月: 2010年4月
アルボレス 美しいペーパーステーショナリー
コンケラーやクレイン以外にも、コットン100%の上質な紙は多くのメーカーで作られており、たくさんの種類があります。
それぞれのメーカーで製法などが違うため、紙質にはかなりの個性が表れています。
しかしそれらの紙の多くは、プリンターの打ち出しなど印字での美しさは追求されていますが、万年筆で書いたときの書き味が良いものはあまり知りません。
それは書いた後のインク映え、紙の風合いの良さと引き換えに我慢しないといけないものだと思っていました。
しかし、それはイタリア フェデリゴーニ社のコットンペーパーを使ったアルボレスペーパーステーショナリーの紙質には当てはまりませんでした。
アルボレスの紙は、書き味の上質な滑らかさもあって、万年筆での書き味といった手で感じるフィーリングも上質です。
紙の質感と書き味を両立させるのは意外と難しく、紙の表面が平滑である方が書き味は良いですが、せっかくの紙の風合いが死んでしまいます。
他社のコットンペーパーのように質感を出すためにプレスを浅くすると、にじみが多く、ペン先が引っかかりやすくなり、書き味が悪くなるというジレンマがあります。
アルボレスの紙は、見事にそれを両立していて、コットン100%ということを忘れてしまいます。
A4サイズということで、手書きの手紙のような用途よりも、プリンターでの打ち出しをして、最後にサインをするという使い方が多いかもしれませんが、そのサインも気持ちよくすることができます。
また、イタリアの美的感覚はこういったペーパーステーショナリーにも表れるのかと感心するのが、少し厚手のパール加工の封筒です。
私はお客様への手紙などは、店の事務的な封筒を使うことが多いですが、(それはそれで店のロゴや名前が入っている思い入れのあるものなので、なるべく使いたいと思って使っています)こういったものも使ってみたいと思いました。
表面に光沢があり、インクをはじく性質の紙のために、宛名書きなどはラベルを使わなくてはいけませんが、このような、受け取った人が自分は大切に扱われていると感じられる封筒は本当に特別な用途に使うのではないでしょうか。
自分が関わっている何かの催しの招待状やチケット、あるいは映画や美術館の入場券、手帳やハンカチなどを贈るのに良いパッケージにもなります。
上質な書き味のA4ペーパーと美しい封筒は、決して安価ではありませんが、アウロラやデルタの万年筆と同じように、贅沢に日常使いすることで、日々の生活に潤いを与えてくれるイタリアの逸品だと思います。
800番 それまでの生活との決別
大学4年間は、本とブルースのレコードであっという間に過ぎてしまいました。
読書は自分がどのジャンルの本が好きなのか、どういうものが読みたいのか分からないままいつも何かを読んでいて、理解できないような難しいものをただ文字を追いかけて、アカデミックな気分に浸っていただけのように思います。
ブルースは本と違って自分の好みがはっきりしていて、自分なりの好き嫌いをすぐに判断できました。
クラシックやジャズと違い、敏感で冴えた耳がなくても、雰囲気を聴き取れる感性があれば楽しめるのがブルースという、とてもプリミティブな音楽でした。
サンハウスという、戦前に録音を残しているブルースマンが80年代になって再発見されて「プリーチンブルース」というアルバムで、全く変らない迫力を聞かせる。
ブルースというのはそんな不思議な音楽で、私はそんなブルースの音楽としての魅力はレコードから、ブルースマンたちのとても劇的な、時には悲劇的な人生の物語を学術的な研究書で知り、夢中になっていました。
ブルースのレコードは、結婚した頃から買わなくなりましたが、今まで買い集めたものはいつか余裕ができたら、レコードプレーヤーを買い直してのんびりと聞こうと思っていて、ささやかな新居である団地の押入れの一番奥に入れたままになっていました。
ブルースを聴かなくなって、私に趣味というものがなくなってしまい、会社の帰りに毎日コンビニに寄ってカー雑誌を立ち読みしたり、ごくたまに買って帰ったりして、無理やり新しい趣味を見つけようとしていました。
