モンブラン146と龍玄手本集

モンブランマイスターシュテュック149を使い始めて、149と146の違いについて考えるようになりました。

149は太軸で、とても楽に持って書くことができるけれど、どちらかと言うとサラサラっと書く走り書きに向いているのではないかと思います。この万年筆で書くと、私の場合はどうしてもこの万年筆の文字になります。きっと149にはコツのようなものがあって、私はまだそれに気付けていないような気がします。

そして146は、149に比べるとかなりコントロールしやすいので、文字の細部にまで神経を配ってきれいな文字を書くことができる。そのコントロールのしやすさは、細めの字幅でも体感できますが、特に太字で真価を発揮します。

そもそもモンブランの太字は、縦線が太く横線が細いスタブっぽい形状をしています。そのため少しペン先をひねるとインクが出にくいこともありますが、面白い文字が書ける、書いていて楽しいペン先です。146はコントロールしやすく、書く時にペン先を紙に合わせやすいので、より楽しめると思います。

146に限った事ではありませんが、ここぞという時に自分なりにきれいな文字が書ける万年筆に出会えたら、それは幸せなことだと思います。

そういう万年筆との出会いの場でも、当店はありたいと思う。

今は自粛していますが、当店では月に一度、堀谷龍玄先生にペン習字教室をしていただいているので、なるべくきれいな文字を書けるようになりたい。発送する万年筆に添えるために、毎日お客様へ手紙を書いているので特にそう思います。

今まではどうやって書けば自分の文字がサマになって上手く見えるかということばかり考えて、連綿などを入れて書いていたけれど、最近では違った考え方をするようになりました。

なるべく気負わずに、自分らしく書く。その方が読む方に気持ちが伝わるような気がするし、見苦しくないような気がする。何よりも書いている自分がその方がいいと思う。

今では楷書で1文字ずつ、丸っぽい字を書いています。149も<M>を選んだし、最近太めの字幅のものを好んで使っているので、そういうことも文字に表れているのかもしれません。万年筆も、太くてどっしりした文字が書けるペンを多用する傾向にあります。

手紙はそんなふうに書いているけれど、自分のクセを殺して書くペン習字も大切にしています。

先に書いたペン習字教室の堀谷先生とは、もう10年以上という本当に長いお付き合いをさせていただいています。

その先生に監修していただいて、万年筆で書くことを楽しみながらお稽古するための、「龍玄手本集」が完成しました。

このお手本集の特長は、基本的な文字の他に、様々な万年筆を持ち替えてそれぞれのペンの特長を生かしたお手本を収録しているところです。

セーラー長刀研ぎ、ペリカンM1000、M800スタブ研ぎ、ウォール・エバーシャープのフレキシブルニブ、パイロットフォルカンなど、ペン先は知っていても筆致はあまり見る機会がないと思います。そんな特殊ペン先を使って原稿用紙に書いたものもあって、字幅のイメージも出来るし、ぜひ真似したいと思いました。

個人的には地名のお手本があって、これも大いに気に入っているけれど。

様々な万年筆を持っている人、これからいろんな万年筆を使ってみたいと思っている人に参考にしていただけるものになっていて、当店で販売する意義のあるお手本集になったと思っています。

⇒Pen and message. 「万年筆で書く・龍玄手本集」

デルタの遊び心を感じるキャップ式油性ボールペン

気に入ったボールペンは仕事を楽しくしてくれます。

いつも万年筆をご紹介していますが、書くことを楽しくしてくれるものなら区別せずにご紹介したいと考えています。今回は、ユニットを付け替えると、1本で万年筆にもボールペンにもなる筆記具のご紹介です。

ネットゥーノの「1911コレクション」がその万年筆にもボールペンにもなる筆記具です。

万年筆はスチールペン先で、しっかりした書き味で使いやすいのですが、私はこのペンを敢えてボールペンとしてご紹介します。

このペンは凝った構造のボールペンユニットをつけると、キャップ式の油性ボールペンになります。ちゃんとリフィルを筒に通してセットする仕様で、この一体感や完成度の高さは、もしかしたら不必要なことなのかもしれないけれど、遊び心を感じさせてくれます。

