インクの色について考えるとき、自分の中の弱さみたいなものに気付きます。
色も性質も完璧なものに出会った、これからずっとこのインクだけを使おうと、使っている全ての万年筆をその色に入れ替えたりしますが、お客様が万年筆のボディとの絶妙なコーディネートで使っているのを見たり、新しい色のインクが発売されたのを知ったりすると、心が揺らいで、ついつい使ったりしてしまいます。
新しいインクの色は自分がいつも書いているノートに変化を持たせてくれますし、万年筆が新しくなったような嬉しい気分になりますので、ついつい新しい色のインクに手を出して、自分なりに確立しようとしているものが崩壊してしまいます。
今までそんなことを何度も繰り返してきましたが、全く懲りません。
特に最近はパイロットが色彩雫のシリーズで立て続けに新色を発売したり、セーラーが仕掛け人になっている各お店のオリジナルインクなど、私が万年筆の仕事に携わり始めた頃に比べると信じられないくらいの選択肢があります。
これだけたくさんの種類のインクがあると、似た色のインクが必ずあって、微妙な違いはあったとしても、全くの新色というものは不可能だと思っています。
色で差別化しにくくなっている、万年筆のインクという商品にとって、(ボトルの形に差別化の余地はありますが)今や大切なポイントはその表現する世界観なのかもしれません。
もちろんその色自体も大切ですが、お客様はメーカーがその色や名前で表現しようとしているインクの世界観に惹かれ、その世界観が自分の価値観と合致し、共感した時にそれを自分のスタイルの確立に取り入れるのだと言えば大げさでしょうか。
たくさんの色のインクを作ってきたセーラーがそのことに気付いて、今までのカラーインクを廃番にして、季節限定インクとしたことはその狙いがあったと考えています。
公式の発表はありませんが、セーラーが今回の冬から発売した季節限定インク色織々でも独特の世界観が表現されていて、そのキーワードは郷愁ではないかと思っています。
そのインクの色、色名は、スマートで洗練されたものではないかもしれませんが、私たち日本人の心の中にある心温まる田舎をイメージさせてくれます。
常盤松(ときわまつ)、時雨(しぐれ)、雪明(ゆきあかり)、囲炉裏(いろり)。凍てつくくらいの厳しい寒さの外を日本家屋の中から見る景色が目に浮かぶようです。そんな心の風景がセーラーの季節限定インク冬の世界観だと思います。
セーラーはもしかしたら、インクの色だけでなく、その世界観でも私たちの心の根幹に触れているのかもしれません。