革を纏わせる~ミネルヴァリスシオの正方形カバー~

オリジナルダイアリーを発売して10年以上経ちますが、この数年でやっと認知されてきたような気がしています。

このダイアリーを愛用している人が、ご自分の使いこなしについて語れる情報交換ができたらきっともっと楽しい。でも完成したものだということに安堵せず、皆様に使っていただく努力をし続けなければいけないと思っています。

それは店の仕事も同じで、何もしなければすぐ忘れられてしまう。

新しいものを作ったり、ペンショーや出張販売でどんどん外に出たり、自分たちにできることをやり続けていく。その活動に終わりはなく、止まった時はやめなければならない時なのだと思います。

でもそれはそれほど悲壮感のあることではなく、好きであれば誰でも続けられることだと思う。

9月8日~10日に開催された京都手書道具市に参加してきました。

たくさんの人がいるのにどこか優しい雰囲気に満ちていて、京都らしいイベントだと思いました。

きっとこういうイベントにしたいというイメージが主催者の人たちにはあって、そのための気配りがされていたのだと思っています。参加者にとっても快適で気持ちの良いイベントでした。

京都手書道具市に限らず、参加しているどのイベントでもこちらからは何も言っていないのに、よく一緒に出張販売をしている590&Co.さんと毎回隣同士にしてくれているのが面白い。どのイベントでも配慮していてくれていることがよく伝わってきて、感謝しています。

京都手書道具市の主催者のTAGステーショナリーさんが集めたイベントの参加者さんたちは皆さん自分の感性を信じて、それで勝負しているのだと思います。

きっと皆さんご自分の扱っているものが好きで、その世界観に共感してくれる人を増やしたくてその仕事を続けているのだろう。

個性豊かな鋭い感性を持つ人たちの中で、当店はどうやって存在をアピールしたらいいのかと、イベントに参加する時はいつも思います。

当店は自分たちがステーショナリーや万年筆に求めていること、仕事に持ち込める趣味性というものを追究していると思っています。

仕事というのはビジネスもそうですが、家事もそこに入ります。

お客様方の生涯続けて行く仕事を楽しくしてくれるようなステーショナリーを提案して、作っていきたい。

そのひとつの柱が正方形のオリジナルダイアリーだと思っています。

予定やToDoの管理ができて、書く楽しみを感じながら記録できる。きっと多くのダイアリーもそう思って作られているけれど、それに上質な革で作ったカバーを掛けて使うことができるのは、当店の文化だと思っています。

正方形の革カバーは当店近くの革工房の藤原進二さんが作ってくれていて、正確で細かく美しいステッチは彼の腕の良さと手間を惜しまない仕事ぶりが表れています。

プエブロで有名なタンナー、イタリアバタラッシィ社のミネルヴァリスシオを使ったカバーは使ううちに艶が出て、色変化もあり、新品の時よりも時間が経ったときの方が美しいとさえ思えるものになります。

ミネルヴァリスシオの銀面をペーパーなどで擦って艶を取ったものがプエブロです。同じ革なので、そのエージングもプエブロと同様劇的なものです。

仕事をするための楽しみながら書くダイアリーに、触れて、見て、香りを嗅ぐ楽しみを纏った上質な革カバーが今年も完成しました。

⇒2024年正方形ダイアリーカバー・正方形ノート

不良っぽさへの憧れ〜バゲラの革巻きボールペン〜

父が教師、母が専業主婦の平凡な家庭のお坊ちゃん育ちなので、怒れる反抗期もなく、普通の人生を生きてきました。

語れるような、若い頃の無茶をしたような話もなく、それが何となく負い目のように感じていたけれど、そんな気持ちも長い間忘れていた。

きっと自分らしさに折り合いがついて、普通の大人しい人間である自分が恥ずかしくなくなったのだと思います。

それでもある種の不良っぽさに憧れることはあって、そういうかっこいい人を見ると自分はそうはなれないけれど、そうありたかったと思うこともあります。

不良と言っても学生時代に学年に何人かいたような不良と、大人のそれとは違う。

子供の頃の不良はつるんで徒党を組まないと生きていけない弱い人たちだったけれど、不良っぽい大人は自分を周りに合わせることを嫌う、一人で生きていける人で、そんな姿勢から他者を無言で黙らせる存在感のある人だと思います。