キャップ式の水性ボールペンなら乾燥を防ぐという目的があるので珍しくはありませんが、キャップ式の油性ボールペンということ自体が遊び心があると思います。

回転式やノック式の方がスピーディーに芯を出して使うことができますが、万年筆のようにキャップを回して外し、書き始める方が優雅な感じがしますし、油性ボールペンなのでキャップを開けっ放しにしていても、ペン先が乾かないので小まめにキャップを閉めなくてもいい。

適度な太軸で、このペンなら長時間の筆記も快適に書けそうです。華やかなデザインですが、実用的なものでもあります。

ネットゥーノという名前は、万年筆の歴史の中で、何度も出たり消えたりしてきました。

イタリア、ボローニャにある老舗の万年筆/ステーショナリーの店「ヴェッキエッティ」がオリジナルの万年筆をネットゥーノというブランド名で発売して、それは古く1911年のことだそうです。

ヴェッキエッティのすぐ近くの噴水広場に海王神ネプチューン(イタリア語ではネットゥーノ)像があり、それがネットゥーノの名前の由来になっています。クリップにあしらわれた三又の槍はネプチューン像が掲げている槍がモチーフになっています。

ボディのシルバーのリングには、ボローニャの象徴であるポルティコ(柱廊の歩道)があしらわれています。

もう10年前になりますが、ル・ボナーの松本さん、分度器ドットコムの谷本さんとボローニャを訪ねて、この像を見ました。ヴェッキエッティにも入って、万年筆を買いましたが、今ここでその名前に出会えるとは。

このネットゥーノ1911コレクションは、今はなくなってしまったデルタの雰囲気を感じます。

デルタの元社長ニノ・マリノ氏がネットゥーノのブランド所有者から依頼を受けて製品化したのがこのネットゥーノ1911コレクションで、ニノ・マリノ氏の再起をかけたコレクションでもあります。

デルタは、一時は一世を風靡し、イタリアの名門万年筆メーカーのひとつに数えられるほどでしたが、倒産してしまった。

いろんな事情があったと思いますが、ニノ・マリノ氏の元に元デルタの職人が集まって、デルタらしさに溢れたネットゥーノ1911コレクションをまた作ることができました。

私はニノ・マリノ氏の再起を応援したいと思いました。

個人的な思い入れもあるけれど、このネットゥーノ1911コレクションは、書くこと、仕事をすることを楽しくしてくれる筆記具で、当店はこういうものを紹介したいと思いました。

⇒ネットゥーノ 1911コレクション

好みの中心にいる万年筆~アウロラ88ゴールドキャップ

良い万年筆とは人によってそれぞれで、これが一番というものは絶対にありません。

人がブログやSNSなどで良いと言っていることは関係なく、自分がいいと思うものを自分の好みで見定めるべきだと思っています。

それは、私が当店を始めた時から一番伝えたいと思って、発信し続けてきたメッセージでもあります。

例えば私が考える良い万年筆の基準は、「使う人の心に影響を及ぼして、生き方をも変えるようなモノであること」です。

良い靴を履くようになると、その日の自分の行動や天気を今まで以上に気にかけたり、足の運びや所作が丁寧になったり、服装にもこだわりを持つようになります。それと同じように、良い万年筆はその人の他のステーショナリーや持ち物を始め、書く文字など、美意識を作りモノの好みや行動に影響を及ぼすのではないかと思います。

私の場合アウロラ88クラシックは、自分のモノに対する好みを完全にひっくり返してしまった万年筆でした。

黒ボディに金キャップという、万年筆では最も力強いと思う配色。工業デザイナーマルツェロ・ニッツォーリが1940年代終わりに8の文字をモチーフにデザインした丸く滑らかでありながら力強いフォルム。

