「こしらえ」はペン先のついていない、あるいは書くことができない当店のオリジナル万年筆だと言うと乱心したのかと思われるかもしれないけれど、ペン先をつけなくても、持っているだけで嬉しくなるほどのものだと思っています。
それほど銘木の魅力に溢れたもので、眺めていても、触っていても、磨いても楽しめるものなので、仮に書くことができなくても楽しい万年筆(?)なのです。
パイロットカスタムヘリテイジ912/カスタム742という、字幅の選択肢が多く、どれを選んでもペン先の厚みのようなものが感じられる頼もしい書き味を持つ名刀を仕込むことができる「こしらえ」は、工房楔の永田氏が作る当店のオリジナル万年筆で、私はこのこしらえを誇りに思っています。
こしらえは使い馴染ませたペン先をボディを交換して使うことができるということと、使い込んで美しく艶が出たボディをペン先を交換して様々な用途で使うことができるという両側面において、万年筆を長く、より楽しみながら使う役に立つ演出だと思っています。
日本の万年筆は、海外の状況に比べてこういったカスタムボディが少なく、保守的な印象をずっと受けていました。
今ついているプラスチックのボディはメーカーが専用に設計したもので、それがベストの組み合わせだという見方もあるかもしれないけれど、それは大量生産が可能で、好き嫌いの出ないという、当たり障りのなさの追求に思え、この上質なペン先には物足りないと思っていました。
長年私や万年筆をある程度使い続けた人たちが思い続けてきたことに対して、永田さんがこしらえという軸で答えてくれました。
ボディの素材がプラスチック以外のもの、木であればいいというわけではなく、工房楔が作って意味のあるもの、一人の木工家が自身の作品として伝えるために残したいと思えるものがこしらえです。
工房楔の永田氏の場合、求められるもの、売れそうなものを相応の数作るのではなく、良い素材との出会いがあって、それが一番引き立つものを作る。そしてひとつひとつの木目が美しく出るように作るので、そもそもその作る動機というか、根源的なところから、大量生産のものや木であっても画一的に作られているものとは違っている。
そういう思想から生み出されている永田氏が作るものを私は製品ではなく、作品だと思うし、そのひとつひとつのモノには品格が備わっているように思っています。
このたびこしらえのバリエーションを増やし、ステンレスだったパーツを今回はエボナイトで作りました。
ステンレスパーツは木の素材とのコントラストが作品自体を締ったものに見せていましたが、エボナイトは木との親和性のようなものが感じられ、自然な印象。
ステンレスパーツのアクセントのあるバランスに対して、エボナイトは本当に軽く優しい感触です。
私もエボナイト仕様のこしらえを使い始めています。
工房楔の永田さんにお願いして桑の木で作ってもらいました。
海外の個性溢れる素材も大変面白いし、興味もありますが、やはり日本の木を1本持っておきたいと思いました。
パイロットの10号ペン先を名刀と見極めて、そのための装身としてのこしらえと名付けたからには日本の木を使いたかった。
道具類の柄などに使われる素材で、経年変化は削ったばかりの黄金色からこげ茶に近い色まで変化する。
桑の杢の日本の木らしい穏やかな表情が気に入っています。
手触りも、永田さんの仕上げのセンスによるところだと思いますが、サラサラとわずかな手応えがある手触りが気持ちいい。
実は桑のこしらえは2本あって、1本はSF、1本はフォルカンのペン先をつけています。
エボナイトのパーツのこしらえはステンレスに比べて10gほど軽いので、弾力の強いペン先よりも、柔らかめのペン先の方が向いていると思いました。
SFはプラスチック軸の時、そのペン先の柔らかさが少し使いにくく感じましたが、エボナイト仕様のこしらえでは全く気になりません。
かすかな柔らかさを感じながらダイアリーにゆっくりと書き込むのに使っています。
フォルカンの軽い筆圧で書いた時でも濃淡が出るような、フワッとインクが出てくるようなフィーリングはとても心地いい。
ダイアリーのようなものに書くには少しくどい感じがして、向いていない気がしますが、手紙や日記、報告書のような感情を込めてもいいようなものには合っていると思いました。
今まで両サイドが深くえぐられたようなペン先の形が気になっていて使ってみたことがなかったけれど、もっと早く使っていればよかったと思いました。
柔らかいペン先は本当に使い手を選ぶところがあって、筆圧のコントロールができる人でないとなかなか使いこなせない。
ペン先が開いて内面がガリガリと引っかかったり、インクが途切れたり、書き出しが出なかったりと、フォルカンのようなペン先を手に入れるには相当な覚悟が要ることだけはお伝えしておかなければなりません。
でも、そういう使いこなしが難しいけれど、攻略したいと思っている優れたペン先をつけたいと思わせるところがこしらえにはあります。
出会った時から永田氏の木の杢へのこだわりは相当なものだと思ったけれど、最近ではその作るものに何かが宿り始めているとさえ思えます。
上手く表現できないけれど、神がかってきたというと大げさかも知れませんが、永田氏の作品に迫力が出てきている。
こしらえにもそれが宿っていて、名刀を収めるというコンセプトに充分に沿ったものだと思っています。