バゲラさんの革製品は、そんな私にはない不良っぽさをなぜが感じさせるもので、かっこいいなといつも思っています。

高田さんご夫妻が納品のために当店を訪れてくれて、その作品を見せてくれるたびに、こういうものが似合う人間になりたかったと、自分の不良への憧れを思い出させます。

今回Pineconeも納品してくれて、あのモノのあり方、ただ持って出掛けたいと思わせるところが不良っぽいけれど、他に高田さんが提案してくれた革巻のボールペンもあり、これも不良っぽいカッコイイものです。

キャップを外すのがナイフの鞘を外すような所作にも思えるキャップ式のボールペンで、これで書き始める時相手は一瞬身構えるのではないだろうか。

中身のボールペンはBICで、この選択もバゲラさんらしいものだと思いました。

文房具に知識があって、いろんなものを知っている文具オタクの自分たちなら絶対にBICは選ばない。

でも高田さんは日本のメーカーの軽くスルスル書けるボールペンを選ばず、レトロスタンダードなペンとも思えるBICを選んだ。

高田さんは他に良いものがあるかもしれませんねと言っていたけれど、こだわっていないようで考え抜いてBICを選んだのだと思いました。

その理由について上手く論理的に説明できないけれど、BICを入れるのが一番不良っぽくて、バゲラさんらしい選択だったと私にも理解できます。

自分に一番欠けている不良っぽさはきっと自分たちの仕事においてあってもいい性質だと分かっている。

でも自分はそのカケラも持ち合わせていない。

こういうものを使うことで、自分にも少しは不良性が備わって、いい仕事ができるかもしれないと思わせてくれる、バゲラの革巻ボールペンです。

革巻ボールペンケース 机上用品 – Pen and message. (p-n-m.net)

Pinecone  カードケース・財布 – Pen and message. (p-n-m.net)

代わりのないもの〜2024年版オリジナルダイアリー〜

システム手帳は自分で項目を作って、その分類に従って情報を分けて記録することができるので、工夫して使うことができて楽しく、便利なものでもあります。

分類することやページを作ることが好きな人なら、システム手帳をより楽しく使うことができると思います。

でも時にはそのオリジナルの分類が何かの都合で崩れたり、思ったより使わない項目があったりして、気を付けて管理しておかないと情報が散逸する危険があります。

浅田次郎の「蒼穹の昴」にある、”龍玉を天命を戴いていないものが手にすると、五体がこなごなに千切れてしまう”という伝説のように、システム手帳はその手帳の真の使用者でなければ、情報がバラバラに散逸してしまう。と言うとふざけすぎだろうか。

それはともかく、散逸をふせぐためには、時間の経過という厳然としたものを基準にする方が自然なのかもしれません。ページの進行、分類を日付順にした方が情報は散逸することはなく、後から探し出すことも時間の感覚を頼りにできる。

私はダイアリーを万年筆で書くことも好きで楽しんでいるけれど、結局は自分の好きな仕事がそのダイアリーを使うことでより効率的に進めることができたり、情報を漏らさず記録できるからこそ、使っています。

オリジナルダイアリーの各ページには当然このように使ってほしいというイメージがありますが、結局自分はそのイメージ通りではない、自分の仕事に合わせた使い方になっていきました。

自分のことになって恐縮ですが、私がダイアリーに書き込むことは、予定やToDoはもちろん、毎日の仕入額や売上、来店されたお客様のことまでかなりの情報量があります。

店というのはやはり華やかな場所であると思います。店で繰り広げられているのは、そのお客様が主人公である万年筆をめぐる物語だと思う。

それに居合わせた証人としてその出来事を記録しておきたいと思っています。

この店で起こった素晴らしい出来事を、思い出せる形でちゃんと書いておかないと、それらは過ぎ去っていく時間とともに自分の記憶から消えて行ってしまう。せめて私だけでもそのことをいつまでも覚えている者でいたい。

