細く書く

「三菱ジェットストリームエッジ」というボール径0.28ミリの油性ボールペンが発売されて、そのデザインの良さもあって、とても興味がありましたのでいくつかの店舗を回って手に入れました。

同じ三菱でも、水性染料インクの0.28ミリは書き味がガリガリと感じられましたが、このエッジは同じ太さなのにヌルヌルと気持ちよく、大変細い線を書くことができます。インクが粘度を抑えた油性ということもあるのかもしれませんが、品切れするお店が続出するほど売れているのも分かる気がしました。

ボールペンや線引きペンの方が細く書くことに関して有利に思われがちですが、私は万年筆の細く書く機能も侮れないものがあると思っています。

国産の極細(EF)などはジェットストリームエッジに見劣りしない細い線を書くことができます。

油性ボールペンのインクは、すぐに紙に浸透しないので、書いてしばらくして手が触れると筆跡がこすれることがあります。でも万年筆のインクの場合は比較的早く紙に浸透してくれますので、しばらくしてこすっても筆跡が流れることはない。これは私の個人的な経験なのかもしれないけれど、そういった万年筆が有利な点もあります。

細く書くことができる万年筆、国産のFやEFのペンについて考えてみました。

例えばパイロットカスタム74とプラチナセンチュリーを比較すると、そのフィーリングや書いた線の感じが違います。

2つのメーカーの金ペン先を比較すると、パイロットはペン先が柔らかめで、プラチナは硬めということになります。

少しマニアックなペン先調整の話になりますが、パイロットは標準の状態で、ある程度ペン先の寄りを強くして調整してあります。そのため軽い筆圧で書くととても細い線を書くことができますが、筆圧がかかると線が太くなります。

プラチナは多少個体差がありますが、適度に寄せてインク出をある程度抑える調整が施されています。

柔らかいペン先は筆圧のわずかな加減で線の太さが変わりますので、柔らかいパイロットの方がシビアな筆圧のコントロールが要求されます。そうなると硬めのプラチナの方が筆圧の影響を受けにくいので、安定して細い線を同じ濃さで書くことができる。細く書くということに関してはプラチナの方が扱いやすいと思っています。

そしてプラチナにはEFよりもさらに細いUEFなるペン先があり、こうなるとその細さにおいて他のメーカーを凌駕します。

細く書く、それもとても細く書くということに関して、以前からプラチナにある程度そのイメージを持っていますが、それは今も変わらず伝統的に受け継がれていることを今回改めて思い出しました。

いろんな好みや用途がありますが、三菱ジェットストリームエッジのような細い線を例えば手帳に書くという用途に関して言うと、プラチナセンチュリーが使いやすく、お勧めできるものだと思っています。

⇒プラチナ萬年筆 センチュリー

インクブームの置き土産・ジュエリーインクとガラスペン

台湾のジュエリーデザイナー、インクコレクター  Ya-Ching Lai さんがデザインした Ya-Ching Style のボトルインクが入荷しました。

Laiさんはインクコレクターとしても有名で、海外で起った日本のオリジナルインクブームを牽引した人のうちの一人だと思います。

Ya-Ching Styleのインクは、 超高研磨技術で高輝度にダイヤモンドカットされたボトルに入っていて、本業であるジュエリーデザイナーらしいこだわりが表現されています。底にはキャップがちょうど入るサイズの凹みがありますので、2つくらいならブロックのように重ねて置くこともできて、遊び心も感じさせてくれます。

6色のインクは宝石から着想を得て作られていて、全て顔料インクです。台湾のインクは淡い色のものが多く、これも台湾流だと思っていますが、 Ya-Ching Style のインクも淡めの、とても上品な色のラインナップになっています。

顔料インクというと、色が濃く、ベッタリと塗りつぶすようなイメージがありましたが、このインクはジュエリーインクの名前の通り透明感のある色です。

顔料インクは紙の性質にあまり左右されず、どの紙にも同じように書けるところも特長です。少し値段の高いこのインクの使い方について考えてみました。

私は万年筆に吸入させて使ってみましたが、特に詰まりやすいとか、出が極端に少なくなるなどのトラブルはありませんでした。

でもこのインクが一番似合う用途は、ガラスペンとの組み合わせだと思いました。

ガラスペンで書くと万年筆というフィルターを通さなずダイレクトに紙にインクが乗りますので、インクの色が濃くなります。

Ya-Ching Style のインクは、濃度を上品に抑えていますので、ガラスペンで書いてもインクがそのまま紙に乗っているような強さはないし、顔料インクなのでにじみもありません。

