いつも手元に~パイロットシルバーン~

いつも手元に~パイロットシルバーン~
いつも手元に~パイロットシルバーン~

毎月第1金曜日に堀谷龍玄先生を招いて開催しています「万年筆で美しい文字を書こう6」教室では、原稿用紙に美しい文字を書くという課題に取り組んでいます。
10月に作品展を予定していて、8月2日の教室からは好きな小説の書き出し7行分のお手本を堀谷先生に作っていただいたものを練習します。
書き出しの140文字内が美しい小説を選ぶ作業は楽しくもあり、難しくもありました。
でも選ばれた人が多かった夏目漱石は書き出しも美しい作家だと分かりました。
私はシンプルだけど情緒的な描写をすると思っている志賀直哉の「濠端の住まい」にしました。
小さな家の縁側から見える、夏の濠の風景が美しく描かれていて、自宅の窓から見える風景に対する愛着のようなものに共感できる文章でした。
堀谷先生の文字で、原稿用紙に収まっているものを見るとなかなかどっしりしていて、良いのではないかと思い、さすが志賀直哉、さすが堀谷先生と感心しています。
なるべくたくさん練習して、文章と堀谷先生に恥ずかしくない文字を書きたいと思います。

最近特にペン習字が注目されているように思います。
月1回だけの教室ですが、かなり効果があるものだと思っていますので、興味をお持ちの方はお気軽にご参加いただけたらと思います。

ペン習字ではいろんな万年筆を課題によって取り替えて、それぞれの良さを見極めようと思っていましたが、使う万年筆がパイロットシルバーンで決まってきました。
パイロットシルバーンが、私が持っている万年筆の中で一番きれいな文字を書くことができると分かってしまったからでした。
書くのはあくまでも私ですが、万年筆の影響を大きく受けるのは恥ずかしいところです。
キャップの尻軸への入りが深くバランスが良く、ペンポイントがボディ断面のちょうど中心にあることがその理由だと思われますが、ペンの後ろの方を持って寝かせて書きやすいところもこの万年筆の特長です。
先端の方を持つとペン先が指に触れて、インクを引っ張ってしまい、手が汚れてしまう。あるいは強い筆圧で早く書こうとすると、ペン先が柔らか過ぎてインクが途切れてしまう、という辺りがその特性と妙に辻褄が合っていて、面白いと思っています。
かなり古くからある、パイロット独特のデザインで、私は決して美しいとは思っていませんが、ゆっくり書くことにおいて、この万年筆ほど適したものは他にないのではないかと、今のところは思っています。
ペン習字以外にも、例えばお買い上げいただいた万年筆の保証書を書く時にも使っています。
私の仕事中の手元にはいつも、書きにくいバランスだと思っているけれど、デザインが大変気に入っていて、いつも使いたいと思っているファーバーカステルと、それを十二分に補ってくれるシルバーンを置くようにしています。

⇒パイロット シルバーン

思想を表現するもの~アウロラ88クラシック

思想を表現するもの~アウロラ88クラシック
思想を表現するもの~アウロラ88クラシック

ミュージシャンはより良い音楽を奏でるために良い楽器を手に入れようとします。
その楽器を手にすることによって自分の腕がもっと良くなるのではないかと期待するのがアマチュアのミュージシャンだとすれば、自分の持ち味を際立たせる楽器として選ぶのがプロのミュージシャンということになるのだろうか。

いずれにしても、ミュージシャンはより良い楽器で演奏したいと思うはずです。
良い楽器を求める理由は良い音を求めてということになりますが、ミュージシャンは選ぶ楽器によって音楽に対する考え方、思想を表現したいとも思うでしょう。
そして私たちが万年筆を手に入れようとする心もそれに近いのではないかと思うようになりました。

例えば誰もが知っている有名なブランド、モンブランやカルティエの万年筆を使うことで、信頼感を演出しているのかも知れません。
ペリカンを愛用する人には、道具を実用性で選ぶ堅実さが感じられますし、アウロラを愛用する人は個性・その人らしさを感じます。
それはもちろん私の独断と偏見ですが、アウロラはそれを選ぶことで、その人のこだわりのようなものが感じられる万年筆だと思います。