そしてお客様から聞いた情報やアイデアなどの多岐にわたる情報をダイアリーに書くことで、時間という分類の中で引き出せるようになっています。

自分の店がオリジナルで発売しているから使わなくてはいけないとは思わないので、自由に色々なものを使ってきました。

でも結局、自分の仕事の全てを書き込むことができるこのダイアリーから、違うものに換えることは考えられないと思っています。

このオリジナルダイアリーを使う人それぞれが、ご自分の使い方に合うように自由に使っていただけたら、そんな素晴らしいことはないと思っています。

⇒オリジナル正方形ダイアリー2024 TOPへ

中庸を求める万年筆~当店のオリジナルインク~

万年筆の世界には様々なトレードオフ(両立しない関係)が存在しています。そういう理を受け入れて、最も譲歩できるバランスを探りながら使っていくことが万年筆には必要なことで、中庸であることが求められます。

何か一つの条件を極端に立てると相対する条件が立たなくなるということは、人生においても、他の仕事においても結構あることだと思います。バランスを取りつつ、譲歩しながら妥協点に到達しなければならないことは多いのではないかと思います。万年筆から、人生も教えられているような気がします。

全てを思った通りにしようとするのは理を曲げることになり、私は自分の都合だけで強行することはないと思っています。

万年筆で例えると、細いペン先だと小さい文字が書けて、より幅広い用途に使うことができるけれど、紙に当たる面積が小さい分書き味が悪くなります。

逆に書き味の良さを求めて太いペン先にすると、大きい文字でないと字が潰れてしまう。

それはいくら良い万年筆が出てきても解決できない、つきまとう葛藤で、自分が良いと思える書き味とこの太さならギリギリ潰れずに書けるというところで手を打つのが、万年筆の字幅選びだと思っています。

インクについても、そういうことはいくつもあります。

例えばパイロットのインクは出がよくて書き味の良くなるインクですが、良い紙には快適に書けるけれど、再生紙などの安めの粗い紙では、にじみや裏抜けする場合があります。

ペリカンのインクは安い紙でもにじみにくいけれど、インク出が少なくなり、パイロットに比べると書き味が重く感じます。

にじみにくくて、書き味が良くて、万年筆には詰まりにくく、書いた文字の乾きが早いインクがあれば完璧ですが、そういうものは存在しません。

顔料インクがあると思われるかもしれないけれど、顔料インクは刻印にインクが入り込むと取れにくいし、もし詰まってしまったら水では洗い流せないという、顔料インクならではの使いにくさがあります。

結局、万年筆のインクに関しても全てにおいて100点満点のものは存在しないので、自分が何を重視して選ぶかということになります。

私の好き嫌いを言うと、書いた後紙に沁み込まずいつまでも乾かないインクは苦手です。そういうインクは書いた跡を手で擦らないように気を付ける必要があります。

紙に自然に染み込んで乾き、紙馴染みが良く、サラサラ過ぎず、粘度が高過ぎず、にじみ過ぎない、全てにおいて中庸なインクが私にとっては最も優れたインクということになります。

当店のオリジナルインクも、多少の個性はありますが、中庸なインクだと使っていて思います。

当店は、2007年からオリジナルインクを作っています。

創業時からある冬枯れ、朱漆、朔、山野草は今も作り続けています。インクブームになるまで、オリジナルインクはあまりたくさんは売れなかったけれど、その後きっかけがあるごとに少しずつ増えて、今はCigar、クアドリフォリオ、ビンテージデニム、オールドバーガンディ、虚空、稜線金ラメ、稜線銀ラメ、メディコ・ペンナ、全12色となっています。

万年筆店としてオリジナルインクを持つことは、当店の世界観をインクで表現するということでした。当店で万年筆を買う時には、当店のインクも一緒にお選びいただいて、万年筆を買う流れのひとつとして楽しんでいただきたいと思っています。

⇒Pen and message. オリジナルインク

色気のある革の魅力

天邪鬼な性格のせいにして、あまり流行に反応しないのは店主としてどうなのかと思うけれど、自分の感性でモノを選ばず、流行のものをただ追いかけることに虚しさを感じているからなのかもしれません。

