極北の地への憧れ

星野道夫の本を夢中になって読み漁っていた時期がありました。

アラスカフェアバンクスに家を建て、季節ごとにアラスカの奥地の原野に分け入って、アラスカのさまざまな風景や生き物を撮り続けた写真家、星野道夫のエッセーを読んでヒグマやオオカミ、白くま、カリブーの生態に興味を持ち、極寒の地で暮らすエスキモーやアサバスカインディアンの生活に想いを馳せました。

アメリカ合衆国のネイティブアメリカンへの同化政策やアラスカの開発に反対し、自分たちの民族性やアラスカの大自然を大切にしたいという考えに共感します。日本も西洋化、近代化してテクノロジーを追い求める生き方を卒業してもいいのではないかと思うし、グローバルスタンダードに染まらず、もっと自分たちらしさに誇りを持つべきではないだろうか。

そうやって星野道夫の本を読んで、極北の地への憧れを強めてアラスカやシベリアへ行ってみたいと思うようになりました。

今では、デナリとかアリョーシャン列島、ウラル山脈などの北の地名を見ただけで、心が動くようになっています。実は前作のアンビエンテ・ギアッチャイオにも激しく反応しました。

極寒の地の生活はきっと厳しいと思うけれど、その反面快適な日本では見られない美しい景色も見ることができるのだろう。

アウロラの限定品アンビエンテ・ツンドラに激しく反応する人は私以外にもきっと多くおられると思います。

透明感とニュアンスのあるブルーとブラウンは、北の土地の永久凍土ツンドラを的確に表現しています。

スターリングシルバーを多用したこのモデルを評価する人は多く、デザイン的な理由ももちろんあると思いますが、その使用感が魅力なのだと思います。

人気のあった85周年レッドやマーレリグリアなども同じモデルで、抜群の書き味と高い筆記性能を持ったアウロラの自信作です。

軽く、コントロールしやすいことがアウロラらしさで、そんなアウロラの軽やかさもいいですが、その重量によって強めの弾力に味付けされた18金のペン先のしなりが感じられる書き味の良さは、他のペンでは味わうことのできないものです。

ツンドラは個人的に心揺さぶられるテーマだったけれど、そんなふうにピンポイントでターゲットを狙うテーマの方が、より深く心に刺さるような気がします。

⇒AURORA 限定品 アンビエンテ・ツンドラ

当店のオリジナルインク

当店は2008年に、オリジナルインクとして四季を表現した「冬枯れ」「朔」「山野草」「朱漆」の4色を発売しました。

その後、冬枯れが雑誌「暮らしの手帖」で紹介されて、日本中から女性のお客様が来られるようになり、数年はその雑誌効果が続いたと思います。

2012年に発売したCigarは、同時に発売したオリジナル万年筆Cigarに合わせて作ったインクで、書いたばかりの時は緑色で、乾くとCigarの葉が枯れていくように茶色っぽく色が変わります。そんな遊び心のあるインクを作りたかった。

その後京都のインディアンジュエリーのお店リバーメールとの共同ブランド「WRITING LAB.」を立ち上げ、2012年にクアドリフォリオ、2013年ビンテージデニム、2014年オールドバーガンディを発売しました。それらのインクは全て今も作り続けています。

これらのインクはもちろん実際に使うことも考えての色のラインナップでしたし、オリジナルと言うからには他にない色でなければ意味がないと思っていましたので、それを念頭に置いて作りました。

当時、インクはそんなに人気ではなかったので、売れ行きはゆっくりでした。

でも他所にないオリジナルの色があるということは、やはりお店の特長になっていて、新しい万年筆を購入されたお客様がインクも一緒に買って下さることが多かった。

オリジナルインクがそれだけで売れるようになったのは、インクブームがやってきてからだと記憶しています。

その時しか買えない限定品もいいですし、その方がもしかしたらよく売れるのかもしれませんが、当店としては作り続けることで、多くの人にとっての定番にしたいと思っていました。多くの人が使って下さって、それぞれのインクが使う人の物語の一部になってくれたら何て素敵だろう。