それを使い始めて、ブルーブラックやブラックのインクを使いたいと思うようになったし、革製品なら、洗練された光沢のあるクローム鞣しの革よりも、タンニン鞣しのオイリーな革を好むようになりました。何よりそれらがこの万年筆に合うと思ったからです。

そうやって一つの万年筆を中心として、モノの好みに統一性がとれてくる。それはきっと服装や鞄などにも広がっていくのだと思います。こういう現象を何と言うのか分かりませんが、私の場合は88クラシックが自分の好みの中心にいることは確かです。

最近こういう存在のモノ自体が少なくなったけれど、金キャップに黒いボディは大人の男性のための万年筆だと思っていました。

多くの人が若い時は、おそらく30代くらいまでは金よりも銀色の金具の万年筆を好み、洗練された色のあるものに惹かれるのではないでしょうか。

アウロラ88クラシックが大人の男性のためのペンと思ったのはそのためで、ある程度年齢を経た男性がこの万年筆に惹かれることが多い。

といっても最近は、男性のためのモノ、女性のためのものという表現をすること自体時代遅れになっているので、決して女性が使ってはいけないと言っているわけではありません。

その時の人とのやり取りなど思い出や、自分だけのストーリーがあるものは何物にも代え難い大切なものになります。そういう万年筆は手放すことができない。

値段などは関係なく、自分の想いが、その万年筆を私にとって良いモノにしています。万年筆は、そんな想いを象徴したモノとしていつも持っていられるものだと思います。

いつか手に入れたいと長く憧れて、自分がそれを使うのに相応しい年齢になってついに手に入れることができたと思える万年筆は、あるうちに買わないといけない限定品ではなく、必然的に長く存在し続けている定番品になります。そんな万年筆をもっと紹介したい。

アウロラ88クラシックは、そんな風に思うのに相応しい、自分の好みの中心にいて、影響を及ぼす、今では希少な万年筆だと思います。

⇒アウロラ88クラシック

手帳をきっちり書く

若い頃仕事が面白くなかった。

一日は長く、ただ店に立って時間が過ぎることばかり考えていて、自分はこんなふうにあと40年近くも生きていくのかと思うと気が遠くなりました。

でも根が単純なせいもあって、シンプルに考え方を変えてみたら、同じだった毎日が変化したのです。

それは本当にシンプルなことで、楽をしようと思わず、前向きに、積極的に仕事に取り組もうと考えました。

仕事が「やらされるもの」から「自分で見つけて楽しみながらするもの」になったら、同じ職場、同じ時間なのに急に自分の周りが明るくなりました。

その気持ちは手帳の書き方にも表れていて、手帳を楽しみながら書くようになり、手帳の使い方を自分で考えてきっちりきれいに書けたら、充実感を感じるようになりました。

当時は万年筆をまだ使っていなかったので、安いボールペンの中で書き味が好きなものを使っていたけれど、万年筆で書くようになって、手帳を書くことがさらに楽しくなった。

どんな手帳でも、そのフォーマットを自分流に使いこなす工夫が必要です。

それができるようになると、手帳はとても大切な仕事のツールとなって、仕事を楽しくしてくれるものになると思っています。

正方形オリジナルダイアリーは、自分なりの工夫がしやすいダイアリーです。

ダイアリーは予定を書くものだけど、その多くはToDoを書くものだと思います。

ウィークリーダイアリーを例にとります。

その日に完結できる短期のToDoはそれぞれの日付欄に書けばいいし、1週間でするようなToDoは右ページ日曜日下の4分割のどれかをそれに当てます。

右ページの4分割のスペースがこのダイアリーの特長で、私はこの4分割にそれぞれ専用の項目にしたいと思い、「ORDER・WRITE・THINK・WORK・MEMO」のゴム印をハンコ屋さんで作ってもらって、それぞれの項目に押しています。