モノを販売する店なので、もちろん仕事として流行を取り入れたり便乗することが必要なことはあるけれど、今まで扱っていなかったものまで無理して扱うことはしたくない。ガラスペンも、今のように大流行する前からaunさんとのお付き合いがあったので、流行に乗っているとは思っていません。

革の選び方もそんな風に、マイペースを守りたいと思っています。

最近オリジナル商品でよく発売している、サドルプルアップレザーは理想的な革だと思っています。

新しい時のギラギラと黒光りするような光沢は息をのむほど美しいし、張りのある硬さも丈夫さの表れのように感じられます。もともと馬の鞍に使われた革ですから、丈夫で当然なのかもしれません。

使い込んでギラギラした艶が落ち着いてくると、しっとりした雰囲気に変わります。これこそサドルプルアップレザーの魅力で、この革の色気を一番感じる時だと思っています。

何とも言いようのない色気がサドルプルアップレザーを理想の革だと言う最大の理由ですが、それほど革にとって色気は大切なことだと信じています。

大容量でたくさんのペンを持ち運ぶことができる、上質な革を使ったル・ボナーのデブペンケースが久し振りに入荷しました。

ル・ボナーさんのデブペンケースの定番革ブッテーロ、590&Co.さんチョイスによるプエブロ、そして当店が選んだサドルプルアップレザーというように、今は革も色もたくさんの中からお選びいただけます。

それぞれの革に魅力があります。

ブッテーロはル・ボナーさんがデブペンケースに最も適した革として長く作り続けてきました。

ある程度の厚さを確保すると、張りがあってしっかりとした硬さがあります。デスクマットにもよく使われますが、それはブッテーロが丈夫さと手触りの良さを併せ持った革だからだと思います。

適度にオイル分を含み、とても上品なエージングをします。丁寧に扱ってたまにブラシなどで磨くと、新品時よりもさらに美しい艶が出てきます。

プエブロは最も劇的な変化をします。使い込むと新品時のマットな質感から想像できない艶を出します。

590&Co.さんはそんなところに惹かれてこの革でデブペンケースを作りたいと思ったのだと思います。

当店はサドルプルアップレザーに思い入れがあるので、デブペンケースだけでなく、様々なものを職人さんたちにお願いして作っていただいています。

文庫分カバー、M6システム手帳、1本差しペンケースなどもサドルプルアップレザーで作っていますので、それらを同じ革で揃えて持つことができます。 

サドルプルアップレザーの革の良さに共感してくださる方が一人でも多く現れたら、と思っています。

⇒ペンケースTOP

⇒サドルプルアップレザー M6システム手帳

⇒サドルプルアップレザー 文庫本カバー

プラチナ富士雲景シリーズ「鱗雲」とプラチナ万年筆の矜持

いつも神戸の店舗で仕事していますので、あまり外に出ることがありません。それでも年に2,3度は出張販売で首都圏に行くことがあって、東京までなら調整機を持ち運ぶのに便利なので新幹線で行きます。

590&Co.の谷本さんと新幹線に乗るようになって、車内のワゴン販売でアイスクリームとホットコーヒーを買う楽しみを知りました。行きも帰りも、乗れば必ず買っています。

売店で買ってもよさそうだけど、車内販売で買うのがささやかな贅沢で、新幹線の旅ならではの優雅な遊びのような気がしています。

新幹線に乗った時のもうひとつの習慣は、富士山を撮るというものです。

そろそろと思ったらスマホで現在地をチェックして、逃さず富士山を撮っています。これは大抵の人がしていて、日本人なら撮らずにはいられないのだろうと思います。

でも日本人に限らず外国の人も写していることが多く、富士山には高さだけではない魅力があるのだと思います。

晴れていて、黒い富士山が裾野から山頂まで見えたら珍しい。ほとんどの場合山頂には雲がかかっていて、見ることができません。富士山と雲は一対の景色になっています。

だからプラチナの新しい限定品の「富士雲景シリーズ」というものが始まった時になるほどと思いました。

シリーズの最初は「鱗雲」です。富士山の頂に鱗雲が敷き詰められた風景を私は見たことはないけれど、青黒い富士山と白く輝く鱗雲をその万年筆は表現していることがよく分かりますし、万年筆としても美しく仕上がっていると思います。