それは万年筆にも言えることで、いつか買いたいと思い続けて、その人のタイミングが合った時に買うことができる定番のものをなるべくご紹介したいと思っています。

そうやって長く作り続けて、継続して使い続けてもらったものはストーリーの一部になる。

私がその背中を、その生き様をお手本のように追いかけている恩師がいます。

万年筆やペン先調整の師匠はいないけれど、生き方を教えられる先生がいます。

出会いは暮らしの手帖の冬枯れの記事を奥様が読まれて、ご一緒に当店を訪れて下さった時でした。

なかなかその人のように重厚に生きることはできないけれど、30歳以上も年上のその先生のように生きたいといつも思う。

恩師がCigar のインクを使い続けてくれています。

いつも世の中の理不尽に怒りを持っていて、楽で落ち着いた老後の生活をしてもいいのに平坦な道を選ばず、誰も歩いたことのない道を切り開き、戦いながら生きておられて、何かあるごとに手紙を送ってくれます。

先生が原稿用紙の桝目を無視して、Cigarのインクでダイナミックに書かれた手紙を何回も読み返したもので私はできている。

当店のオリジナルインクが使われているのを見て、そうやって使い続けられるインクをこれからも作っていきたいと改めて思いました。

ペンを立てる

神戸市垂水区新多聞地区は、昭和40年代頃から山をならして造成されたところで、きっと日本中に同じタイミングで同じような街がたくさん作られたのだと思います。そんなどこにでもある平凡な街に40年以上住んでいます。

この市街地の一番奥に神戸家具発祥の地という看板を掲げた木工センターという、木材加工の工場が集まっている所があります。

早くから外国人が多く住む神戸では、外国人の注文に応じて日本の職人さんが洋風の家具を創意工夫しながら作っていて、そういうものを神戸家具と言うようになったそうです。

木工センターの場所は私が学生の頃までは市街地の突き当たりのような場所でしたが、あっという間に街が大きくなっていって、今では木工センターよりも奥にもいくらでも街が広がっています。

子供の頃から住む街のあまりの変わりようですが、40年も経てば街も変わるのかもしれない。

学生の頃、木工センターという名前を口にすることはあったけれど、その中で家具職人さんが仕事をしているという当たり前のことを、なぜか考えることはありませんでした。

仕事をするようになって、次に木工センターの名前を聞いたのはスモークというブランドで家具作りをしている加藤亘(かとうこう)さんからでした。

木工センターに加藤さんの仕事場があり、毎日そこで作業されているそうです。木工というのは今まで何となく遠い場所で行われている、馴染みの薄いものでしたが、自分の家のこんな近くに木工の職人さんたちがいたのだと思うと急に身近に感じました。

時々、ペンを使っていない時、立てておくか、寝かせておくか、どちらがいいでしょうと聞かれることがあります。

多くの万年筆の場合、立てておく場合はペン先が上になるように置くのが基本です。でも中には、立てておくとインクが戻ってしまい、書く時にインクが下りてくるまで待つか、振らないと書けない万年筆があります。そういう万年筆は毛細管現象の働きが弱く、重力でインクが下りてきているということになります。

そういう万年筆もたまにありますので、強いて言えば万年筆は寝かせて置いておく方がいいのではないでしょうかとお答えしています。

しかし、普通の状態の万年筆の場合、立てておいて何ら問題はなく、今回ご紹介のスモークペンスタンドのようなものも当店では販売しています。

スモークペンスタンドは、加藤亘さんがデザインして、製作しています。

実用一辺到ではなく、細部にこだわった装飾的な意匠で、机上でペンを飾るように置いておける粋なものだと思っています。

ペンを寝かせて並べるよりもスペースをとらないし、万年筆を書くものによって、次々と使い分けて使うのにも使いやすく、機能的でもあります。

立ち姿の美しい5本の違うペンを立ててももちろんいいけれど、この5本のペンスタンドに道具として使っている字幅違いの同じペンが立ててある姿はなかなかサマになる風景ではないかと思います。

