進化する「こしらえ」

進化する「こしらえ」
進化する「こしらえ」

多くのものを均一に作らなければならない大メーカーの物作りと、職人による物作りとは、根本的な考え方が違うことは言うまでもありません。
質感・エージングともに素晴らしいけれど、個体差のある素材というのは大メーカーの選べないものですが、それを使って、最大の技術で不均一でありながらもそれぞれに魅力を感じさせるのが、職人の仕事だと思っています。

素材的にも加工的にも安全策を取る量産品と、少量製作の職人の品との違いは、使い手の楽しみ方、見方が違います。
職人の仕事に均一さを求めるのはその物の見方が違っていると思うし、量産品の中から個体的に優れたものを求めるのにもどこか無理がある。

量産品だけど許容範囲があって、その中でバラつきがあるペン先をより厳しい目で見て、メーカーに交換を要求する私はメーカーからするとかなりうっとおしい存在だと自覚しています。
ただペン先の優劣はその万年筆に私たちが期待する書き味に影響するから譲れないところですが・・・。

量産品である万年筆を職人仕事のボディと組み合わせたのが「こしらえ」です。
こしらえはパイロットの書き味、性能ともに優れた万年筆、カスタム742、カスタムヘリテイジ912の首軸から先を装着して、使うことができる銘木製のボディです。
書き味の良いことで定評のある国産万年筆におもしろいボディが付いて欲しいという多くの人の願望を実現したものです。
ペン先を刀の刀身に見立て、万年筆のボディを刀の柄や鞘などの装束である拵えに見立てています。
こしらえには、刀身に見合った良い素材と高い技術で作られたものでなくてはなりません。

工房楔の永田さんの素材選びと仕事はそれに見合って、余りあるものだと思っていて、とても良いものが出来たと思っています。

「ボディがもう少し太い方が、キャップとのバランスは良くなりますよ」1回目にこしらえが出来上がって、お客様方からお聞きした内容であり、私も思っていたことを伝えていました。
作り手の都合は全く考えていませんでしたが、永田氏は本気で聞いて取り組んでくれていました。
口で言うのは簡単ですが、一度決まったフォルムを破綻なく構築し直すのは本当に大変だったと思います。

永田氏は努力はしたけれど、それほど変わったとは思っていなかったようでしたが、わずかなボディのふくらみがこしらえにかなりふくよかな印象を与えてくれていて、フォルムの変更が成功していると思いました。
きっと永田氏は私が言わなければボディのアールを変えたことを自分からは言わなかったと思います。
かなり苦心したと、後で告白されましたが、そういうことをアピールしないところに永田氏の職人としてのプライドと奥ゆかしさが感じられ、面白く思いました。

⇒万年筆銘木軸「こしらえ」一覧へgid=2125748″ target=”_blank”>⇒万年筆銘木軸「こしらえ」一覧へ

*画像は花梨リボン杢です

革の深遠な世界の入り口 ル・ボナーデブペンケース

革の深遠な世界の入り口 ル・ボナーデブペンケース
革の深遠な世界の入り口 ル・ボナーデブペンケース

社会人になってすぐに買ったシステム手帳を大切にしていましたが、革の手入れの仕方を知らず、ただひたすらミンクオイルを塗っていたので、表面が固まったようになってしまいました。
油の塗りすぎは革の毛穴をふさいで呼吸を妨げてしまい、革を殺してしまうことになることを知らなかったのです。
それは私にとってかなり辛い、悔いの残る経験でしたので、それ以降靴を含めた革製品の手入れに対して、臆病になっていました。

ル・ボナーの松本さんと知り合って、正しい革製品の手入れの仕方を教えてもらいました。
使い込んで手入れすることで益々良くなる、エージングする革の良さを知ることができましたし、そういう革を私は使っていきたいと思うようになりました。

