ペン先調整考

ペン先調整考
ペン先調整考

万年筆のペン先調整は、単純に書きにくい万年筆を書き易くすることが目的ですが、書きやすいということは書き手によって様々で、インクの量の調整、筆記角度に合わせる調整などにより、書き手がより書きやすいと感じられようにすること全てが調整の範疇になります。

ペン先調整において、目は非常に大切で、目で行うものであるとも言えます。
テクニック自体はそれほど複雑なことをしているわけではありませんので、手先の器用さよりも、目の訓練ができているかが、ペン先調整ができるかどうかの分かれ道になります。
目の訓練とは、書きやすいと思った万年筆のペン先をルーペで見て、書きにくいと思った万年筆のペン先の同様にルーペで見て、その理由についてそれぞれ考える。
それをどれくらい繰り返すかが、訓練だと思います。

そして、その訓練を繰り返すうちにどのようにしたら書き易くなるかが分かってきます。
私もたまたま万年筆を扱い出した時から、ルーペでペン先を見るということをしてきましたので、気がついたら「どの形のペン先が書きやすいのか」を理解できるようになっていました。
あとはコツややり方を各社のペンドクターに教わったり、横で見て覚えたりしていました。

いくら教えてくれる人がいても、ルーペの中に見えるものが理解できないと調整をすることはできません。
ペン先調整が手先の器用さとは違うということは、頭で考えて閃くことからも裏づけられると思います。
私の場合、上手くいかない調整があった時、そこから少し離れて手を休めてタバコの1本でも吸いながら、じっとそれについて考えることによって、上手くいく方法が見つかったり、やってみようと思える方法が見つかることがよくあります。
そういうことを含め、ペン先調整が手先のものではなく(少なくとも私には)どこか違う部分が行っているものに思えます。

書き手の書き方に合わせる場合のペン先調整で最も大切なのは、その書き手の書き方をどれくらい理解しているかということではないかと思っています。
その人の書く時の角度やペン先の向き、筆圧や書くスピード、そして好みなど、その人のことをその性格も含めていかに理解しているかどうかで、書き手の満足感は違ってくるのではないでしょうか。

そのように考えると万年筆のペン先調整は、手先や理屈で行うものではなく、心で行うものだという結論に達してしまいますが、私は本気でそう思っています。

店で行うペン先調整は、書きにくい万年筆を書き易くすることが目的であり、その万年筆の性格を変えるものではありません。
それにそうして良い結果が得られたことは私の経験からは皆無ですので、テクニックよりも見極めるということが最も大切なことだと思います。

もし万年筆売場で働いている人がいて、ペン先調整をしてお客様に書きやすい万年筆を使っていただきたいという気持ちを持っておられる方がいたら、調整の技術よりも毎日入荷してくる万年筆のペン先を15倍から20倍くらいのルーペで見て、それを書いてみて感じて、見極める技術から訓練して欲しいと思います。

工房 楔(せつ)

工房 楔(せつ)
工房 楔(せつ)

工房楔の木工家、永田さんが製作しているパトリオットペンのブライヤー軸をずっと使っています。

それは少しずつ色が変化して、最初乾いたような茶色だった軸が光沢のある黄色っぽい色に変わってきています。
永田さんのペンの良いところは、使っていくとボディの天然木がそのように変化してくれて、強い愛着を感じることができるところだと思いますし、本当の良木、そしてその良木を理解している木工家の仕上げによって生み出されるものだけにその愛着は生まれるのかもしれません。

永田さんとは最初ル・ボナーの松本さんの紹介(松本さんもある方から紹介されたそうです)で知り合いましたが、私には木についての知識が全くなく、大量生産で絶対壊れないように作られた木製品しか今まで知りませんでした。
しかし、そういうものには人を惹きつけてやまない魅力があまり感じられず、それは木の良さを生かしきれていないからなのだと、永田さんと出会って知りました。

三宮のバー、バランザックのカウンターで永田さんが木について熱く語るのを何度も聞きました。
その言葉は職人のこだわり以外の何物でもありませんでした。
パトリオットペンはコロンとした太軸で自然な持ち心地の使いやすいバランスのボールペンで、見た目のバランスも魅力があります。
こういった木工家の中では非常に多作な方である永田さんの作品の中で最も木の種類が多く、たくさんのお客様に使っていただいている代表作がこのパトリオットペンですが、木の素材やグレードによって、値段が変わり、とても複雑な価格構成になっています。
ですが、それがかえって木工の世界での木の貴賎を私たちに価格という分かりやすい形で教えてくれていて、そういったことを見比べるのも面白いと思います。

永田さんが分度器ドットコムの谷本さんからのリクエストで作ったペンシルエクステンダーも、こだわりが強い人が多い鉛筆愛用者の心をつかんだようで、人気のあるもののひとつです。
最近ではさらに谷本さんの意見を取り入れ、グリップ部も木製にしたものも作っています。
先日、楔の永田さんの月1回の来神があり、1ヶ月の間に作りためた作品を持ってきてくれました。