アウロラの代表的なモデル、オプティマ、88はかなり特徴的な万年筆です。
吸入機構は、カートリッジ・コンバーター両用式が多い中にあって、ボディ本体がインクタンクになっている吸入式です。
アウロラオプティマ、88の吸入機構はリザーブタンクが備わっていて、出先でインク切れが起きても、そこからインクをおろす(その表現がピッタリです)とA4サイズで数枚書くことができます。

リザーブタンクの使い方は、実際にアウロラを使ってみるとすぐに分かる簡単なものですが、なるほどコロンブスの卵的な機構だと言えます。
アウロラの書き味は硬く、カサカサした感じだと言われることがあって、それがアウロラ的だと思われているフシがありますが、実はそんなことはありません。
調整次第で生まれ変わり、滑らかで代わるもののない書き味に仕上げることができます。

万年筆だけでなく、何か物を選ぶ時にあれこれ実質的な理由を挙げて人はそのモノを選ぼうとしますが、私がアウロラ88クラシックを選んだ理由は、自分の万年筆に対する考え方、生き方、思想を表現しているものだからです。

古臭くてもいい、時代に流されない人でありたいといつも思っています。
シガーのように太く凹凸のない丸みのあるボディのシルエット、黒のボディに金のキャップという時代遅れなデザインにも思えるアウロラ88クラシックにそれを見出して、憧れて自分の指標として、その考えを表すシンボルとして、この万年筆以上に適したものはないと思っています。

万年筆は書き味がどうで、どんな文字が書けるから、それでどんな仕事ができるかが一番に論じられることですが、自分の思想を表すものが万年筆であっていいと思うし、万年筆はそういうものであって欲しいと思っています。

私の思想を表す万年筆として、アウロラ88クラシックをご紹介しましたが、私と考えを同じくする方がアウロラ88クラシックを顧みて下さると、とても嬉しく思います。

⇒アウロラ88クラシック

旅の文具入れにも ~ル・ボナー ポーチピッコロ~

旅の文具入れにも ~ル・ボナー ポーチピッコロ~
旅の文具入れにも ~ル・ボナー ポーチピッコロ~

旅行に行く前に一番最初に準備するものが、旅の間に読む本とノートと万年筆なので、いつも妻に嫌味を言われます。
服などの着替え、洗面道具を先に用意すればスーツケースの荷作りも早く終わるのに、そうしないのは旅を考えた時に私はまず、持っていく本と文房具について思い描くからです。
本は行き先が舞台になっているものがあれば理想ですが、なければ何らかの旅行記などが良いと思っています。
今夏の旅行の行き先は伊勢神宮で、同じ近畿圏内のとてもささやかなものですが、近鉄特急に初めて乗るし、新しくできたホテルに泊まれる、近くの贅沢ができるのではないかと思って楽しみにしています。

荷作りに話を戻すと、荷物をバラバラと鞄に入れるのは何となくつまらないし、散らかりやすくなってしまいますので、同じジャンルごとに小分けしたポーチになるべく入れたいと思います。
それによって荷物が重くなったり、入る量が少なくなることもあるかもしれないけれど、ポーチに小分けすることは旅の間の便利さにも繋がるので譲れないところです。

鞄の中で荷物を小分けにするためだけのポーチとして考えると、あまりにももったいないですが、一番こだわっている特別なものを入れるポーチとして、そして宿泊したホテルの部屋からちょっと出る時などに、財布、携帯電話、万年筆などを入れて持って出る時にも使うものとして、ル・ボナーのポーチピッコロほど適したものはないかもしれません。

既にたくさんの人がそれぞれの用途を見つけて使われているようです。
ちなみにポーチピッコロには、持ち手が付いています。
これは手で持って提げるというよりも、ここに親指以外の指を通してポーチに手の平を添え、ファスナーが上を向くように持つように設計されています。
ル・ボナー松本さんの美学なのかもしれません。