革の種類やタンナーの存在も知りました。
動物による革の違いや、カーフとかステアなど牛の年齢による原皮の違いは知っていましたが、同じ原皮であっても、そのタンナーの違いなど、なめし方の違いによって様々なものがあることには思い至っていませんでした。
でもそれらの製品になる前のなめされた革も立派な作品であることを知って、革というものの深遠な世界に魅力を感じるようになりました。
それらを知って、違いを味わうことが革を嗜むという、より大人の革の楽しみ方なのかもしれません。

本革製とうたっているけれど、それ以上でもそれ以下でもないもの。私がそれまで見てきた革製品は大切に革を育てながら使うということを教えてくれるものではなかったので、そういう革の楽しみ方があることに気付きませんでした。

名のあるタンナーの名作革は、普通鞄やハンドメイドの革小物などの高額なものに使われることが多く、私たちが最も身近だと感じられるステーショナリーで使われることは、それまでの私の経験ではありませんでした。
しかし、デブペンケースには世界を代表するメジャーな名作革が使われていて、大切に育てるに価する上質な革の扱いを身に付けるのに最適なのかもしれません。

今回デブペンケースに使われた、ブッテーロとシュランケンカーフはともにル・ボナーさんがその製品によく使われるものですが、非常に対照的な性質を持っています。
ブッテーロは張りのある厚みを感じられる革で、油分を多く含んだタンニンなめしの革です。使い込むとかなり表面に光沢が出てきます。
張りはありますが、表面は柔らかいので傷が付きやすい。でも傷がついたらブラシで磨くと、浅い傷なら目立たなくなります。
ブッテーロの革の手入れはブラシ掛けだけでほぼよいのではないかと思っています。
それで艶が出てきますし、キラキラとした表面になって、とてもきれいに変化してくれます。

シュランケンカーフは柔らかいけれど、とても丈夫で扱いやすい革です。
傷や水にも強いのでエージングは少ないけれど、細かいことを気にせずにどんどん使うことができるし、汚れたら水拭きできれいにすることができる。
柔らかいカーフの革を薬品で縮れさせていますので、自然の状態よりも密度が高くなり、丈夫な革になっているようです。

ブッテーロとシュランケンカーフ、形は同じですが革の違いで全く異なるものになっている。
デブペンケースのブッテーロとシュランケンカーフ。
深遠な革の世界の入り口にあるものだと思っています。

⇒「ル・ボナー商品」サイトトップgid=2125743″ target=”_blank”>⇒「ル・ボナー商品」サイトトップ

いつも手元に~パイロットシルバーン~

いつも手元に~パイロットシルバーン~
いつも手元に~パイロットシルバーン~

毎月第1金曜日に堀谷龍玄先生を招いて開催しています「万年筆で美しい文字を書こう6」教室では、原稿用紙に美しい文字を書くという課題に取り組んでいます。
10月に作品展を予定していて、8月2日の教室からは好きな小説の書き出し7行分のお手本を堀谷先生に作っていただいたものを練習します。
書き出しの140文字内が美しい小説を選ぶ作業は楽しくもあり、難しくもありました。
でも選ばれた人が多かった夏目漱石は書き出しも美しい作家だと分かりました。
私はシンプルだけど情緒的な描写をすると思っている志賀直哉の「濠端の住まい」にしました。
小さな家の縁側から見える、夏の濠の風景が美しく描かれていて、自宅の窓から見える風景に対する愛着のようなものに共感できる文章でした。
堀谷先生の文字で、原稿用紙に収まっているものを見るとなかなかどっしりしていて、良いのではないかと思い、さすが志賀直哉、さすが堀谷先生と感心しています。
なるべくたくさん練習して、文章と堀谷先生に恥ずかしくない文字を書きたいと思います。

最近特にペン習字が注目されているように思います。
月1回だけの教室ですが、かなり効果があるものだと思っていますので、興味をお持ちの方はお気軽にご参加いただけたらと思います。

