アウロラの書き味の奥深さ

先週末の神戸ペンショーの時は、午後1時から店舗も営業しました。

ペンショーは10時の開場から1、2時間が一番忙しいので、今年はお昼頃までは会場にに立って、午後からは店舗に戻って営業していました。

店舗がペンショー会場から歩いて10分ほどの場所にありますので、ペンショー終わりで当店を訪れて下さるお客様も多く、地元開催の恩恵を受けています。まだ賑わいの余韻のある会場を後にして店に向かう時は、少し寂しい気持ちになりました。

ペンショー会場の「北野工房のまち」はトアロード沿いにあって、かなり山手になるけれどNHKの神戸放送局もほど近い、神戸の街らしい場所だと思います。

そういう場所に比べると、当店のある元町駅山側はこの辺りならではの風情はあるけれど、静かで落ち着いていて華やかさはありません。だけどこの雰囲気が気に入っています。

万年筆やステーショナリーを華やかなものにしたいという想いと、暮らしに溶け込んだ日常のものにしたいという思いがあります。相反する考えですが、そういう万年筆のあり方に合った当店の立地ではないかと思っています。

日常の中にある、自然体で使うものである万年筆を特別良い書き味を持ったものにするというのが、当店の使命です。書き味という、数値や言葉でなかなか表すことができない、つかみどころのないものを追い求めています。

例えばパイロット、セーラー、プラチナ国産万年筆メーカーの書き味の違いについて、味わって論じ合えたら楽しいと思います。

アウロラは、自分の経験や技術を総動員してその書き味を作ってみると、奥深い書き味を持っていると思います。

インク出が多くなくていい。ヌラヌラは少しでいい。硬い柔らかいという基準だけでない、書き味の良さはどこから来るのか、ペン先の硬さとボディの重量のバランスも大いにあるのかもしれませんが、エボナイトのペン芯を使用しているということも書き味の良さに貢献しているのかもしれません。そこがモンブラン、ペリカンとの一番分かりやすい違いだからです。

エボナイトは、型を使用して大量生産するプラスチックと違い、1つずつ削り出して加工しなくてはいけないので、手間がかかり大量生産には向かない素材です。限定品でも何千本とか一万数千本作る大きなメーカーではエボナイトのペン芯は採用できないのかもしれません。

しかしエボナイトのペン芯は、ペン先調整時のペン先との合わせが調整をする際にやりやすく、ペンポイントをいい感じで閉じることができます。ペンポイントが閉じていたら、滑らかないい書き味に仕上げることができるし、ペン先とペン芯がピッタリと合っていればインク出も良い。こうなったら、書き味が悪いわけはない。あとは18金なら柔らかめのしなりを感じながらも、しっかりとした腰のある書き味になりますし、14金なら滑らかさを感じる硬めの書き味のコントロールしやすいペン先になります。

また、インクが馴染んで時間が経つごとに、ペン先に馴染んでくれるのもエボナイトのペン芯の特長で、長く使うほど書き味が良くなっていきます。

アウロラの自然の偉大なる作用をテーマにしたアンビエンテシリーズは、限定品ではありますが、アウロラの特長が最大限に発揮された、見ていても書いても楽しめる最高の万年筆のひとつだと思います。

今発売中のツンドラは、個人的にそのテーマが好みで気になる万年筆ですが、永久凍土を表現した薄いブルーとブラウンのアウロロイドはアウロラの書き味同様、味わい深い仕上がりになっています。

ジャングルをイメージしているジュングラは、アウロラとしては珍しいコントラストの強めの色で、力強さのようなものを感じさせてくれる。

限定品のため、なくなってしまうとそ後から手に入れることが難しくなってしまうのが惜しいところですが、シリーズの中でご自分にとって理想的な色が発売された時には、ぜひ手に入れて欲しい万年筆です。

⇒限定品 アンビエンテ・ツンドラ

⇒限定品 アンビエンテ・ジュングラ

万年筆で字を書く楽しみ

11月20日・21日開催の神戸ペンショーに参加します。私は昼頃まで会場にいますが、それから徒歩10分の店に戻り、店を開けます。*店舗の営業は両日とも13時からになりますので、お気をつけ下さい。

神戸ペンショーで販売するものは

・蓮見恭子先生の新作小説「メディコ・ペンナ」

・ル・ボナーデブペンケース サドルプルアップレザー・プエブロ

・aun ガラスペン

・新作オリジナルインク虚空、稜線(金ラメ・銀ラメ)

・智文堂システム手帳リフィル(デザイナーかなじともこさんも参加されます)

