インクブームの置き土産・ジュエリーインクとガラスペン

台湾のジュエリーデザイナー、インクコレクター  Ya-Ching Lai さんがデザインした Ya-Ching Style のボトルインクが入荷しました。

Laiさんはインクコレクターとしても有名で、海外で起った日本のオリジナルインクブームを牽引した人のうちの一人だと思います。

Ya-Ching Styleのインクは、 超高研磨技術で高輝度にダイヤモンドカットされたボトルに入っていて、本業であるジュエリーデザイナーらしいこだわりが表現されています。底にはキャップがちょうど入るサイズの凹みがありますので、2つくらいならブロックのように重ねて置くこともできて、遊び心も感じさせてくれます。

6色のインクは宝石から着想を得て作られていて、全て顔料インクです。台湾のインクは淡い色のものが多く、これも台湾流だと思っていますが、 Ya-Ching Style のインクも淡めの、とても上品な色のラインナップになっています。

顔料インクというと、色が濃く、ベッタリと塗りつぶすようなイメージがありましたが、このインクはジュエリーインクの名前の通り透明感のある色です。

顔料インクは紙の性質にあまり左右されず、どの紙にも同じように書けるところも特長です。少し値段の高いこのインクの使い方について考えてみました。

私は万年筆に吸入させて使ってみましたが、特に詰まりやすいとか、出が極端に少なくなるなどのトラブルはありませんでした。

でもこのインクが一番似合う用途は、ガラスペンとの組み合わせだと思いました。

ガラスペンで書くと万年筆というフィルターを通さなずダイレクトに紙にインクが乗りますので、インクの色が濃くなります。

Ya-Ching Style のインクは、濃度を上品に抑えていますので、ガラスペンで書いてもインクがそのまま紙に乗っているような強さはないし、顔料インクなのでにじみもありません。

当店で取り扱っている、岡山のガラス工房aunの江田明裕さんのガラスペンは、細字でも滑らかに書くことができるのがそのデザインと同じくらい特長的で、まさに万年筆店で扱うのに相応しいガラスペンだと思っています。

江田さんとは、2年半ほど前に私が定休日に倉敷に出掛け、美観地区を散策している時に、たまたま出会いました。様々な工芸作家さんが集まっている一角の一番奥に江田さんの工房があって、一目でガラスペンがあると分かりました。

試筆させていただくと、細字がものすごく細いことと、それでいて引っ掛かりもなく滑らかで、硬いガラスなのに柔らかささえ感じる書き味に驚きました。

その時当店はまだガラスペンを扱っていませんでしたが、インクブームの真っただ中で、当店もガラスペンを扱う必要性を感じていましたので、とてもタイミングの良い出会いでした。

江田さんのガラスペンを安心してお勧めできるのは書き味だけではありません。例えばペン先を欠けさせてしまった場合でも、往復の送料だけで無料で直してもらえます。ガラスという繊細なものですが、直して使うことができるのです。

インクブームは当店のような小さな店も巻き込まれて、その恩恵を受けました。当店がオリジナルインクの新色を積極的に発売しないからそう感じるのかもしれないけれど、ブーム自体はかなり沈静化しているように思います。

でも、台湾の Ya-Ching Style のボトルインクと江田さんのガラスペンは、インクブームの置き土産として当店の品揃えに彩りを与えてくれています。

Ya-Ching Style ジュエリーインク

⇒aun工房江田明裕ガラスペン

モンブラン149 オーバーサイズの中心のピース

万年筆店として、思い描く理想の品揃えがあります。それでも意外と様々な制約があって一気に揃えることはできないけれど、少しずつ近づくためにその理想を持ち続けています。

モンブランもそんな理想の品揃えの中に入っていました。

でも私の理想はモンブランも他の万年筆と同列に扱って、他の万年筆と比較してもらいたいというもので、それはブランドであるモンブランが希望するものとは違っていました。

別に状況が変わったわけではないし、時代がそうなってきたと言うと煙に巻くような言い方ですが、 定番のスタンダードモデルマイスターシュテュックに関しては、当店の理想とするモンブランの扱い方ができるようになりました。