ペン習字ではいろんな万年筆を課題によって取り替えて、それぞれの良さを見極めようと思っていましたが、使う万年筆がパイロットシルバーンで決まってきました。
パイロットシルバーンが、私が持っている万年筆の中で一番きれいな文字を書くことができると分かってしまったからでした。
書くのはあくまでも私ですが、万年筆の影響を大きく受けるのは恥ずかしいところです。
キャップの尻軸への入りが深くバランスが良く、ペンポイントがボディ断面のちょうど中心にあることがその理由だと思われますが、ペンの後ろの方を持って寝かせて書きやすいところもこの万年筆の特長です。
先端の方を持つとペン先が指に触れて、インクを引っ張ってしまい、手が汚れてしまう。あるいは強い筆圧で早く書こうとすると、ペン先が柔らか過ぎてインクが途切れてしまう、という辺りがその特性と妙に辻褄が合っていて、面白いと思っています。
かなり古くからある、パイロット独特のデザインで、私は決して美しいとは思っていませんが、ゆっくり書くことにおいて、この万年筆ほど適したものは他にないのではないかと、今のところは思っています。
ペン習字以外にも、例えばお買い上げいただいた万年筆の保証書を書く時にも使っています。
私の仕事中の手元にはいつも、書きにくいバランスだと思っているけれど、デザインが大変気に入っていて、いつも使いたいと思っているファーバーカステルと、それを十二分に補ってくれるシルバーンを置くようにしています。

⇒パイロット シルバーン

思想を表現するもの~アウロラ88クラシック

思想を表現するもの~アウロラ88クラシック
思想を表現するもの~アウロラ88クラシック

ミュージシャンはより良い音楽を奏でるために良い楽器を手に入れようとします。
その楽器を手にすることによって自分の腕がもっと良くなるのではないかと期待するのがアマチュアのミュージシャンだとすれば、自分の持ち味を際立たせる楽器として選ぶのがプロのミュージシャンということになるのだろうか。

いずれにしても、ミュージシャンはより良い楽器で演奏したいと思うはずです。
良い楽器を求める理由は良い音を求めてということになりますが、ミュージシャンは選ぶ楽器によって音楽に対する考え方、思想を表現したいとも思うでしょう。
そして私たちが万年筆を手に入れようとする心もそれに近いのではないかと思うようになりました。

例えば誰もが知っている有名なブランド、モンブランやカルティエの万年筆を使うことで、信頼感を演出しているのかも知れません。
ペリカンを愛用する人には、道具を実用性で選ぶ堅実さが感じられますし、アウロラを愛用する人は個性・その人らしさを感じます。
それはもちろん私の独断と偏見ですが、アウロラはそれを選ぶことで、その人のこだわりのようなものが感じられる万年筆だと思います。

アウロラの代表的なモデル、オプティマ、88はかなり特徴的な万年筆です。
吸入機構は、カートリッジ・コンバーター両用式が多い中にあって、ボディ本体がインクタンクになっている吸入式です。
アウロラオプティマ、88の吸入機構はリザーブタンクが備わっていて、出先でインク切れが起きても、そこからインクをおろす(その表現がピッタリです)とA4サイズで数枚書くことができます。

リザーブタンクの使い方は、実際にアウロラを使ってみるとすぐに分かる簡単なものですが、なるほどコロンブスの卵的な機構だと言えます。
アウロラの書き味は硬く、カサカサした感じだと言われることがあって、それがアウロラ的だと思われているフシがありますが、実はそんなことはありません。
調整次第で生まれ変わり、滑らかで代わるもののない書き味に仕上げることができます。

万年筆だけでなく、何か物を選ぶ時にあれこれ実質的な理由を挙げて人はそのモノを選ぼうとしますが、私がアウロラ88クラシックを選んだ理由は、自分の万年筆に対する考え方、生き方、思想を表現しているものだからです。

古臭くてもいい、時代に流されない人でありたいといつも思っています。
シガーのように太く凹凸のない丸みのあるボディのシルエット、黒のボディに金のキャップという時代遅れなデザインにも思えるアウロラ88クラシックにそれを見出して、憧れて自分の指標として、その考えを表すシンボルとして、この万年筆以上に適したものはないと思っています。