当店には陳列用として使っている10本用ペンスタンドもあります。机の上に10本立てておく人がどれくらいおられるか分かりませんが、面白い商品で、加藤さんの遊び心だと思いました。

自分の住む街はどこにでもある平凡な街だと思っていたけれど、神戸の洋風家具発祥の地があって、そこで仕事をする家具職人さんがその影響を受けたペンスタンドを作ってくれていると考えると、この街が少し誇らしく思えるようになりました。

⇒SMOKE(スモーク)TOP

続・理想のインクとの出会い

理想のインクというのはきっと人によって違っていて、誰かが良いというものが自分にも当てはまるとは限りません。実際自分でしばらく使って初めて、理想のインクと言えるのだと思います。

そう考えると理想のインクを見つけるというのは、本当に幸運な出会いなのだと思います。

私はあまりたくさんのインクを使ってきたわけではありません。多少のにじみや裏抜けは気にしなかったので、パイロットのブルーブラックを「万年筆の書き味が良くなるインク」として使っていましたし、ペリカンのブルーブラックを「インク出が多くなり過ぎるペンのインク出を抑えるもの」として使っていました。

インクについては、色よりも万年筆の機能を補う液体として見ていて、その万年筆と最適な組み合わせのものを使おうとしていました。

万年筆が快適に書けるということだけでなく、紙に速やかに馴染んで定着するというのも、感覚的な好みになるけれど私にとっては必要な条件になっています。書く時はぬるぬる書けるけれど、紙の表面に乗ってなかなか乾かない粘度の高いインクは好きではないので、サラサラとしたインクを使いたいと思っています。

そんな時、ローラーアンドクライナーのインクについて考える機会があって、いろんな色を試してみました。

ドイツの片田舎で作られているという、シンプルなラベルが貼られた薬瓶のような素朴なボトルにも惹かれます。

私にとって万年筆は、どんな高価でも特別なものではなく、自然体で扱う日常のものであって欲しいので、気負いのないデザインと価格が安く質の良いローラーアンドクライナーのインクがしっくりきます。

ローラーアンドクライナーのインクは、濃く深みのある色合いのものが多く、最近流行している薄い色ではありませんが、古くからの万年筆好きの人は、インク出の多い万年筆を好むとともに濃厚な色のインクを好むことが多いので、ぜひ試していただきたいと思います。

ライプツィヒアンブラック、バーディーグリースなどは濃い色のインクの代表的な存在で、単純ではない奥行きのある色合いが使っていて楽しい。

古典インクであるサリックスやスカビオサは、濃い色の多いローラーアンドクライナーのインクの中で、褪せたような薄めの色合いでニュアンスが楽しめるインクです。

人気色以外にもいいインクがあるのではないかと改めて探してみると、「パーマネントブルー」と出会いました。その名前から濃厚なブルーだと決めつけていましたが、違っていました。

書いたばかりの時はターコイズに近い鮮やかなブルーをしていますが、時間が経つと紙にスッと沈んで落ち着き、少し薄めのブルーになります。濃淡もきれいに出ます。

色は薄いのに、ヌルヌルと万年筆の書き味が良くなるところも、書いていて気持ちがいい。耐水性はそれほどでもないけれど、書いたものの保存性は他の染料系インクよりも高いそうです。

耐久性は私の用途にはそれほど必要ではないけれど、中にはそれが重要な人もいると思います。

ローラーアンドクライナーパーマネントブルー、今私が一番気に入って使っているインクです。

カンダミサコ革鞄、取り扱い始めました

毎日使う通勤バックは、同じリズムの生活を13年も続けていると、どの季節にどんなものが必要かが大体分かってきます。

私は万年筆や手帳類、水筒などただでさえ荷物が多い方なのに、今の季節は冷房対策の夏用ジャケットも増えます。更に最近は色々な仕事の締め切りが迫っていて、仕方なくパソコンも持ち歩いているため今までで一番荷物が大きいかもしれません。