オーバーサイズの万年筆には本当に魅力的なものが揃っていると思っています。その中でもモンブランマイスターシュテュック149は最も有名で、スタンダードな存在です。

オーバーサイズの万年筆をいくつか挙げると、当店が独自に輸入しているウォール・エバーシャープ社のデコバンドは、無駄が一切ない149と違って、ゴツゴツとしている無骨なデザインが魅力だし、吸入メカニズムの仕掛けや書き味など、楽しむための要素が多い万年筆だと思っています。

149が入って比較する対象ができたことで、デコバンドの良さもまた伝わりやすくなったのではないかと思います。

またペリカンM1000は味わいのある万年筆です。控えめな遊び心があるけれど、シンプルでスッキリして見える。M1000のデザインから、濃厚で甘い書き味が生まれるのが不思議な気がします。

モンテグラッパエキストラ1930は、ボディはそれほど大きな方ではありませんが、そのペン先の大きさからオーバーサイズ万年筆と言ってもいいのではないかと思います。

シルバーの金属パーツやセルロイドのボディとの組み合わが醸し出す佇まい、大きなペン先から生み出される粘りがあるような上質な書き味は、どのオーバーサイズペンに勝るとも劣らない万年筆だと言えます。

そういったオーバーサイズの万年筆の中にあって、モンブラン149はそれらの万年筆に少なからず影響を与えている、思想的なベースとなった超スタンダードな存在の万年筆です。

面白味は少ないかもしれないけれど、多くの万年筆のお手本となった最も万年筆らしいオーソドックスで洗練されたデザインと、書くことを仕事としている人が書かなければいけない時に信頼できる頑丈さがこの万年筆の特長で、何か万年筆を1本だけ選ばなければいけない時に選ぶような万年筆なのかも知れません。

でも本当はモンブラン149について評価するのは非常に怖い。なぜなら多くの人が愛用していて、この万年筆を特別なものとしているからです。

それがモンブランマイスターシュテュック149で、この149が入ることで、当店もポッカリ空いていたパズルの中心のピースがはまったような気がしています。

当店ホームページ、モンブランマイスターシュテュック149のページ

大人の色、大人のペン

左・アウロラシガロ 右上・アウロラ88クラシック 右下・アウロラオプティマ365タルタル―ガ

当店のオリジナルインクは8色あって、お店限定のインクが大流行している今となっては、それは決して多い方ではないけれど、落ち着いたいい色が揃っていると思っています。

ここに何色を足せばいいのか今のところ思いつかないし、インクブームだからと無理に発売しようとは思いません。

オリジナルインクはそれぞれの店の万年筆にまつわる世界観を表現するものとして大切な商品だと思って、当店も創業間もなくから扱ってきました。

最初、四季に応じてインクの色を変えたらいいと思って「朱漆・朔・山野草・冬枯れ」の4色だけを作りました。

ブームが始まるまではそれほど売れるものではなかったけれど、京都のインディアンジュエリーのお店リバーメールさんとのコラボ企画「WRITING LAB.」のオリジナルインクも増えて、今では8色になっています。

今回は当店のオリジナルインクのCigarについて少し触れてみたいと思います。

四季に当てはめて企画した「朱漆・朔・山野草・冬枯れ」に対して、Cigarは少し異色に感じられるインクだと思います。

色は、書いたばかりの時クアドリフォリオのインクと同じくらい緑色ですが、インクが乾くと葉が枯れたように茶色っぽく変色するというもので、面白い存在のインクです。

季節で言うと秋と言えなくもないけれど、今では時代遅れになってしまった男っぽさのようなものを、同じく時代遅れになってしまったCigarというもので表現してみました。

しかし、このインクで表現した男っぽさとは裏腹に、女性の方にも多く使われていて、そして色が変わるというのが新鮮に思われて、インクとしては時代遅れでもなかったのかもしれないと思いました。

でも枯れていくような感じ、落ち着いた色合いから、このCigarのインクはやはり大人の色、大人の人にこそ似合う色だと思っています。

Cigarのインクに最も似合う万年筆として、当時オマスで金キャップの当店別製の万年筆を作りましたが、それも完売してしまいましたので、同じく金キャップに黒ボディのアウロラ88クラシックを挙げたいと思います。

