
若い時や店を始めた時は、時勢や世の中の動きがある程度読めていると思っていました。だから自分の考え得る範囲内で世の中が求めるモノを提供することができていると思っていました。きっとそういう勢いというか自負がないと店など始めないかもしれません。
それも今から考えると自分の能力ではなく、同じ時代に生きていて読もうとした人なら誰にでも読めたのかも知れません。
でもある時、自分が世間からズレているのではないかと思うようになりました。もしかしたら同年代の人たちは、私と同じような想いをしているのかもしれません。
今は、自分が良いと思って作っているものは今の流行とは違うから、広く支持されないだろうと思いながら作っています。
流行しているものを追いかけなくてはと思ったときもあったけれど、それで自分の思いと違うものを作り続けても楽しくない。古い価値観の自分が良いと思うモノを作っていけたらと今では思っています。
時間や物事は移り変わって行くものなので、自分が時勢とズレていくのは仕方ないことだと思っています。
今の万年筆の世界にも若くて元気な人たちがおられて、その人たちは当時の自分たちより情報もあるし、より的確に時勢が読めていて、自分が生み出すモノと世の中が求めているものが合っているのだろうなと思います。
当店ではそういう人たちともつながりがあって、それはとても恵まれたことだと思います。私が好むオールドスタイルなものだけでなく、今の感覚に合ったものも揃えられるからです。
九星堂の周さんも時勢が読めている一人だろうと思います。
インクがたくさん入る独特の吸入機構は、ピストン吸入式とインク止め式を足して、さらに独自のアイデアを組み合わせて、メカ部分に場所を取りすぎるというピストン吸入式の欠点を解消した独創的な吸入機構です。
機能的だけではなく、インクを入れるのが楽しくて仕方なくなる、操作する楽しみのある機構で、よく考えられていると思います。
インク止め式のように尻軸を緩めて書きますが、ある程度ペン芯にインクがあるのなら尻軸を緩めなくてもしばらく書くことができます。
デザインはとてもシンプルであり、先鋭的で現代的なものになっています。
こういうデザインの感覚は私の時代にはなかったものだけど、今では自然に受け容れられるものだと思います。
重量は軸だけで30gと、適度に重量感があります。14金のペン先の弾力とバランスも取れていてペン先の柔らかさが感じられ、とても気持ち良く書くことができます。
丸軸のカカリ、九角形のキャップのコスミ、九星堂の名前とともにどちらも囲碁を由来とするネーミングで、囲碁的な思考がこの吸入方式を生み出したのかもしれません。
今回から金属パーツがチタンではなく、木目金(もくめがね)のものも扱い始めました。
真鍮、銅、キュプロニケルの異なる金属が完全に混じり合うことなく模様を織りなす金属の模様が木目のように見えます。
九星堂の万年筆を私も愛用していて、書き味が良く書くことが心地良いので、よく使う万年筆の1本となっていて、ついついこのペンに手が伸びてしまいます。
九星堂のペンは、その独特な機構により少しだけインクを入れることもできまインクを吸入するのもとても楽しい作業です。
私はパイロットのインクを入れて、尻軸を緩めたり、閉じたりしてインク量を調整しながら書いていて、そういう細かいこともできて自分の好みに合わせることができるところも今の時代に合っていると思っています。