当店で取り扱っている、岡山のガラス工房aunの江田明裕さんのガラスペンは、細字でも滑らかに書くことができるのがそのデザインと同じくらい特長的で、まさに万年筆店で扱うのに相応しいガラスペンだと思っています。

江田さんとは、2年半ほど前に私が定休日に倉敷に出掛け、美観地区を散策している時に、たまたま出会いました。様々な工芸作家さんが集まっている一角の一番奥に江田さんの工房があって、一目でガラスペンがあると分かりました。

試筆させていただくと、細字がものすごく細いことと、それでいて引っ掛かりもなく滑らかで、硬いガラスなのに柔らかささえ感じる書き味に驚きました。

その時当店はまだガラスペンを扱っていませんでしたが、インクブームの真っただ中で、当店もガラスペンを扱う必要性を感じていましたので、とてもタイミングの良い出会いでした。

江田さんのガラスペンを安心してお勧めできるのは書き味だけではありません。例えばペン先を欠けさせてしまった場合でも、往復の送料だけで無料で直してもらえます。ガラスという繊細なものですが、直して使うことができるのです。

インクブームは当店のような小さな店も巻き込まれて、その恩恵を受けました。当店がオリジナルインクの新色を積極的に発売しないからそう感じるのかもしれないけれど、ブーム自体はかなり沈静化しているように思います。

でも、台湾の Ya-Ching Style のボトルインクと江田さんのガラスペンは、インクブームの置き土産として当店の品揃えに彩りを与えてくれています。

Ya-Ching Style ジュエリーインク

⇒aun工房江田明裕ガラスペン

モンブラン149 オーバーサイズの中心のピース

万年筆店として、思い描く理想の品揃えがあります。それでも意外と様々な制約があって一気に揃えることはできないけれど、少しずつ近づくためにその理想を持ち続けています。

モンブランもそんな理想の品揃えの中に入っていました。

でも私の理想はモンブランも他の万年筆と同列に扱って、他の万年筆と比較してもらいたいというもので、それはブランドであるモンブランが希望するものとは違っていました。

別に状況が変わったわけではないし、時代がそうなってきたと言うと煙に巻くような言い方ですが、 定番のスタンダードモデルマイスターシュテュックに関しては、当店の理想とするモンブランの扱い方ができるようになりました。

オーバーサイズの万年筆には本当に魅力的なものが揃っていると思っています。その中でもモンブランマイスターシュテュック149は最も有名で、スタンダードな存在です。

オーバーサイズの万年筆をいくつか挙げると、当店が独自に輸入しているウォール・エバーシャープ社のデコバンドは、無駄が一切ない149と違って、ゴツゴツとしている無骨なデザインが魅力だし、吸入メカニズムの仕掛けや書き味など、楽しむための要素が多い万年筆だと思っています。

149が入って比較する対象ができたことで、デコバンドの良さもまた伝わりやすくなったのではないかと思います。

またペリカンM1000は味わいのある万年筆です。控えめな遊び心があるけれど、シンプルでスッキリして見える。M1000のデザインから、濃厚で甘い書き味が生まれるのが不思議な気がします。

モンテグラッパエキストラ1930は、ボディはそれほど大きな方ではありませんが、そのペン先の大きさからオーバーサイズ万年筆と言ってもいいのではないかと思います。

シルバーの金属パーツやセルロイドのボディとの組み合わが醸し出す佇まい、大きなペン先から生み出される粘りがあるような上質な書き味は、どのオーバーサイズペンに勝るとも劣らない万年筆だと言えます。

そういったオーバーサイズの万年筆の中にあって、モンブラン149はそれらの万年筆に少なからず影響を与えている、思想的なベースとなった超スタンダードな存在の万年筆です。