永田さんが作り貯めたペンを土曜日の夜の営業中に当店で公開する時が1ヶ月に1度ありますが、たくさんのペンを一度に見ることができて、永田さんのおすすめを聞きながら特に希少なものなどを手に入れることができたお客様もおられて、それはとても幸運なことだと思います。

毎回何か新しい素材に挑戦していて、今回もたくさんのペンを持ってきてくれました。
今はかなり多くの種類を当店でストックできていると思います。
工房楔永田篤史の木の世界を楽しんでください。

工房 楔(せつ)商品gid=2125747″ target=”_blank”>工房 楔(せつ)商品

ファーバーカステル新作イントゥイションに見るトレンド

ファーバーカステル新作イントゥイションに見るトレンド
ファーバーカステル新作イントゥイションに見るトレンド

ファーバーカステル伯爵コレクションから新しく発売されたイントゥイションは、今のトレンドを表す興味深いペンだと思っています。

これまで伯爵コレクションは、最高級の素材を用い、万年筆としての実用性よりも、デザインと高級感、そしてファーバーカステルが作り上げた伯爵コレクションらしさを追求したものを作ってきました。
私たちはファーバーカステルの伯爵コレクションに、バランスとかフィーリングなどからかけ離れた、イメージを追及したデスクトップアクセサリーとしての万年筆を感じ、それに憧れていました。
その価格が万年筆としての適正な価格よりも遥かに高い値段であっても、イメージなどの付加価値が見合っていれば、それも値段相応だとしてお金を払ってきました。

しかし、昨年のリーマンショック後、私たち庶民の価値観は激しく変化していったように思います。

それは各メーカーのブランディングによる高付加価値に左右されない、本質を見抜いた選択とでも言うのでしょうか、実用性やデザインなど自分で確認できる価値のあるものを選ぶという変化だと感じました。

信じられていたブランド神話は崩れ始め、ファーバーカステルがそれを察知し、敏感に反応して出した答えがこのイントゥイションだと思いました。
イントゥイションでは、今までのファーバーカステルのデザインアイデンティティは守られていますが、ペリカンに近づいた印象、実用として万年筆、文房具としての万年筆を体現しているものだと思いました。
全体のサイズ、持った時のバランス、キャップの尻軸への入り、ボディ素材など、そのものの価値を実用に振った仕様にイントゥイションはなっています。

今までの日本市場であったら、イントゥイションは導入されなかったかもしれませんし、もしかしたらファーバーカステルはイントゥイションを作らなかったかもしれません。

しかし、世の中の価値観が一晩のうちに変わり、庶民の物の選び方が変わってしまい、それ以前からあった本質とは違った所に価値を持たしたものが売れなくなったことで、賢明な企業は、より本質を大切にしたものを提案し始めています。
新作イントゥイションが発売され、手にとってそんなトレンドを感じました。

インターネット色見本完成しました

インターネット色見本完成しました
インターネット色見本完成しました

当店で万年筆を購入される際に、趣味の文具箱13号でも紹介された、インクの「和歌色見本帳」を見て万年筆と一緒にインクも買われることがよくあります。
その万年筆で使う予定のインクを入れて、インクの出方も含めたペン先調整をする方がいいと思いますし、せっかくなのでその万年筆に合ったインクを選びたいと言われることがよくあります。
インクの色と万年筆の軸の色を合わせるという方は多く、パイロット色彩雫の「夕焼け」を使いたいから、ラミーサファリオレンジを選ぶという方もおられるくらいです。

店に来て下さった方が色見本帳でインクの色を選ばれるのと同じように、ホームページでも色が分かるようにインクの色見本を掲載しました。

私は子供の頃から絵を描くのがとても苦手でした。
そのことに気付くのにしばらく時間がかかりました。
人を絵の具の肌色でそのまま塗ってしまったり、道路を灰色で塗りつぶしてしまったり、木を一面こげ茶で塗ってしまったりということがいつもでした。
描き始める時は上手く描きたいと思いますが、すぐに現実を思い知らされて、途中でどうでもよくなって、何でもいいから色が全面に塗ってあればいいというだけの意識しか働かなくなります。
絵は見たまま描けばいいと、上手い人からよく言われますが、私はそれぞれの色を自分の持っている先入観で塗りつぶしていました。

絵の具とか色鉛筆とか、画材と聞くととても憂鬱な気分になるくらいで、色を選ぶという感覚は私にはなく、万年筆のインクもより滑らかに書くためのオイルのような感覚で今までずっと選んできました。

インクの色にこだわる人は、万年筆のインクを画材のような感覚で選んでいるのであり、子供の頃に絵で賞状をもらったことのあるような絵の得意な人だけだというひがみ根性が私の中にはあり、そんな風に思っていました。