当店に来られるお客様の多くは、当店に来られる場合旅行ではないのでポーチピッコロをたいていの場合、文房具入れとして使われています。
私もそのように使っていて、手帳とペンケース、携帯電話などの仕事の道具を入れて、鞄からピッコロを取り出すと仕事を始めることができる。
これが旅行でも同じで、一番大切に思っている、旅の記録をするための道具をポーチピッコロに収めて、ホテルの部屋や特急電車の中で取り出して書き物をしたい。
家族と一緒にいる時に手帳に集中して書き物をしていると、後から何をそんなに書くことがあるのかと聞かれることがあるけれど、書かなくても何も困らないけれど、書きたい気持ちになるということをどう伝えればいいのだろう。

実際は後々のネタに使えたりするので、書かないと困ることにもなるけれど。
万年筆店店主という職業だけど、書くことも仕事の一部で、そういう生き方だとしか説明がしようがありません。
その生き方を写すものをここにはいつも収めていたい。
ポーチピッコロはそんなふうに思わせてくれる、ちょうどいい存在なのです。



*どちらも少量の在庫になりますのでご了承下さい。

万年筆店の思想が見えるオリジナルのペンケース~ペンレスト兼用万年筆ケース~

万年筆店の思想が見えるオリジナルのペンケース~ペンレスト兼用万年筆ケース~
万年筆店の思想が見えるオリジナルのペンケース~ペンレスト兼用万年筆ケース~

万年筆店にとって、自前のペンケースを持つことは自分たちがどのように万年筆を思っているかを表現することであり、オリジナルの万年筆以上に大切なことだと思うことがあります。
つまりオリジナルのペンケースを見ることで、その店の思想のようなものを見ることができるのではないかと思います。

オリジナルペンレスト兼用万年筆ケースは、当店の万年筆への考えが反映されたペンケースであると、自信を持って言うことができます。
発売を開始して3年が経ちましたが、このペンケースをご理解いただいた多くの方に愛用していただいています。
このペンケースは万年筆を道具としている人のためのケースであり、そのための機能と質を持ち合わせています。
持ち運ぶ時はフタをペンに被せるように閉じてペンが傷つかないようにし、ペンを使っている時はフタをペンの枕のようにしておくことですぐにペンを取り出せる。
ちょっとしたことかもしれませんが、ペンの出し入れを繰り返す時、フタを開かずに取り出すことができるというのは、大変便利だと私も使っていて感じています。
ファーバーカステルクラシックエボニーの万年筆とボールペン、細字用として完璧な万年筆パイロットシルバーンが私の鉄壁のオンタイム3本セットで、ペンレスト兼用万年筆ケースにいつも収まっています。

シュランケンカーフは、柔らかさがないと成り立たない構造の役に立つしなやかさを持ちながらも、型崩れしない強靭さも併せ持っています。
このペンケースが長く愛用できるものであるのは、シュランケンカーフという上質な素材に依るところが大きいかもしれません。
シンプルなデザインですが、実はその被せる革の長さや縫い合わせの幅で開け閉めのしやすさが全く違いましたので、製作してくれているカンダミサコさんの腕の良さと行き届いた丁寧さがあって実現したものであることは言うまでもありません。

当店の万年筆の思想。それは何よりも替え難い大切なものであるけれど、仕事など日常の道具として使われるもの。
そういう万年筆をいつもご提供していきたいと思っていますので、そういう仕舞い方ができるペンケースを作りたかった。

それがペンレスト兼用万年筆ケースの起こりで、40本あまりの万年筆を日々駆使しているヘビーユーザー(?)とも言える当店スタッフKの思い付きがこのペンケースに生かされています。
スタッフKは、かなりズボラ(関西弁で面倒臭がりの意)な性格で、私以上にペンケースのフタの開け閉めが面倒だと思っていました。
ペンを取り出す時面倒でなく、素早くペンを取り出すことができて、持ち運ぶ時誤ってペンを落としたりしないようなペンケースが欲しいと思っていた彼女は、手近にあった布でそんな理想に叶ったペンケースを作って使っていましたが、それがペンレスト兼用万年筆ケースの原型でした。

