日本人の万年筆観

日本人の万年筆観
日本人の万年筆観

昭和から平成に変わった時、19歳という若さのせいか、ただ元号が変わっただけと無関心でいました。でもあと数日で迎える今回は感慨のようなものを感じていて、今の時代の雰囲気を覚えておきたいと思っています。
それは終わろうとしている平成を懐かしむというよりも、次に変わろうとしている時代への興味の方が大きい。
私が19歳で始まった時と終わろうとしている今とでは、世の中はコンピュータとインターネットの普及で目に見えて変わりました。
これからの時代はどうなっていくのか、平成の始まりの時に想像できなかったように、これから世の中がどう変わっていくのか私には分からない。
しかし、万年筆がなくならないことは分かります。
もちろん万年筆がなくなると仕事上困るので、なくならないようにする努力はしようと思っているけれど。

これからの未来は、過去と現在の延長線上にあるのではないことは私にも何となく分かるので、昔の話が参考になるかどうかは分からないけれど、物事を考える時に歴史を踏まえて考えるべきだと誰かが言っていた。
20世紀のはじめに日本に万年筆が海外から入ってきて、それがなぜ定着したのかを考えると、少なくとも日本では万年筆はなくならないと思えます。
当時万年筆は世界中に広がったと思われますが、多くの国では使われなくなっていて、欧米ではごく一部の人の貴族的で高尚な趣味の道具として存在しています。

でも、日本では違う。
使うのは一部の人なのかもしれないけれど、日本においての万年筆はもっと生活に根差したもののように思えます。

当時の日本人は新しいものに敏感だったから万年筆に飛びついたのではなく、それを受け入れる素地をすでに持っていた。万年筆は日本人の道具観、モノに心を投影するような感覚に合ったのだと想像しています。
それは筆記具を重要視する日本人の筆記具観と言っていいのかもしれません。

世界の人が自分の万年筆をどのように見ているのか分からないけれど、日本人の万年筆に対する考えはユニークなのかもしれない。
始まりは欧米から輸入された万年筆ですが、これからの時代はこの万年筆を愛用する日本人の筆記具観を逆輸出する時代なのかもしれない。

私は夢と希望を持って次の時代の万年筆を見ています。

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頭を空っぽにする筆文葉リフィル

頭を空っぽにする筆文葉リフィル
頭を空っぽにする筆文葉リフィル

変な考え方なのかもしれませんが、いつも頭の中を空っぽにしておきたいと思っています。
得た情報や知識などは頭の中に置いておかず、紙に代わりに覚えておいてもらいたい。
そのためにミニ5穴のシステム手帳にメモしたり、膨大な量になってしまっているけれど、バイブルサイズのものに記録しておいて、必要な時に見返せるようにしています。
コンピューターは壊れたり、停電したら役に立たないし、今までいろんなマシンやデバイスが発売されては消えていったので、永遠のものでないことは経験で知っています。

頭を空っぽにしてどうしたいかと言うと、大したことを考えるわけではないけれど、考えるために空けておきたい。
店の企画や書く文章、店の未来、そして関わってくれている人たちのこと。
なるべく何もせず、考える時間を作りたいと思っています。
何かを覚えておく領域と考える領域は違うのかもしれないけれど、学生時代勉強をさぼっていたので小さなメモリしかない私の脳では、頭の中にあるものを引っ張り出そうとする行為が、考えることを妨げてしまいます。

筆文葉リフィルのシステム手帳リフィルは、そのために考えられたフォーマットだと思っています。横罫、方眼、水玉のそれぞれのフォーマットをそれぞれの情報の形、情報の引き出し方に合わせて選べばいい。
情報を分類する。その分類した情報がサイズや形式がまちまちな場合は方眼罫が向いているし、形式が同じで箇条書きで書けそうなものなら横罫がスッキリとします。
情報のサイズがある程度小さいものなら、水玉リフィルがとても使いやすいと思います。

また、フォーマットのある手帳やノートは記録だけのものではなく、考えるための道具になります。
マンスリーダイアリー、ウィークリーダイアリーはその代表的なものです。
それらはスケジュールを書きこんで、予定が重ならないようにするためのものですが、そういう受身の使い方だけでなく、何かを考える方向を見定めるのにも役に立ちます。
例えば私の場合、出張販売があります。
日程は決まっていて、そこから逆算していつまでに何をするか、何を決めるかを見定めることができる。
これらは単純に計画を立てるということなのかもしれないけれど、それは紙媒体だからできることだと思っています。

