万年筆を販売する仕事は一対一での接客が多く、大勢の人の前で話すことはありません。
結局今までそういう機会もなく、ずっと苦手意識を持ったままでした。でも大袈裟ではなく、私にとっていずれ越えなければならない壁だと思っていたのです。
すると今年、大勢の人の前で話す機会が巡ってきました。
大和座狂言事務所の公演の舞台の合間に基調講演をして欲しいと、代表の安東伸元先生から依頼されたのです。
ご迷惑をお掛けするのではないかと、経験のないことを理由にお断りしようかとも思いましたが、尊敬する安東先生のお役に立てるのなら、という気持ちと自分の課題を克服するチャンスだという思いからお受けすることにしました。
それでも責任の重さを痛感していて、当日のことを考えると緊張して手に汗握る想いです。
安東先生とは暮らしの手帖を読んで当店を知って下さった奥様と一緒にご来店されたのが出会いでした。
よく来て下さっていて、お付き合いが深まっていく中、安東先生が執筆しておられる大和座狂言事務所の会報を読ませていただくようになりました。
会報を読ませていただいて、安東先生が狂言を演じることで最も伝えたいと思われている(と私が思っている)メッセージが、”日本人としての誇りを持ち続ける”ということに強い共感を覚え、影響さえ受けていました。
基調講演にお声掛けいただいたことはとても光栄なことだったのです。
講演は1時間半という私にとっては大変な長時間です。
かなりちゃんと原稿を作っておかないといけないと思いました。
まず私は話したいことを5×3の情報カードに書き始めました。
書いたものが読みやすいように、プラチナブライヤー細字を使いました。
話すことは苦手でも、こんな時にどんな万年筆が最適かということだけは分かります。
ブライヤーの細字は、ペン先に硬めの弾力があり、ボディが太目なので、線がクッキリ書けて、たくさん文字を書くような今回のような作業に向いています。
情報カードの紙質にもこだわりました。
やはりインクとの相性の良いものを使いたいと思って、色々試してみました。
国産のものは多少紙質の違いはありますが、万年筆での使用を前提に考えられているのか、どれを選んでも不愉快なものではないことが分かりました。
ただ海外のあるメーカーのものは、ボールペン用なのか、表面の強いワックスが万年筆のインクを弾きました。
色々試した結果、ライフの方眼罫のものを使い始めました。
インクの伸びが一番良く、にじみも多くないライフの情報カードの紙質が一番気に入りました。
たくさんの情報カードを入れ替えたりして話す順番を作ります。
こんな作業をしていると、やはり情報カードは(特に5×3は)こういった使用のためのものだと思います。
これが例えばシステム手帳のリフィルなどでしたら、やりにくい作業だったと思います。でも情報カードは5×3の大きさ、紙厚、硬さなど全てがこのような作業にぴったりだと思えます。
手に汗握る緊張と戦いながら、大勢の人の前で話すために、情報や話したいことをひとつの形にするのが情報カードというツールなのだと改めて思いました。