いつか手に入れたい万年筆

WBCの準決勝が気になって、店ではスマホの文字中継から目が離せませんでした。画像を見られなかったので、決勝戦のあった翌日の定休日は、もちろんテレビにかじりついていました。

どちらかと言うと、まだコロナ禍から抜けきれていない元気のない日本でしたが、WBCの優勝で日本中が勇気づけられて、大きな力をもらったのではないかと思います。

侍ジャパンの選手たちはとてつもなく大きなことを成し遂げた。それはきっと彼ら一人一人が血のにじむような努力を重ねてきて、その力を世界レベルにまで高めてきたから決勝でアメリカに勝つことができたのだろう。

私たちは自分の仕事において、彼らのような大きなことを成し遂げることはないかもしれませんが、頑張ろうと思わせてくれる彼らの活躍でした。

私たちの仕事は今だけ良ければいいわけではなく、長い間立ち続けて、最期まで立っていることを目指すようなものなので、スポーツの世界とはまた違った結果の出し方をするのだろうと思います。

そんな盾やトロフィーのない戦いの中で、密かに手に入れて、自分の記念碑的なものになる万年筆を当店では揃えておきたい。万年筆にはそんな存在でもあると思っています。

いつか手に入れたいと思える万年筆は、目標に思い続けることができる定番万年筆である必要があって、そんなふうに思える定番万年筆はそれほど多くないのではないかと思っています。

そんな特別な定番万年筆のひとつが「アウロラ88クラシック(ゴールドキャップ)」です。

最近では少なくなった、金キャップに黒軸の万年筆。力強い大人の威厳を感じさせてくれるシンプルな万年筆です。

個人的に、黒×金の万年筆が良いと思えるのは40歳を過ぎてからだ、と思っているので、この万年筆の魅力はもしかしたら若い人には伝わらないかもしれません。でもある一定の年齢を超えた人には、どうしようもなく惹かれる万年筆だと思います。

88クラシックには近年、スターリングシルバーキャップがラインナップに復活しています。コーティングされていない銀のキャップは、使ううちに落ち着いた光沢になって、黒ずんできて凄みが出てきます。純銀を証明する刻印が天冠とバレルに打たれていて、ある意味ゴールドキャップよりもよりジュエリー感があって、記念碑的な要素は強いかもしれません。

ゴールドとシルバーのメタルキャップの圧倒的な存在感に目が奪われますが、この万年筆を持ってみると、自然なカーブが手に馴染み、非常に握りやすい持ち心地の良い万年筆であることが分かります。

重そうなキャップですが、尻軸にはめて書くとバランスが良く、決して後ろに引っ張られるようなことはありません。

ゴールドキャップもシルバーキャップも限定品とは違う14金のペン先です。アウロラの18金ペン先は初めから柔らかく良い書き味であることが多いですが、14金ははじめ硬めで、使い込むうちに柔らかい書き味になってくると言われています。

硬めと言われるペン先ですが、ペン先調整で気持ちいい書き味に仕立てて、使い込んでいただくのに相応しいものにしてお渡ししています。

目標にして、何かの記念に手に入れるペンだからこそ最高の書き味にしたい。そのために、もっと腕を磨いて、相棒の調整機も常に良い状態にしておきたいと思っています。

当店は、いつか手に入れたいと思う特別な万年筆を手に入れるのに相応しい場所でありたいと思っています。

⇒AURORA 88(オタントット)シルバーキャップ

多様化する万年筆〜プラチナシェイプオブハート・イヴォワール〜

万年筆はそれぞれ書き味に特長があって、私はその違いを味わいながら使う楽しみを伝えたいと思っています。

デザインに個性のあるものを見るのも楽しく、それも万年筆のひとつの楽しみだと思いますが、書き味の違いを感じることは大人の楽しみだと思っています。

万年筆の良い書き味、というと柔らかいペン先をイメージしますが、硬いペン先には硬い故の良い書き味があります。

硬い書き味なら金ペンでなくてもいいのではないかと思われるかもしれませんが、そうではありません。

大切に仕舞っておいても勿体無いと思って最近常用している古いシェーファーのライフタイムなどは、分厚い金の地金の硬いペン先の万年筆です。

でも少し手ごたえのある滑らかな書き味があって、安心感を持って書くことができます。その書き味は1930年代、40年代隆盛した極端に柔らかかったイギリス製の万年筆に、パーカーデュオフォールドとともに対抗したものだと思っています。