万年筆は書き味がどうで、どんな文字が書けるから、それでどんな仕事ができるかが一番に論じられることですが、自分の思想を表すものが万年筆であっていいと思うし、万年筆はそういうものであって欲しいと思っています。

私の思想を表す万年筆として、アウロラ88クラシックをご紹介しましたが、私と考えを同じくする方がアウロラ88クラシックを顧みて下さると、とても嬉しく思います。

⇒アウロラ88クラシック

旅の文具入れにも ~ル・ボナー ポーチピッコロ~

旅の文具入れにも ~ル・ボナー ポーチピッコロ~
旅の文具入れにも ~ル・ボナー ポーチピッコロ~

旅行に行く前に一番最初に準備するものが、旅の間に読む本とノートと万年筆なので、いつも妻に嫌味を言われます。
服などの着替え、洗面道具を先に用意すればスーツケースの荷作りも早く終わるのに、そうしないのは旅を考えた時に私はまず、持っていく本と文房具について思い描くからです。
本は行き先が舞台になっているものがあれば理想ですが、なければ何らかの旅行記などが良いと思っています。
今夏の旅行の行き先は伊勢神宮で、同じ近畿圏内のとてもささやかなものですが、近鉄特急に初めて乗るし、新しくできたホテルに泊まれる、近くの贅沢ができるのではないかと思って楽しみにしています。

荷作りに話を戻すと、荷物をバラバラと鞄に入れるのは何となくつまらないし、散らかりやすくなってしまいますので、同じジャンルごとに小分けしたポーチになるべく入れたいと思います。
それによって荷物が重くなったり、入る量が少なくなることもあるかもしれないけれど、ポーチに小分けすることは旅の間の便利さにも繋がるので譲れないところです。

鞄の中で荷物を小分けにするためだけのポーチとして考えると、あまりにももったいないですが、一番こだわっている特別なものを入れるポーチとして、そして宿泊したホテルの部屋からちょっと出る時などに、財布、携帯電話、万年筆などを入れて持って出る時にも使うものとして、ル・ボナーのポーチピッコロほど適したものはないかもしれません。

既にたくさんの人がそれぞれの用途を見つけて使われているようです。
ちなみにポーチピッコロには、持ち手が付いています。
これは手で持って提げるというよりも、ここに親指以外の指を通してポーチに手の平を添え、ファスナーが上を向くように持つように設計されています。
ル・ボナー松本さんの美学なのかもしれません。

当店に来られるお客様の多くは、当店に来られる場合旅行ではないのでポーチピッコロをたいていの場合、文房具入れとして使われています。
私もそのように使っていて、手帳とペンケース、携帯電話などの仕事の道具を入れて、鞄からピッコロを取り出すと仕事を始めることができる。
これが旅行でも同じで、一番大切に思っている、旅の記録をするための道具をポーチピッコロに収めて、ホテルの部屋や特急電車の中で取り出して書き物をしたい。
家族と一緒にいる時に手帳に集中して書き物をしていると、後から何をそんなに書くことがあるのかと聞かれることがあるけれど、書かなくても何も困らないけれど、書きたい気持ちになるということをどう伝えればいいのだろう。

実際は後々のネタに使えたりするので、書かないと困ることにもなるけれど。
万年筆店店主という職業だけど、書くことも仕事の一部で、そういう生き方だとしか説明がしようがありません。
その生き方を写すものをここにはいつも収めていたい。
ポーチピッコロはそんなふうに思わせてくれる、ちょうどいい存在なのです。



*どちらも少量の在庫になりますのでご了承下さい。

万年筆店の思想が見えるオリジナルのペンケース~ペンレスト兼用万年筆ケース~

万年筆店の思想が見えるオリジナルのペンケース~ペンレスト兼用万年筆ケース~
万年筆店の思想が見えるオリジナルのペンケース~ペンレスト兼用万年筆ケース~

万年筆店にとって、自前のペンケースを持つことは自分たちがどのように万年筆を思っているかを表現することであり、オリジナルの万年筆以上に大切なことだと思うことがあります。
つまりオリジナルのペンケースを見ることで、その店の思想のようなものを見ることができるのではないかと思います。