自分の仕事をもっと良くしたいといつも思います。
最近探しているのは、頭の中にバラバラにある事柄を関連付けてひとつの文章にしたり、企画にしたりするのに役立つフォーマットです。
今その作業はただノートに向ったり、放置したりしてひらめくのをひたすら待つ。
ノートやシステム手帳のリフィル、ダイアリーはそんな期待をいつも抱かせてくれて、それらの使いこなしについて考えることは、なかなか上手くいきませんが楽しい作業となっています。

⇒筆文葉システムリフィル

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⇒2017.5.19「システム手帳リフィル「筆文葉」のある私の生活」

ピナイダー〜今の時代が求めている万年筆を形にしてみせたエキスパートの仕事〜

ピナイダー〜今の時代が求めている万年筆を形にしてみせたエキスパートの仕事〜
ピナイダー〜今の時代が求めている万年筆を形にしてみせたエキスパートの仕事〜

オマス、デルタが姿を消したイタリアから、このまま万年筆メーカーがひとつずつなくなっていくのではないかと一時期心配していました。
万年筆を作り出す国が日本とドイツだけになってしまったら、万年筆はただの書き心地が良いだけの筆記具になってしまう。
万年筆はイタリアのメーカーが作り出すものがあってこそ面白い存在でいられると思っています。
やはりイタリアは不景気に苦しんでいるのかと思っていた時に、ピナイダーという新しい万年筆が生まれました。
ピナイダー自体は1744年から存在するステーショナリーの世界では老舗として知られていましたが、万年筆の世界では無名でした。
そのピナイダーがビスコンティの創業者の一人ダンテ・デル・ベッキオ氏を「ペンエキスパート」に招き、新しい万年筆を作りました。

万年筆が好きな人の心をくすぐる仕様を押さえていて、さすがビスコンティで30年間万年筆の仕事をしてきた人だと思いました。
ビスコンティでの経験が生かされているところもあるけれど、ダンテ氏のその感性がフレッシュなことに驚きます。
羽根ペンをモチーフにしたクリップ、梨地加工のキャップリング、マグネットの力で閉まるキャップ構造、ただ透けているだけではない見せるための内部機構を持つデモンストレーター。
そして最大の特長である、ペン先メーカーボックと共同開発したペン先。
それは独特の形で、筆圧の加減により、フレックスさせることができて、弾力が強めの地金によって開いたペン先の戻りが早くなっています。

当店がウォール・エバーシャープを日本で独自に扱うようになって知ったことは、世界の万年筆ユーザーはフレックスさせて書くことができる万年筆を求めているということでした。そういったものは今よく売れているドイツ製の万年筆にはなく、パイロットエラボーやフォルカンペン先のような一部の万年筆でしか量産されていない。

日本人は、ペン先を傷めないようにフレックスさせて書かないと聞いたことがあります。
たしかにその文字の性質から大きな抑揚は必要ないかもしれません。
でも軽い筆圧で書いてもこのペン先は微妙なニュアンスに応えてくれるし、書き味の良さも味わえて、金ペン先の良さを活かしきったものだと思います。

ペンエキスパートダンテ・デル・ベッキオ氏は、ただ美しいだけでなく、今の時代が求めている理想的な万年筆を、イタリア流のやり方で作り上げた。
万年筆の新しいものの多くがスチールペン先の低価格帯が中心となって、万年筆を使う人の裾野が広がったと言われています。
それは万年筆の業界としては良いことなのかもしれませんが、万年筆の全てがそういうものになってしまうことは奥行きを失うことに繋がります。
スチールペン先の万年筆で万年筆の面白さを知った人が、もっと良いものを使ってみたいと思った時に、ちゃんと良いものが用意されていないといけない。

たしかに価格の安い万年筆を揃えておけば、今はたくさんのお客様が来てくれて、インクも買ってくれるかもしれない。それらを横目に、やせ我慢することがあったとしても当店は良い万年筆を守り続けたいと思っています。
ピナイダーもまた当店が守るべき万年筆だと思っています。