神戸は雨が少ないと言っても、梅雨なのでいつ雨が降るか分かりません。気にしない人も多いけれど、ブッテーロ革など雨の跡が残るタンニンなめしの革の鞄は何となく避けたい。

そういうことを考えると、フィルソンの大きなトートバッグ以外に考えられなくてずっと使っていますが、さすがに色褪せたり、くたびれたりしてかなり使用感が出てきました。

それがフィルソンの味で、普段使いにはいい感じだけれど、通勤時にはカジュアルすぎる気がしてきました。

新しい鞄が欲しい。でも常に革靴が欲しいと思っているので我慢しようかとか考える時間も楽しく、いい気分転換になっています。

鞄が好きな人は多い。いや鞄を嫌いな人などいないのかも知れません。

当店のお客様、特に女性の方に喜んでいただけると思って、カンダミサコさんの鞄を扱い始めました。

最後にカンダさんが出店した伝説の大丸神戸店でのイベントから8年近く経っています。

カンダさんが公の場所に出なくなったことで、カンダさんの鞄を実際に見ることは殆どできなくなりました。それができる場所になればと思っています。

カンダミサコさんの鞄の特長は、しっかりとしたオーソドックスな鞄をベースに、オリジナリティを感じさせる要素が盛り込まれている所だと思います。基本に忠実に作られた鞄はいろんな服装に合わせやすく、長くご愛用いただけるものだと思います。

カンダミサコさんがメインで使っているシュランケンカーフは、水に強く、汚れも落としやすいので、梅雨の季節でも安心して使うことができます。また、大抵のお店の入り口にあるアルコール洗浄水がついてもシミになりません。

エージングはあまりしませんが、発色が美しくいつまでもきれいに使うことができます。

当店にご夫妻で来店されたお客様が、旦那様が万年筆を見ている間に、奥様が鞄を見て下されば、良い店になったなと自画自賛できます。

男性でも違和感なく使えるものもあり(スタッフMはすでに購入して毎日使っています)個人的にはtoneかPaneが欲しいと思って、毎日眺めています。ぜひ皆様もご覧下さい。

⇒カンダミサコ 鞄TOP

セーラー万年筆創業110周年記念謹製万年筆

原田マハの小説「リーチ先生」を読んで、バーナード・リーチの活動に興味を持ちました。

リーチはイギリスで高村光太郎と知り合い、アーティストとして日本にやってきました。そして日本の陶芸と出会い、陶芸家になることを志します。その手助けをしたのは、西洋美術を吸収して日本独自の芸術を開花させようと試行錯誤していた、高村光太郎、柳宗悦をはじめとする白樺派の芸術家、富本憲吉、濱田庄司などの陶芸家で、当時新進気鋭の人たちでした。

リーチは彼らの影響を受けながら日本と西洋の架け橋となり、日本の美術界に多大な影響を与え日本美術の開花に貢献しました。

日本の美術界が西洋のものを吸収、消化して、独自のものを生み出そうとしていた頃、1911年(明治44年)にセーラー万年筆は広島県呉市に誕生しました。

美術界だけでなく、万年筆の業界もきっと西洋のものである万年筆を吸収して、模倣したり試行錯誤しながら日本独自のものを生み出そうとしていたのだと想像することができます。

そして日本の万年筆メーカーは日本人の繊細な感覚を生かして、素晴らしい書き味のものや、伝統工芸である蒔絵を軸に取り入れたものを世界に示し、その地位を確立していきます。

激動の時代を生き残り、日本最古の万年筆メーカーとして現代に存在しているセーラー万年筆の歴史は、日本の万年筆の歴史そのものです。

先日、セーラー万年筆110周年記念謹製万年筆「プレミアム」「くろがね(黒金)」「しろがね(白銀)」が発売になりました。装飾がほとんどなく、直線のシルエットの、潔いほどシンプルな造形の万年筆です。