・佐野酒店 手帳用項目スタンプ・マッチ箱スタンプ

・カンダミサコシステム手帳(バイブル・M5サイズ)と手帳用ペンホルダー(バイブル・M6・M5)*M6サイズは新商品です。

・オリジナル正方形ダイアリー、ノート

・限定製作シャーク革オリジナルペンレスト兼用万年筆ケース

などです。

ペンショーという場所で販売したいもの、当店として話題性のあるもの、新しいものを選んでいます。

毎日静かな店でひっそりと仕事していると、ペンショーというのは賑やかで、晴れやかな場所に思えます。来場されるお客様はもちろん、私たち店の人間にとっても非日常の特別な場所と時間。

そんな特別な時間とはかけ離れた、静かな日常にも愛着を持っています。

毎日の暮らしのサイクルの中でのささやかな楽しみは、本を読むことと字を書くことです。一日の終わりや休みの日にそんな時間を過ごすことができたら、充実した気持ちになれます。

私のような人は多くいると思うけれど、本はテレビを観るのと同じ娯楽だと思っているし、字を書くのも同じように楽しい。

趣味と娯楽のある静かな生活を送ることができたら、きっと私は何の不満もなく生きていけるのだと思います。

文字を書く楽しみの中に、1文字ずつその形を気にしながら書くというものがあって、何かのために書くわけではなく生産性のないものですが、これがとても楽しい。

万年筆を使う人には美しい文字に憧れを持っている人が多いと思いますが、私も実は中国の楷書の達人のような文字に憧れがあります。

誰もが感心してくれるような文字を書くことができないけれど、手紙においては書く文字によって、相手への尊敬と謙虚な気持ちを表現できたらと思い、一画一画を楷書で丁寧に書くようにしていて、きっとこれが今の自分らしい文字なのだと思っています。

でもやはり、トメハネハライをきちんと使った端正な文字への憧れは常にあるので、年末年始の休みに写経をして字の練習をしたいと思っています。

写経は筆でするものだけど、万年筆でしてみるのも面白いと思います。トメハネハライがきれいに書けて、始筆と終筆の線が鋭くきれいな万年筆としてはセーラーの長刀研ぎ万年筆が代表的な存在です。

長刀研ぎ万年筆で鋭い線が書けるのは、そのペン先の研ぎの形状によるところですが、セーラーの万年筆はたいていトメハネハライをきれいに表現しやすいようなペン先の研ぎになっています。もしかしたらセーラーの万年筆作りにおける思想なのかもしれません。

当店では、金ペン先限定になりますが、お客様のご希望でペン先を三角研ぎに仕上げることもあります。

Mくらいのペン先だと、多くのメーカーでは書き味は良いけれど、サインペンで書いたような変化のない線になってしまいます。

そういう万年筆を立てると細く、寝かせると太く書ける三角研ぎにすると、筆致が出て線に変化が出せる万年筆になります。

特にペン習字をされている方には好評な研ぎで、長刀研ぎより線が細いのもポイントのようです。

三角研ぎも長刀研ぎ万年筆も、文字の形を気にしながら一画一画気をつけて書く万年筆での書道に向いた、書くことを楽しむことにつながるペン先の仕上げです。

年賀状のシーズンでもありますし、年末年始の万年筆のある静かな時間を楽しく過ごすためにもこういう研ぎの万年筆で字を練習するのもいいと思います。

⇒セーラー 長刀研ぎ万年筆

万年筆業界に必要だったこと 小説「メディコ・ペンナ〜万年筆よろず相談〜」

神戸の万年筆店を舞台にした小説について蓮見恭子先生からお話を伺った時、何も読んでいないのに万年筆の業界にとって素晴らしいことが起ころうとしているような気がしました。

今の万年筆の業界にとって最も必要なことはこういうことではないかと思いました。

万年筆はただの書くための道具ではなく、使う人それぞれが自分の万年筆にロマンを感じながら持つものだと思っているので、小説の存在によって、万年筆が持つロマンに気付く人が増えるはずだと思いました。

自分の愛用の万年筆をこの小説の中で見つけられる人もいると思うし、人によっては小説に出てくる万年筆を手に入れたいと思うでしょう。

私もこの小説に出てくるどの万年筆も欲しいと思ってしまったし、テクニカルアドバイザーとして関わらせていただいた記念に何か形に残したいと思っています。

蓮見先生からこの小説のテクニカルアドバイザーにとご依頼があった時、誇らしく思う気持ちと、責任の重大さに恐ろしくもなりましたが、迷うことなく受けさせていただきました。