古くからのプラチナのファンは細字を好む人が多いように思っています。

硬くしっかりとしたペン先と程よく抑制されたインク出で、くっきりとした細字が書けるのがプラチナの万年筆の特長で、メモ帳に細かい字を書くならプラチナセンチュリーが向いていると思います。

プラチナの細字へのこだわりは字幅のラインナップに表れていて、定番モデルセンチュリーには他社にはない超極細が用意されています。

字幅の種類を減らす傾向にある万年筆の中にあって、プラチナは万年筆が仕事の道具として使われていた頃の名残を守っていると嬉しくなります。

時代の移ろいか、新幹線の車内でのワゴン販売も廃止されるようです。

そういうなくなっても大きくは困らないけれど、あって欲しいと思う人もいるというもの、余分に感じるものはなくなっていく時代なのだと思います。

そういう時代だからこそ、古くからの万年筆のあり方にこだわるプラチナの矜持に共感せずにはいられません。

⇒プラチナ富士雲景シリーズ「鱗雲」

スタンダードを教えてくれるペン

人が良いと言うモノでも、それが自分にとっても良いモノかどうかは分かりません。

例えば、ネットの記事や雑誌などで良いと言われている革靴をお金を貯めて買っても、それが自分の足の形に合っていなければ自分にとっては良いものではなくなります。

自分の足に合ってすごく良かった、というものは結局自分で見つけるしかない。

でもそうやって見つけたものは、人生の宝物と言えると思います。

日頃万年筆やステーショナリーをお勧めしているのに身も蓋もないと思われるかもしれないけれど、靴や服ほどでなくても、万年筆でも同じことが言えると思います。

万年筆販売のプロとして、ただ良い、と言うのではなく、中身のあるなるべく公平な見解をお伝えしたい。

そのモノを知る時にまずスタンダードを知るべきだと思います。

万年筆もスタンダードと言えるものをまず使って、標準を知ることでもっと自分に合うものを探すことができるかもしれません。

私は万年筆のスタンダードとして、頑なにペリカンM800をお勧めしてきました。これは一般論を言っている訳ではなく、自分がM800をずっと使ってきて実感していることです。

重量も軸径も万年筆の標準的なサイズで、これよりも大きければオーバーサイズ、これよりも小さければ小振りな万年筆と言える。重さもこれ以上であれば重い、これ以下では軽いと言うことができる、本当に基準となるサイズだと思います。

M800に限らずペリカンの特長のひとつに、自社インクはもちろん、他社インクでもスムーズに書けるということが挙げられます。

インクを色々変えて使う人なら経験があるかもしれませんが、それまで気持ち良く書けていた万年筆がインクを変えた途端に書きにくくなったりする。

それはインクの粘度や粒子の大きさとペンとの相性によるものですが、ペリカンは多少の出方の差はあっても気持ち良く書けることが多い。

自由にインクを変えることができて扱いやすいペンと言うことができます。

私もまだ万年筆をペリカンM800を1本しか持っていなかった時、インクを色々入れ変えて使って、インクの性質の違いをつかむことができました。

M800は標準的なサイズだと言いましたが、それまで軽いペンを使っていた人には重く感じられるかもしれません。その場合はキャップを尻軸にはめずに持つと軽くなって、使いやすく感じるかもしれません。

そうやって使っていくうちに、キャップを尻軸にはめてペンの重みで楽に書くという、万年筆ならではの書き方もできるようになっていき、万年筆の書き方も教えてくれるペンでもあるのだと言えます。

お手紙向上委員会が年4回発行している「ふみぶみ」というフリーペーパーがあります。当店でも店頭に置いてお持ち帰りいただけるようにしています。

手紙を書くことを楽しむ人を増やしたいという志を持って発行されている内容の充実した冊子で、現在15号まで発行されています。

私も創刊号から寄稿させていただいていて、毎回好きなことを書いているのですが、ふみぶみの次号、16号でもペリカンについて書きました。

ペリカンはコロナ禍とウクライナ戦争の影響をもろに受けて、製品供給がままならず、かなり苦しんでいました。この三年間、日本中の売場からペリカンの万年筆が消えてしまっていた。