⇒ピナイダーTOPページcbid=2557105⇒ピナイダーTOPページcsid=4″ target=”_blank”>⇒ピナイダーTOPページ

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工房楔のペンシルエクステンダー

工房楔のペンシルエクステンダー
工房楔のペンシルエクステンダー

私の書くことの多くは原稿など何かの下書きで、清書でないことがほとんどです。
下書きは自分だけ読めればいいので薄い色のインクでもいいと気付いて、台湾のレンノンツールバーのインクを使ったりしています(2019.3.7「薄い色のインク」参照)が、ペンシル系の筆記具も見直して使っています。
原稿などは、ペンを持ったまま手を止めて考えることが多いので、本当はあまり長時間手を止めているとペン先が乾いてしまう万年筆は向かないのかもしれません。
鉛筆などの方が原稿の下書きには向いているのかもしれないと思い、使うことが多くなりました。
だんだん用途に合ったものを無理せずに使うようになったのかもしれません。
シャープペンシルの芯は100円のものから海外のものなら1000円近くまでするものまで様々なものがあります。
三菱鉛筆の300円クラスのものがもし見つかればぜひお試しいただきたいと思いますが、シャープペンシルの芯の100円、200円の違いはこんなにあるのだと、その滑らかな書き味が忘れられなくなる思います。
それは鉛筆でも言えることで、国産の滑らかで柔らかな書き味は他の国の鉛筆を圧倒していると思っています。
その鉛筆をリフィルとする工房楔のペンシルエクステンダーをご紹介したいと思います。

イベントなどで聞いたお客様の声をモノ作りに反映させる姿勢を持つ永田さんは、このペンシルエクステンダーをはじめ、0.5mm、0.7mmペンシル、2mmドロップ式、ノック式の芯ホルダーなどペンシル系のものを多く扱っていて、いかにペンシル系の筆記具を愛用する人が工房楔のペンを使いたいと思っていることが分かります。

工房楔のペンは、以前はパーツメーカーのものをよく使っていましたが、今ではオリジナルのパーツを使ったものの方が多くなっています。
オリジナルパーツを使う理由は、他の誰も使っていないものを作るというオリジナリティの追究ですが、より理想に近い、より良いものを作りたいという姿勢の表れでもあります。
ペンシルエクステンダーもオリジナルの金具を使っています。
エクステンダーは雫型のタイプと、鉛筆が長くても使うことができるトゥラフォーロがありますが、当店ではどちらも真鍮の金具を使ったものを仕入れています。
真鍮パーツは当たりが柔らかく、回転させる部分のあるエクステンダーの場合、動きが滑らかでフィーリングが心地よい。
鉛筆はそれだけでも手軽でいいものですが、上質な素材を使った鉛筆をリフィルとして使うエクステンダーの上質な使い心地も知ってもらいたいと思います。

先日のイベントで仕入れたエクステンダーとトゥラフォーロを更新していますので、ぜひご覧下さい。

*工房楔(せつ)トゥラフォーロ・エクステンダーcbid=2557546*工房楔(せつ)トゥラフォーロ・エクステンダーcsid=7″ target=”_blank”>*工房楔(せつ)トゥラフォーロ・エクステンダー

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⇒2015.4.3「パーフェクトなペンシルエクステンダー楔」

カンダミサコミニ5穴システム手帳

カンダミサコミニ5穴システム手帳
カンダミサコミニ5穴システム手帳

最近ではマイクロ5とかM5と呼ばれるミニ5穴システム手帳を使ってみて思ったのは、バイブルサイズとは違って、気分で本体を持ち替えて使いたいということでした。
趣味とか遊び心がこのサイズには込められるような気がしました。
世にあるミニ5穴システム手帳の多くのものは当店でも扱っているアシュフォードのものが中心で、さすがにアシュフォードは長くシステム手帳を作ってきただけあって、使いやすい手堅いものを作っています。
量産されているものでもいいけれど、また違うものも使ってみたい方は多いのではないかと思いました。

そこで、カンダミサコさんに2種類のミニ5穴システム手帳を作っていただきました。
ひとつは2016年から発売しているバイブルサイズと同じように、カラフルなシュランケンカーフを使って、薄くスマートに使っていただけるもの。
表紙が180℃平らに開く、オリジナルのリング取り付け構造はミニ5穴でも同様です。
上質な革の上品な色合い、質感も楽しんでいただけるカンダミサコさんらしいミニ5穴が、できたと思います。