そこからの試行錯誤があり、機能性とデザイン性を兼ね備えたペンケースとして仕上がっていると思います。

⇒Pen and message.オリジナルペンレスト兼用万年筆ケース

昭和のビジネスマンの定番 パイロットエリート

昭和のビジネスマンの定番 パイロットエリート
昭和のビジネスマンの定番 パイロットエリート

海外で生まれたもので、日本に入ってきて独自の発展を遂げたものは多くあると思います。

古くは香や茶など、それらはそれをたしなむ芸道になって工芸などを巻き込んで文化になっていきましたし、身近なところでは携帯電話がそれにあたります。
ガラパゴス携帯と揶揄されるように、各メーカー、各キャリア独自の規格で、独自の機能を盛り込んで高機能を追求したものですが、ソフトに共通性がなく、カスタマイズできないので壁に当たっています。

素晴らしく作り込む日本製品のあり方も電化製品では20世紀的であり、個を重んじる21世紀的ではないのかもしれません。
エボナイトの変色を抑えるために漆を塗るという発想から、漆で絵柄を施した蒔絵万年筆も日本で独自に進化し、確固たる地位を築きました。
キャップを閉じている時は短く、キャップを尻軸に差すと長く、筆記しやすい長さになるショートタイプの万年筆も日本で独自に発展した万年筆です。

それらはワイシャツのポケットに差しても底が当たらず、かさ張らず、ビジネスマンたちにとって、とても使いやすいものでした。
タバコの入ったシャツの胸ポケットにショートタイプの万年筆を差していたビジネスマンが多くいたいと想像しています。
このショートタイプの万年筆で、それよりも少し早く登場していた能率手帳に書き込むというのが、できるビジネスマンの定番のスタイルで、どちらも昭和を代表する、高度経済成長を支えたとても機能的な道具だと言えます。

国産各社から発売されていたショートタイプの万年筆で、最も代表的なものはパイロットエリートでした。
エリートが発売されたのが1968年で、今から45年前のことです。
私もエリートと同い年で、このパイロットエリートが復刻されたことに、心がざわめきます。
しっかりとした塗装のアルミのキャップもそのままですし、すべらかでありながらもしっかりとしたキャップの感触もそのまま。14金の大きくしなやかなペン先も健在です。

誰もが万年筆を持っていた時代だからこそ、何本も万年筆を持っている人は少なく、胸ポケットに差したエリートは、手帳書きから手紙など様々な用途に使われていたのではなかとイメージしています。
昨今の万年筆は私たちのような限られた人間には、あって当たり前の道具ですが、大多数の人にとっては特別な近寄り難い特別なものになっています。

でもエリートはそのあり方が違っていて、たくさんの人がそれだけを持っているような、万年筆が気負いのない道具だった時代の名品だと思っています。

⇒パイロット エリート95S

大人の真剣な遊び心

大人の真剣な遊び心
大人の真剣な遊び心

この万年筆は1本ずつ非常に丁寧に作られたものだと思いました。

クッキリとエッジの立った、磨き抜かれたボディ。金張りの3本のキャップリング。トップのホイールに天然石オニキスが奢られたクリップ。
この万年筆のオリジナルは1936年、創業者のアルマンド・シモーネがオマスの陣頭指揮を執っていた時に作られたもので、私は8年ほど前に復刻されたオマスエクストラトランスルーセントを見たのですが、忘れられない万年筆としてずっと頭の片隅に残っていました。
夏になると透明のボディのデモンストレーターが各社から発売されますが、これほどのものを見ることはあまりありません。

このトランスルーセントは、「遊び心のある万年筆を最高の素材を使って作り上げ、実用品を超えた万年筆を作るメーカー」として、その後の私のオマスの印象を決定付けたと言っても過言ではありません。