「ORDER」は、お客様からいただいた注文内容を書いておき、納期の連絡など忘れないようにします。

「WRITE」は、その週に書かなければいけない原稿。

「WORK」は、具体的な作業。

「MEMO」はそのままで、覚えておきたいことを書きます。

1つ多いですが、THINKは、右ページ一番下のチェックボックス付きの項目をその場所にしていて、その週に結論を出さないといけないことを書きます。

こんな風に使うようになったら、他に代わるものがなく、毎年並んでいく背表紙を見るのも楽しくなります。

仕事を楽しくするためのダイアリー、仕事を楽しんでいることを象徴するダイアリーに、正方形オリジナルダイアリーをぜひ試していただきたいと思います。

*正方形オリジナルダイアリー2021年・ウイークリー

*正方形オリジナルダイアリー2021年・マンスリー

2020年のペン・ANTOUマルチアダプタブルペン

何か仕事をする時に、その目的を見誤ると上手くいかないということを経験してきました。

商品を企画する時は、お客様の喜ぶ顔をイメージできないと失敗します。

このペンはその仕様やデザインなど目に見えるところよりも、こんなふうにお客様に楽しんでもらいたいというイメージから生まれたのではないかとさえ思えます。それほど優れた企画だと思うし、ペンの業界に風穴を空けた痛快な存在だと思っています。

個人的な話になりますが、今年の、特に前半は休みの日でもあまりどこかに出掛けることをしていませんでした。

半日も家にいるとウズウズして、出掛けずにはおれない私でも、比較的家にいることができたのはANTOU(アントウ)のペンという遊び道具があったからだと思います。

ANTOUというのは、台湾中部 台中近郊にある金属加工業の中小の工場の集まる地区の地名です。

その地元の名前をブランド名にしたシリーズの代表的なペンが、様々な替芯を使うことができるマルチアダプタブルペンです。

私は地名が好きで、その地名が名前になっていることにも想像力が掻き立てられ、その製品を冷静に見ることができなくなってしまいます。地元の路線バスの行き先表示の地名をみているだけでも全然飽きないのは、少々度を越してているのかもしれないけれど。

話をANTOUに戻すと、マルチアダプタブルペンは替芯を先端でつかんでいるため、芯の長さや形に捉われずに使うことができます。その機構には他にも良いことがあって、芯のガタつきがありません。

ボールペンに純正でない芯を入れると、芯の先端部とボールペンの口径に部分に少し遊びが出来て、書く度にカタカタ細かく揺れて気になることがあります。

これが起こらないということは、書くことに集中したいと思う人にとってかなり重要なことです。

このボールペンを手に入れてから、何の芯を入れて使うか、文房具店の筆記具売り場でいろんなペンを見るのが楽しくて仕方ありませんでした。その度にペンを買っては替芯を取り外して、ANTOUに入れて楽しみました。

国が違っても、楽しいと思うことは変わらないのだとこのペンで知りました。

これで何か書かなくても、そうやって自分にとってのベストな替芯を決めるのが楽しく、ペンの楽しみは書くだけではないと教えてくれた。

アントウを使っている人同士でこのペンの話をすると、様々な替芯の情報交換ができて、それも楽しい。

そんなANTOUボールペンCミニに新色が追加されました。

青藍・唐紅・橙の日本の伝統色の3色展開で、日本や台湾のものなら、こういった漢字の色名であってほしいと思います。

ミニは長さが短くなりますので、その分使うことができる替芯に制約がありますが、少し短くなって、そのプロポーションがかわいらしくなりました。

このミニ専用の「シャープペンシル機構」も一緒に発売されました。

ボールペンの替芯と同じようにペンシル機構を先で掴む方法です。

ペンシル機構の発売で、ANTOUがボールペン以外にもさらに幅広い用途で使うことができるようになりました。

ANTOUのペンの存在により、全てのボールペンが、このペンの素材に見える。多くの人に使ってみていただきたい、いい商品だと思っています。

⇒ANTOU(アントウ)TOPページ

優れたペン先を装身するための鞘・こしらえ

マイカルタ・グリーン×カスタム743

日本の万年筆は海外のものと比べると、デザインにあまり個性がないと言われます。黒いプラスチック軸に、オーソドックスなデザインの金クリップがついているものが多い。海外のペンは個性的なデザインのものが目につくので、それらと比べて見ると少々無個性に感じてしまいます。