オリジナルペンレスト兼用万年筆ケースは、当店の万年筆への考えが反映されたペンケースであると、自信を持って言うことができます。
発売を開始して3年が経ちましたが、このペンケースをご理解いただいた多くの方に愛用していただいています。
このペンケースは万年筆を道具としている人のためのケースであり、そのための機能と質を持ち合わせています。
持ち運ぶ時はフタをペンに被せるように閉じてペンが傷つかないようにし、ペンを使っている時はフタをペンの枕のようにしておくことですぐにペンを取り出せる。
ちょっとしたことかもしれませんが、ペンの出し入れを繰り返す時、フタを開かずに取り出すことができるというのは、大変便利だと私も使っていて感じています。
ファーバーカステルクラシックエボニーの万年筆とボールペン、細字用として完璧な万年筆パイロットシルバーンが私の鉄壁のオンタイム3本セットで、ペンレスト兼用万年筆ケースにいつも収まっています。

シュランケンカーフは、柔らかさがないと成り立たない構造の役に立つしなやかさを持ちながらも、型崩れしない強靭さも併せ持っています。
このペンケースが長く愛用できるものであるのは、シュランケンカーフという上質な素材に依るところが大きいかもしれません。
シンプルなデザインですが、実はその被せる革の長さや縫い合わせの幅で開け閉めのしやすさが全く違いましたので、製作してくれているカンダミサコさんの腕の良さと行き届いた丁寧さがあって実現したものであることは言うまでもありません。

当店の万年筆の思想。それは何よりも替え難い大切なものであるけれど、仕事など日常の道具として使われるもの。
そういう万年筆をいつもご提供していきたいと思っていますので、そういう仕舞い方ができるペンケースを作りたかった。

それがペンレスト兼用万年筆ケースの起こりで、40本あまりの万年筆を日々駆使しているヘビーユーザー(?)とも言える当店スタッフKの思い付きがこのペンケースに生かされています。
スタッフKは、かなりズボラ(関西弁で面倒臭がりの意)な性格で、私以上にペンケースのフタの開け閉めが面倒だと思っていました。
ペンを取り出す時面倒でなく、素早くペンを取り出すことができて、持ち運ぶ時誤ってペンを落としたりしないようなペンケースが欲しいと思っていた彼女は、手近にあった布でそんな理想に叶ったペンケースを作って使っていましたが、それがペンレスト兼用万年筆ケースの原型でした。

そこからの試行錯誤があり、機能性とデザイン性を兼ね備えたペンケースとして仕上がっていると思います。

⇒Pen and message.オリジナルペンレスト兼用万年筆ケース

昭和のビジネスマンの定番 パイロットエリート

昭和のビジネスマンの定番 パイロットエリート
昭和のビジネスマンの定番 パイロットエリート

海外で生まれたもので、日本に入ってきて独自の発展を遂げたものは多くあると思います。

古くは香や茶など、それらはそれをたしなむ芸道になって工芸などを巻き込んで文化になっていきましたし、身近なところでは携帯電話がそれにあたります。
ガラパゴス携帯と揶揄されるように、各メーカー、各キャリア独自の規格で、独自の機能を盛り込んで高機能を追求したものですが、ソフトに共通性がなく、カスタマイズできないので壁に当たっています。

素晴らしく作り込む日本製品のあり方も電化製品では20世紀的であり、個を重んじる21世紀的ではないのかもしれません。
エボナイトの変色を抑えるために漆を塗るという発想から、漆で絵柄を施した蒔絵万年筆も日本で独自に進化し、確固たる地位を築きました。
キャップを閉じている時は短く、キャップを尻軸に差すと長く、筆記しやすい長さになるショートタイプの万年筆も日本で独自に発展した万年筆です。