現代の硬いペン先の万年筆というと、プラチナが挙げられます。

筆圧の強い人は安心して力を入れて書くことができますし、手帳に細かい文字を書く人は、硬いペン先だからこそ筆圧に影響されない安定した濃さの揃った文字を書くことができます。それはパイロットやセーラーにはないプラチナの特長で、事務的に文字を書く道具として、とても使いやすいものだと思います。

万年筆を道具として使っている人は、ペンケースにプラチナセンチュリーを1本入れておいてもいいのではないでしょうか。きっとこういう万年筆もあってよかったと、硬めのペン先の書きやすさを実感してもらえると思います。

しばらく動きのなかったプラチナから、2000本の限定万年筆が発売されました。

シェイプオブハート第二弾「イヴォワール」です。

天冠部が透明のドーム型になっていて、その中にジルコニアとハート形の金片が2枚入っている、きらびやかでゴージャスな仕様になっています。

ハート形の金片はペン先のハート穴を抜いたものです。

ペン先の切り割り根元の穴をハート穴と言いますが、ハート穴と言いながら実際にハート形になっているメーカーは少なく、今ではモンテグラッパの高級品とプラチナくらいではないかと思います。

天冠のドームがこの万年筆のアクセントですが、首軸は艶ありのホワイト、ボディはマットな質感のホワイトになっていて、高級感のある仕上がりになっています。

日本の万年筆は書き味の違いを追究した渋好みのものが多かったけれど、特長ある書き味を大切にしながらもデザインに特長を持たせたシェイプオブハートのようなものも出てくるようになって、より多様な万年筆のあり方を示すようになってきました。

それは今まで万年筆を使ったことがない方が、万年筆に興味を持って使うようになってくれるようになったからだと思います。一過性のブームではなく、趣味のもののあり方として定着して、文化になってくれるものだと思っています。

⇒プラチナ#3776 センチュリー 特別限定モデル「シェイプ・オブ・ハート イヴォワール」

雲と夜 存在感のあるペンケース

店というのは、特に個人商店は店主の器の大きさが店の規模を決めるのかもしれません。

当店が創業当初から変わらないのは、自分の器量が店によく表れていると思っています。慎重で、好みや価値観に固執する頑固な自分の姿そのものが店に反映されている。でも自分が望んでいる店の形なので、規模を大きくしなければ、とは思わないけれど。

良いものは常に探していて、これはと思うものを扱いたい。長くお付き合いができると思える作り手さんのモノを扱いたいと思っていますので、どうしても慎重になります。

でもそんな出会いは運命的にやってくるのではないだろうか。バゲラさんと再会した時も、自分から動くことなく、両店のタイミングが合って起こったことだと思います。

バゲラさんのペンケースを初めて見せていただいた時に、自分はずっとこういうものを探していたのだと思いました。そしてこういうものが似合う人間になりたいと思いました。

自分で言うのも何ですが、万年筆店の店主というある程度の個性の強さが許される立場でありながら、特に際立った個性があるわけでもない普通の人間です。

アクの強さというか、存在感というものが自分にも備わってほしいと思っていますが、平凡な家庭に育って、平凡に生きてきたためか、引っ込み思案で主張し過ぎることを潔しとしない性格になってしまった。

このペンケースには、憧れていた個性の強さがあると思っています。

素材には最高級のものを使っているけれど、素材の良さとか、機能性を超えた存在感があります。

パティーヌ加工された秘蔵のアンティークゴート革や、小さなパーツにもとっておきの絶妙な腑が出たクロコを使ったり、見所がたくさんあります。

全て手縫いで、「駒合わせ」という難易度の高い技法でさりげなく縫われているところもあれば、革製品ではあまり見られないシングルステッチを部分的に色を変えて施して、デザインの一部にしていたりする。

工夫した点や見どころを聞きながら、革職人の高田奈央子さんは革製品を作っているというよりも、モザイクアートのようにこのペンケースを作っているのではないかと思いました。

このペンケースに自分ならどんなペンを入れるだろう。

サイズ的にはモンブラン149がピッタリです。149は、頑丈で書き味が安定していて、重量感やバランスもいい、とても良い万年筆です。だけど、もっと個性的でアクの強いペンでも面白い。高蒔絵が施された派手な万年筆でもいいし、金無垢の万年筆でさえ存在感ごと包み込んでしまうだろう。

