インク出は最小限に絞り、使い続けるうちに筆記面ができて、そのポイントで書くとインクがたくさん出て気持ち良く書くことができるような調整が好きです。
そうすると使い込んで良くしていくような楽しみもありますし、ルーペで見たペンポイントの姿が美しいからです。
でもこれは私の好みであって、この調整をすると我慢して使わないといけない期間は2,3年あるし、万年筆を初めて使う人はこのままでいいのだろうかと不安になるのかもしれません。
店でペン先調整を依頼されてそのペンをこのような自分好みにすることはまずありません。
なるべくお客様の意向に沿ったものにしたいと思っていますが、ペン先調整を仕事にしているから、それは当たり前なのかもしれません。
書きにくいペンを書きやすくする、何かご希望があって、そのペンをその理想に近付けるようにしたいといつも思っていますが、そのご意向がそのペンを悪くしてしまうようなものでしたら申し訳ない気持ちで忠告するようにしますし、違う形でそのご意向を実現できるように代案を出すようにしています。
ペン先調整代を払ってよかったと思ってもらえるようにしたいといつも思っています。
私が若い頃のペン先調整をする各メーカーから派遣されてきた人たちは皆職人然としていて、一部の人の間で「~先生」と呼ばれていました。
その仕事はお客様の万年筆の問題解決もしながら、自分の世界観を万年筆に表現するような感じだという印象を持っていました。
そういう調整人(一般的にはペンドクター)の姿をお客様方が求めていたのだと思いますが、明らかに時代は変わり、その役割も変わってきていると思っています。
万年筆の良いところは、紙にペン先を置くだけでインクが出て、筆圧を書けずに書くことができる気持ち良い書き味と、ある程度の制約はあるけれど、自分の好み(書き癖、ペン先の硬さ、インク出の多少など)に合わせることができるというところです。
ペン先調整人は、その万年筆がどんな状態にあるのか、お客様がその万年筆の何を問題だと思っているのか、どのようにしたいと思っているのか、どのように使うのか、どんなものが好みなのか、どんな書き方をするのか察知して、最小限の加工でそれを実現し、合わせなければいけない。
そうするには正しい形を知っておく知識や見識が必要だし、闇雲に削らない理性のようなものとか、自分を出さない慎ましさのようなものも必要で、それはペン先調整に向かった時だけでなく、普段の心の持ち方から心掛ける必要があると思っています。
ペン先調整は、その万年筆をより良い状態にするという、万年筆販売員の持っておくべきスキルで、私たちは商売人であって、職人でも、先生でもない。
そこを勘違いせずに、自分たちの役割を理解しておくこと、ペン先調整が独り歩きしないことがこれからの万年筆販売におけるペン先調整のあり方のポイントのような気がしています。