しかしこの万年筆からは、西洋の文化と日本の融合、伝統的な万年筆作りと現代のテクノロジーの融合を感じます。

「しろがね」は、表面処理をしていない、磨き抜かれたスターリングシルバーの軸で、既に万年筆の軸の素材として認知されている従来の素材である銀を贅沢に使っています。

ピカピカの軸は、使うごとにその光沢が落ち着き、味わいを出してくると想像できます。エージングを感じたり、磨くことが楽しめる万年筆に仕上がっています。

「くろがね」は、「しろがね」とは対照的に、永遠の黒さを現代のテクノロジーで実現した仕様です。

黒色発色させたステンレススチールは、メッキや塗りではないので、剥がれたり、退色したりすることがありません。

そして「プレミアム」は、「くろがね」をベースに、ボディ中央にペン先と同じ21金を軸材にした豪華な仕様、ボディ中央に重量感を持たせることで、バランスも優れています。

それぞれ内部パーツのメッキの色が、それぞれのテーマ「しろがね」はシルバー、「くろがね」はブラック、「プレミアム」はゴールドになっていて、なかなか凝った仕上げがなされています。

ボックスも凝っていて、無垢の国産栗材を使用した刳りものになっています。一位一刀彫師小坂礼之氏の監修で製作され、「プレミアム」の箱には、小坂氏の手彫りによる名栗目の模様が施されています。

セーラーの万年筆の特長は、21金ペン先とペンポイントの研ぎの形による書き味や独特の筆致であり、110周年記念謹製万年筆でもその書き味を充分味わうことができます。

書くことを楽しくしてくれて、万年筆を使いこなす喜びを改めて感じることができます。

セーラー万年筆が、その歴史の中でたどりついた日本独自の万年筆のあり方に安住することなく、攻めた仕様の万年筆を110周年記念謹製万年筆で示してくれました。

110周年記念謹製万年筆は、他の標準的なサイズの万年筆よりも長いので収納するものに困るかもしれません。

丈夫な金属軸で折れることはないとしても、傷もついて欲しくない。当店オリジナルの長寸用万年筆ケースは110周年万年筆をスッポリと収めて、傷から守ってくれるものなのでお勧めです。

セーラー万年筆110周年記念謹製万年筆の当店初期入荷分は殆ど出払ってしまいましたが、まだ入荷は見込めるようです。興味を持たれた方はぜひお申し付け下さい。

⇒創業110周年記念謹製万年筆 プレミアム

⇒創業110周年記念謹製万年筆 しろがね

⇒創業110周年記念謹製万年筆 くろがね

⇒Pen and message. 長寸用万年筆ケース シャーク革

書の万年筆、書のインク

日本の歴史から大陸に興味が移って、井上靖の西域ものを立て続けに読んでいるうちに、西域や中国への興味が湧いてきました。

そういったものを読んでいるうちに、以前習っていた毛筆の練習を再開したりして、「文字を美しく書く」と言うことに興味が向いてきました。

私は気を抜くとすごいクセ字になるのですが、お手本をしっかり見て、なるべく端正な楷書が書けるように練習するのも楽しいと改めて思いました。

練習は筆ペンで始めたけれど、万年筆でもやれるのではないかと思います。

筆で何かを書けるようになるよりも、いつも使う万年筆で美しい楷書が書けるようになれた方が毎日仕事に役立てられます。

ペン習字は、デスクペンの細字や極細で行われていることが多いようです。

それほど小さな文字を書くわけではないのになぜそういう字幅を使うのか。万年筆で筆のようなトメハネハライを表現するのに、細字あるいは極細の方が向いているというの理由ですが、それは何故なのか。考えてみたら、ペンポイントの形状なのではないかと思い当たりました。