でも今の自分はきっと、生真面目な印象の万年筆149を入れて大切に持ち運ぶのだと思います。

BAGERA(バゲラ)TOP

標準を教えてくれたペリカンM800

昔から地図が好きで、出掛けた先々の駅や観光案内所でその町の地図をもらってきては、大切にファイルしてコレクションしています。

考えてみると地図はずっと好きで、社会科の地図帳は授業中だけでなく、家に帰ってからもずっと見ていました。

地図を見ているといつも何か発見があるし、地図を見ながらその場所がどんなところか想像するのが楽しかった。でも大人になって実際にその場所を見て、想像通りの場所だったことは一度もなかったけれど。

先日、神戸市立博物館に行ってきました。

目的は特別展をしているインド絵画ではなく、市立博物館所蔵で現在公開している神戸の古地図を見るためでした。

市立博物館にはかなりの数の古地図のコレクションがあり、そのうちの4000点ほどは南波松太郎氏が1983年に寄贈したものでした。

南波松太郎氏は戦前、船舶の設計などをしていて、戦後いくつかの大学で教授をした人でした。古地図は趣味で集めていたと思われますが、自身の死後のことを考え、そのコレクションを市立博物館に寄贈したのだと想像しています。

亡くなったのが1995年なので、断捨離をずいぶん前にしたことになります。

神戸の古地図はその膨大なコレクションのほんの一部ですが、見ることができてよかった。

最近父から聞いた話によると、南波松太郎氏は祖父の従兄にあたり、面識もない限りなく他人のような人ですが、赤の他人というほどでもない。集めているものの歴史的な価値など次元は違うけれど、地図を集めていたということで親近感を持ちました。

地図を集めるようになるずっと前、学生の時はブルースのレコードを集めていました。30代はじめの頃に万年筆で生きて行きたいと静かに決心した時に全て売ってペリカンM800を買いました。

万年筆の定番中の定番、全ての万年筆のお手本と言われている万年筆を知ることは、自分にとってとても大切なことだと思いました。

それに、ペリカンは当時の万年筆にありがちなパリッとしたところが感じられず文房具的な道具に見えて、当時の自分の好みに合いました。

人生の新たな局面を迎えたと思った時、コレクションはリセットの対象になるのかもしれません。

はじめM800は自分には大きく感じられ、キャップを尻軸につけて書くと後ろに引っ張られるような気がして、しばらくキャップをつけずに書いていました。しかし数年使って、気が付くとキャップをつけた方がバランスが良く感じられるようになりました。

万年筆を使い始めたばかりの頃、万年筆のバランスに戸惑って、いろいろ持ち方を試行錯誤していました。でも慣れると、どんな持ち方でもバランスの良さは感じられるということが分かりました。

今では最も自然に書くことができる扱いやすい万年筆だと思っています。

20数年前のあの時、M800を買っておいて良かった。万年筆について語る時、よく分かっているM800を基準に語ることができました。お手本を知ったことはその後の自分の仕事においてどんなに助けになったか分かりません。

万年筆で生きていくことを自分に誓った時に、初めて自分で買う万年筆をM800とした見る目に間違いはなかったと今では思っています。

⇒ペリカン M800 緑縞

⇒ペリカン M800 黒軸

⇒ペリカン M805 ブラックストライプ

ブッテーロの革を使ったペントレイとデスクマット

持っている万年筆の書き味を少しでも良くしたいというのは、万年筆を使う人共通の思いだと思います。

だから万年筆をペン先調整に出したり、インクをいろいろ変えてみたり、持ち方を変えてみたりする。

万年筆の書き味、使い勝手は紙でも変わります。

百貨店や店舗にある試筆用の紙は、万年筆の書き味の良さを引き立たせるものが多い。そのため購入後自宅でいつも使う紙に書いてみると、それほどでもなかったという話を聞くことがあります。それは紙で万年筆の使用感が変わる分かりやすい事例です。

当店ではそういうことがないように、日常的に書く機会が多い普通の上質紙を使った試筆紙を置いています。

大量に使うのでお店の試筆紙として作ったものですが、ご要望が多いので販売もしています。書き味が自然でにじみも少ないので、普段使えるものとして当店の売れ筋商品となっています。