もう一つを私は賛否両論分かれる問題作だと思っています。
当店がコンチネンタルシリーズで使っているダグラス革は野趣溢れる革で、繊細なものを好まれる方には向かないけれど、使い込むとすごい艶が出る、個人的にとても気に入っている革です。
このダグラス革が生産終了となり、革問屋さんに残っているものをカンダさんに買い占めてもらいました。今すぐなくなるわけではないけれど、2、3年でなくなってしまう量しかありませんでした。
このダグラス革の個性を活かしたミニ5穴がその問題作です。

薄くて携帯しやすいものがミニ5穴システム手帳に求められる要件の一つだと思いますが、コンチネンタルのミニ5穴手帳は、革を出来るだけ厚くしてダグラス革の質感を楽しみながら、コロンとしたフォルムに愛着が持てるようにしました。

ミニ5穴システム手帳の作りから言うと、正解のものと逆の作りなのかもしれないけれど、フォルムを楽しむ、革の質感を楽しむものもあっていいのではないかと思います。
革が馴染むまで革の力で開こうとしますので、簡単なベルトもついています。
仕事だけでなく、休日にも使えそうなカジュアルな服装でも使うミニ5穴システム手帳にはいろんなタイプがあっていい。
コンチネンタルシステム手帳ははじめは使いにくそうだけど、面白そうと思っていただける手帳だと思っています。
いよいよ完成したカンダミサコミニ5穴システム手帳、今後当店を賑わすものになると思っています。

*カンダミサコミニ5穴システム手帳コンチネンタル
*カンダミサコミニ5穴システム手帳シュランケンカーフ

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⇒2016.9.30「カンダミサコバイブルサイズシステム手帳」

アウロラ限定万年筆 インターナツィオナーレ

アウロラ限定万年筆 インターナツィオナーレ
アウロラ限定万年筆 インターナツィオナーレ

アウロラが今年100周年を迎えています。
アウロラが創業した1919年は第一次世界大戦が終わったばかり、世界恐慌前夜の、世界が束の間の平和の中にある時期だったのではないかと想像しています。
だから万年筆という平和的なものを作る会社が多く誕生した。

この時期、多くの万年筆メーカーが先んじて万年筆を作っていたパーカー、シェーファーなどアメリカのメーカーの影響を受けているものを作っていましたが、アウロラも当時イタリアにたくさんあった万年筆メーカー同様、アメリカの万年筆に似たものを作っていました。
それを作りながらも少しずつ自分たちのオリジナリティを出し始めることができて、無数の万年筆メーカーの集団から抜け出し、世界恐慌、第二次世界大戦、リーマンショックなどの危機を生き抜くことができたのかもしれません。
100周年の今年、最初に発売された限定万年筆インターナツィオナーレは、1930年に発売されたモデル「Duplex Internazion」を、ボディ素材をセルロイドからアクリル系樹脂のアウロロイドに、インク吸入機構をレバー式からリザーブタンク式ピスト吸入機構に変更されていますが、忠実に復刻しています。
もしかしたらパーカーデュオフォールド、シェーファーライフタイムの影響を受けたのかもしれないけれど、デュオフォールドもライフタイムも今見るともっと武骨に見えます。
しかし、この万年筆は武骨さとは程遠いエレガントさを感じさせます。
その一因となっているのが、当時トレンドだったアールヌーボー調のキャップリング装飾です。このキャップリングはスターリングシルバーに金張りを施したバーメイル仕上げになっていて、時間が経つと落ち着いた輝きに変化します。細かい部分にもかなりのこだわりが感じられます。

創業して10年くらいしか経っていなかった1930年当時、アウロラはこのInternazionで、海外進出を目指していました。
周辺のヨーロッパの国々はもちろん、当時の万年筆王国アメリカでも勝負できるものでなくてはならない。日本をはじめ、アジアの国々でアウロラの万年筆が売られることを、この時当時のアウロラの社長はイメージしていただろうか。
100周年を迎えたアウロラが、その歴史の転換期の代表的な万年筆を復刻した。それがインターナツィオナーレです。