黒ボディに金色キャップの万年筆は、1980年代から90年代はじめまでは各メーカーからよく発売されていましたが、現代ではほとんどなくなってしまい、アウロラ88クラシックが唯一の存在になってしまったと思われます。まさに時代遅れの万年筆です。

Cigarのインクが似合う万年筆として、アウロラの限定品シガロもよく似合います。

このインクを入れるためにアウロラが作ったのではないかと思えるくらい、ピッタリのペンです。シガロはアウロラでは珍しく真鍮にラッカーと塗装を施したボディの万年筆で、そういった点でも発売当時はアウロラの意欲が感じられました。

ズシリとした重量感がありますので、より18金ペン先の柔らかさが伝わりやすく、書き味の良い万年筆。

アウロラは定番の万年筆には、14金ペン先、限定品には18金ペン先を装着して、差別化しているけれど、書き味の違いは非常に大きいと思います。

14金は硬めで柔らかく書けるまでに時間がかかりますが、18金はわりと初めから書き味良く感じられます。

そしてCigarのインクに似合う万年筆として、もう1点だけどうしても載せたかった、アウロラの限定品「オプティマ365タルタルーガ」。

鼈甲をイメージしたレジンをボディに使用していますが、こんな色の万年筆を見たことがありません。鼈甲なのにオリーブ色のような緑色も感じられて、Cigarのインクがこの万年筆から出てくるのは、ピッタリとはまり過ぎなのかもしれません。あまりにも良い組み合わせです。

気がついたら、アウロラのペンの紹介になってしまったけれど、シガロもタルタルーガも過去の限定品ですが、あと数本だけ、在庫がございます。大人にふさわしい万年筆として、お勧めのモデルです。

*アウロラ シガロ

*アウロラ 88クラシック

*アウロラ オプティマ365 タルタル―ガ

今年一番お伝えしたいこと

万年筆を愛用している皆様や万年筆の業界のために私がお役に立てることは、ペン先調整をして書き味の良い万年筆や、お好みに合うように仕立てた万年筆を提供することです。
当店でお買い上げいただきました万年筆は、店頭の場合インクを入れてしばらく書いていただき、お客様の書き方に合うように調整して、またしばらく書いていただき、お好みに合うように仕上げてお渡しします。
WEBショップでお買い上げいただいたものも、全てインクを入れて、チェックして、調整しています。
ペン先調整の内容に特にご希望がない場合は、私が一番良いと思う状態にして、インクを洗って、水を切ってから発送しています。

万年筆の試し書きは、多くの場合ボトルインクからペン先にインクを付けて行います。
付けペンだと、その書き味は分かっても、インクの出る量や書き出しが出ないなどの不調を見分けることができません。
それは私のようなペン先調整を仕事にする者でも同様で、インクを一度入れて、チェックするという作業は万年筆を販売することにおいて、必須の過程です。

何か不調があったり、お好みに合わない万年筆のペン先調整も承っています。
ペン先の不調はたいていペン先調整で直すことができるし、書き味が良くないと思っておられるものも改善できます。お送りいただいてのペン先調整も承りますので、まずメールでご相談いただき、お送り下さい。

万年筆は工業製品で仕上がりにはバラつきがあるけれど、ペン先調整することでその万年筆の性能を100%引き出すことができると思っています。まだ一般的には書き味も好みに合わせることができる筆記具だということは周知されていませんが、ペン先調整士の先輩方の活動によって、日本ではだいぶ知られるようになってきました。
しかし海外ではペン先調整士も少なく、日本ほど知られていないようです。
私は今年、万年筆のペン先調整をもっと多くの人に知ってもらえるように、そして良い書き味の万年筆の書き味を味わう楽しさを知って欲しいと思っています。
インクの色を楽しんだり、軸のデザインを愛でること以外の万年筆の楽しみとして、ペン先の仕上げの違いによってもたらされる、書き味の違いを感じることが広れば面白い。
もちろん私も常に努力し続けるつもりだし、そうすることが何より楽しいと思います。
そういうことに共感して下さる方がどれくらいいるのか分からないけれど、日本的な奥深い万年筆の楽しみ方だと思っています。