面白味は少ないかもしれないけれど、多くの万年筆のお手本となった最も万年筆らしいオーソドックスで洗練されたデザインと、書くことを仕事としている人が書かなければいけない時に信頼できる頑丈さがこの万年筆の特長で、何か万年筆を1本だけ選ばなければいけない時に選ぶような万年筆なのかも知れません。

でも本当はモンブラン149について評価するのは非常に怖い。なぜなら多くの人が愛用していて、この万年筆を特別なものとしているからです。

それがモンブランマイスターシュテュック149で、この149が入ることで、当店もポッカリ空いていたパズルの中心のピースがはまったような気がしています。

当店ホームページ、モンブランマイスターシュテュック149のページ

大人の色、大人のペン

左・アウロラシガロ 右上・アウロラ88クラシック 右下・アウロラオプティマ365タルタル―ガ

当店のオリジナルインクは8色あって、お店限定のインクが大流行している今となっては、それは決して多い方ではないけれど、落ち着いたいい色が揃っていると思っています。

ここに何色を足せばいいのか今のところ思いつかないし、インクブームだからと無理に発売しようとは思いません。

オリジナルインクはそれぞれの店の万年筆にまつわる世界観を表現するものとして大切な商品だと思って、当店も創業間もなくから扱ってきました。

最初、四季に応じてインクの色を変えたらいいと思って「朱漆・朔・山野草・冬枯れ」の4色だけを作りました。

ブームが始まるまではそれほど売れるものではなかったけれど、京都のインディアンジュエリーのお店リバーメールさんとのコラボ企画「WRITING LAB.」のオリジナルインクも増えて、今では8色になっています。

今回は当店のオリジナルインクのCigarについて少し触れてみたいと思います。

四季に当てはめて企画した「朱漆・朔・山野草・冬枯れ」に対して、Cigarは少し異色に感じられるインクだと思います。

色は、書いたばかりの時クアドリフォリオのインクと同じくらい緑色ですが、インクが乾くと葉が枯れたように茶色っぽく変色するというもので、面白い存在のインクです。

季節で言うと秋と言えなくもないけれど、今では時代遅れになってしまった男っぽさのようなものを、同じく時代遅れになってしまったCigarというもので表現してみました。

しかし、このインクで表現した男っぽさとは裏腹に、女性の方にも多く使われていて、そして色が変わるというのが新鮮に思われて、インクとしては時代遅れでもなかったのかもしれないと思いました。

でも枯れていくような感じ、落ち着いた色合いから、このCigarのインクはやはり大人の色、大人の人にこそ似合う色だと思っています。

Cigarのインクに最も似合う万年筆として、当時オマスで金キャップの当店別製の万年筆を作りましたが、それも完売してしまいましたので、同じく金キャップに黒ボディのアウロラ88クラシックを挙げたいと思います。

黒ボディに金色キャップの万年筆は、1980年代から90年代はじめまでは各メーカーからよく発売されていましたが、現代ではほとんどなくなってしまい、アウロラ88クラシックが唯一の存在になってしまったと思われます。まさに時代遅れの万年筆です。

Cigarのインクが似合う万年筆として、アウロラの限定品シガロもよく似合います。

このインクを入れるためにアウロラが作ったのではないかと思えるくらい、ピッタリのペンです。シガロはアウロラでは珍しく真鍮にラッカーと塗装を施したボディの万年筆で、そういった点でも発売当時はアウロラの意欲が感じられました。

ズシリとした重量感がありますので、より18金ペン先の柔らかさが伝わりやすく、書き味の良い万年筆。

アウロラは定番の万年筆には、14金ペン先、限定品には18金ペン先を装着して、差別化しているけれど、書き味の違いは非常に大きいと思います。

14金は硬めで柔らかく書けるまでに時間がかかりますが、18金はわりと初めから書き味良く感じられます。

そしてCigarのインクに似合う万年筆として、もう1点だけどうしても載せたかった、アウロラの限定品「オプティマ365タルタルーガ」。

鼈甲をイメージしたレジンをボディに使用していますが、こんな色の万年筆を見たことがありません。鼈甲なのにオリーブ色のような緑色も感じられて、Cigarのインクがこの万年筆から出てくるのは、ピッタリとはまり過ぎなのかもしれません。あまりにも良い組み合わせです。