その試筆紙がちょうど入って一緒に仕舞っておける、大きめのペントレイを先日発売しました。

当店が使っている、万年筆の試筆の際にペンを並べているトレイと同じもので、5~6本は余裕を持って並べることができます。

万年筆を取り替えながら何か書く時、万年筆を並べて眺めながらお酒を飲む時にも、机の上にそのまま置くよりもペントレイの上に置くとキチンとした感じも安心感もあります。

トレイはウォールナットの指物の枠組みに天板はブッテーロの革が張ってあって、ペンに傷がつかないようになっています。

ブッテーロの革は手触りがとてもスムースで質感も豊かな感じがするし、使ううちにきれいな艶が出るエージングも楽しく、トレイの天板に貼るにはもったいないくらいの贅沢な仕様です。

枠も指物でしっかりと留めてあり、特にトレイの側面には職人さんの丁寧な仕事を見ることができます。

ウォールナットの枠は、家具職人のSMOKEの加藤さんが作ってくれています。

側面に職人さんの誠実な仕事振りが表れると思って感心したのは、新しく作った革のデスクマットでもそうでした。

6mmの厚みのある側面はエッジがキリッと立っていて、しっかりとしたものであることがこの部分を見ても分かります。

幅400mmで、A4サイズの紙を中央に置いても、左右に50mmの余裕があって、書いている時に手に段差を感じることがありません。2枚の革を接着した構造で強度的には充分ですが、さらにステッチを施した堅牢な作りで、引き締まった仕上がりになっています。

デスクマットにもブッテーロ革を使用しています。

スムースで手触りが良く、おまけにタンニンなめしで香りもいいブッテーロ革は、デスクマットにこれ以上ないほど適した素材だと思っています。

万年筆の書き味はペン先だけで成り立っているわけではないことが実感できますが、このデスクマットに紙を1枚だけ置いて書いてみると、ペンの運びを邪魔しない適度な柔らかさが、ペン先を通して手に伝わって極上の書き味を得ることができます。

今まで作ってもらっていたデスクマットもとてもいいもので、他にないコンパクトさから多くの人にお使いいただいているものです。それとはまた違った、魅力のあるデスクマットが仕上がったと思います。

⇒Pen and message. オリジナル ブッテーロ革デスクマット・ステッチ

⇒SMOKE ウオルナット×ブッテーロ革 ペントレイ

万年筆を自然体で使うためのペンレスト兼用万年筆ケース・ダグラスⅡ革~

万年筆の用途はだいたい決まっているという人が多いと思います。だから使い慣れた人ほど購入される字幅は決まっていて、中字を買われる方、細字を買われる方、と思い浮かぶお客様が何人もおられます。

そういう方は3本差しのペンケースに入れる万年筆はどういうふうに決めるのだろう。

私は手帳用、手紙/原稿書き用、ペン習字用という3つの用途がありますので、例えば普段は手帳用1本、手紙/原稿書き用2本の3本セットをペンケースに入れて鞄の中に入れています。ペン習字のある日だけ、そこにペン習字用の3本セットが加わります。

そんなふうに3本で1チームの3本差しペンケースに入ったセットがあればそれを持っていくだけでいいので、便利に使っています。

万年筆を道具と考えた時に、3本というのは必要を満たすいい本数なのかもしれません。そう考えると、3本差しのペンケースはスタンダードと言えるのではないだろうか。

当店の定番商品「ペンレスト兼用万年筆ケース」を新しいダグラス革でカンダミサコさんに作っていただきました。

以前使っていたダグラスは、最初から艶があって、少し使い込むとさらに激しい艶が出る革でした。人気もあったので、この革を使って色々な商品を作りましたが、数年前に廃番になってしまった。

それが今回「ダグラスⅡ」を入手しましたとカンダさんから連絡があったので、早速3本差しを作っていただきました。新しいダグラス革は、艶を抑えた、豊富なオイル分を感じさせる革で、じっくり使い込んで育てながら艶を出していく趣があります。

新しいダグラス革もプルアップレザーなので、ペンを入れると膨らんだ部分の色が変わります。

タンナーは同じダグラス革として発売していますが、かなり違う風合いの革なので、当店ではダグラスⅡといって区別しています。

3本差しのペンレスト兼用万年筆ケースは、万年筆を日常の道具、普段の仕事の道具として使っている人のために、万年筆を自然体で使えるペンケースとして企画しました。

持ち運ぶ時にペンが落下しないようにフタを被せて脱落を防ぐことができて、机上で使う時にはフタをペンの枕のように後ろにまわすと、いちいちフタをあけてペンを取り出さなくてもサッとペンを取り出して使うことができます。

