私が今している仕事はきっと過去にも誰かがしていたことで、その人が万年筆の歴史の中に埋もれていったように、私のしていることも同じく跡形もなく消えてしまうのだと思います。でもそれでいいと思う。
万年筆の歴史は「革新」と「過去の復興」の繰り返しだからです。
ペリカンもそんな万年筆の歴史を何度も繰り返してきたメーカーのひとつで、クラシックなモデルと革新を標榜したモデルをバランス良く発売してきました。
でも革新を目指したモデルは長く続かず、ペリカンほどのメーカーであっても革新しようとしたことは万年筆の歴史の中に埋もれてしまった。
M800ルネッサンスブラウンは、ルネサンス絵画のような色合いをボディカラーで表現していて、昔のセルロイド製のクラシックな万年筆のように仕上がっています。
しかし、ペリカンはセルロイドではなく、現代の素材アクリルレジンを素材として使用しています。
万年筆の素材は、今ではアクリルレジンから削り出したものが主流になっていて、セルロイドやエボナイトは使われなくなってきています。
製作の時間も手間もかかるセルロイドのボディこそ価値のあるものだとして、高額なセルロイドの万年筆も存在しますが、余程注意して時間も手間もかけて作らないとセルロイドは時間の経過とともに変形していく。
変形してしまった古いセルロイドの万年筆を今まで嫌というほど見てきたので、やはりアクリルレジンのボディの方が使っていて安心だと私は思っています。
M800ルネッサンスブラウンは昔の万年筆に使われていたセルロイドのような色柄で、ルネサンス期の絵画のような色彩を表現した限定品です。
ルネサンスを古典古代文化の復興と解釈するなら、古い時代の万年筆の復興を目指したモデルなのではないかという見方をしても面白い。
イタリアのメーカーが黄金期の万年筆の復興を目指したモノ作りをし続けているのと同じように、ペリカンもまた革新とのバランスを大切にしながらも現代の技術を駆使するという、少し違ったやり方で黄金期の万年筆の復興を目指しているような気がします。
M800は硬いペン先とバランスの良いボディを持つ筆記性能に優れた万年筆の中の万年筆ですが、1980年代発売でその歴史はあまり古くない。
当時、アウロラアスティルから始まった細い軸のスマートな万年筆が流行していました。しかし、筆記性能が高く、大きなペン先を持つ1930年代の万年筆らしい万年筆のスタイルを持つM800はその流行に一石を投じたのではないかと思っています。
それ以後万年筆のトレンドは大きなペン先と堂々とした大型のボディになっていると考えるとM800が万年筆の業界に与えた影響は計り知れず、それが今も続いている。
1930年代の万年筆の復活を世に問うたM800が、クラシックな色柄のボディで今また黄金時代の万年筆の復活を掲げているのがM800ルネッサンスブラウンなのだと思います。