気がついたら、アウロラのペンの紹介になってしまったけれど、シガロもタルタルーガも過去の限定品ですが、あと数本だけ、在庫がございます。大人にふさわしい万年筆として、お勧めのモデルです。

*アウロラ シガロ

*アウロラ 88クラシック

*アウロラ オプティマ365 タルタル―ガ

今年一番お伝えしたいこと

万年筆を愛用している皆様や万年筆の業界のために私がお役に立てることは、ペン先調整をして書き味の良い万年筆や、お好みに合うように仕立てた万年筆を提供することです。
当店でお買い上げいただきました万年筆は、店頭の場合インクを入れてしばらく書いていただき、お客様の書き方に合うように調整して、またしばらく書いていただき、お好みに合うように仕上げてお渡しします。
WEBショップでお買い上げいただいたものも、全てインクを入れて、チェックして、調整しています。
ペン先調整の内容に特にご希望がない場合は、私が一番良いと思う状態にして、インクを洗って、水を切ってから発送しています。

万年筆の試し書きは、多くの場合ボトルインクからペン先にインクを付けて行います。
付けペンだと、その書き味は分かっても、インクの出る量や書き出しが出ないなどの不調を見分けることができません。
それは私のようなペン先調整を仕事にする者でも同様で、インクを一度入れて、チェックするという作業は万年筆を販売することにおいて、必須の過程です。

何か不調があったり、お好みに合わない万年筆のペン先調整も承っています。
ペン先の不調はたいていペン先調整で直すことができるし、書き味が良くないと思っておられるものも改善できます。お送りいただいてのペン先調整も承りますので、まずメールでご相談いただき、お送り下さい。

万年筆は工業製品で仕上がりにはバラつきがあるけれど、ペン先調整することでその万年筆の性能を100%引き出すことができると思っています。まだ一般的には書き味も好みに合わせることができる筆記具だということは周知されていませんが、ペン先調整士の先輩方の活動によって、日本ではだいぶ知られるようになってきました。
しかし海外ではペン先調整士も少なく、日本ほど知られていないようです。
私は今年、万年筆のペン先調整をもっと多くの人に知ってもらえるように、そして良い書き味の万年筆の書き味を味わう楽しさを知って欲しいと思っています。
インクの色を楽しんだり、軸のデザインを愛でること以外の万年筆の楽しみとして、ペン先の仕上げの違いによってもたらされる、書き味の違いを感じることが広れば面白い。
もちろん私も常に努力し続けるつもりだし、そうすることが何より楽しいと思います。
そういうことに共感して下さる方がどれくらいいるのか分からないけれど、日本的な奥深い万年筆の楽しみ方だと思っています。

~スローなペンシル~ヤード・オ・レット ディプロマットペンシル

ペンシルも使いだすと万年筆にはない良さがあって、いいものだということはわざわざ言うまでもありません。

私は万年筆を原稿の下書きにも使っているけれど、万年筆はどちらかというと清書のための筆記具で、ペンシルは下書きのための筆記具だと思います。

消しゴムで消すことができるということもあるけれど、私の場合は考え込んで筆が止まっても乾かないということと、書いた文字が万年筆ほど強く残らないので、気楽に書くことができるし、たくさんの人が周りにいる状況、電車の中や喫茶店の中でも気後れすることなくノートに書くことができる。そう思って最近では万年筆と使い分けてペンシルも使っています。