しかし、それは日本の万年筆の良さが分かっていない感想なのかもしれません。

日本の万年筆は外観という表面的なところに個性を持たせるのではなく、その書き味に個性を持たせていると考えると、非常に奥深い、大人の楽しみのある存在だと思えてきます。

それは何かの味を感じるのに近く、刀の刀身の微妙な形や刃文の違いを味わうような感覚に近いのかもしれない。

それだけではないけれど、日本の万年筆の在り方は刀と近いと思っています。

私も常に、ペン先を書き味良く調整しながらも、ペンポイントが美しい姿になるように調整したいと思っていて、それは万年筆を刀のような存在に近づけたいという想いがあるからです。

国産万年筆では、パイロットカスタム743の書き味は特に素晴らしいと思っています。

当店でもし万年筆を何かお勧めして下さいと言われたら、まずカスタム743FMをお勧めします。その中でも最も様々な用途に使うことができて、書き味も良いFMをお勧めすることが多い。

カスタム743は他の多くの万年筆と同じく、黒い樹脂軸に金色のパーツがついていて、デザインに個性的なところはありません。

しかし粘りがありながらも柔らかい、極上の書き味のペン先がついています。この万年筆はこのペン先だけで、完成していると言ってもいいかもしれません。

カスタム743を見ていると、黒金のこのメーカー仕様の軸が刀の保管時に使う白鞘のように思えます。良いペン先には刀のこしらえのように、それに見合った装身をさせてやりたい。

国産の万年筆を、そのペン先の性能に見合った立派な軸に収めたいというのが、工房楔の永田さんに当店オリジナルで作ってもらった万年筆銘木軸こしらえの始まりです。

今回のこしらえは、工房楔の永田氏が木ではなく、マイカルタに挑戦したという点でも面白い存在です。

マイカルタはコットン(パッカーウッドは木)をフェノール樹脂で固めたもので、その手触りは革に近いものですが、非常に硬く、丈夫な素材です。

工房楔の永田氏はこの硬いマイカルタのために、刃物の刃をいくつもダメにしながら、木を削る何倍もの時間をかけて削り、こしらえを作ってくれました。二度と作らない、というのが作り上げた永田氏の感想でもあります。

滑りにくい独特な手触り、重量感、時間の経過とともに馴染んでいく光沢と、触り心地。

マイカルタはナイフのハンドルや銃のグリップにも使われてきた素材で、木とはまた違うタフな魅力がこの素材にはあります。

⇒Pen and message.オリジナル 万年筆軸・こしらえ

いつかは149~その後~

先日(10/23)いつかは149」というタイトルで、お客様のNさんと交わした、自分たちがそれぞれの目標を達成したらモンブラン149を買おうという約束について書きました。

モンブラン149がそういうことに相応しい万年筆だと思っていたからしていた約束だけど、結構反響があって、色々な人が色々な話をしてくれました。

お客様のSさんは、同感だけど今すぐに買いなさいと言ってくれた。

仕事についていろんなことを教えてくれる小児科医のOさんは学生の時に、それに見合った人間になるために、自分を高めてくれるものとして149を使い始めた。

Hさんは高校の時に、私も知っている近くの文具店で手に入れた149を学校でも使って、先生に驚かれた。

約束を交わしたNさんは、10月23日の文章を読まないだろうと思っていたけれど、何かに誘われるように普段は見ない当店のホームページを見てそれを読んだそうで、すぐに店に来てくれました。不思議なこともあると思いました。