オプティマ、88などアウロラの定番万年筆の特長は抑え込んだ華やかさだと思っています。
イタリア人の感性のままの製品作りをするともっと遊び心のある、派手なものができたかもしれないけれど、アウロラのバランス感覚はそれを抑え込んでいる。あるいは我慢している。私はその抑制がアウロラらしさだと思っている。
抑制すること、我慢することは洗練するということと同じ方向の力だと思っていて、アウロラの万年筆は洗練されているという言葉に置き換えることができるのかもしれません。
洗練されているというと何か冷たい感じがしなくもないけれど、アウロラからは人の手のぬくもりのようなものが感じられる。
それは手厚いアフターサービスでも言えることで、万年筆は直しながら長く使い続けるものだということを、アウロラの修理に対する考え方から学びました。
万年筆店の一店主として、勝手に身近に感じている万年筆メーカーアウロラの100年の歴史を誇らしく思います。

⇒AURORA INTERNAZIONALE(インテルナツィオナーレ)

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⇒2018.12.21「イタリアの家族経営の物作り アウロラ」

想いを持ち続けて道を究める~3月30日(土)31日(日)工房楔イベント開催~

想いを持ち続けて道を究める~3月30日(土)31日(日)工房楔イベント開催~
想いを持ち続けて道を究める~3月30日(土)31日(日)工房楔イベント開催~

当店が万年筆だけを扱って、そして自分の好きなものだけを揃えるようになっていたら、きっとできることは少なくなってしまっただろう。
今までにその分かれ道は確かにあって、その時お客様や周りの人の声に耳を傾けず、頑なになっていなくてよかったと思います。
人が良いと思うものにも目を向けて、自分の信念を都合よく、状況や時代に沿わせることができる、よく言えば柔軟性が自分にあったからこそ商売をしていられるのだとよく思います。
私がモノを選ぶ時、自分の好みではなく、お客様のどなたかにとって良いものかそうでないかという視点を持たなくてはいけないと思っています。
ひとつの分野を探究して深く掘り下げていくときに、そこに好みを入れるとその道はどんどん狭くなって、自分の信念に縛られて身動きができなくなってしまう。
そのモノや素材への愛情が強いほどそれにはまりやすいし、職歴を重ねて、素材への目が肥えるほど、使いたいと思うものは少なくなっていきます。
自分の目指す方向がはっきりと定まっていて、自分の目利きと腕に自信を持っている職人さんのような、道を究める人もその道に入り込みやすいのではないかと私は思っています。

工房楔の永田さんも、常に向上心を持って努力している人だけれど、自分の目利きや腕に自信を持っている職人さんです。
永田さんは工房楔として活動して今年15年という記念すべき年を迎えています。
職歴としてはもっと長いはずだけど、永田さんの道は狭くなるどころか、その活動は出会った頃よりも柔軟さを増しているようです。
木を見る目は成熟していっていると思うけれど、変わらず幅広い価格帯のものを扱って、楔の作品の間口を広くしている。

その柔軟さを永田さんが持っているのは、工房楔を始めた時に掲げた銘木の杢の良さ、面白さをもっとたくさんの人に知ってもらいたいという想いを今も持ち続けているからなのだと私は思っています。
万年筆を収めるコンプロットなど価格の高いものも健在で、そちらの方面へも拡大を続けていますが、ジェットストリーム用グリップなど、とっつき易いもの、銘木の味わいを手軽に感じることができるものも、ちゃんと用意しています。

当店も万年筆を愛用しているお客様に、普段から永田さんのメッセージを伝えようと努力しているけれど、3月30日(土)31日(日)に開催する、半年ごとの工房楔のイベントは、銘木製品に深く入り込んだ人も、何か銘木のものを使ってみたいと、その世界の入り口のドアを開けようとしている人にも楽しんでもらえると思います。

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薄い色のインク

薄い色のインク
薄い色のインク

以前は何でも万年筆で書きたいと思っていましたが、原稿の下書きなどには万年筆の筆跡が強すぎると思うようになりました。
下書きという、確定していない書き直しができるはずのものが、万年筆で書いてしまうとそれが決定してしまうような気がするのです。
それが万年筆の良いところでもあり、万年筆が想いを伝える道具として優れているところなのかもしれませんが、試行錯誤する原稿には向かないのではないかと思い始めました。
最近は鉛筆で原稿の下書きを書いていて、その何でも書ける気軽さで筆が軽く、上手くいっていると思っていました。
鉛筆ならその程良い筆跡の薄さもあって、場所を選ばずどこででも気負わず書くことができていました。
これが道具を使い分けるということなのだと思ったけれど、原稿の下書きという一番文字を書く機会に「万年筆を使いたい」と思いたい。
鉛筆の筆跡のように気負わずに何でも万年筆で書くには、薄い色のインクが必要だと思いました。