万年筆を使われている方は意外とせっかちな人が多くて、ペンを取り出すスピードとか書き始めるまでの早さを気にする人は多いのかもしれません。

そういう意味でも万年筆を普段使っている人の実情に合ったペンケースだと思っています。

意外と太めのペンも収めることができて、はじめはかなりきつめですが、モンブラン149などのオーバーサイズのペンも入れているうちに革が伸びてくれて、スムーズに出し入れできるようになります。

万年筆を、構えずに日常の筆記具として自然体で使って欲しい、という思いで長く作り続けている、当店定番のペンケースが久しぶりに入荷しました。

⇒Pen and message.オリジナルペンレスト兼用万年筆ケース・ダグラスⅡ

綴り屋 漆黒の森

開業当初から店として生き残るということだけを考えてやってきました。当店が生き残るためにはどうすればいいのか。この店にしかない特長を作っていきたいと思って、当店なりに様々な試みをしてきました。

しかし、行き着いた答えは自分たちでできることをまず磨いて、あとはプラスアルファで考えるということでした。

自分たちでできること、特長はペン先調整です。

当店は万年筆店で、ペン先調整をして販売することを特長としていることは創業当時から変わっていません。このやり方で15年やってきていますので当たり前になっているけれど、他にあまりないサービスなので特長だと思っていい。結局それが当店に求められていることなのだと思っています。

それをしっかり認識して、もっと調整に磨きをかけて鋭く尖らせたい。

齢相応の年数、日々調整しながら、考えたり、たくさんの場数を踏んで経験を積むことでいろんな気付きがありました。以前から比べると、ペン先調整の腕は上がっていると思っています。

ペン先調整は、手の技術というよりも気付きによって進歩していくものだと思うので、今までのことが蓄積されていれば、年数を重ねるだけ調整士は上手くなっていきます。もっと色々なことに気付いて、いい調整ができるようになりたい。

昨年から扱い始めた綴り屋さんのペンは、当店のペン先調整を生かすことができる相性がいいものだと思っています。綴り屋さんは、木やアクリルレジン、エボナイトなど様々な素材を使って、作品と言えるペンを作られています。

定番はスチールペン先ですが、当店では金ペン先を装着できる仕様にしていただきました。

今回は、綴り屋さんのエボナイトを中心にしたシリーズ「漆黒の森」が入荷しました。ブラックエボナイトに木やアクリルレジンなどのアクセントあしらったシリーズで、抑えの利いた大人のセンスによって作られた万年筆です。

少し太めの握りで、キャップを尻軸に差して書くこともできるので、長めに持つ人でも書きやすい。バランスもかなり考えられていて、万年筆らしい万年筆だと思っています。

アクセントがレジンやエボナイトのものはレギュラーサイズのペン先、花梨やメイプルなど木製のものはオーバーサイズのペン先が選べるようになっています。

意外かもしれませんが、レギュラーサイズの方は柔らかめの書き味で、オーバーサイズの方がより粘りがある弾力が適度に強めの書き味になりますので、お好みに合わせてお選び下さい。

今回入荷の「漆黒の森」も当店オリジナル仕様で、キャップに素材違いのリングを付けた仕様になっています。

メーカーの定番品もいいですが、この万年筆のように作家さんが趣向を凝らしたものも、色々な良さが組み合わさって、1×1が何倍の魅力になっていくようなものも扱っていきたいと思っています。

⇒綴り屋・漆黒の森TOP

手帳用のおすすめ万年筆

20代の時に、ToDoや調べたことなどを書き込んで手帳が充実していくと、何だか気分が楽しくなることに気付きました。そして翌日書いたことを実行していくと仕事が楽しくなった。

もし仕事を始めたばかりの若い人に言えることがあるとしたら、手帳にキチンと今日学んだことと、明日やるべきことを書くようにされてみたらということです。手帳を充実させるとその紙面を眺めているだけで嬉しくなり、それが実行できてToDoが消えていくのは嬉しいもので、それは30年経った今も変わりません。