その後日本代理店の不在により市場から姿を消したオマスの復活を待ち望んでいました。
この万年筆を見て思い付いた印象をキーワードにすると、「作り込む」ということでした。
透明で柄入りの万年筆のボディはもっと価格を抑えることができるアクリルボディでも作ることができます。
でもそれをオマスはしないだろうことは予想がついていて、この辺りにオマスの価値があるように思っています。
今回復刻されたエクストラルーセンスに、当店が選んだペン先は14金のエキストラフレックスニブで、これは往年のオマスに付けられていた非常に柔らかいペン先で、筆圧に気を付けないと引っ掛かりが出てしまいます。
しかしそのボディ同様に書くことを楽しめるものになっていて、遊び心を存分に刺激してくれる万年筆に合ったものになっています。

遊び心を感じさせてくれる万年筆をもう1本。
ビスコンティオペラマスタークリスタルをご紹介いたします。

もちろん明言はされていませんが、この万年筆はシェーファーのトライアンフ型のペン先のついた万年筆へのリスペクトが感じられます。
シェーファーのトライアンフ型ニブは現在作られていませんが、マニアックな仕様が多かったシェーファー独特の仕様のひとつでした。
独特の形のペン先ですが、とても書き味の良いもので、成功していた仕様のひとつでした。

筒状で、地金はネジを切ってボディに装着する構造になっているほど厚く、表面の刻印が薄く裏側に写るものが多い現代のペン先とは、真逆のものです。
素材の厚さは、万年筆においては良い結果をもたらすことが多く、トライアンフ型ペン先の書き味も良いフィーリングのものでした。

オペラマスタークリスタルのペン先は、素材こそ最近のビスコンティが取り組んでいる新素材のうちのひとつクローム18というものが使われていますが、とても厚く、ネジが切られている構造は同じで、書き味もシェーファーのものに近いと思いました。
ペンポイントは少し上に反ったような形状をしていて、これによりペン先を開きやすくし、弾力のある書き味に仕上げています。

このペンポイントの恩恵は変化のある美しい日本字を書く役にも立っています。

ペン先に装着して、ストローのようにして吸入させることができる、シュノーケルデバイスはインクが少なくなったボトルインクも楽々と吸入させることができるものです。
引き上げておいた尻軸を軸に戻すように押し込むことで、大量のインクを一気に吸い上げる劇的な「ダブルタンクパワーフィラー吸入」とともにインク吸入の儀式を厳かなイベントにしてくれる演出をしてくれます。

これをいかに格好良く所作するのかも、大人の遊び心なのかもしれません。

*画像の万年筆はオマスの「エクストラルーセンスリミテッドエディション」です。


インクの話

インクの話
インクの話

子供の頃から天邪鬼で、親の言うこと、特に母親の言うことの反対のことばかりしていました。
母が焦れば焦るほど私は勉強の嫌いな子供になっていきました。
そんな子供だったのに、万年筆ではいつも両親が使っていたものを思い出しますし、インクの色は二人が使っていたインク、父のパイロットブルーブラック、母のモンブランブルーブラックがいまだに万年筆のインクの色のイメージになっていて、真似するつもりはないのに、私がいつも使ってしまうインクの色はいつもブルーブラックになっています。

季節によってインクの色を変えたいとか、用途によってインクを変えたいと思うけれど、私の使い分けはいつも使う紙に対して、同じブルーブラックでインクの性質を使い分けるオイルのような使い方になってしまうのです。

私がインクの色の冒険をしないのは、絵心のなさも影響しているのではないかと思っています。
いろんな色で書きたいという欲求があまりありません。
でも様々な色のインクで書かれているノートを見るときれいだと思いますし、自分もそんな風にノートを彩りたいと思います。
もしかしたらすぐに戻ってしまうかもしれないけれど、ブルーブラック以外のカラーインクを使うようにしたいと思いました。

私のようなカラーインクとの付き合い方に、エルバンは容量が少なくてちょうどいいと思っています。
エルバンが良いと思う理由はもちろん量だけでなく、その色とストーリーのある名前のセンスがいいと思っています。
当店でもオリジナルインクを発売していますが、ストーリーとかセンスを大切にしたいと思っています。