あの時Nさんは校長になったら149を買うと言っていた。今は教頭先生をしていて、校長になるための勉強を149でしようと考え直して、買いに来てくれたのでした。

Nさんはいつもキャップを尻軸につけて、ペンのかなり後ろを持って書きます。

かなり大きい149はその書き方に向いています。学生の時はラグビーの選手で、教師になってからも監督を長くしていたNさんの手に、149はよく合っていました。

約束した時、私は何を成したら149を買うかを言わなかったことをNさんは覚えていました。

私はこの店を立派な万年筆店にしたいと今も思っていて、それを象徴するものとして、149を「今」手に入れようと思いました。

Nさんのようにペンの後ろを持って書かないけれど、私ならキャップをつけずに書いてちょうどいいくらいなのではないかと思いました。

最近太めの万年筆の書き味の良さ、インクの濃淡の味わいを伝えたいと思っているので、<M>を選びました。私の用途に149の<B>はさすがに太すぎる。

濃淡が出て、でも日常の用途にも使うことができる、この万年筆に合うインクとして選んだのが、二人とも当店のオリジナルインク冬枯れだったのも面白かった。

私はウォール・エバーシャープデコバンドのフレキシブルニブを愛用していますが、このペンだけとても大きくて、私の持っているペンの中では異色の存在でした。

そんなデコバンドの相方となるペンを探していたので、149をデコバンドとセットで使いたいと思いました。

普通の万年筆と比べると柔らかいペン先のデコバンドと、対照的な硬めのペン先の149で、それぞれ足りないものを補い合って、極端な話デコバンドと149さえあれば、自分の全ての用途はこの2本で済むと思いました。気分によっていろんな万年筆を使いたいという気持ちはそれでは済まないので、結局いろんなペンを持ち替えながら使うことになるとは思うけれど。

2020年は、日本にとって輝かしい年になるはずでしたが、変な年になってしまった。

波乱に富むであろう新しい時代2020年代のはじまりに相応しい象徴的な年だったのだと思うけれど、この149を持って、2020年代を乗り切りたいと思いました。

⇒モンブラン149

新しい世代の万年筆観

万年筆は金ペンであってほしいというこだわりを捨てることができなかったために、TWSBI(ツイスビー)を真剣に扱うのが遅れてしまった。

仕入先の株式会社酒井さんにご協力いただき、神戸ペンショーでは毎回ツイスビーを販売していたけれど、店舗ではあまり扱えていませんでした。

でも最近来店される若いお客様方に教えてもらったり、今年の神戸ペンショーでのお客様の反応を見ていて、真剣に扱うべきだと思いました。

若い人や、インクの好きな女性のお客様が、同じくらいの値段なら金ペンの黒金国産万年筆よりも、デザインが楽しそうなツイスビーを選ばれています。若い人は金ペンにこだわっているわけではないので、私が金ペンにこだわっても、時代から取り残されていくだけなのかもしれない。

