とても有り難いとことですが、この店には本当に素敵な方々が万年筆を買いに来てくれます。
そんな毎日の中で、この青年のことは私だけでなく、そこに居合わせたお客様方全員がもう一度会いたいと思ったのではないかと思います。
羽織、袴の若い男性がご来店されたのですが、その場に居合わせた大人たちは彼に対する興味を隠さず、今出会ったばかりのその青年に気さくに話しかけていました。
後から考えるとそれは彼がその店の雰囲気に馴染むのにとても役立ったと思います。
万年筆を選び始める前に、彼はこの店の雰囲気にも周りの大人のお客様にも慣れて、とてもリラックスできるようになっていました。
私は彼の和装を見て、日本製の和の趣がある中屋万年筆、漆塗り万年筆の元祖パイロットのカスタム845、予算の幅を考慮してセーラープロフィット、若者が好みそうなビスコンティなどを選んで彼の前に並べました。
比較的太めのペン先のものを考えているとあらかじめ聞いていましたので、中字の万年筆を用意しました。
彼はそれらをゆっくりと試しながら、一本ずつそのペンの良いところをコメントしていましたが、そんなところにも彼の若者にはなかなかできない気配りを感じました。
そんなやり取りの中で分かったのは、デザインに関しては若者らしくカラーのあるきれいなものがいいと思っていることと、ずっと使うことのできるしっかりとした実用性を持っているもの、書き心地、持ち心地の良いものを選びたいと思っていることでした。
彼が最後の最後まで、迷ったのはカスタム845と彼のリクエストでリストに加えたペリカンポーラーライトでした。
パイロットカスタム845はとてもオーソドックスなデザインで、黒色のボディに金色の金具という万年筆らしい重厚さに憧れたということと、一見するとプラスチックに見えるボディが実はエボナイトに漆塗りという日本的な美学のあるところに惹かれたようでした。
でも、ポーラーライトの素直にきれいと思えるボディと書き味の良さによって、気持ちが固まったようでした。
そのポーラーライトのMはペリカンのコンディションの良い万年筆がそうであるように、紙に触っていないかのような一切の抵抗のない滑りの良さと、インクが湧き出すような感覚がありました。
ボディにもアルミ素材が使われていて、金属なのにその絶妙なカーブによって柔らかいと錯覚する持ち味がありました。
北欧から見える美しいオーロラを表現したというボディカラーは様々な緑色で描いていますが、彼が持つとその緑色の一番濃い部分がとても渋い日本的な色に感じ、茶道具のように見えました。
よくお客様と話していて、その万年筆のことがとても好きになってしまうことがありますが、彼が選んだポーラーライトがとても好きになりました。
万年筆が決まった後、彼は居合わせた大人たちを相手に彼が早くもライフワークにしたいと思っている香道や自分のことについて話しました。
大人たちは17歳という若さでこんなにもしっかりとしていて、自分の意見をはっきりと言えて、でもとても爽やかでかわいいとさえ思える若者らしさも持っている彼にすっかり魅了されていました。
彼が、自分の話をこんなに聞いてくれた人たちに会えたのは初めてでとても楽しかったと言って帰った後も、私たちはその快い余韻に浸り、自分たちが17歳だった頃の思い出までいつまでも話していました。