それらはワイシャツのポケットに差しても底が当たらず、かさ張らず、ビジネスマンたちにとって、とても使いやすいものでした。
タバコの入ったシャツの胸ポケットにショートタイプの万年筆を差していたビジネスマンが多くいたいと想像しています。
このショートタイプの万年筆で、それよりも少し早く登場していた能率手帳に書き込むというのが、できるビジネスマンの定番のスタイルで、どちらも昭和を代表する、高度経済成長を支えたとても機能的な道具だと言えます。

国産各社から発売されていたショートタイプの万年筆で、最も代表的なものはパイロットエリートでした。
エリートが発売されたのが1968年で、今から45年前のことです。
私もエリートと同い年で、このパイロットエリートが復刻されたことに、心がざわめきます。
しっかりとした塗装のアルミのキャップもそのままですし、すべらかでありながらもしっかりとしたキャップの感触もそのまま。14金の大きくしなやかなペン先も健在です。

誰もが万年筆を持っていた時代だからこそ、何本も万年筆を持っている人は少なく、胸ポケットに差したエリートは、手帳書きから手紙など様々な用途に使われていたのではなかとイメージしています。
昨今の万年筆は私たちのような限られた人間には、あって当たり前の道具ですが、大多数の人にとっては特別な近寄り難い特別なものになっています。

でもエリートはそのあり方が違っていて、たくさんの人がそれだけを持っているような、万年筆が気負いのない道具だった時代の名品だと思っています。

⇒パイロット エリート95S

大人の真剣な遊び心

大人の真剣な遊び心
大人の真剣な遊び心

この万年筆は1本ずつ非常に丁寧に作られたものだと思いました。

クッキリとエッジの立った、磨き抜かれたボディ。金張りの3本のキャップリング。トップのホイールに天然石オニキスが奢られたクリップ。
この万年筆のオリジナルは1936年、創業者のアルマンド・シモーネがオマスの陣頭指揮を執っていた時に作られたもので、私は8年ほど前に復刻されたオマスエクストラトランスルーセントを見たのですが、忘れられない万年筆としてずっと頭の片隅に残っていました。
夏になると透明のボディのデモンストレーターが各社から発売されますが、これほどのものを見ることはあまりありません。

このトランスルーセントは、「遊び心のある万年筆を最高の素材を使って作り上げ、実用品を超えた万年筆を作るメーカー」として、その後の私のオマスの印象を決定付けたと言っても過言ではありません。

その後日本代理店の不在により市場から姿を消したオマスの復活を待ち望んでいました。
この万年筆を見て思い付いた印象をキーワードにすると、「作り込む」ということでした。
透明で柄入りの万年筆のボディはもっと価格を抑えることができるアクリルボディでも作ることができます。
でもそれをオマスはしないだろうことは予想がついていて、この辺りにオマスの価値があるように思っています。
今回復刻されたエクストラルーセンスに、当店が選んだペン先は14金のエキストラフレックスニブで、これは往年のオマスに付けられていた非常に柔らかいペン先で、筆圧に気を付けないと引っ掛かりが出てしまいます。
しかしそのボディ同様に書くことを楽しめるものになっていて、遊び心を存分に刺激してくれる万年筆に合ったものになっています。

遊び心を感じさせてくれる万年筆をもう1本。
ビスコンティオペラマスタークリスタルをご紹介いたします。

もちろん明言はされていませんが、この万年筆はシェーファーのトライアンフ型のペン先のついた万年筆へのリスペクトが感じられます。
シェーファーのトライアンフ型ニブは現在作られていませんが、マニアックな仕様が多かったシェーファー独特の仕様のひとつでした。
独特の形のペン先ですが、とても書き味の良いもので、成功していた仕様のひとつでした。