そう言いながら、いつもブルーブラックのインクを入れて万年筆を買っていただいた方に硬い手紙を書いているペリカンの万年筆に「ビルマの琥珀」を入れてみました。
とても柔らかい発色で書いたばかりの時、少しビチャビチャした印象を受けるけれど、乾くとしっかりと発色してくれる不思議な質感。
ビチャビチャした感じは、万年筆の詰まりにくさに貢献しているように思い、どの万年筆に入れても安心して使うことができるインクという、エルバンの定評を裏付けています。

エルバンは1670年から続いているメーカーで、創業343年という、ファーバーカステルの252年を超える文具業界では老舗中の老舗で、340周年の時1670という名前のメモリアルインクを発売して大好評を博しましたが、その1670インクを復刻発売しています。
オーシャンとカーマインの2色がメモリアルインクとして発売されていました。
オーシャンはエルバンには珍しく強めの色合のブルー。カーマインはオレンジ色に近い赤色で、もちろんどちらの色も従来のトラディショナルインクにはない色になっています。

ペリカンのスタンダードインク4001はエルバンのインクと並んで定評のあるインクで、万年筆売場のほとんどが試し書き用にペリカンのロイヤルブルーを採用しているところがそれを裏付けています。
ペリカンロイヤルブルーは、しっかりと水洗いすると万年筆に残りにくいですが、万年筆に吸入させて使うと、乾きの早さが際立っていて、とても使いやすいインクです。

ペリカンのインクのボトルをゴージャスにして、よりインク出をスムーズにしたものが、エーデルシュタインインクです。
エーデルシュタインインクは、毎年限定インクを発売していて、インク・オブ・ザ・イヤー2013はアンバーです。私が色インクとして選んだエルバン「ビルマの琥珀」と同じ系統の色ですが、温かみがある色で間違いなく人気が出る色だと思っています。

なるべく色インクを楽しむようにしたいと思っていて、皆様のお手元に色インクで書かれた私からの手紙が届く日がいずれ来るかもしれません。

ペン先調整雑感

ペン先調整雑感
ペン先調整雑感

ペン先調整はどういう時にしたらいいのですか?とよく聞かれます。

包丁のように刃が鈍くなって切れ味が悪くなったら研ぐというものではなく、書きにくいと思われたらその時にペン先調整に出されることをお勧めしますが、書きやすいと思っているものを調整に出す必要は全くないと思います。

でもそれでは、自分はどこまでを求めたらいいのかという何か哲学的な話になりますので、そんな時は一度拝見させていただいて、調整する余地があれば調整し、正常な状態で、調整の必要がなければ調整せずにお返しするようにしています。

万年筆をより書きやすくするペン先調整は、こんな風にしたら完璧という正解があるわけではありません。
ペン先の状態には、正常という野球で言うとストライクゾーンのようなものはありますが、その万年筆を使われる人によって好みがあって、ストライクゾーンの中でどのようにすれば気に入っていただけるかを模索する作業もまた、ペン先調整です。

特にインクの出方の調整はどのようなインクを使うか、どんな紙に書くか、筆圧は強い方か弱い方かなどを考慮して調整することによって、よりお好みに合ったもの、理想の万年筆に近付けることができると思います。
そういう理由で、当店で万年筆調整を依頼される場合は、インクは入れたままで、いつも使われる紙をお持ちいただくと万全です。

私はペン先調整をするのがすごく好きで、書けなかったり、書きにくかったりした万年筆が自分の手によってその役割を全うすることができるようになった時、本当に嬉しくなります。
それはペン先調整を始めてから今まで、ずっと変わりません。
でもやればやるほど難しさが見えてきて、ペン先調整をするようになったばかりの頃の方が、何も考えずに簡単だと思っていたようなところがあります。

