良い万年筆とは人によってそれぞれで、これが一番というものは絶対にありません。
人がブログやSNSなどで良いと言っていることは関係なく、自分がいいと思うものを自分の好みで見定めるべきだと思っています。
それは、私が当店を始めた時から一番伝えたいと思って、発信し続けてきたメッセージでもあります。
例えば私が考える良い万年筆の基準は、「使う人の心に影響を及ぼして、生き方をも変えるようなモノであること」です。
良い靴を履くようになると、その日の自分の行動や天気を今まで以上に気にかけたり、足の運びや所作が丁寧になったり、服装にもこだわりを持つようになります。それと同じように、良い万年筆はその人の他のステーショナリーや持ち物を始め、書く文字など、美意識を作りモノの好みや行動に影響を及ぼすのではないかと思います。
私の場合アウロラ88クラシックは、自分のモノに対する好みを完全にひっくり返してしまった万年筆でした。
黒ボディに金キャップという、万年筆では最も力強いと思う配色。工業デザイナーマルツェロ・ニッツォーリが1940年代終わりに8の文字をモチーフにデザインした丸く滑らかでありながら力強いフォルム。
それを使い始めて、ブルーブラックやブラックのインクを使いたいと思うようになったし、革製品なら、洗練された光沢のあるクローム鞣しの革よりも、タンニン鞣しのオイリーな革を好むようになりました。何よりそれらがこの万年筆に合うと思ったからです。
そうやって一つの万年筆を中心として、モノの好みに統一性がとれてくる。それはきっと服装や鞄などにも広がっていくのだと思います。こういう現象を何と言うのか分かりませんが、私の場合は88クラシックが自分の好みの中心にいることは確かです。
最近こういう存在のモノ自体が少なくなったけれど、金キャップに黒いボディは大人の男性のための万年筆だと思っていました。
多くの人が若い時は、おそらく30代くらいまでは金よりも銀色の金具の万年筆を好み、洗練された色のあるものに惹かれるのではないでしょうか。
アウロラ88クラシックが大人の男性のためのペンと思ったのはそのためで、ある程度年齢を経た男性がこの万年筆に惹かれることが多い。
といっても最近は、男性のためのモノ、女性のためのものという表現をすること自体時代遅れになっているので、決して女性が使ってはいけないと言っているわけではありません。
その時の人とのやり取りなど思い出や、自分だけのストーリーがあるものは何物にも代え難い大切なものになります。そういう万年筆は手放すことができない。
値段などは関係なく、自分の想いが、その万年筆を私にとって良いモノにしています。万年筆は、そんな想いを象徴したモノとしていつも持っていられるものだと思います。
いつか手に入れたいと長く憧れて、自分がそれを使うのに相応しい年齢になってついに手に入れることができたと思える万年筆は、あるうちに買わないといけない限定品ではなく、必然的に長く存在し続けている定番品になります。そんな万年筆をもっと紹介したい。
アウロラ88クラシックは、そんな風に思うのに相応しい、自分の好みの中心にいて、影響を及ぼす、今では希少な万年筆だと思います。