先日ペリカンの親会社が、インドネシアの会社からフランスの会社の変わったという記事が新聞にも出ていました。それでペリカンの状況が良くなって欲しいと思っています。会社が変わっても、変わらずスタンダードを教えてくれ、安心してお客様にお勧めできる万年筆を作って欲しいと願っています。

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綴り屋の世界観

出張販売は旅に出られるということと、他所の街のお客様と親交を深めることができるということもあって、個人的にも当店としてもなくてはならない大切なイベントになっています。

昨年から590&Co.の谷本さんと共同開催の出張販売を始めましたし、今年からは当店の森脇も出張販売に同行するようになりましたので、今までの一人旅とは違う、賑やかな旅になっています。

しかし絶対に失敗できない、というプレッシャーはどうしてもあって、初日が始まるまでの緊張感は何度経験しても軽くなることがありません。

短期決戦でもある出張販売では、何か話題になるものをと思って、色々多めに仕入れたり、新しいものを企画しようとしたりします。

出張販売に出ることで外に意識が向いてしまうと思っていたけれど、むしろ店の活性化にもつながることだと考えるようになりました。

たった数日のイベントで大量に仕入れたものを完売することはないので、イベントが終わったら店での話題商品になると思っていますし、外に出て仕事をするのは、自店について客観視するいい機会になっていると思います。

先日の代官山のイベントでは、綴り屋さんのアーチザンコレクションという斬新なデザインの万年筆に人気が集中したため、それ以外のものはほぼ持ち帰ってきました。

例えば出発直前に綴り屋さんから託された「月夜」の漆塗りのシリーズは、綴り屋さんと同じ塩尻市の塗り師小坂進氏が手掛けられたものですが、綴り屋さんが表現したかった極限まで削ぎ落としたようなシンプルな世界観に沿った表現がされているように思います。

螺鈿の潔いまでのシンプルさは月夜というシンプルな造形の万年筆にこそ合うものだと思いましたし、石目や溜塗も、その深みのある仕上がりをいつまでも見ていたくなります。

もうひとつの名品「漆黒の森」は、書くための道具である万年筆の機能を追究した、綴り屋さんの万年筆の中でも最も渋い万年筆だと私は思っています。

金属をなるべく使わないようにして作られた軸は、太めなデザインであるにも関わらず20グラムもありません。この軽さには柔らかいペン先が合うと思いました。

当店の仕様では、パイロットの14金のペン先を調整して取り付けています。

「漆黒の森」は、当店の万年筆の品揃えの中でも定番的に持っておいて、多くのお客様にお勧めしたいものだと思っています。

アーチザンコレクションで新しい可能性の扉を開いた、綴り屋さんの万年筆。独特の雰囲気があって、当店はその世界観に共感していて、大切にしたいと思っています。

⇒綴り屋・TOP

お手本集がもたらす静かな楽しみ

2021年に第一集を発売した堀谷龍玄先生のペン習字お手本集の続編、「続万年筆で書く龍玄手本集」が完成しました。

先日の代官山の出張販売では、ご購入いただいた方に、特典として「年賀状」か「暑中見舞い」文章のお手本をお渡ししました。

出張販売では初めての試みでしたが堀谷先生も同行して下さいましたので、そのお手本の裏に、その場でご購入された方のお名前を書いていただきました。

楷書、行書、草書の中からお好きな書体を選んでいただいて書かれていましたが、ほとんどの方が楷書を選ばれていたようです。

楷書できっちりと自分の名前を美しく書きたいと思っておられる方が多いことを改めて認識しました。

私も日ごろから、せっかく万年筆を使っているのだから自分にしか読めないような文字ではなく、はっきりとした端正な文字を書きたいと思っています。

それに草書、行書の続け字よりも、整った楷書の文字で自分の名前を書くということが、最も相手に敬意を表明した書体であると思っています。

そんな私の希望もあって、今回の手本集では中国の古典、蘭亭序と九成宮醴泉銘のお手本を載せていただき、書道の気分を味わいながら楷書の練習ができるようにしました。

端正な楷書を書きたいと思った時に、プラチナセンチュリーなどの硬いペン先の万年筆が合っているように思いがちですが、堀谷先生のお手本ではカスタム743フォルカンなどの極端に柔らかいペン先の万年筆で楷書のお手本が書かれています。