今の時代は、私が若い頃ほどのどかでおおらかではないかもしれませんし、私が勤めていたのが店舗だったからかもしれません。

職場によっていろんな事情があると思いますが、指示されるより自分で積極的に仕事を見つけてやるということが、仕事を楽しくするコツだと思います。

会社はチームなのでオーダー通りの仕事をするチームプレイも必要ですが、その中に自分の意思による仕事も差し込んでいく。労力を惜しまず自分の前向きな意思で仕事をしていくと、それはできます、それはできませんがこうならできるということがはっきりしてきますので、それを上司に伝える。それが信頼になっていき、チームの中で地位が確立されていきます。そうなると自分が得意な仕事が集まってくる。そしてより信頼される。自分の仕事においてのブランド作りに役立つことだと思います。

そんな簡単なことではないのかもしれませんが、おじさんから言えることはそれくらいです。

今は正方形のオリジナルダイアリーを使っていますが、若い頃は普通の手帳をズボンのお尻のポケットに突っ込んで使っていました。

最初はボールペンで書いていましたが、万年筆で書くと少しきれいに見えたので万年筆にハマりました。

私の万年筆と仕事の歴史は手帳に書くことから始まったと言えます。

当時万年筆クリニックはそれほど混んでいなかったので、隙間の時間に太字で使い方の分からなかった万年筆を「もったいないのう」と言われながら細字に研いでいただいて、使い方を教えていただいたインキ止め式のものが私の最初の手帳用の万年筆でした。

手帳と国産細字の万年筆は相性が良いですし、手帳用にお勧めしたい万年筆をいくつかご紹介したいと思います。

まずは廃番が決定してしまいましたが、パイロットデラックス漆です。

細身で出っ張りのない軸と可動式のクリップは、システム手帳などのペンホルダーでも出し入れしやすい。すぐに書き始められる勘合式のキャップも手帳用を考えた時には大切な要件で、全ての機能が手帳に向いています。

価格も金ペン先万年筆の中では最も安い部類で、惜しげもなくハードに使えるのものだと思います。

最近M5手帳を使う人も多く、そのペンホルダーにきれいに収めようとするとどうしても長さの制約が出てきます。そんな中パイロットエリート95Sなどはコンパクトなサイズなので、M5手帳のペンホルダーにピッタリ収まります。

エリート95Sは、これ1本で手帳から手紙まで、仕事の全てに使われていた時代の万年筆の復刻です。たしかにペン先も柔らかく、筆圧を抜いて細く書く、ところどころ筆圧を掛けながらメリハリのある文字を書くことも可能で、幅広い用途でお使いいただけるものだと思います。

セーラーから新しく発売された手帳用万年筆ランコルトは、カンダミサコM5手帳用ペンホルダーにピッタリと収まりますので、M5手帳ユーザーに特にお勧めします。

軸は新しい技術が導入されて製作可能になったマーブル軸で、女性の方にも好まれるものになっています。

ペン先は14金とセーラーにしては硬めのもので、中細のみの設定ですが、ほど良い温かみのある細い字が書けると思いました。

サイズ、機能ともに手帳用に向いたものを手帳用万年筆としていくつかあげさせていただきました。

手帳を万年筆でキチンと書くと、仕事や生活に張り合いができて、人生が良い方向に向かうものだと信じています。

⇒パイロット デラックス漆(廃番)

⇒パイロット エリート95S

⇒セーラー ランコルト

サクサク書けるインクを求めて

小説「メディコ・ペンナ~万年筆よろず相談~」の世界観を表現したオリジナルインクを、1/24(火)の神戸新聞朝刊で取り上げていただきました。(播磨地区は1/21)

神戸の万年筆店が舞台の小説ということ、出版元であるポプラ社の公認であることで、興味を持って下さったのだと思います。

さっそく新聞を見てご来店された方もおられて、掲載された効果はあると思いました。
地元の小さな店の活動を応援したいという新聞社の心意気を有難く感じました。

オリジナルインクを作るということは15年前の開店時から始めていましたが、最初の頃はなかなか売れませんでした。

オリジナルインクは当店のこだわりのインクの色を表現したもので、存在することに意義があると思って辛抱強く作り続けていましたが、そのうち文具店のオリジナルインクがポピュラーな存在になって、徐々に売れるようになりました。

15年間ずっと作り続けているインクですが、飽きのこない、使う人にとって安心して使える定番のインクになれるものだと思います。私も常にどれかを使っています。

インクについて考える時、私の場合は万年筆や紙との相性についても一緒に考えます。万年筆の理想の書き味を実現するためには、相性のいいインクが不可欠だからです。

万年筆の良い書き味、好みの書き味にも様々なものがあって、それはなかなか言葉では表現できません。でもあえて言うなら、私はサクサクと書けるということを理想としています。