台湾のレンノンツールバーの水色という非常に淡い色のインクを下書き用に使ってから、ペンシルに自然に移行したのは、やはり乾かないことが重要だったのかもしれません。

下書きという、どちらかと言うと私にとっては苦しい作業ですが、ペンシルも良いものだと気付かせてくれました。

文具店で勤務していた時から12年も経っていて、特に国産のシャープペンシルのすさまじい進化に気付いていませんでした。

芯が折れない機構というのは結構通常のスペックになっていて、自動的に芯が出てくる、芯が尖ったままであり続けるといった機能のものが発売されていました。

シャープペンシルと言えば低価格帯だったのも、今では数千円の価格のものが売れていたり、取り巻く環境は変わっていました。

ヤード・オ・レットはそういった流れの頂点に君臨できるペンシルですが、日本製の流行しているペンシルとは、真逆の存在なのかもしれません。

クラシカルなデザインのペンが多いヤード・オ・レットですが、このディプロマットは六角形で、シャープでモダンなデザインになっています。

スターリングシルバーの重厚なボディと、1.18mmという太芯を12本収納することができる繰り出し式の内部機構は、職人仕事で作られています。 

プラスチックの部品がひとつも見当たらないのも、ヤード・オ・レットの徹底しているところで、現代の筆記としては稀有な存在です。

メカの面白みがこのペンシルの最大の特長ですが、太芯を好きな長さだけ出して書くことができるのは繰り出し式ならではで、そのブレのない筆記感はヤード・オ・レットならではのものです。

ヤード・オ・レットは1934年、レオポルド・フレデリック・ブレンナーによって設立されました。この年にブレンナーは今のヤード・オ・レットの特長であり、名前の由来になっている3インチの芯を12本収納して、1ヤード分の芯を保持することができるペンシルの特許を取っています。

特許取得と並行して、1822年から繰り出し式のペンシルを製造していたサンプション・モーダン社のパテントも取得し、早くから現在のヤード・オ・レットの形を完成させています。

多くのペンが流行によってその姿を変えて、今に至っていることを考えると、全く変わらずに今も存在し続けているヤード・オ・レットのペンシルは貴重な存在だと言えます。

頭の中で出来上がったものを一気に紙に書きだすような時は万年筆の方がそのスピードについてきてくれるけれど、考えながら書き進める時は、ペンシルがその思考の遅さに付き合ってくれるようで合っている。

ヤード・オ・レットディプロマットはそんな使い方にぴったりな、スローなペンシルだと思います。

当店のペン先調整の説明

ホームページのデザインをリニューアルして、ペン先調整の表現を少し変更しました。

今まではインターネットで万年筆をお買い上げいただく時に、調整方法を「標準調整」「おまかせ調整」「オーダー調整」の中からお選びいただいていましたが、それを無くしました。

何を選択しなくても、全ての万年筆を当店の理想的な形に仕上げてお送りいたします。

よりご自身の書き方やお好みに合ったペン先調整をご希望される場合は、コメント欄にご要望をご記入下さい。ご要望に沿って調整致します。

万年筆は工業製品なのに、そのペン先は1本1本違い、同じものはほぼありません。

私はそういうところが好きで、自分の仕事のやりがいを感じています。

たくさんのペン先の中から書きやすいものを選ぶこともできますし、書き方を見ることができれば、その人に合うものを選ぶことができます。

自分の理想でない形のものは手を入れて、なるべく自分の理想とする形にして、皆様にお届けするようにしたいと思って、今回の変更となりました。

私の理想とするペンポイントの形はルーペで見た時に美しいと思える形です。

その形は様々で、球形のものにも四角いものにも美しいと思えるものがあります。ひとつに決まっているわけではありませんが、自分が手を入れて調整したからには、後から自分が見た時に美しいと思えるものにしたいという想いが強くなってきました。

ペンポイントは美しい形で、切り割りは適度に寄っていて、食い違っておらずペン芯にしっかりと密着していること。左右非対称なものや、筆記面を削り過ぎたもの、開き過ぎたものは美しくないと思っています。

ペン先調整の理想を言い過ぎると頑固なようで、お客様方が遠慮してしまう恐れがあるかもしれません。

でも私にこういう風にしてほしいという要望をお伝えいただきましたら、ご要望と自分の理想の折り合いをつけたものにしたいと思っています。

ペンポイントが美しいかどうかなんて、殆どの人が気付かないことなのかもしれませんが、ペンポイントは美しいものであった方がいい。

それは書き味の良さにもつながり、それが当店の万年筆の特長だと思っていただけるようにしたいと思います。

ペン先の力

趣味の文具箱最新号vol.52で、パイロットポスティングペン先を取り上げました。

ポスティングというのは極細のペン先をお辞儀させて、ペン先を硬く開きにくくすることで、文字の太さが筆圧の影響を受けにくくして、安定して細い文字を書けるようにしたペン先です。