筆跡を読むときに目を凝らして見なくてはいけないくらいのインクが欲しいと思って、薄い色のインクについて考えてみました。
パイロット色彩雫の霧雨や冬将軍は普通の筆記には薄すぎると思いますが、私のイメージする下書きにはとても良さそう。
エルバンも良いものがいくつかあります。ブルーアズール、ミントグリーン、グリヌアージュなどもピッタリです。

台湾の藍濃道具屋(レンノンツールバー)の藍染風インクは、台湾で古来より伝わっていた藍染の過程で出る色をインクで表現した色で、ブルーのインクが好きな人なら惹かれる色があると思いますが、その中で一番薄い色の水色が私の用途に向いていました。
少し青みのついた水の色で、本当に薄い。水色を太字の万年筆に入れて書いてみると、目を凝らさなければ何が書いてあるのか分からない。
一般的な筆記にはあまり向かないかもしれないし、粘度が極端に低いのでペン先が紙にこすれる感触が指に伝わって、太字で書いてもいわゆるヌラヌラの書き味はしませんが、原稿の下書きにはピッタリだと思いました。

月に5,6回は何らかの原稿をノートに下書きして、コンピューターで清書している私にとって、極端に薄いきれいな色のインクは探し求めていたもので、しばらく使ってみたいと思いました。
とてもきれいな水色だし、これだけ薄いと光も通しますので、デモンストレーターなどに入れるときれいに映えるかもしれません。
広くはお勧めしないけれど、私のような用途の方には強くお勧めしたい薄い色のインクとデモンストレーター。暖かくなるこれからの季節にはいいですね。

*藍濃道具屋(Lennon Tool Bar)ボトルインク 藍染め風

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当店の色~ウォールエバーシャープデコバンド~

当店の色~ウォールエバーシャープデコバンド~
当店の色~ウォールエバーシャープデコバンド~

ずっと以前にある人から「ペンアンドメッセージの色は何色ですか?」と聞かれたことがあります。

ホームページやショップカードなどがワインレッドを基調としているとかそういう単純な話ではなく、当店の特長、雰囲気など誰から見てもPen and message.とはこういう店だというように認識してもらっているかという意味で聞かれたと私は解釈しました。
自分でもはっきり分かっていなかったし、当然お客様方にも当店はこういう店だと発信できていなかったので、その質問に即座に答えられなかったことを恥ずかしく思いました。

当店らしさを見つけて確立することは、当店のような小さな店にとっては生命線のような何よりも大切なことで、どの町にもよくある文具店や雑貨店と似ていたりすると当店の存在価値はないと思う。
それから今まで、いつも当店らしさを探しながらやってきたよう気がします。

ウォール・エバーシャープデコバンドは、100年近い歴史のあるアメリカのウォール・エバーシャープ社の、大きなペン先と筒型に近いボディ、クラシックでゴツゴツした男性的なフォルムの万年筆です。
私個人のモノの好みとして、繊細でスマートなものよりも武骨なものを好むこともあって、そのデザインだけでも、こんなに当店らしい万年筆は他にないと思っています。
武骨な外観同様、中身もそれに伴った、直しながら長く使うことが前提になっている仕様です。
尻軸を引っ張り出して、空気孔を指でふさいで押し込んで、指を放すとインクを吸入するインク吸入機構は、シンプルで簡単に修理することができるゴムチューブを使用しています。
ゴムチューブは何かに接触しているわけではなく、空気圧で潰して、その復元力を利用してインクを吸入しますので破れるリスクが低い。
またゴムチューブの交換は当店でできますので、修理のために本国に送って何か月もお待たせすることもありません。
ペン先は細かい仕様変更を繰り返していて、今はフレックス量は大きいですが柔らかさよりも粘りのある仕様になっています。
スーパーフレックスニブで、力を抜いて書くとペリカンMくらい、筆圧をかけてペン先を開かせるとBBくらいの太さ、フレキシブルニブでBくらいの太さまでフレックスさせることができます。
スーパーフレックスニブとフレキシブルニブの硬さによる違いは少なくなっていて、フレックスできる量の違いになっています。
どちらのニブも粘りが強めになっていますので、フレックスさせた時の戻りが早く、使いやすさは向上しています。

