万年筆の世界には様々なトレードオフ(両立しない関係)が存在しています。そういう理を受け入れて、最も譲歩できるバランスを探りながら使っていくことが万年筆には必要なことで、中庸であることが求められます。
何か一つの条件を極端に立てると相対する条件が立たなくなるということは、人生においても、他の仕事においても結構あることだと思います。バランスを取りつつ、譲歩しながら妥協点に到達しなければならないことは多いのではないかと思います。万年筆から、人生も教えられているような気がします。
全てを思った通りにしようとするのは理を曲げることになり、私は自分の都合だけで強行することはないと思っています。
万年筆で例えると、細いペン先だと小さい文字が書けて、より幅広い用途に使うことができるけれど、紙に当たる面積が小さい分書き味が悪くなります。
逆に書き味の良さを求めて太いペン先にすると、大きい文字でないと字が潰れてしまう。
それはいくら良い万年筆が出てきても解決できない、つきまとう葛藤で、自分が良いと思える書き味とこの太さならギリギリ潰れずに書けるというところで手を打つのが、万年筆の字幅選びだと思っています。
インクについても、そういうことはいくつもあります。
例えばパイロットのインクは出がよくて書き味の良くなるインクですが、良い紙には快適に書けるけれど、再生紙などの安めの粗い紙では、にじみや裏抜けする場合があります。
ペリカンのインクは安い紙でもにじみにくいけれど、インク出が少なくなり、パイロットに比べると書き味が重く感じます。
にじみにくくて、書き味が良くて、万年筆には詰まりにくく、書いた文字の乾きが早いインクがあれば完璧ですが、そういうものは存在しません。
顔料インクがあると思われるかもしれないけれど、顔料インクは刻印にインクが入り込むと取れにくいし、もし詰まってしまったら水では洗い流せないという、顔料インクならではの使いにくさがあります。
結局、万年筆のインクに関しても全てにおいて100点満点のものは存在しないので、自分が何を重視して選ぶかということになります。
私の好き嫌いを言うと、書いた後紙に沁み込まずいつまでも乾かないインクは苦手です。そういうインクは書いた跡を手で擦らないように気を付ける必要があります。
紙に自然に染み込んで乾き、紙馴染みが良く、サラサラ過ぎず、粘度が高過ぎず、にじみ過ぎない、全てにおいて中庸なインクが私にとっては最も優れたインクということになります。
当店のオリジナルインクも、多少の個性はありますが、中庸なインクだと使っていて思います。
当店は、2007年からオリジナルインクを作っています。
創業時からある冬枯れ、朱漆、朔、山野草は今も作り続けています。インクブームになるまで、オリジナルインクはあまりたくさんは売れなかったけれど、その後きっかけがあるごとに少しずつ増えて、今はCigar、クアドリフォリオ、ビンテージデニム、オールドバーガンディ、虚空、稜線金ラメ、稜線銀ラメ、メディコ・ペンナ、全12色となっています。
万年筆店としてオリジナルインクを持つことは、当店の世界観をインクで表現するということでした。当店で万年筆を買う時には、当店のインクも一緒にお選びいただいて、万年筆を買う流れのひとつとして楽しんでいただきたいと思っています。