それが今起こっている現実で、せっかく今の時代に万年筆店をやっているのだから、時代を反映して今のモノも扱うべきだと思います。

それはラメの入ったシマーリングインクや、強烈に光るシーンインクに対しても同じことが言えます。

頑固な店主のこだわりを貫くのも店のあり方としていいのかもしれないけれど、私は当店を平成の遺物にしたくないと思っています。

そう思ったきっかけは昨年10月台南ペンショーの視察のために訪れた台北で文具店を何軒も見て回ったことが大きく影響しています。

どの店も新しい感覚でステーショナリーを扱っていて、12年間私が自分の店の中で奮闘している間に時代は確実に変わっていることを実感しました。

時代から遅れたくないと思いましたし、それを取り入れることで店もリフレッシュされて、長く続くことができる気がしました。

ツイスビーはECOとダイヤモンド580を扱っています。

どちらも軸内でインクがチャプチャプするくらい大量のインク(2ml)を吸入することができるピストン吸入式の万年筆です。

特にダイヤモンド580は、ヨーロッパで古くから作られている万年筆の良いところを参考にしていて、バランスの良い万年筆に仕上がっています。

ECOは今までの万年筆の価値観とは違い、分解用の赤いスパナが付属するなど遊び心に溢れていて、万年筆を気どりのない日常的なものにしてくれます。

万年筆がファッションであるヨーロッパとは違い、万年筆で字を書くことを楽しむ土壌が台湾にはあって、その感覚は日本においての万年筆のあり方に近いような気がします。

万年筆の新しい流れが、アジアを中心に起こっていることの象徴がツイスビーの万年筆なのです。

ペリカンのカジュアルな万年筆も1つご紹介いたします。

ペリカンM205ストーングレー。毎年発売されるインクオブザイヤーと色を合わせて発売される、比較的手に入れやすい価格の限定品で、このシリーズのステンレスペン先の書き味は素晴らしい。

ステンレスなのに柔らかく、ちゃんとペリカンの書き味が感じられます。万年筆ならではの柔らかい書き味がステンレスペン先で味わえるお勧めのカジュアルな万年筆です。

時代は変わっています。

いつまでも古い価値観にしがみついて、自分が良いと思うものだけを世に問い続けることにこだわっても、忘れられていくだけなのかもしれない。

それよりも今の感覚のモノと自分ができることをミックスして世に問う方が楽しく、前向きな生き方のような気がします。

⇒ダイヤモンド580スモークローズゴールドⅡ

⇒ECOホワイトローズゴールド

⇒M205ムーンストーン

万年筆雑感~太字へのお誘い

おじさんになると、年代や性別でその好みを決めつけてしまうことがありますが、大抵それは正しくないことが多いので、改めなければと思います。やはり思い込みは一番良くなくて、いつもニュートラルな状態でいないといけない。

例えば、もう革も金具もなくなって作れなくなってしまいましたが、コンチネンタルM5手帳は、自分と同じくらいの年代の男性に、素材感のある革を厚く使った、「書かなくても持っているだけで楽しい手帳」として作りましたが、販売してみると女性のお客様が多く購入されていました。

そして売れ筋の万年筆の字幅は、私たちが若い頃20年以上前では、売筋はM、女性はFかEFでした。

でも最近は男女ともにFやEFを好まれるように変わってきたように思っていましたが、男女で分けるところも時代遅れだし、海外のM以上の字幅、国産でいうと太字以上を使いたいと思われる人も多く、いろいろな自分の中のデータも時代に合わなくなっていて、修正しなくてはいけないと思います。

太めの字幅を使う醍醐味は、湧きだすように潤沢なインク出でヌルヌルと書けるところだと思います。そしてそんなインク出では小さな文字や細部まで表現された美しい文字を書くのは難しいけれど、自分が太字で書きたいと思う文字は、そういう文字ではない。

自分の書きたい文字を書くための万年筆なので、用途によって字幅を変える必要はないのかもしれません。文字がつぶれてもいいからM5手帳にも太字で書くのもありだと思います。

そういう使い方をするなら、ドイツの万年筆のB以上の字幅がいい。

国産やイタリアのペンもよく書けるけれど、ドイツのペンのBの豪快なインク出には及ばないし、縦線が太く、横線が細目のドイツらしい線の形もそういう文字に合っています。ペリカンやモンブランのB以上になると期待通りの文字が書けると思っていますし、ペリカンのBBなら尚いいかと思います。

手帳にきれいな文字を書くことばかりに気をとられて、細字ばかりを見ていたけれど、万年筆の書き味は太くなればなるほど快感と思えるほど良くなっていく。

たまにはまた太字の万年筆でヌルヌルとした書き味を味わいながら、インクを大量に消費するのもいいのではないでしょうか。

日本の万年筆には微妙な書き味の違いがあって、それを感じ分けることは繊細な感覚を持った私たち日本人らしい万年筆のあり方で、それは世界に誇れるものだと思います。

私は日本の万年筆の書き味の良さを知っているから、ペン先調整でどの万年筆も日本の万年筆のような良い書き味に整えたいと思うし、そういう気持ちはブレずに持ち続けていたい。