細い線、細かい文字を書くために尖らされたペンポイントは、漢字・ひらがなの線の美しさを生みやすいのではないか。

国産の万年筆でも、細字くらいまでは先が尖っていて、極端に言うと矢尻のような形をしているのに、中字以上になると丸くなります。

中細というのは中字と細字の中間の太さですが、ただ単に太さだけの問題ではなく、ペンポイントの形は細字と同じであって欲しいような気がします。

中字になると書き味がヌルヌルして気持ち良く書けるけれど、筆のような筆致を表現するのには丸く、紙にペタッとあたるペンポイントはあまり適していないのかもしれません。だけど書き味を優先するとどうしてもこうなってしまうし、むしろこういうペンもあって欲しい。

ある程度太くて、書き味が良くて、でも毛筆のような文字の形を表現したいという時は、セーラーの長刀研ぎの万年筆が必要になってくるのかもしれません。

長刀研ぎには、中細、中、太という字幅があります。その中でも一番細い中細が、先が鋭く筆文字を意識して書くのに一番適しているように思います。

中細と言っても、長刀研ぎのペン先は普通の研ぎのペン先よりもかなり太いので、心の準備が必要です。

当店でも55,000円の長刀研ぎ万年筆を扱っていますが、ネット販売が禁止されていますので、店舗での販売かメールでの販売となります。ご希望のお客様にはご用意させていただきますので、ぜひお申し付け下さい。

長刀研ぎはプロフィット21がベースになっているレギュラーサイズの万年筆ですが、新しくオーバーサイズのキングプロフィットベースの長刀研ぎ万年筆が発売されました。

ボディ、キャップ、首軸が磨き込まれたエボナイト製で、その艶は漆塗りが施されたように見えるほど磨き込まれています。

レギュラーサイズの長刀研ぎとはかなり違った柔らかいペン先で、万年筆で筆文字を書くためのペン先と言えます。

こういったものを書く時は、黒インクを使って書の気分を盛り上げたい。

通常の黒インクはなかなか濃淡が出にくいのですが、当店オリジナルインク「冬枯れ」は少し薄めの黒になっていて、濃淡が出やすく長刀研ぎとの相性も良いので、文字を書いていても楽しい。当店で開講しているペン習字教室の講師堀谷龍玄先生も愛用してくれていて、書のインクだと思っています。

中国の書聖と言われた人の文字に憧れて万年筆で書道をするのも、本を読むのと同じくらい楽しいと思います。

⇒キングプロフィットエボナイト長刀研ぎ万年筆

⇒Pen and message.オリジナルインク 冬枯れ

クリエーターの世界観

モノを生み出すクリエーターの人は、私たち販売側の人間とは違った思考でそのモノについて長い時間を費やして考え、試行錯誤してその魂の結晶とも言えるモノを生み出しています。

身近なところではカンダミサコさんにそんなクリエーターとしての姿勢を見ることができますし、他のクリエーターの方々の作品と言えるものも扱っています。

アルベルロイの机上用品は、万年筆・ステーショナリー専門誌「趣味の文具箱」の取材をアルベルロイの大西宣彰さんが受けた際、編集部の方から当店のことを紹介されて、そのご縁で取り扱いが始まりました。

アルベルロイの机上用品の完成度は、自然の素材を生かした手仕事の商品とは方向性の違うもので、その隙のない仕上がりの商品も完璧を追究する職人仕事だと思いました。

アルベルロイは、プロダクトデザイナー/空間デザイナーである大西宣彰氏が「極小の家具」というコンセプトでデザインしたステーショナリーです。そのモノがひとつあるだけでその空間の雰囲気を作る、そんな机上用品を目指しています。

余分なものを削ぎ落し、とことんこだわってデザイン・仕上げをしたメイドインジャパンの「机上家具」と、大切な万年筆や手帳を組み合わせることで、緊張感のある空間になる。