店にある色見本帳も、ホームページの色見本帳も私でなく、スタッフが時間をかけて作りました。インクの色見本を作るというのは本当に根気の要る仕事で、好きで興味がないとなかなかすることができないと思います。
私はそう思っていますが、楽しみながら作っているスタッフを見ていると、もしかして楽しい仕事なのかと思ってしまいます。

私が理想とする万年筆は、細くても太くてもインクがたくさん出て、裏に抜けてしまうくらいのものが好みなので、色よりもひたすら流れの良いものを追いかけてきました。
そんなインクの色に興味のない私でも、インクの色が変われば、まるで万年筆が新しくなったような嬉しい気持ちになります。

パソコンの環境で、多少見え方は実際とは異なると思いますが、選ばれる時の参考になればと思っています。ホームページの「インク・消耗品」からご覧下さい。

インク・消耗品cbid=2552140インク・消耗品csid=0″ target=”_blank”>インク・消耗品

マーレン ~掘り下げる楽しさと万年筆の広がりのバランス~

マーレン ~掘り下げる楽しさと万年筆の広がりのバランス~
マーレン ~掘り下げる楽しさと万年筆の広がりのバランス~

マーレンは1982年創業ということで、万年筆メーカーの中では最も新しい部類に入りますし、保守的な万年筆の世界において、マーレンという名前はまだそれほど名声を得ている訳ではない、新興ブランドだと言えます。

しかし、マーレンで最も有名な万年筆バイタス・キーを例にとってみると、万年筆をより楽しいものにしたいというマーレンの想いが伝わってきます。
バイタス・キーはボディ中央に空けられた鍵穴に付属の鍵を差し込んでインクを吸入させるという、とても気取った演出がされた万年筆です。

技術的なものは出尽くしていて、新しい技術のない万年筆の業界において煩わしく万年筆の不便なところだとされていたインク吸入の手間を、粋なアイデアによって、楽しめるものに演出されています。
それは些細な事かも知れませんが、万年筆を多くの人たちから忘れられないようにするためにも大切なことだと思います。
バイタス・キーは何本も万年筆を持っていて、それなりに知識のある人にも楽しんでもらえる万年筆だと思います。

マーレンは万年筆にそれほど強いこだわりを持っていない人、例えばこれから万年筆を使ってみようと思っている女性などからはそのデザインの美しさから選ばれることが多く、マーレンの価値はこういうところにもあるのだと思っています。
私は万年筆の業界は、マニアックに掘り下げて行くだけでなく、もっとたくさん人への広がりを意識して働き掛けていかなければ未来がないと思っています。
柔らかい書き味や、ボディのバランス、伝統的な作りなど、それらも大切なことだと思います。
しかし万年筆の価値はそれだけでなく、固定観念に固まっている頭によって、自由な万年筆選びが妨げられてはいけないのではないかと考えています。

マーレンで最も売れている万年筆、ネイチャーは万年筆という気負ったところがなく、小振りで装飾を抑えたシンプルなデザインでありながら、曲線の柔らかさ、持ったときの心地よさなど、女性にピッタリの万年筆だと思いました。
お洒落なものに敏感な女性たちがこの万年筆を選ぶのも、万年筆を知らないからではなく、万年筆を知らないからこそ、固定観念に囚われずにお洒落なものを選ぶことができるのだと思います。

マーレンの現在日本に輸入されていないモデルを当店限定で輸入発売するという話をいただいた時、とても面白いと思いました。
ぶ厚い本国のカタログから選んだものは、他のメーカーにはない独創的なデザインを持ったものばかりで、これらの万年筆が2本目、3本目の万年筆ではなく、初めて選ぶ万年筆であってもいいのではないかと思いました。

私がマーレンの魅力を知ったのは、グラフィックデザイナーの神谷利男さんのオデュッセイアを知ってからでした。
クリーミーホワイトの深みのある色合いに、無骨なアクセサリーを思わせる、大胆に配されたシルバーのリング、大きなペン先。
存在感があり、選ぶ人を限定するような気高さのあるペンで、たくさんあるペンの中で、このペンを選ぶことがとてもかっこいいと思いました。

当店がマーレンを扱い出したのは、どちらかというと地味で内向的な万年筆を格好いい余裕のある大人の道具に演出したいという事と、ボディの美しさで万年筆を選ぶことのできる女性たちが選べるようにとの気持ちからです。

そういった感覚を取り入れることで、万年筆がより一般化し、広がりを持ってくれるのではないかという思いもありますし、それらのバランスを取っているマーレンの姿勢に敬意を持っています。

当店ではこれからも万年筆の楽しさを掘り下げるお手伝いと、自由な感性で万年筆を選ぶ女性を応援できる店でありたいと思っています。

*画像はオデュッセイアです。