1月1日から値上げが予定されている、パイロットの万年筆の話が連続します。カスタム742、743についてのお話です。
当店ではカスタム742を、「適度な大きさの10号サイズの書き味の良いペン先とバランスの良い軸が揃った完璧な万年筆」と位置付けています。
日本製なら2万円で書くことにおいて高いクオリティの万年筆を買うことができます。それを当たり前のように思っていましたが、メーカーの志と努力の成果だったのだと、色々なものが高くなった今になって気付きました。
完璧なカスタム742に対して、カスタム743はさらに耐久性の高い15号サイズのペン先を持ち、プロ仕様の万年筆としています。
私が書道を習いに行っていた時、先生に頼まれて万年筆を用意したことがあります。
先生は書道教室で毛筆の他に硬筆も教えていました。その時は硬筆に付けペンを使っていましたが、その代わりに以前使おうとして諦めた万年筆をもう一度使いたいと思われたようです。
付けペンを使っていた理由は、力を入れてペン先を開かせて書くことができるからで、先生はそれを「ペン先を割って書く」とおっしゃっていました。
カスタム742でペン先を割って書くと、ペン先が必要以上に割れてインクが途切れてしまいますが、743だとギリギリのところで粘って、インクが途切れることがありませんでした。
私たちの普段の筆記でそこまでペン先を開かせて書くことはなく、742と743の違いを感じることは少ないのかもしれませんが、742と743のペン先の違いについて分かる象徴的な出来事でした。
カスタム743の方がペン先が大きいですが、それは柔らかさに寄与するのではなく、粘り強さ、耐久性を持たせるために必要な大きさだったのです。
たしかにカスタム742のペン先の方が柔らかく、カスタム743の方が硬く感じることがありますが、ハードに書いた時にさらに違いが出てくるのです。
万年筆を長くハードに使った時、ペン先がヘタってくるということがありますが、カスタム743の粘り強いペン先は、ヘタリにくさも持ち合わせていると予想します。
一生ものの道具即ち生涯の相棒にできる万年筆がカスタム743なのだと思います。
このカスタム742と743の関係は、モンブラン149と146の関係に似ています。
149と146は軸のサイズがかなり違いますが、カスタム742と743の軸のサイズはほぼ同じになっていて、このサイズは万年筆において最良のものだと確信していることも伺えます。
カスタム742と743にはたくさんの種類のペン先がラインアップされています。
それぞれの字幅は例えば手帳に書くのならEFかFとなるように、用途によって選ぶものが違ってきます。
字幅によって書き味や使用感が違っていて、個々の好みはあるけれど一般的にはペン先は太くなるほど書き味が良いと言われています。
しかし太字以上の字幅では、ペン先の中心を意識して書かなくては書き出しが出なかったりして、うまくインクが出てくれません。それはいわゆる「ペン先を合わせて書く」ということになります。
早く書くにはある程度太い方が滑りが良くていいですが、太すぎると今度は合わせて書かかなければならず、かえってスピードが遅くなります。
合わせて書くことを意識せずに滑りが良く書ける限界はMくらいではないかと思っています。FMやMくらいが楽に使うことができて、最も早く書くことができる太さということになります。
カスタム742、743には特殊ペン先もあって、かなりユニークな存在です。
SU(スタブ)は横細、縦太の味のある線が書けるペン先で、書く文字にハマれば面白い効果が得られます。
PO(ポスティング)はペン先が硬く開きにくいので、一定の太さ、濃さで細かい数字や文字が書けるペン先です。手帳にも合うかもしれません。
WA(ウェーバリー)は、ペン先が反っている特殊な形状をしています。もともと寝かせて書く人にはあまり恩恵が感じられないかもしれませんが、ペンを立てて書く書き方でも柔らかい書き味を得られるというものです。
FA(フォルカン)はペン先が極端に柔らかいので、軽い筆圧の加減で文字の強弱がつけやすくなっています。筆圧の強い人には扱いにくく向かないペン先です。
S(シグネチャー)はサイン用ということで開発されたペン先です。90年代のペリカンの角研ぎに似た形状ですが、角を落としてあり、書き出しが出にくいということがありません。Mをそのままの形で幅だけ広くしたようなペン先になります。
特殊ペン先はかなりユニークなものですが、パイロットが創業間もない昭和初期には既に実用化されていました。万年筆の可能性を広げるペン先の開発を社運を賭けて行っていて、その仕事は今も輝いている。むしろ万年筆が趣味のものになった現代においての方がその意味合いは大きいのかもしれません。
⇒パイロット カスタム742
⇒パイロット カスタム743