ひとつのもので雰囲気を作ることができるものを挙げると、服装では靴や鞄、机上では万年筆だと思っていますが、アルベルロイのオブジェのようなブックエンドやシンプルなペーパーウェイト&ペントレーもそういう存在になるのかもしれません。

アルベルロイの机上用品は、当店で扱っているどちらかと言うと柔らかい印象のステーショナリーとも相性が良いものだと思い、導入させていただきました。

そしてもう一つ、お酒を扱っていないのに「佐野酒店」という変わったブランド名のステーショナリーも扱い始めました。

佐野酒店は、レーザーワークによる木製品を作るブランドで、クリエーターの佐井健太さんが一人でデザインから製作まで行っています。

佐井さんはその頭の中に、懐かしい気持ちにさせるデザインの引き出しを多く持っていて、話していると様々なアイデアが出てきて、何から始めていいのか分からないくらいでした。そんな中、まずオリジナルラベルの木箱入りインク瓶から始めようということになりました。

お客様ご希望の名前や言葉をボトルと木箱にお入れする、オリジナルラベルの木箱入りインクボトルは、古いインク瓶を昔よくあったお酒の木箱のような形の箱にお入れするもので、佐井さんの世界観を表現したものです。

当店のスタッフの名前もさりげなくお酒の名前になって刻印されて、佐井さんのユーモアも込められています。

佐井さんがたまたま仕事で近くに来られた際に当店に立ち寄られて、何気ない話をしているうちに、佐井さんの仕事を知りました。

今まで当店になかった世界観のものですが、私たちの世代なら記憶の片隅にこういう世界があって、懐かしいと思う気持ちがあるのではないか、そして当店のお客様ならこういうものを面白いと思ってくれるのではないかと思いました。

今回ご紹介しましたクリエーターのお二人に共通するのは、どちらも不可侵の世界観を持っていて、それらを大切にしながら販売していきたいと思えるところです。

店というのは本当に有難い場所で、長く営業しているとこういう出会いがやってきてくれる。そしてその縁が仕事になっていくということを改めて感じました。

⇒ALBELROY(アルベルロイ)

⇒佐野酒店(レーザーワーク木製ステーショナリー)

〜クラスを超えた質感〜ファーバーカステルギロシェ

春は年末に次いでペンのプレゼント需要が高まる時で、当店にもそういったものを求めて来られるお客様は多くおられます。

人の異動が例年よりも少ないと言われている今春でも、送別や新生活のプレゼントのご要望はありました。

ご自分のものを買われる場合と違って、贈り物の場合はご予算がはっきりと決まっていることが多く、ご予算の制約の中でペンをご紹介しています。

文具の販売に携わって25年以上この仕事をしていますので、価格ごとにペンを分類する習慣が染みついています。ご予算を言っていただければ、お取り寄せも含めてお勧めしています。

予算と言えば、価格によってペンのクラスは厳然と分けられています。

当然価格が上がるほど良くなっていきますが、それがちゃんと分かるようになっているので、お客様は安心してペンを買うことができる。

でも中には、画像で見たら華やかで高級に見えるけれど、実際に手に取るとそうではなかった、というペンもたまにあります。

そういった価格によるクラスを超えているペンのひとつがファーバーカステルギロシェで、お勧めする機会の多い、大切に思っているペンのひとつです。

しかしコロナ禍の影響か、今春ギロシェが日本に全くなかったのには本当に困りましたので、最近は少しまとめて仕入れるようにしています。

ギロシェは、クラシックコレクションを踏襲した細身でシンプルなデザインで、写真や画像で見ると地味に感じるかもしれませんが、実際手にするとその質感の高さにクラスを超えたものであるということを感じていただけると思います。

ファーバーカステルは銘木やスターリングシルバーをボディ素材にしたクラシックコレクションのイメージもあって、高級で趣味的なイメージがあります。ギロシェはクラシックコレクションの入り口であり、実用に特化したシリーズということかもしれません。