サクサク書けるというのは、適度なインク出でペン先の筆致が感じられるような、少しだけ紙に切り込むような書き味です。

たくさんインクが出て滑らかなヌルヌルした書き味と、インク出が最小限に抑えられたカリカリの書き味を好まれる方はよくおられますが、サクサクはその中間に位置するものだと思っています。

サクサク書けるようにするには、ペン先の調整や紙質の他にインクの相性も重要で、その組み合わせをいつも探しています。

新しい万年筆にインクを入れる時、当店のオリジナルインクだと、朔、冬枯れ、虚空、メディコ・ペンナあたりであればどれもサクサク書けて間違いありません。

それでもインク出が多いと思ったら、ペリカンロイヤルブルー、ペリカンブルーブラックなどのインクに変えてインク出を抑えようとします。

滑らかさが足りないと思ったら、ローラーアンドクライナーを試すこともあります。

サクサク書けることとは違いますが、パイロットブルーブラック、ブルーのインクを使えば、大抵どんな万年筆でもインク出が多くなります。書き出しが出にくいとか、インク出を増やしたい場合などには有効で、ある意味最強のインクです。

欠点はある程度良い紙でないと滲むということと、ペリカン、モンブランなどドイツ系の元々インク出の多い万年筆に使うと、出過ぎてしまうというところです。

結局いろいろ試行錯誤する必要がありますが、自分の理想の組み合わせが見つかったら、それは宝物だと思います。

渋い万年筆の廃番 パイロットデラックス漆

渋いというモノの価値観は日本以外では通じにくい日本独自の感覚だということを「千利休無言の前衛」(赤瀬川原平著)で読みました。

「無言の前衛」は、私のモノの好みを決定付けてくれた本で、20年ほど前にこの本をたまたま見つけて読んだから今こうしていられる恩人のような本で、名著だと思っています。

この本によって茶道の美意識を知ってから、30代から40代半ばくらいまで茶道というものにハマりました。千利休に関する本を読み漁り、茶道も習いました。

茶道のお道具の中には煌びやかな西洋的な美しさを持ったものもありましたが、より格の高いものになると渋いとしか言いようがない、より高度な審美眼を要求するようなものになってきます。荒々しい素材感があって、作り込まれていないように見えるよう、最大限の注意を払って作り込まれたもの。

それはきれいとボロの間とも言えるものの在り方で、それらのものを渋いと言うのかもしれないと自分なりに思っています。そしてそれを万年筆やステーショナリーの中にも見出したい。

だけどなかなかそういうものはないし、そもそも万年筆にきれいとボロの間のものを求めること自体が難しいことなのかもしれません。少し前に外国のメーカーのさまざまなものできれいとボロの間のものが出始める流行のようなものがあって、定着したらいいなと思いました。

万年筆で言うとファーバーカステルクラシックマカサウッドがそれに当たるし、廃番になってしまいましたがS.Tデュポンディフィでもありました。

きれいとボロの間までいかなくても、素材感の感じられるものがその素質のあるものだと思っています。そして素材感を感じるには、自然の素材である必要があります。パイロットカスタム845、シルバーン、カスタムカエデ、ファーバーカステルクラシックなどが当てはまりますが、その中にパイロットデラックス漆も入っていました。

小振りで慎ましやかな細身の万年筆で、古風な形のペン先は柔らかく、濃淡のある文字を書くことができます。真鍮の軸なので重量もありますが、キャップの尻軸への入りが深いため中心に重量が集中してバランスがいい。

そしてその名の通り軸が漆塗りになっていることで、あまりにもスマートに塗られているので気付かれにくいかもしれません。こういう万年筆を渋い玄人好みの万年筆と言うのだと思いました。

そのデラックス漆が廃番になって、生産終了となっています。

慎ましいデザインとは裏腹に、凝った作りの部品点数が多い万年筆で、クリップもスプリングが仕込まれた可動式です。

漆塗りのキャップ、軸でもあり、もしかしたらコストが見合わなくなってしまったのかもしれません。

こういう存在の万年筆がなくなるのは寂しい。日本のモノ作りの頑なさを感じさせる万年筆だったと思います。

⇒パイロット デラックス漆