システム手帳リフィル筆文葉・そら文葉のデザイナーかなじともこさんにお願いして、ポスティングペン先の万年筆で書いているところを撮影して、そのページで写真も載せていますが、この時にポスティング万年筆の小さな文字を書く力を改めて知りました。

写真を見ていただければ分かりますが、3ミリ方眼に漢字やかな1文字を入れて書いています。これを書ききったかなじともこさんがすごいのはもちろんですが、それに応えることができる万年筆の細く書く力を感じました。

ポスティングのペン先は、パイロットカスタム742、743、カスタムヘリテイジ912などのレギュラーサイズの万年筆についていて、手帳のペンホルダーに差して使えるタイプの万年筆ではないけれど、この細く書く性能は究極の手帳用の万年筆だと言っていい。

他にもペン先にこだわった万年筆として、セーラーの長刀研ぎペン先というものもあります。(*長刀研ぎ万年筆は実店舗限定商品で、WEBショップに載せることができませんが、店頭に在庫しています)

ペンポイントを長刀形状に先端を鋭く研ぎ上げて、立てて書くと細く、寝かせて書くと太く書けるようにしてあります。書き方によって、筆文字のような鋭いハネ、ハライを書くことを目指したペン先です。

このペン先は多少の慣れが必要ですが、使いこなすこと、書くことをより楽しくしてくれる、セーラーの伝説の職人長原宣義さんが現代に甦らせた、ペン先の研ぎです。

ポスティングも長刀研ぎも、世界の万年筆とは違った日本独特の万年筆のあり方を示したもので、こういう世界観の万年筆を大切にしていきたいと思っています。

私もペン先の研ぎの美しさにはこだわっていますし、こういうことを追究することも生涯の仕事だと思っている。

ほとんどの人が気付かないかもしれないけれど、ルーペで見た時の姿は滑らかで美しい姿であってほしい。美しいペンポイントを持つ万年筆は、きっと適度なインク出で、書き味が滑らかだと思っています。

国産万年筆の書き味

万年筆というものはそれぞれの国柄が表れていて面白いものだと思っています。イタリアのメーカーはイタリアらしい万年筆を作るし、ドイツのメーカーの万年筆はドイツらしいものに感じます。日本の万年筆も同様です。

そして、その国が発展期にある時、経済とか情勢と無関係に思われる万年筆も比例して活気があることはさらに面白いことだと思います。

1920、30年代のアメリカ、1950年代のドイツ、1960年代の日本、そして今の台湾というように、国に勢いがある時ちゃんと万年筆も黄金時代を迎えている。

そのように考えると日本の万年筆はピークを過ぎているということになるけれど、より成熟した存在になっているという言い方、捉え方ができます。

そして、それこそが日本の万年筆の生きる道であるけれど、私たちはそれを海外のお客様方に伝えられずいるような気がします。

日本の万年筆は、海外の万年筆のようにデザインに分かりやすい個性があるわけではないけれど、書き味に違いがあって、それはデザインの違いよりもより、深い万年筆の楽しみ方だと思っています。

私も分かりやすいデザインの違いよりも、微妙な書き味の違いを感じたり、自分が好きな書き味を味わいながら筆を滑らせている方が楽しい。

今この手元にパイロットカスタム74とセーラープロフィット21という実用本位の万年筆があります。どちらも私にとっては非常に書きやすい。

同じ書きやすいでもそれぞれ違いがあって、パイロットカスタム74はどんな筆記角度で書いても同じように滑らかに書ける。大きなペン先のカスタム743ほどではないけれど、書き味も非常に柔らかい。

セーラープロフィット21は、カスタム74に比べて芯のある書き味。快感はカスタム74の方が上だけど、もしかしたらプロフィットの方がきれいな文字が書けるのかもしれません。

書き味を味で例えると、甘口のカスタム74、少し辛味のあるプロフィット21といったところかもしれません。

日本の万年筆メーカー3社、パイロット、セーラー、プラチナの書き味にはそれぞれ個性があり、その書き味こそがそれぞれのメーカーからのメッセージがあって、世界的に見ても日本のメーカーのそれぞれの書き味には個性があり、大いに存在価値があると思っています。