ペン先調整はペンポイントをルーペで見ると誰の調整かサインがしてあると思えるくらいに個性が表れるもので、おそらく調整師によって美学のようなものがあるのだと思います。
私にも理想の形のようなものがあって、全てのペン先をその理想の形になるようにしたいと思っているところがあります。
でも例えば店を始めたばかりの6年前よりも今の方が断然経験値は上がっているので、当時の自分の仕事を見ると、きっとまた違うものが見えるように思います。

そして、万年筆のペン先調整をペン先の研ぎと考えてしまうのは、私はあまり賛同できないところがあります。
ペンポイントを削らなくても書きやすくなるペン先はたくさんあるし、削れば削るほど、ペンポイントの寿命は短くなっていきますので、削る量をなるべく少なくするのが、良いペン先調整だと思っています。
それでも書き味の良い万年筆に出会った時、その研ぎがどのようになっているのか気になって、ルーペですぐに見たいと思います。
昔の万年筆、特にドイツのものは、丁寧に研がれているものが多く、そんな仕事を参考に、今の万年筆に反映できないかを、いつも考えています。

ペン先調整をする万年筆販売店として営業しているので、完璧な状態のペン先をお客様にお渡しする気持ちでいますが、日を追うごとに自分の中での完璧な状態は変化していて、まだまだ行き着いたという感じはありません。
おそらくこれからもずっと追究し続けるのだと思っています。

初めての万年筆選びに

初めての万年筆選びに
初めての万年筆選びに

このペン語りの中で数回に一度、初めて万年筆を使う人に向けてお伝えしていきたいと思います。
万年筆を使い慣れている方には必要のない情報ですが、身近に万年筆を使ってみたいと思われている方がいて、何か勧めたいと思っておられる方はぜひ参考にしていただきたいと思います。
そして、これから万年筆を買って使いたいと思っておられる方も参考になればと思います。
もちろん他にも良い万年筆がありますし、ご自分が使いたいというものが他にある時は、その気持ちを優先していただきたいと思います。

万年筆を初めて使ってみたいと思って当店にご来店される方は、実は皆様が想像されているよりもきっと多いと思います。
気に入った万年筆が見つかって、その万年筆をこれから使おうとされているお客様を店から送り出す時、万年筆を使われる人がこれでまた一人増えたと、私は初心を思い出します。

初めて万年筆を選ぶ時に何を基準に選べばいいかというのはよく聞かれる質問ですが、お好みのデザインで選べばいいですよ、とよく言っていました。
それももちろん間違ったことではないけれど、お好みのデザインが分らないから聞かれているということに、私たち販売員は気付くべきでした。

例えば初めてちゃんとした、そして趣味としての革靴を買おうとしている時に、それはもちろん普段の服装でも違うと思いますが、オールシーズン、晴雨関係なく履くことができる定番的なものとして、トリッカーズやパラブーツを勧めてくれる人がいたらとても感謝したと思います。
そういう靴は、その後靴が増えていってお気に入りの一番手ではなくなったとしても、履かなくなることは絶対になく、履き慣らした味をその靴は醸し出してくれて、特別な存在になる。

万年筆でもそういったものがあって、使い続けることでどの万年筆にも替え難い良い書き味を持ちますので、それを使わなくなることは避けたい。
その世界を少し知るとあまりにも定番的でオーソドックスな選択で面白くないかもしれませんが、万年筆でのトリッカーズやパラブーツを紹介したいと思います。
用途がはっきりしていて、書く機能だけを追い求めるということでしたら国産の2万円クラスの万年筆がその資源の全てがペン先に注がれていると言っても過言ではない特異な存在として、ここでは外しています。

書き味やボディのデザインなどの外見的なオリジナリティ、インクの交換なども含めた万年筆全てを楽しむことができるものをいつも使って欲しいと思っています。
インクの性質によって書き味や性能の違いがあまり出ない、優れたペン芯を持った扱いやすいものとして、やはりペリカンを初めて使う万年筆としてお勧めしてしまいます。
ペリカンはそれぞれのモデルの用途を理解していると、どれも存在価値のあるもので、後にどんな素晴らしい万年筆を手に入れたとしても使わなくなることがないと思っています。