ギロシェもクラシックコレクションも、天冠やクリップのデザインが美しく、キャップリングのない細身で、システム手帳などのペンホルダーにも入れやすいペンです。

特にバイブルサイズとのバランスが良く、手帳用のペンと言えばペリカンM400とともにこのギロシェをイメージします。

良いペンはたくさんあるけれど、私は若い人にもこのギロシェに興味を持ってもらいたいと思っています。

ギロシェという、デザインも質感も優れたペンから広がって、これに合う革製品に興味を持ち、さらに上のクラスのクラシックコレクションにランクアップしていく。もちろんギロシェの実用性が気に入ったのなら、このペンを使い続けてもいい。

ファーバーカステルギロシェは、美しいデザインのペンを手にする楽しさ、このペンを中心としたモノへのこだわりの広がりを教えてくれる存在だと思っています。

⇒ファーバーカステル TOP

反骨のアウロラ・美しい限定万年筆アンビエンテギアッチャイオ

このコロナ禍で、多くの万年筆メーカーが以前のように万年筆を供給できなくなっています。そんな状態でもアウロラだけが変わらずにペンを作り続け、更に新しく限定品も発売して、日本に届けてくれています。

この状況下で、アウロラだけがなぜ変わらない仕事ができているのか。

もちろんコミュニケーションを欠かさず、商品を確保し続けている日本代理店の努力は相当なものだと思いますが、アウロラが部品の多くを自社で作っていることが大きく関係していると思います。

こんな状況になる前から、アウロラは全ての部品を自社で作っています。だからこそ、発売してから何十年経ったペンでも直すことができる。そのことを誇りにしていましたが、それが現在のように世の中の動きが止まった時にも強味になりました。

自社で全てのパーツを作るということは、もしかしたら効率の悪いモノ作りの仕方で、様々なバリエーションの製品を作るのには無駄が多いのかもしれません。

イタリアの多くのモノ作り企業の在り方に、私はいつも主流のものに対する反骨心のようなものを感じています。

大きな動きやその時代に主流となっているものがあったとしても、それに流されずに自分たちの信じた道を行く。

いつの時代も正解なんてないけれど、今は特に世の中が混乱していて様々な意見があり、先の見通しが立たない状況です。

そんな世の中においては、自分たちの信じた道を行くということが正解なのだと、アウロラの姿勢から学ぶことができます。

私たちは今の状況で起っていること、戸惑ったことを、世界が元に戻った時に忘れてしまうかもしれません。しかし、それではいけないのだと思います。今感じていることを覚えておいて、それを評価できる時に声を上げなければならない。

今のアウロラの活躍を万年筆の歴史の一つとして覚えておいて、この状況が過去になった時、知らない世代に伝えたいと思っています。

アウロラが限定品の新たなシリーズをスタートさせました。

地球環境をテーマに、守らなければならない様々な自然の姿をテーマにした限定品で、第1回目のアンビエンテ・ギヤッチャイオは「氷河」です。

青み掛かった白い氷河を、この万年筆は軸の色で表現しています。

このモデルは、他のアウロラのペンよりもスターリングシルバーのパーツを多く使っているため、40グラムの重さがあります。そして18金ペン先の柔らかさが伝わりやすい、厚みを感じる豊かな書き味をしています。

首軸に氷河をイメージした線が施され、氷河をイメージしたフレグランスを纏わせたブックレットがセットされるという凝った仕掛けになっています。

これは私の持論ですが、多くの筆記具の中から万年筆を選んで使っている人は、多くの人と同じようにすることに懐疑的で、流行や大きな動きに対して反骨心のようなものを持っている。そして自分のスタイルを持っている人だと思っています。だからこそ万年筆を使うのだと思います。

アウロラはそういう人の心にピッタリと合う仕事をする万年筆メーカーだとずっと思ってきましたが、今回のコロナ禍でも、やはり私たちの心を掴む仕事の仕方をしていたと思いました。

⇒アウロラ限定万年筆 アンビエンテ・ギアッチャイオ