筒状で、地金はネジを切ってボディに装着する構造になっているほど厚く、表面の刻印が薄く裏側に写るものが多い現代のペン先とは、真逆のものです。
素材の厚さは、万年筆においては良い結果をもたらすことが多く、トライアンフ型ペン先の書き味も良いフィーリングのものでした。

オペラマスタークリスタルのペン先は、素材こそ最近のビスコンティが取り組んでいる新素材のうちのひとつクローム18というものが使われていますが、とても厚く、ネジが切られている構造は同じで、書き味もシェーファーのものに近いと思いました。
ペンポイントは少し上に反ったような形状をしていて、これによりペン先を開きやすくし、弾力のある書き味に仕上げています。

このペンポイントの恩恵は変化のある美しい日本字を書く役にも立っています。

ペン先に装着して、ストローのようにして吸入させることができる、シュノーケルデバイスはインクが少なくなったボトルインクも楽々と吸入させることができるものです。
引き上げておいた尻軸を軸に戻すように押し込むことで、大量のインクを一気に吸い上げる劇的な「ダブルタンクパワーフィラー吸入」とともにインク吸入の儀式を厳かなイベントにしてくれる演出をしてくれます。

これをいかに格好良く所作するのかも、大人の遊び心なのかもしれません。

*画像の万年筆はオマスの「エクストラルーセンスリミテッドエディション」です。


インクの話

インクの話
インクの話

子供の頃から天邪鬼で、親の言うこと、特に母親の言うことの反対のことばかりしていました。
母が焦れば焦るほど私は勉強の嫌いな子供になっていきました。
そんな子供だったのに、万年筆ではいつも両親が使っていたものを思い出しますし、インクの色は二人が使っていたインク、父のパイロットブルーブラック、母のモンブランブルーブラックがいまだに万年筆のインクの色のイメージになっていて、真似するつもりはないのに、私がいつも使ってしまうインクの色はいつもブルーブラックになっています。

季節によってインクの色を変えたいとか、用途によってインクを変えたいと思うけれど、私の使い分けはいつも使う紙に対して、同じブルーブラックでインクの性質を使い分けるオイルのような使い方になってしまうのです。

私がインクの色の冒険をしないのは、絵心のなさも影響しているのではないかと思っています。
いろんな色で書きたいという欲求があまりありません。
でも様々な色のインクで書かれているノートを見るときれいだと思いますし、自分もそんな風にノートを彩りたいと思います。
もしかしたらすぐに戻ってしまうかもしれないけれど、ブルーブラック以外のカラーインクを使うようにしたいと思いました。

私のようなカラーインクとの付き合い方に、エルバンは容量が少なくてちょうどいいと思っています。
エルバンが良いと思う理由はもちろん量だけでなく、その色とストーリーのある名前のセンスがいいと思っています。
当店でもオリジナルインクを発売していますが、ストーリーとかセンスを大切にしたいと思っています。

そう言いながら、いつもブルーブラックのインクを入れて万年筆を買っていただいた方に硬い手紙を書いているペリカンの万年筆に「ビルマの琥珀」を入れてみました。
とても柔らかい発色で書いたばかりの時、少しビチャビチャした印象を受けるけれど、乾くとしっかりと発色してくれる不思議な質感。
ビチャビチャした感じは、万年筆の詰まりにくさに貢献しているように思い、どの万年筆に入れても安心して使うことができるインクという、エルバンの定評を裏付けています。

エルバンは1670年から続いているメーカーで、創業343年という、ファーバーカステルの252年を超える文具業界では老舗中の老舗で、340周年の時1670という名前のメモリアルインクを発売して大好評を博しましたが、その1670インクを復刻発売しています。
オーシャンとカーマインの2色がメモリアルインクとして発売されていました。
オーシャンはエルバンには珍しく強めの色合のブルー。カーマインはオレンジ色に近い赤色で、もちろんどちらの色も従来のトラディショナルインクにはない色になっています。