デコバンドはエボナイト製の二段ペン芯を使用することで、フレックス量の大きなペン先に対応させています。
ペン芯の素材としてエボナイトは最も適した素材だと思われます。
調整の段階でペン先との密着がやりやすく、ペン先調整をしている当店のような店にはお誂え向きの素材でもあり、より良く仕上げることができます。
デコバンドのこれらの仕様に関しても、当店で扱うためにできたような万年筆で、海外のペンの雑誌で一目見て惹かれたことも不思議な縁のように思っています。

日本国内では当店だけしか扱っていなくて、その仕様は私が万年筆はこうあって欲しいと思っている仕様になっています。そして何よりも蒸気機関車のような武骨なデザインが気に入っています。
ウォールエバーシャープデコバンドを当店のオリジナル万年筆のように思っています。

⇒ウォールエバーシャープデコバンド

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*前の記事「工房楔との相乗効果」

工房楔との相乗効果

工房楔との相乗効果
工房楔との相乗効果

3月30日(土)・31日(日)、恒例の工房楔の春のイベントを開催いたします。
普段から楔の木製品はできるだけ多く在庫したいと思っていますが、3月と9月のイベントでは普段の品揃えとは比べ物にならない数の商品をを永田さんが作って持って来てくれます。
たくさんのものの中から選ぶことができるので目移りして大変ですが、イベントならではの楽しさだと思います。

工房楔は今年15周年を迎えます。
そして、当店で工房楔のものを取り扱い始めて10年になります。
当店と同じように試行錯誤を繰り返しながらの永田さんの15年もきっとあっという間だっただろう。
程々の距離感はあるけれど、比較的近くで永田さんを見てきて、そのオンリーワンでありながらナンバーワンを目指そうとする情熱が危なっかしく見えることもありましたが、永田さんは今も立ち続けているし、気分的に少し余裕が出てきたのか様々な面で安定感も感じます。
それが15年独自の道を切り拓いてきた自信なのかもしれません。

私は永田さんからいろんなことを学んだし、今もその姿勢から教えられることはたくさんあって、工房楔との、永田さんとの付き合いがあったことも、今まで続いてくることができた理由なのだと思う。
当店と工房楔には相乗効果があります。
万年筆が好きな当店のお客様が当店で工房楔の木製品を知って、その魅力に惹かれていくし、工房楔の木製品が好きなお客様が当店のステーショナリーを使うようになる。
双方が行き来し、相乗効果を生んでいるのは工房楔の木製品を取り扱い始めた時予想できなかったけれど、万年筆が好きな人はある程度万年筆を使うと木軸に惹かれるようになるのかもしれません。

そこで筆記具メーカーが発売している木軸を使うようになりますが、それらの木軸と工房楔の木製品とはその木の質があまりにも違っていることに気付き、杢という今まで意識していなかったものを見せられて、その世界の奥深さに驚きます。
銘木万年筆ケースコンプロット10は、永田さんが万年筆ユーザーと出会って生まれたものだけれど、工房楔のボールペンやシャープペンシル、当店のオリジナル企画であるこしらえと並ぶ工房楔の代表作です。
コンプロット10はレギュラーサイズの万年筆を余裕を持って10本収めることができるケースですが、最近はオーバーサイズの万年筆に対応したコンプロット6もあり、万年筆のトレンドに敏感なところも永田さんの良さだと思っています。

当店が独自に輸入しているウォール・エバーシャープのオーバーサイズ万年筆デコバンドは、工房楔のコンプロット1に専用ケースのようにピッタリと収まります。
偶然とはいえこれも相乗効果になっています。
パイロットカスタム742(長軸はカスタム743も)の首軸が収まる銘木万年筆軸こしらえは、工房楔の当店でのオリジナル企画で、他では手に入れることのできないものです。
万年筆と銘木との出会い、当店と工房楔の出会いを象徴するものだと思っています。
書くための機能を追究した国産万年筆と銘木軸の組み合わせは、海外の万年筆にひけをとらない魅力を持っています。当店が工房楔の力を借りて、今までの万年筆と違う価値を提案したものだと思っています。

今回も新たな杢とステーショナリーの出会いがあると思います。ぜひお時間を見つけてご来店下さい。

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