文字の形を気にして書く時に使う、柔らかいペン先

文字の形を気にして書く時に使う、柔らかいペン先
文字の形を気にして書く時に使う、柔らかいペン先

大阪市立美術館で開催されている「王羲之から空海へ~日中の名筆漢字とかなの競演~」を観に行ってきました。
電車の吊り広告や駅のポスターなどで大々的に宣伝されていますが、関西の書道界はおそらくこの展示の話題で持ちきりだと思います。

書を観に行くと言っても、まだ習い始めて1年も経っておらず書家のこともほとんど知らないレベルだったので、勉強も兼ねて真剣に観ることができました。
まだ仮名の草書などはまだまだ難解ですが、漢字の書には心に残ったものがいくつもありました。
揃った小さな文字で書かれたものなど観ていると、万年筆で文字を書きたくなりました。
万年筆でこういう文字を書こうと思った時、柔らかいペン先の万年筆でないと書くことができません。
それほど太い文字ではないけれど、筆圧で強弱が出せて、トメ、ハネ、ハライがきれいに出るようなものが必要になります。
パイロットの一番変わり種のペン先「フォルカン」は、これができるペン先の代表ですが、万年筆に慣れていない人が使うとタテ方向(ペン先が開く方向)に書いた時にペン先が開いてしまい、インクが切れて書けないことが多発します。
タテ方向は特に筆圧のコントロールが必要なのと、ペン先を少し親指側にひねってペン先の開きを抑制するなど、書く工夫が要るようです。

フォルカン以外にも日本の文字をゆっくり時間をかけて美しく書く役に立つ万年筆は他にもあって、それらもパイロットになってしまいますが、「SF(ソフト細字」や「SM(ソフト中字)」という軟ペン先があります。

通っている書道教室の窪田先生がカスタム743のペン先を評して、「割れるのが良い」と言われていましたが、実際にペン先が開いてしまうほど力を入れるわけではなく、筆圧の加減で線を強くすることができる柔軟性のようなものを指しているようです。
カスタム743くらいになるとペン先の粘りもあって、軟ペン先でなくてもペン先は十分に柔軟性があるようです。

私が惹かれた書の多くは、魅せるための作品として書かれたものではなく、公文書のようなものが多くありました。
当時から、文字の美しさが役人の立派な能力のひとつとして認められていたのだろうと想像しています。
コンピューターのキーを叩いて打ち出した文書に対して、それらの書にかけられた膨大な時間を想いました。
その書からは根気と集中、気迫のようなものが感じられて、きれいに整った楷書をいつまでも観ていたいと思いました。

私たちはパソコンで打つ出した文字に慣れてしまって、手書きのものを下書きのように見てしまう所があります。自分の心情の綴るブログのようなものでも、活字としてインターネット上に存在しています。
私たちはせっかく万年筆を使っている。
清書もなるべく手書きでありたいと思い、それに見合った文字を書きたいと強く思いました。

パイロットカスタム743

クレオ・スクリベントの万年筆 ~流行に流されないモノ作り~

クレオ・スクリベントの万年筆 ~流行に流されないモノ作り~
クレオ・スクリベントの万年筆 ~流行に流されないモノ作り~

多くの万年筆メーカーの製品が最近似てきているのではないかと思っています。
製造コストやパーツの価格などのコストを抑えて効率良くモノを作ろうとしたり、デザインの流行などを考えると、その時代に作られるものが似てくることは必然なのかもしれません。

でもお客の立場から見るとそれは少し寂しいし、それが業界自体をつまらなく、小さくしていることにつながっているのかもしれないと思っています。
主流と言われる流れは確かにあるかもしれないし、そこに大多数の好みと需要があるのかもしれないけれど、それが全てではない。
少数派かもしれないけれど、そんな人たちのためのモノ作りがあってほしいと思います。
そして万年筆メーカーは、流行に流されることなく、それぞれの信念を貫いたモノ作りをして欲しい。

今年になってから取り扱い始め、当店のラインナップに加わった「クレオ・スクリベント」は、自分たちのポリシーを貫いたモノ作りをしていると思っています。
それはもしかしたら、流行に無頓着なだけなのかもしれないけれど、それでもいい。流行から距離を置いた所に居続けるメーカーもあってほしい。

クレオ・スクリベントはベルリンの北西100kmほどの田舎町バートビルスナックにあるメーカーです。
1945年に創業し、直後に終戦を迎えてドイツが分裂したために東ドイツの国営工場になりました。
万年筆も作っていましたが、主に製図ペンを作り続けていました。
東西ドイツが統一された時に、OEMメーカーとして大メーカーの下請けをしていましたが、2000年からクレオ・スクリベントの名前でもペンを作りはじめました。
クレオ・スクリベントの最高級ラインが「ナチュラシリーズ」で、ボディ素材に銘木を使っています。
アンボイナバール(花梨こぶ杢)は、複雑で変化のある複雑な模様の部分を使用しています。
かなり入念に磨かれていますので、古木のような趣が感じられます。
ただキレイだけでない、レベルの高いモノの美しさを表現しようとしていることが分かります。