小説家の先生が書いたパソコン打ち出しの下書きや、ゲラ刷りの状態の原稿を読ませていただいたのは初めてだったし、今回の仕事を通して作家という自分の筆一本で生きている人のすごさを感じました。蓮見先生は普通の主婦が作家になったとご自身で言われるけれど、やはり普通の人ではないと思いました。

私は万年筆という使う人がそのものに思い入れを持って使う唯一無二の存在のものを、ペン先調整を施してさらに特別なものにする自分の仕事が好きで、いつまでもやっていたいと思っているけれど、この小説によって今まで以上に自分の仕事に誇りを持つことができました。

私はその時々に行きたいと思う方へ向かった結果、今の仕事をしています。だから偉そうなことを言える立場ではないけれど、この本を読んだたくさんの若い人が万年筆の調整士というものに興味を持って、なりたいと思ってくれることを望んでいます。この小説はそんな役割も果たすのではないか、この仕事が夢のあるものだと思ってもらえるのではないかとも思っています。

若い調整士が増えたら競合が増えて大変だけど、それも万年筆の業界のさらなる活性化につながるだろう。

今回ご紹介した小説「メディコ・ペンナ〜万年筆よろず相談〜」が出来上がった意義は大きく、さまざまな効果があると思っています。

⇒小説「メディコ・ペンナ〜万年筆よろず相談〜」

書籍「Pelikan Limited and Special Editions 1993-2020」

私が文具店に就職したのが1992年で、モンブランヘミングウェイが発売された年でした。

それから万年筆の業界は限定品ブームに入っていき、イタリア万年筆の隆盛、1999年のミレニアム企画の盛り上がりなどがあって、いい時代でした。

私もその間は20代~50代で、その齢でそんな時代に居合わせることができたことはとても恵まれたことだったと思います。

古いカタログでその時発売されていたペンを見ると、その時々の記憶が蘇ったり、その時代の雰囲気を思い出したりして、懐かしい気持ちになります。

ペリカンもこの27年間は、特別なものだと思ったのかもしれません。

その黄金時代に発売した限定品、特別生産品を記録した本が発売されました。

27年間でこれだけ多くの限定品を発売していたのだと改めて驚きました。当時、ペリカンの限定品は他のメーカーのものに比べると控えめというか、大人しいものが多い印象でした。でもそこにはペリカンの型を崩さないという安心感があり、揃えたい気持ちにさせるのかもしれません。

ペリカンの限定品発売のペースは今も衰えていなくて、これからも様々な限定品が発売されるのだと思います。

この仕事を始めた頃、数多くのペンに囲まれていたにも関わらず、それらを手に入れたいという欲求はあまり湧きませんでした。

万年筆の仕事は楽しかったけれど、万年筆はあくまで仕事で扱っているものという認識で、自分が買うものではなくお客様に買っていただくものだと思っていました。当時私はペリカンM800とアウロラオプティマの2本を持っていて、それで充分だと思い込んでいたのです。

きっと生活に余裕がなくて、次々といろんなペンを買うことができなかったから、欲しいという気持ちにフタをしていたのかもしれません。

2000年には様々なすごいペンが発売されましたが、ペリカンの限定品1931ホワイトゴールドには心が激しく動かされました。

でも入荷数がとても少なかったし、買えるお金が工面できるあてもありませんでした。諦めるしかなかったけれど、ずっと忘れられませんでした。

それから8年後、この店を始めてしばらくたった頃に、仕入先から回って来た閉店した万年筆売場の在庫リストに1931ホワイトゴールドを見つけた時は、運命だと思いました。

1931ホワイトゴールドが店に来て、一週間ほど悩みました。

店をする人間の鉄則として、自分が一番欲しいと思うモノから売るということを信じているので、これを買ってはいけないのではないかと思いました。

お客様の何人かに声を掛けましたが、皆さん遠慮したのか買う人はいなかったので、結局私が買えることになりました。

今までの自分の人生の中の後悔にひとつだけリベンジできた気がしましたが、このペンを手に入れたことによって、私にとってペンは仕事で扱うだけのものではなく、ロマンを見いだせるものになっていました。

この本を見ていると、若い頃感じようとしなかったロマンを感じて、買っておけばよかったと思うものがいくつも出てくるかもしれないと思います。

過去の限定品を見て、私と同じ時代に生きた万年筆好きな人は、私と同じように、若い頃の気持ちや時代の雰囲気を懐かしく思い出すのだろうと思います。

⇒書籍「Pelikan Limited and Special Editions 1993-2020」