先調整を仕事にしている人は、ほとんどいないと言います。

同じ字幅なのに硬いものと柔らかいものがあったり、中字と細字の間に中細がある国に生まれたから、より完璧な書き味を求めるようになった。

日本の万年筆の書き味の違いを伝えるとともに、ペン先調整で万年筆が書き味を引き出すことができるということを伝えていかなければならないと思っています。