艶が出た花梨こぶ杢とピンクゴールト仕上げのパーツが対照的ですが、不思議と合っていたりします。
エボナイトモデルは、十一角形という独特な断面を持っていることを気付かせないような、自然な使用感の万年筆です。
大型14金ペン先はしっかりしていて、大変実用的な万年筆に仕上がっている。

スクリベントゴールドは、ブラックボディにゴールドパーツのオーソドックスなペンに見えますが、かなり独特な万年筆です。
キャップの尻軸への入りが深く、真鍮の重量感のあるボディがリアヘビーにならないようになっています。
私は1960年代の日本で流行していたエリートなどのポケットタイプの万年筆を思い出しました。
ボディ素材、特長などを挙げましたが、クレオ・スクリベントの持ち味は書き味の良さだと思っています。
モノによってはとても小さなペン先がついているけれど、それがとても柔らかくて上質な書き味に感じられます。

アーチを組み合わせたような、適度なテンションの複雑な形状のクリップもクレオ・スクリベントの魅力で、私はこのクリップの形がとても気に入っています。

クレオ・スクリベントもインクメーカーのローラーアンドクライナーもそうだけど、ドイツの田舎町には何かがあると思います。
どちらも流行が遅れてやってくるような田舎に存在し続けて今に至って、魅力を失わずにいる。
むしろ人の流れから離れた所にあるから、そうあり続けることができるのか。
中央から距離を置いて個性を放っている企業を見ると、私は痛快な気分になり、自分たちもそう有りたいといつも思います。

⇒クレオ・スクリベントTOP

偉大なチープレトロ~特別生産品ペリカンM120グリーンブラック~

偉大なチープレトロ~特別生産品ペリカンM120グリーンブラック~
偉大なチープレトロ~特別生産品ペリカンM120グリーンブラック~

もう6年前になりますが、仲間たちとベルリンを旅した時に、旧西ドイツ側と旧東ドイツ側では何となく雰囲気が違うことを歩きながら感じていました。
壁が壊されて20年経って人の行き来は自由なのに、そんなことはあるのかと思いましたが、帰ってから本を読んだりして旧体制の西と東ではいまだに生活格差があることを知りました。

それは週末の開催されているノミの市にも表れていて、旧西ドイツ地域でのノミの市には万年筆や趣味のものがたくさんありましたし、状態はキレイとまではいかなくても中古品として許せる範囲のものばかりでした。
それに対して旧東ドイツ側のノミの市は本当にガラクタ市で、たくさんあるゴミの中からお宝を見つけ出すような感じでした。
その中には旧東ドイツの工業製品らしいチープレトロなものがたくさんありました。
それらはきっと時代が移っても変わらず、良くも悪くもならずに東ドイツの国民の生活の中に有り続けたのだろうと思いました。
でも旧西ドイツ側のものも分裂直後は、旧東ドイツの工業製品とそれほど違わなかったのではないかと想像しています。

東西分裂直後のドイツ製品の雰囲気を感じることができる万年筆が入荷しました。
特別生産品ペリカンM120グリーンブラックです。

1953年に入門用万年筆として発売されたものの限定復刻モデルで、吸入式ではあるけれど、当時はほとんどの万年筆が吸入式でしたので珍しくも何ともなく、ペン先はスチール、ボディはプラスチックで装飾もない。
近年の万年筆の持つゴージャスさ上質さとは無縁の存在の、実用一辺倒の万年筆です。
チープレトロと言うと、中身のともなっていない安物というイメージがあるかもしれないけれど、私は安く仕上げるために最大限の努力をして作られたもので、その時代の流行とか、時世を反映したものだと思っています。
きっとこのM120グリーンブラックは、大人の高級品ではなく、スチューデントモデルという位置づけで、若い人や学生の人でも買えるものを目指して作られたのだと思います。

より多くの人に買ってもらうために作られた、偉大なる大量生産品。
現代で言うと、ラミーサファリがまさにそういう存在のペンで、安い素材を使い安く仕上げているけれど、万年筆としての機能は高い次元にある。
ドイツ製品は変わってしまった。
もちろん変わらなくては続いていけなかったのだと思うけれど、ドイツ製品の多くのものが洗練されて、作り込まれて、豪華になっていくに従って値段も高くなりました。

モノ作りは素朴だったけれど、そこに崇高な自分たちが生業とするモノに対する精神が感じられるもの。
チープレトロな古き良きドイツの工業製品に思いを馳せることができるものが、今回限定復刻されたぺリカンM120グリーンブラックです。

PelikanM120 グリーンブラック

銘木万年筆軸 こしらえ

銘木万年筆軸 こしらえ
銘木万年筆軸 こしらえ

万年筆用銘木ボディこしらえの真鍮金具仕様を新たに作り、先日のイベントでお披露目しています。
真鍮は使い込んでいくと艶が出たり、銘木と近い性質を持っていて、時間の経過とともに色も変わっていきます。
そんな時は真鍮用クロスで磨くとまた元通りの黄金色の輝きに戻るので、手入れする楽しみもあります。
木とのコントラストが鋭い、銀色で硬質なステンレス仕様も良いですが、真鍮仕様にもまた違う柔らかな味わいがあります。
今後こしらえは、真鍮、ステンレス、エボナイトの3種類のパーツで展開していきたいと思っています。

