アントウ~よく書けるだけではないもの~

自分の仕事において書くことはとても重要です。

自分がどういうことを考えて万年筆などの商品を販売しているのかを伝えることで、それに共感してくれたお客様が店に来て下さると思うと命綱と言っても言い過ぎではない。

週1回更新のこのコーナーも開店2年目から始めて15年になりますが、続いているのも命懸けだからです。もちろん好きでやっているということもあるけれど。

何か書こうとすると、私の場合は何らかの刺激がないとなかなか書くことができません。

その刺激を得るために本を読んだり、休みの日どこかに出掛けて行きます。

本を読むこともただ好きでしていることですが、何かを考えるきっかけになったり、行動のきっかけになります。

出掛けることはもっと刺激になって、お店を見たり、店員さんの接客を受けるだけでも大いに刺激を受けて、自分の店や仕事について考えることにつながります。 

だからコロナ禍で出掛けて行くことが憚られて、休みの日に神戸市内どころか家の周りにしか出て行けなかった時は本当に苦しかった。

店は暇で通勤電車もガラガラなので体は楽でしたが、自分が空っぽになっていく気がした日々でしたので二度と戻りたくない。

コロナ禍の只中、アントウのマルチアダプタブルボールペンを扱い始めました。

アントウのペンは、口金だけで芯を固定する仕様なので、油性、水性、ゲルインクなど市販されているボールペン芯のほとんどを使用することができます。

全員がすぐにアントウを手に入れて、アントウのペンに入れるリフィル探しを始めました。

アントウに入りそうな芯のボールペンや芯だけを買ってきて、いろいろ入れ替えて使ってみて、自分にとって最高の組み合わせを見つける。

そしてその発見を同じアントウを使う人と情報交換する遊びが楽しかった。

筆記具はよく書ければその機能を十分に果たしている良い製品だと言えるけれど、もはやよく書けるだけではいけない時代になっていることを実感しました。

日本のゲルインクボールペンの書き味はとても気に入っているけれど、外装がチープで嫌だと私たちは長い間思ってきて、それらの芯をいかに良い軸で使うかということを考えてきました。

今は作っていないけれど、今までそういったものも商品として提案したこともありました。

アントウは芯を探して遊ぶこともできる、もっと先を行っているペンでした。

よく書けることは当然として、そこから広がる遊びや人を幸せにするものがないといけない。当店はそういうものを扱っていかないといけないと思いました。

もしかしたら、アントウの遊びが楽しいと思う人は少数派なのかもしれないけれど、少数派でもその楽しさが分かってくれる人には最高のペンになる。

コロナ禍はできれば経験しなくてもいい、私たちにとって空白の3年間だったかもしれないけれど、アントウのペンを知ったことは自分の仕事において大変な収穫だったと思い、今でも大切に思っています。

⇒ANTOU(アントウ)

バゲラの松ぼっくり(pinecone)

あると便利なものは100円ショップなどにもたくさんあって、それが100円で買えることが有難くもあり、モノを売る側としては恐ろしくもあります。

私たちはそういったお店が商品化しないようなものを、お客様に提案しなくてはいけません。

ではどういうものを扱っていけばいいのか。

最近使い始めたもので、持っているだけでただ嬉しく、何とか自分の生活の中に溶け込まそうと思っているものが「ファーバーカステルのパーフェクトペンシル」で、差別化になる商品のひとつだと思います。

何か書く時に、鉛筆である必要は全くありません。便利さで言うなら、ボールペンの方が滑らかに濃く書けるし、削らなくてもいつも同じ太さで書くことができます。

鉛筆であるパーフェクトペンシルは当然使うと丸くなって減っていくので、削らなくてはいけません。

高価な鉛筆なので、キャップ兼エクステンダーの中に仕込まれている鉛筆削りでさえ、私はもったいなくて使えず、肥後守でいつも芯を尖らせています。

なぜそんなことまでしてパーフェクトペンシルを使うのかというと、そうすることが楽しいからです。

実用性とか、便利さを考えるとパーフェクトペンシルを使う理由はどこにもなく、世界で一番高価な鉛筆は100円ショップの商品から一番遠いところにあるものだと改めて思います。

鉛筆という文房具の中でもチープで基本的なものを、ただ持っているだけで嬉しい、何とか自分の生活に取り入れたいと大人に思わせる、遊び心に溢れたものに作り変えたパーフェクトペンシルの考案者、先代のファーバーカステル伯爵は遊びの達人だったのだと想像できます。

