十年前、ル・ボナーの松本さんと分度器ドットコムの谷本さんと、ボローニャを中心としたイタリア中部の街を旅しました。
週末だったと思います。街の中心にある広場のようなところに、割とドレスアップした人たちが集まって立ち話をしたり、ベンチに座ったりしていました。同じような服装で自転車に乗り、同じところを行ったり来たりする年配の男性もいました。
皆、用事があって集まっているという訳ではないけれど、いつもの週末を思い思いに楽しもうとしていることが旅行者の私たちにも分かりました。
どこか特別なところに行ったり、高級なレストランに行くことだけが楽しむことではない。自分が着たい服を着て、広場に出て行くだけで、繰り返しの毎日や平凡な週末が楽しいと思える時間になる。
イタリアの人はそうやって普段の時間を楽しもうとしていることを知りました。
コロナウイルス禍で、私たちは今までのようにどこかに出掛けにくくなってしまって、この状況がいつまで続くか分かりません。ただ何の楽しみもなく過ごしていても心は晴れないから、いつもいる場所で楽しめるようにする必要があります。
万年筆は家での静かな時間を楽しむのにとてもいいものだと思うし、例えば近所に、生活に必要なものを買い物に行く時、胸ポケットに愛用の万年筆を差して出掛けるだけでも、普通の日常が楽しいものになるのではないかと思います。
平凡な庶民の日常を貴族のように過ごすイタリアの人たちを見て、美しいイタリアの万年筆が生み出される背景が見えたような気がしました。
アウロラのあるトリノには行っていないけれど、トリノに住む人の日常もそれほど変わらないのではないか、広場に集まる人たちのスーツの胸ポケットにはポケットチーフの代わりにアウロラの万年筆が差してあるのではないかと思います。
昨年100周年を迎えたアウロラから、定番万年筆オプティマの新色アランチョとビオラが発売されました。
アランチョは、みずみずしい果実を思わせるオレンジ色です。限定万年筆ソーレで大切に使ってきた太陽の色をとうとう定番品として解禁しました。
ビオラは、惑星シリーズ「ネブローザ」で大好評を博した、大人の色気漂う紫色です。
限定品で人気があった色を定番品に追加したことで、100周年のメモリアルイヤーを終えたアウロラが、今後定番品を腰を据えて販売していくという意思表明をしたのだと私は捉えています。
毎日使うことができる信頼性があり、その書き味は味わい深く、使うごとに甘さを増していく。そしてキャップを閉めると意外と短くなるので、胸ポケットに差してもちょうど良く収まってくれる。
私が万年筆を使い始めたばかりの若い頃、このオプティマに憧れていました。そしてやっと手に入れてから、この万年筆によって自分が身を置く小さな日常の中で楽しみながら生きることを知ったような気がします。