3種類のパーツそれぞれに合うペン先の色があると思って、ペン先とセットでこしらえをご購入いただく場合、それを合わせるようにしました。
今までステンレスのこしらえも、エボナイトのこしらえも、こしらえの名が示すようにペン先は刀身のような存在で、銀色のペン先にこだわってカスタムヘリテイジ912を合わせていました。
しかし、真鍮とエボナイト仕様には金色のペン先の方が万年筆としては合うのではないかと思い始めて、カスタム742と組み合わせるようにしました。
従来通りの銀色のペン先が好みだという方は、インターネットでお買い物の際にコメント欄に「カスタムヘリテイジ912希望」とご記入下さい。カスタムヘイリテイジ912仕様でご用意させていただきます。

その時々で工房楔の永田さんが持っていたり、手に入れた材の中で良いものをこしらえにしてくれていて、今回も良材に恵まれました。
花梨こぶ杢、ブライヤー、キューバマホガニーなどこしらえでお馴染みの素材でも良いもの揃いですが、今回はスネークウッドも製作しています。

しかし、ホームページにスネークウッドは掲載していません。
大変希少で、質量が高く、ズシリとした重量感があり、独特の模様を持った人気のある素材ですが、木の質感をそのまま生かす工房楔の仕上げでは必ず割れてヒビが入ります。
ご購入いただいた後にヒビが入った場合、工房楔の永田さんがきれいに直すことができますが、必ずヒビが入る素材なので、インターネットでの販売はせず、店頭でご説明させていただいて販売しています。
でももし興味がおありでしたら、お問い合わせ下さい。

こしらえは書くことを楽しむだけでなく、銘木を味わうという楽しみもあって、それは万年筆をより大人の仕事と遊びの道具にしてくれます。
当店はこれからもこしらえを育てていきたいと思っています。

⇒銘木万年筆軸こしらえ

ペン先調整人の言い分

ペン先調整人の言い分
ペン先調整人の言い分

インク出は最小限に絞り、使い続けるうちに筆記面ができて、そのポイントで書くとインクがたくさん出て気持ち良く書くことができるような調整が好きです。
そうすると使い込んで良くしていくような楽しみもありますし、ルーペで見たペンポイントの姿が美しいからです。
でもこれは私の好みであって、この調整をすると我慢して使わないといけない期間は2,3年あるし、万年筆を初めて使う人はこのままでいいのだろうかと不安になるのかもしれません。
店でペン先調整を依頼されてそのペンをこのような自分好みにすることはまずありません。
なるべくお客様の意向に沿ったものにしたいと思っていますが、ペン先調整を仕事にしているから、それは当たり前なのかもしれません。

書きにくいペンを書きやすくする、何かご希望があって、そのペンをその理想に近付けるようにしたいといつも思っていますが、そのご意向がそのペンを悪くしてしまうようなものでしたら申し訳ない気持ちで忠告するようにしますし、違う形でそのご意向を実現できるように代案を出すようにしています。

ペン先調整代を払ってよかったと思ってもらえるようにしたいといつも思っています。
私が若い頃のペン先調整をする各メーカーから派遣されてきた人たちは皆職人然としていて、一部の人の間で「~先生」と呼ばれていました。
その仕事はお客様の万年筆の問題解決もしながら、自分の世界観を万年筆に表現するような感じだという印象を持っていました。
そういう調整人(一般的にはペンドクター)の姿をお客様方が求めていたのだと思いますが、明らかに時代は変わり、その役割も変わってきていると思っています。

万年筆の良いところは、紙にペン先を置くだけでインクが出て、筆圧を書けずに書くことができる気持ち良い書き味と、ある程度の制約はあるけれど、自分の好み(書き癖、ペン先の硬さ、インク出の多少など)に合わせることができるというところです。
ペン先調整人は、その万年筆がどんな状態にあるのか、お客様がその万年筆の何を問題だと思っているのか、どのようにしたいと思っているのか、どのように使うのか、どんなものが好みなのか、どんな書き方をするのか察知して、最小限の加工でそれを実現し、合わせなければいけない。

そうするには正しい形を知っておく知識や見識が必要だし、闇雲に削らない理性のようなものとか、自分を出さない慎ましさのようなものも必要で、それはペン先調整に向かった時だけでなく、普段の心の持ち方から心掛ける必要があると思っています。
ペン先調整は、その万年筆をより良い状態にするという、万年筆販売員の持っておくべきスキルで、私たちは商売人であって、職人でも、先生でもない。
そこを勘違いせずに、自分たちの役割を理解しておくこと、ペン先調整が独り歩きしないことがこれからの万年筆販売におけるペン先調整のあり方のポイントのような気がしています。