森脇直樹さんが聞香会において炷てる沈香や伽羅の香りを聞いて、一抹の無常感のようなものを感じていました。
その香りから導かれる感情は人それぞれですし、その香りにまつわる想い、記憶は人それぞれあるのだけれど、私はそこに無常の世界観を感じていたのです。
人の気持ちを誘導するのに、香りというものほど優れたものはない。
その香りを嗅ぐと、よりその世界観を感覚で理解できる。
森脇直樹さんも当店の「雑記から」に書かれているけれど、はかなく、でも奥行きのある沈香の香りは武士の一期一会の生き様と合致していて、武士の世界観に取り入れられてきました。
明日をも知れぬ生を宿命として背負っている武士の心に、無常感を思い出させる沈香の香りは沁みこんだのだと思います。
複雑な香りだけれど、飾り気のない自然なままの香りが香炉から薫り立ち、いつまでもその中に身を置きたいと思う。
この世ははかないという無常感は、この時間はいつまでも続かないという諦めのような、でも今を大切にしたいと願う一期一会の心に近い感覚です。
工房楔の永田篤史さんが世に問うている銘木のもの全てに、一期一会の言葉が当てはまると、多くの人が私と同じように感じられていると思います。
杢とか、木目というのは自然が作り出すもので、それを木工家という人間がどう切り取るかでその模様の出方が変わる。
同じ木目を作り出そうとしても絶対にできない。
銘木もたくさんの種類があって、複雑な杢を持つこぶの部分を多く扱うことで、それが工房楔の代表作のように思われがちですが、そうではない静かな印象を持つ東洋の木も工房楔は厳選して扱っています。
そのひとつ黒柿などにも香に近い世界観を特に感じます。
その孔雀の羽根のような模様になることもある墨絵のようなトーン、希少性などから銘木の中の銘木と言われる黒柿。
古から男たちを惹きつけ、追い求めさせたダンディズムのような魅力は、今の我々の感覚でも充分理解できるものです。
簡素の美、素材感など日本古来の感覚を大切にしたいと思って、その価値観に照らし合わせて商品を選び、設え、サービスを選択した当店の当初において、気持ちを導いてくれる香りと嗜みにも似た楽しみを提供してくれる銘木は存在しませんでした。
それらの物は、森脇さんと永田さんのお二方との出会いによって当店にもたらされた、大切にしていきたい当店のひとつの切り口でもあるのです。
*当店では毎月最終土曜日の午後3時~5時に森脇直樹氏による「聞香会(もんこうかい)」を行っています。参加費などは無料ですので、ぜひご参加下さい。カジュアルなスタイルで行っていますので、緊張せずに香に触れていただけると思います。毎月の開催日はホームページインフォメーションにてご確認下さい。