今でもその時の気分を思い出してしまうので、カー雑誌は見たくないし、売り場にも近付きません。
すぐに子供が生まれ、幸せな新婚生活の一方、家族と過ごすこと以外に楽しみのない生活は数年続きましたが、伯母が入学祝いにくれた万年筆で手帳を書くようになって、書くことがとても楽しくなりました。
伯母の万年筆をしばらく満足して使っていましたが、職場からペンカタログをもらって帰って、毎日見ているうちに新しい万年筆が欲しくなりました。
誰もが素晴らしいという、ペリカン800番(当時Mという頭文字はついていませんでした)をぜひ使ってみたいと思いました。
家計に余裕がなく、小遣いもたばこ代で消えてしまいましたので、お金がありませんでしたが、押入れの奥にある500枚以上のブルースのレコードをお金に換えて、その一部で黒い800番を買いました。
800番は、普通のボールペンなどから持ち替えた時、とても大きく感じました。
あまりに大きく感じたので、最初キャップを尻軸に差さずにしか使うことができませんでした。
当然、今ではその大きさに慣れて、キャップを尻軸に差した方がバランスがとれると思っています。
とてもバランスの良い、全ての万年筆のお手本とも言われている800番ですが、言い換えると最も万年筆らしいバランスを持った万年筆だということになります。
万年筆を始めて持つ人には、M400くらいの細くて軽い万年筆の方が、違和感なく使うことができるかもしれません。
800番のバランスに慣れた私は、ブルースのレコードに凝っていたことも忘れて、万年筆に関する仕事に夢中になっていました。
それまでの生活の中で情熱をかけて集めたレコードを売ってまで、手に入れたことで、今までの自分の生活と決別し、新しい自分との出会いのきっかけになった万年筆・・。
私にとって800番は初めて自分で買った、とても思い入れのある万年筆です。
旅ノート
ル・ボナーの松本さんと分度器ドットコムの谷本さんが実現までこぎつけたヨーロッパの旅に便乗させていただくことになりました。
海外に行くのは20年振りくらいで、何から用意していいのか分かりません。
途中列車の旅になるということで、荷物はなるべく小さくしておく方がいいと谷本さんからは言われています。
旅行へ行くからといって、装備を一式揃えるようなことはしたくないと思いました。
それらの装備が旅行の10日間しか使わないのであればとてももったいないと思いますし、何か気負いすぎているような感じがして自分のスタイルでないと思いました。
なるべくすでに持っているものの中から、旅に持って出るものを選んで出掛けるような感覚でいたいと思っています。(でも旅行を理由に新しい鞄、靴、服は欲しいと思っています)
でも、今回の旅行のためにノートを新しく作りたいと思いました。
旅行の準備から下調べ、期間中の日記を記すためのもの。
そんな旅のノートに適しているのは、立ったまま書けて、持ち運びのしやすいサイズとある程度の厚さ、丈夫な製本と表紙などを兼ね備えたものだということで、その条件にあったものをイメージしていました。
モールスキンやトラベラーズノートなど、旅に相応しいイメージを持ったものはありますが、多くの人がすぐにイメージできるものではなく、独特で自分らしいものを選びたいと思いました。
このノートを決めるために、何件かの文房具屋さんを見て回っていましたが、理想の旅ノートは自分の店にありました。
ライフの本麻ノートが私の旅ノートのイメージにピッタリだと思いました。
B6という大きくも小さくもないサイズ、300ページという厚さ、めくりやすく柔らかい、書き味の良い紙、そして夏の旅をイメージさせてくれる麻の表紙など、私の旅ノートにとってこれ以上ない選択に思えました。
少し書いてみると、インクの染み込みが強く、パイロットのインクでは裏抜けが頻発しそうでしたので、ペリカンブルーブラックを使うことにしました。
ペリカンのブルーブラックは私の好きな伸びるインクとは少し違いますが、にじみが少なく、裏抜けがしないので、このノートの紙によく合いますし、乾きが早いところは書いてすぐに閉じないといけないこともある旅ノートにピッタリでした。