新型コロナの影響でそれは滞っているけれど、人の行き来もモノのやり取りも境界線がなくなった現代において、モノ作りのお国柄は失われつつあっても、万年筆にはまだちゃんとあります。いくら国をまたいで行き来しても、その人のアイデンティティは変わらない。

万年筆のお国柄が失われないのは、万年筆がその人のアイデンティティを表現する道具だからなのかもしれません。

⇒Pelikan M800

⇒モンブラン 149

江田明裕さんのガラスペン

当店で扱っている作家さんが有名になって、多くのお店が扱うようになったりすることがあると嬉しくなります。

最近ではあちこちのお店で取り扱われるようになりましたが、早い段階で当店が扱わせていただいた幸運に恵まれて、その方の努力が実を結んで広く知られるようになっていった。そういうものを扱えていたことが嬉しい。

あまり多くのお店で扱われていない作家さんに出会ったら、お店側としてはなるべく自分の店だけで独占して他所に出ないようにすることが多いけれど、作家さんのためにはそんなことをしてはいけないと考えます。

店は自店のことだけを考えていてはいけない。お互い良くなっていくことを考えて、お互いに高め合えるようにしていくべきだと思います。競わなければならない感情はあるけれど、そう思ってなるべく実践してきました。

ただ言い方は悪いですが、商品のイメージと合わないお店では扱われたくないので、もし作家さんに聞かれたら正直に意見を言うようにしています。私は自分の店がその作家さんのイメージを良くする努力をしているので、勝手な話ですが他所の店を見る目は厳しい。

当店にガラスペンを納めてくれているaun(アウン)の江田明裕さんは、私が倉敷に行った時にたまたまその工房にたどりついて作品を購入したことが始まりで、その後店でも扱うようになりました。

すでにしっかりした工房兼店舗をお持ちで、地元の文具店に作品を納めたり個展をされたりしていたのですが、私は勉強不足で存じ上げませんでした。

江田さんのガラスペンで私がぜひ扱いたいと思ったのは、その書き味の良さに感動したからでした。 こんなに優しく、滑らかに、でもガラス独特のサラサラと紙と触れる感触を感じながら書けるガラスペンがあるのかと思い、万年筆店である当店でぜひ取り扱いたいと思いました。

最初はシンプルなラインナップでしたが、今では様々なデザイン、カラーバリエーションが増えて、その旺盛な製作欲に感心します。 インクブームもあって、インクをより簡単に楽しめるガラスペンが注目されるようになったのだと思います。インクを変える時、万年筆はその都度洗浄しないといけないのですが、ガラスペンならサッと洗い流すことができます。

最近はラメ入りのシマーリングインクも結構ありますが、そういったインクにはガラスペンがぴったりです。 インクがガラスペンに頑固にこびりついた時は、極細毛の柔らかい歯ブラシでこすっていただくと、きれいに取り除くことができます。

万年筆を愛用している方も時にはガラスペンでいろんな色のインクを楽しんでいただけた らと思います。大量生産品では作り得ない、1本ずつ書き味を調整されたガラスペンを楽しんで欲しい。

当店も江田さんのガラスペンを神戸ペンショーに持って行くけれど、たくさんの本数を準備していますので、ペンショー後になりますがホームページに更新できると思います。

ガラスペンはネットショップでも人気です。 ネット販売というと事務的なやりとりのように思われるかもしれないけれど、ちょっとした言葉のやり取りで、ネット販売も店舗での販売と同じように感じていただけると思います。

当店では発送の際に、一筆箋で一言添えるようにしています。ガラスペンだと興味をお持ちの方が多いのか、手紙に使ったインクの問い合わせが来ることもあります。

これからもっとネット販売の比率は上がっていくと思いますが、お客様と店が心を通わすきっかけに、江田明裕さんのガラスペンも一役買ってくれています。

⇒江田明裕氏作 ガラスペン (入荷分は12月に更新予定です)