黒金の万年筆にどうしても惹かれてしまいます。
オーソドックスな黒のボディに金のリングが施されたものもいいけれど、どうしようもなく惹かれるのは金キャップに黒ボディの万年筆です。
他の万年筆は私の商売の大切な商品として見ているけれど、黒金だけは違う。自分が手に入れなければならないように思えてしまい、それが売れてしまうと、これは良いですよと勧めておきながら喪失感を覚えます。
好きなモノを商売にする人間の心得として、自分が一番良いと思うものから売るということをずっと守ってきて、これは鉄則だと思っています。
それで当店は続いてくることができたと思っているけれど、どうしてもそういうふうに割り切れないものが、私にとっては黒金の万年筆なのです。
恐ろしいことに私も今年50歳になります。齢だけは着実にとっているけれど、自分に50歳の男の重厚さがなく、若い時にコンプレックスに感じていた青二才さがいまだに抜けずにいるのではないかと思っています。
といっても今は若い頃に感じていた、どの場所にいても自分が場違いに感じるような感覚を覚えることはこの店ではなくなったけれど。
相手を緊張させるような重厚さは、私のような仕事の人間には要らないし、自然体だからこそどのお客様ともコミュニケーションをとることができているのだから、今さら重厚さを身に付けたいと思っているわけではないけれど、黒金のペンに惹かれてしまうのは自分に欠如している部分をペンによって補給しようとする人間の本能で、例えば体にビタミンが不足していたらやたらと野菜が欲しくなるような感覚に近いのかもしれません。
時計で金無垢のものはとても重厚に見えるかもしれないけれど、自分には重厚過ぎる。
でもペンならいいかと思う。ただし全身が金色ではなく黒金だというところにこだわりがある。
時代の流れか、特に万年筆においてはどんどん雰囲気の軽いものが増えてきていて、重厚なものが少なくなっている。
新品で現在手に入れることができる黒金の万年筆というとかなり少なくなっていて、寂しい状況ですが、黒金が売れないわけではなく、やはりそういう雰囲気のものを求めている人は多くおられると思います。
例えばアウロラ88クラシックは、調整した時の書き味や使用感もとても好きな万年筆で、一人でも多くの人に使ってもらいたいと思っています。
木工家の工房楔の永田さんはオレンジがテーマカラーで様々なオレンジ色のものを持っています。
彼の場合はオレンジ色が不足しているわけではなく、彼のパッションを表現した色だからオレンジをテーマにしているのだと思うけれど、それはペンから時計など様々なものにまで徹底されています。
そこまでではなくても、さりげなく持ち歩くことができて一人の時に使うことが多い万年筆に、自分のテーマやこうありたいという課題を込めて、それに沿ったものを手に入れてみるのは、持ち物に統一感も出て、なかなかいいものだと思います。