ブルーブラックを入れて使うペンは、最近手に入れたペリカン1931ホワイトゴールド以外考えられなく、それをいつも持ち歩きたいと思いました。
私はそれぞれの万年筆に決まった役割を与えたいようで、今使っている万年筆は全て役割が決まっているものばかりです。
新しく手に入れたホワイトゴールドには、決まった役割がなかったので、旅ノート用ということにしたいと思いました。
これから、この旅ノートに旅に関すること全てを書き込んでいきたいと思っています。
実際の旅行に関することだけでなく、旅に関してイメージした文章など、旅をキーワードとした私の記述を1冊にまとめたもの。それが旅ノートのアイデアです。
憧れて、諦めていた 万年筆
仕事柄今まで本当にたくさんの素晴らしいペンを見てきました。
店に新しく入ってきたもの、お客様が修理などで持って来られたものなどの中には、強く心が動かされて、強烈に印象に残っているペンがいくつかあります。
モンテグラッパシガーは、茶色のセルロイドを葉巻のように1本の筒に見せたペンで、タバコの葉を模したクリップが付いているとてもかっこ良く、でも当時30歳になったばかりの私にはまだ早すぎると思っていました。
シェーファーコノソアールをベースにした、錫製のボディに竹の模様のアジアシリーズにも強く心を奪われました。
重すぎて書きにくくてもいい、これを自分のペンケースに入れておきたいと思いました。
今しか買うことのできない限定品で、チャンスは今しかないと分かっていましたが、経済的な理由で手に入れることを諦めていました。
同様に強く憧れて、本当に素晴らしいと思いながら手に入れることを諦めていたものに、ペリカン1931ホワイトゴールドがありました。
往年のペリカンの名品No.100の希少なモデルを復刻したシリーズのうちのひとつです。
ホワイトゴールドという名前ですが、本当にホワイトゴールドではなく、ジャーマンシルバーという素材で、スーベレーンの金属パーツに使われています。黒ずむことのない、とても扱い易い実用的な素材です。
吸入ノブはエボナイトで、そのあたりにもとてもこだわりを感じます。
良い万年筆と言えば、大きいものがほとんどですが、このシリーズは数少ない小さくて良いもののひとつで、紳士の万年筆といった風情も私の心を捉えました。
いつかこのペンを使うようになりたいととても強く憧れました。
でもすぐにホワイトゴールドも私の前から姿を消していきました。
それから何年も経って、ホワイトゴールドを見ることもなく、その存在すら忘れかけていました。
しかし先日、どこから出てきたのか、売っていただけますか、という筆記具問屋様の言葉とともに、1931ホワイトゴールドが店に入ってきました。
日頃から、自分の一番欲しいものからお客様に買ってもらうのがプロだと自分に言い聞かせていて、お客様にもそう宣言していました。
万年筆店の店主として、それが正しくお客様から信頼される店主像で、そうありたいと思っていました。
しかし、今回はそんな事は言っていられない状況でした。
憧れて、諦めてしまった万年筆が目の前にやってきたことで、プロとしての意識は薄れてしまい、調整テーブルのペン置きに置いておいた連休の3日間、お客様にお勧めしながらも気が気ではありませんでした。
そして私は結局ホワイトゴールドを手に入れてしまいました。
使い出したホワイトゴールドのキャップは収納時はコンパクトで、キャップを尻軸に差すととても使いやすいサイズになり、少し細めのボディとともに、とても実用的なサイズであることが分かりました。ペン先も硬くとても滑りの良いもので、今はこのペンばかりを使っています。
オリジナルである1931年に作られたNo100の特別バージョンも手に入れて、もう1本同じサイズのペリカンも手に入れて、字幅違いでピッタリのサイズのペンケースに収めて使いたいと私には珍しく夢が膨らんでいます。
新しい万年筆を手に入れると、仕事の時間が今まで以上にとても楽しくなりますが、とても楽しい仕事時間を過ごしています。
万年筆を使って書くことも自分の仕事だと、皆様から横取りしたこの万年筆に誓い、皆様への情報発信にも努力していきたいと思っています。