M300、M1000はかなり趣味性に偏った特殊な存在なのでここでは外しますが、M400、M600、M800の3種類を初めて使う万年筆としてお勧めします。
他に万年筆が手に入った時にそれぞれ適した用途(胸ポケットに差して携帯するM400、机上用としてペンケースに入れて持ち歩くM800、そのどちらにも使いやすいM600)に徹して使うようにすればいい。

字幅はEF(極細)をお勧めします。
日本のメーカーのEFはかなり細く、手帳用としても細いくらいですが、海外のメーカー、特にドイツのメーカーのペン先はかなり太めなので、EFを選択してノート書きにちょうど良く使うことができます。
インク出が多く、少し太くなるけれど手帳にも使えないわけではなく、手紙や葉書などノートより大きな文字も書くことができて、用途も広いと思います。
ペリカンのこれらの万年筆は、どんなに万年筆を長く、たくさん使っている人でも愛用の1本に入っている使い続ける価値のあるもので、なるべく早く使い始めて、数年後には自分の書き癖のついた書きやすい万年筆を手にしていて欲しいと思います。

⇒Pelikanトップ画面cbid=2557105⇒Pelikanトップ画面csid=6″ target=”_blank”>⇒Pelikanトップ画面

175年の歴史を踏まえたペリカンの決意表明

175年の歴史を踏まえたペリカンの決意表明
175年の歴史を踏まえたペリカンの決意表明

ペリカン175周年ジュビリーペンが発売になっています。
世界238本、日本国内15本というとても希少性の高いものになっています。
ペリカンの創立記念モデルなので、もっとたくさん作ってもいいのではないかと思いますが、希少性を重視したのでしょうか。

当店は今創立5年半ほどで、ペリカンの175年という歴史と比べようのない新しさですが、それでもそれなりに色々な出来事や分かれ道などがあり、今に至っています。そしてそのことは全て私の誇りになっています。
ペリカンの前回の創業記念モデル170周年が発売されたのは、この店を始めて半年程経った頃でした。
何となく向かっていく方向にかすかな光が見え始めた頃に、ペリカンから170周年記念万年筆を発売するという案内がありました。
定番モデルマジェスティを総金張りにして、天冠に3つのダイヤモンドをあしらったモデル。
170周年記念万年筆はとてもゴージャスに見えました。
それは書くということをもっと楽しくしてくれる、書き味の良い筆記具という、今まで私が持ってきた万年筆の価値観を遥かに超えたものでした。
店を始めたばかりの余裕のない時ということもありましたが、それよりも私の視野の狭さ、了見の小ささから170周年はこの店には必要ないとして見送ってしまいました。

それから月日が流れて、書く道具という側面以外の万年筆の魅力について考えるようになってから、その存在を受け容れることができず、遊び心を持って万年筆を見ることができなかったことと、170周年を見送ったことが重なり、後悔となって心にいつまでも残っていました。
そういったこともあって、ペリカンの創業175周年の万年筆は見送ることなく、仕入れたいと思いました。

今年発売された限定品M101リザードのボディ、キャップにキャップトップとボディエンドをスターリングシルバーにして、天冠には170周年同様3つのダイヤモンドを埋め込んでいます。
特別仕様の18金のペン先の書き味は金属パーツのために増した重量のせいもあるのか、大変良い書き味を持っています。

今から75年前、ペリカンの100周年の年に華々しく発売したモデル100Nの中の異色の万年筆101Nリザードを現代風にアレンジしたものがM101Nジュビリーペンです。
顧客から期待されているその歴史を尊重した物作りに応える、そしてそれらを踏まえて新しいものを生み出していくというペリカンの姿勢、決意が感じられる、メッセージ性の高いものだと解釈しています。

老舗ペリカンの175周年という大変長い歴史を記念するラグジュアリーな1本は、万年筆はペン先だけではない、ボディの装飾や造形などの設えを含めた、その全体を作品としてとらえて楽しむこと、そして背景についても考えさせられる。
そして周辺のものとの取り合わせにもこだわる文化なのだと語りかけてくれているように私には思えます。