楷書だからこそ、フォルカンのような柔らかいペン先で強弱をつけて書くようにするのだということを前回のお手本集で知りました。

美しく文字を書くには、インクも重要です。

堀谷先生は、文字が締まって美しく見えるということで黒インクを勧めておられますが、黒インクの中でも少し薄めの当店オリジナルインク「冬枯れ」を愛用して下さっています。

冬枯れは乾くと少し黒味が引くインクなので、運筆の濃淡が表現でき、筆圧がかかったところは濃く、力を抜いたところは薄くなって文字が生き生きします。冬枯れはペン習字の練習を楽しくしてくれるものでした。

この手本集の原稿書きに使われているのは主にツバメノートの立極太罫ノートで、他にはない太い縦罫線と、滑らかでにじみの少ない自然な書き味を持っています。当店でのペン習字教室では、この2種類のノートを使ってお稽古しています。

ぜひお手本集と冬枯れ、ツバメ立極太罫ノートのセットで美しい文字を書くお稽古を楽しんでいただけたらと思います。

万年筆で美しい文字を書く練習は、静かな楽しい時間を過ごすことができます。それこそが当店がいつも提案したい大人の万年筆の楽しみだと思っています。

⇒「続・万年筆でかく 龍玄手本集」

⇒オリジナルインク「冬枯れ」

⇒ツバメ縦罫ノート(ノートTOP)

S.T.デュポンの伝統とトレンド

万年筆専門店をしているけれど、なるべく世界のことを知るようにして、少しでも広い視野で自分の仕事を展開したいと思っています。

今の当店の在り方がそのような視野の上に成り立っているようには見えないかもしれません。でもただ万年筆のことだけを考えるのではなく、世情を掴んで色々なモノのトレンドを知った上で、それらと自分の信念とのバランスを取って世界の中で万年筆について考えたいと思っています。

そんなふうに考える私にとって、S.T.デュポンのモノ作りは大いに共感できるものです。

S.T.デュポンは、ペンに力を入れて展開するブランドだけど、旅行用トランクに代表される最高級の革製品作りからこの会社が始まったことや、ブランドの中心にライターがあって、ファッションや文化の中でのペンについて追究しているからなのだと思います。

S.T.デュポンの定番にして代表的なペン「ラインD」は、ライターのような塊感のあるしっかりとした作りのペンで、S.T.デュポン伝統の純正漆が施された高級感のあるシリーズです。

漆の温かでピッタリと手に吸い付くような質感は、金属軸の冷たさを補って余りあるもので、最高の組み合わせに思えます。

カチッと気持ち良くはまるキャップに表れている精度の高い作りも魅力で、このラインDこそ最もデュポンらしいペンだと思っています。

しっかりとした作りと高級感を両立したラインDによって、S.T.デュポンが古き佳きモノ作りのハートを今も持ち続けていることが分かります。

当店は「万年筆店」として皆さまに認識されていると思いますが、書くことが楽しくなるボールペンも私なりに見つけ出して揃えておきたいと思っています。

数は少ないけれど、決定的な力をもつボールペンは何かとよく考えていて、最近私が注目しているのはディフィのシリーズです。

ラインDのモノ作りとは少し違った、その時々のトレンドを取り入れて変化していくディフィシリーズは、このペンのデザインの変遷を追いかけているだけで面白い。

発売当初は、デザインは良いけれど少しクセがあって、書くことに慣れるまで少し時間が必要でした。

しかし、ディフィミレニアムというシリーズになり、オーソドックスな握り心地になりました。

細く長いクリップは使いやすいし、まだ世界でも一般的ではなかったイージーフローボールペン芯を真っ先に採用したのも、このディフィでした。

ディフィを追いかけることで世界のモノ作りを知ることができると思っています。

伝統を守り、S.T.デュポンらしく進化するラインDと、トレンドに合わせて次々に変化するディフィ。

2つのデュポンは良いペンだと思いますし、モノとしての面白みもあるペンだと思っています。

⇒S.T.デュポン TOP

*来週は代官山に出張販売中のため、次回更新は7月21日(金)です。