メーカーを横断して、それぞれを比較したり、特徴を挙げたりすることができるのは複数のメーカーを扱っている専門店だけなので、専門店は日本の万年筆の繊細な書き味の違い、味わい方を伝える責任があります。

そして、調整士の仕事は、各メーカーの個性的なこの書き味を引き出すことなのだと思います。

日本の万年筆の分かりやすいデザインの部分、例えば蒔絵や漆塗りのペンだけが海外の人に伝わって、評価されているという現状を変えないと、日本の万年筆は正しく評価されているとは言えないのかもしれませんが、書き味の微妙な違いを伝えることはなかなかに難しいことなのかもしれません。

調整士がペン先調整によって理想の書き味を追うことができるのは、いくつもの理想の書き味を知っているからです。

それを私は微妙な書き味を持った日本の万年筆で覚えました。

誰に聞いても、海外でペン先調整を仕事にしている人は、ほとんどいないと言います。

同じ字幅なのに硬いものと柔らかいものがあったり、中字と細字の間に中細がある国に生まれたから、より完璧な書き味を求めるようになった。

日本の万年筆の書き味の違いを伝えるとともに、ペン先調整で万年筆が書き味を引き出すことができるということを伝えていかなければならないと思っています。

PENLUX~台湾のモノ作りとデザインの力

台湾の万年筆メーカーPENLUXを新たに扱い始めました。
10月に台南ペンショーに行った時に、一目見て気に入ったブランドでした。
短期間ですが12月上旬までは当店が日本国内で先行発売することになっており、先日の神戸ペンショーでも多くの方に良い評価をいただきました。

PENLUXは1999年に創業したメーカーで、日本や欧米のメーカーのOEM(相手先ブランドでの生産)製造をする会社でしたが、今回自社ブランドによる初の万年筆グレートネイチャーシリーズを発売しました。
奇をてらわずにオーソドックスなデザインで仕上げたことと、信頼性の高いピストン吸入機構を備えた万年筆であるということに好感を持ちました。
無色の摺りガラスのような仕上げのクラウディベイは388本の限定品です。

14金フレックスは、ペン先に切り込みを入れて、非常に柔らかい書き味です。
最近の他社のフレックスニブやパイロットのフォルカンニブとは狙っているところが違っていて、ペン先が開いて幅広い字幅で書くのではなく、ビンテージの万年筆のような柔らかいタッチを得るためのペン先、という感じです。
他のフレックスでないモデルは、当店が特別に金ペン先仕様を依頼して用意してもらいました。これだけ立派なボディ、丈夫な吸入機構を備えた万年筆なので、金ペン先が合うのではないかと思ったのです。
もちろん元々はスチールペン先仕様ですので、お申し付けいただければそちらの仕様でもご用意できます。価格はクラウディベイ切り込みありスチールペン先モデル25300円(税込)、他モデルの切り込みなしスチールペン先は24200円(税込)です。

先日、台北を中心にステーショナリーや万年筆店を中心に見て回ってきました。
そんな中、印象付けられたのは台湾のデザイン力でした。
店作りやディスプレイの仕方が斬新で、大胆で、日本にはないものを多く見ました。
ステーショナリーや万年筆の分野で日本は台湾に先行したかもしれないけれど、私たちは過去の栄光に捉われて、時代に取り残されているのではないかと思いました。
台湾はすでにもっと先に進んでいます。
日本製のモノの品質の高さは自他ともに認めるところではあるけれど、同等のモノ、もっとデザインの良いものは台湾で作ることができる。
日本が今後も万年筆を作り続けたいと思うのなら、不採算だけど文化の貢献のために万年筆の製造を継続しているというスタンスではなく、万年筆が自分たちの仕事で将来もこれで生きていくという気概を見せる必要があるのではないかと、日本で万年筆の仕事に携わる者の一人として思いました。
万年筆というものの文化性に甘えてはいけない。万年筆も先に進まなければいけないとPENLUXから大いに刺激を受けています。

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