神戸の革製品オーダー専門店BAGERA(バゲラ)さんのPinecone(松ぼっくり)というモノが当店に入荷しました。

バゲラさんのペンケースを扱い始めてからすっかり魅了されていて、バゲラさんのホームページをくまなく見ていて見つけたものでした。

ものすごく個性的で、アクが強くて、でもコロンとしていてかわいいもの。

これを財布として持ち歩いて、中からカードや小銭を出して買い物をしたい。自動販売機でコーヒーを買うだけでも楽しくなるものだと思いました。

お札は折りたたまないと入らないし、カードも多くはきっと入らない。

でも何とか使って、自分の生活に取り入れたい。これが似合うかっこいい大人になりたいと思わせてくれるもの。それがバゲラさんのPineconeです。

Pineconeはバゲラの高田奈央子さんが、鞄を作ったときなどに出る珍しい革やもう手に入らない革の端材を集めた箱(宝箱と呼ばれています)の中から、イマジネーションのままに組み合わせて作られています。

ペンケースやシステム手帳同様、全て手縫いで、異素材の革を貼り合わせて、継いで作られる、小さいけれど存在感のあるもの。

Pineconeの話をしている時、実は5年前に出来上がったばかりのPineconeを高田さんから見せてもらっていたことが分かりました。すっかり忘れていたけれど、高田さんに言われて思い当たりました。

今ならそのPineconeを手放すことはしないと思うけれど、その時はそうしませんでした。

5年前の私にはPineconeの存在の意味が分からず、この良さを見る目ができていなくて、良いけれど高いですねで終わっていたのかもしれない。恥ずかしいことだと思いました。

きっと今が当店がこのPineconeを扱うのに相応しいタイミングで、それまで待っていてくれたバゲラさんに感謝しています。

⇒BAGERA(バゲラ)Pinecone

Craft Aの万年筆 ”Outfit”

木軸ペンで人気のあるクラフトAさんの万年筆Outfitの取り扱いを始めました。

クラフトAの津田さんのことは、590&Coの谷本さんから聞いて十数年前から知っていましたし、イベント会場などではよく顔を合わせていました。

ハンドメイドの木軸ペンが、今のように人気が出るかなり以前から木軸ペンを作り続けて、自分の信じた道を淡々と歩んでこられました。それが世の中に認められて人気が出たことには「こうなると思わなかった」と言われていて、変わらない自然体な人柄に好感を持ちました。

そのモノを当店で扱う時に、私は縁や出会いのような無理のないタイミングを大切にしています。

同じ兵庫県を拠点にしていて行き交うこともあったけれど、今まで津田さんとはそのタイミングが合わなかった。

多く流通していない個性的なペンを求めていた当店と、万年筆専門店で自作の万年筆を販売したいという津田さんとのタイミングが今合ったということなのだと思います。

津田さんが当店にたくさんの万年筆を持って来て下さって、その中から選ばせていただきました。

クラフトAさんの万年筆は、それをあえて懲りすぎずに道具のように仕立てているところが個性だと思っています。シンプルな寸胴型のデザインには潔ささえ感じます。

キャップは軽いアルミ製、首軸は重い真鍮製になっていますので、ネジが切ってある尻軸にキャップをはめて固定して書いても、リアヘビーにならずにバランス良く使うことができます。太い軸は細かな操りやすさよりも、長時間楽に書くことを狙っていると思われる、どっしりとした大らかな持ち心地の万年筆です。

軸に使う銘木は、シンプルな寸胴型のボディと硬質な印象のキャップによって、その魅力が引き立てられています。

材によって多少の価格の違いはありますが、比較的リーズナブルな価格に抑えられていると思います。価格の大きな違いは、ペン先の素材です。

よりリーズナブルなものはステンレスのシュミット製のペン先が使われています。

硬いけれど、一定のインク出でブレのない均一な線が書けるのはステンレスペン先ならではで、さすが老舗のシュミットだけあって、滑らかな書き味を持っています。手帳に細かい文字を書くのに適したペン先だと思いました。

私は良いペンは金ペン先であって欲しいという思いがあって、これはと思うものにJOWO製の14金ペン先をつけていただきました。

金ペン先の柔らかな書き心地は重量のあるクラフトAの万年筆に合わせるとよりその柔らかさが強調されて、気持ち良く書けるものになりました。

クラフトAの木のペンには、自分で塗って艶を出していく楽しみを感じていただくための「手入れ用オイル」が付属していて、クラフトAの津田さんの木のペンへの考え方が表れています。

当店はこういう世界観を持ったものを扱いたいと思っています。

(5/8~12まで不在のため、来週のペン語りはお休みさせていただきます。次回投稿は5/19です)

⇒Craft A TOP