ペリカンのスタンダードインク4001はエルバンのインクと並んで定評のあるインクで、万年筆売場のほとんどが試し書き用にペリカンのロイヤルブルーを採用しているところがそれを裏付けています。
ペリカンロイヤルブルーは、しっかりと水洗いすると万年筆に残りにくいですが、万年筆に吸入させて使うと、乾きの早さが際立っていて、とても使いやすいインクです。

ペリカンのインクのボトルをゴージャスにして、よりインク出をスムーズにしたものが、エーデルシュタインインクです。
エーデルシュタインインクは、毎年限定インクを発売していて、インク・オブ・ザ・イヤー2013はアンバーです。私が色インクとして選んだエルバン「ビルマの琥珀」と同じ系統の色ですが、温かみがある色で間違いなく人気が出る色だと思っています。

なるべく色インクを楽しむようにしたいと思っていて、皆様のお手元に色インクで書かれた私からの手紙が届く日がいずれ来るかもしれません。

ペン先調整雑感

ペン先調整雑感
ペン先調整雑感

ペン先調整はどういう時にしたらいいのですか?とよく聞かれます。

包丁のように刃が鈍くなって切れ味が悪くなったら研ぐというものではなく、書きにくいと思われたらその時にペン先調整に出されることをお勧めしますが、書きやすいと思っているものを調整に出す必要は全くないと思います。

でもそれでは、自分はどこまでを求めたらいいのかという何か哲学的な話になりますので、そんな時は一度拝見させていただいて、調整する余地があれば調整し、正常な状態で、調整の必要がなければ調整せずにお返しするようにしています。

万年筆をより書きやすくするペン先調整は、こんな風にしたら完璧という正解があるわけではありません。
ペン先の状態には、正常という野球で言うとストライクゾーンのようなものはありますが、その万年筆を使われる人によって好みがあって、ストライクゾーンの中でどのようにすれば気に入っていただけるかを模索する作業もまた、ペン先調整です。

特にインクの出方の調整はどのようなインクを使うか、どんな紙に書くか、筆圧は強い方か弱い方かなどを考慮して調整することによって、よりお好みに合ったもの、理想の万年筆に近付けることができると思います。
そういう理由で、当店で万年筆調整を依頼される場合は、インクは入れたままで、いつも使われる紙をお持ちいただくと万全です。

私はペン先調整をするのがすごく好きで、書けなかったり、書きにくかったりした万年筆が自分の手によってその役割を全うすることができるようになった時、本当に嬉しくなります。
それはペン先調整を始めてから今まで、ずっと変わりません。
でもやればやるほど難しさが見えてきて、ペン先調整をするようになったばかりの頃の方が、何も考えずに簡単だと思っていたようなところがあります。

ペン先調整はペンポイントをルーペで見ると誰の調整かサインがしてあると思えるくらいに個性が表れるもので、おそらく調整師によって美学のようなものがあるのだと思います。
私にも理想の形のようなものがあって、全てのペン先をその理想の形になるようにしたいと思っているところがあります。
でも例えば店を始めたばかりの6年前よりも今の方が断然経験値は上がっているので、当時の自分の仕事を見ると、きっとまた違うものが見えるように思います。

そして、万年筆のペン先調整をペン先の研ぎと考えてしまうのは、私はあまり賛同できないところがあります。
ペンポイントを削らなくても書きやすくなるペン先はたくさんあるし、削れば削るほど、ペンポイントの寿命は短くなっていきますので、削る量をなるべく少なくするのが、良いペン先調整だと思っています。
それでも書き味の良い万年筆に出会った時、その研ぎがどのようになっているのか気になって、ルーペですぐに見たいと思います。
昔の万年筆、特にドイツのものは、丁寧に研がれているものが多く、そんな仕事を参考に、今の万年筆に反映できないかを、いつも考えています。

ペン先調整をする万年筆販売店として営業しているので、完璧な状態のペン先をお客様にお渡しする気持ちでいますが、日を追うごとに自分の中での完璧な状態は変化していて、まだまだ行き着いたという感じはありません。
おそらくこれからもずっと追究し続けるのだと思っています。