ヨーロッパ伝統工芸品の佇まい カランダッシュ エクリドール

ヨーロッパ伝統工芸品の佇まい カランダッシュ エクリドール
ヨーロッパ伝統工芸品の佇まい カランダッシュ エクリドール

デュポン・ディフィのボールペンの書き味が今までのボールペンとは違う、とても滑らかなものだということは、以前のこのコーナーでお伝えしました。
ディフィの登場によって、これでやっとカランダッシュ以外の選択肢ができたと思った方も多いと思います。

ディフィ登場以前の高級ボールペンにおいて最も書き味が滑らかなのはカランダッシュだということが業界の定説でした。
カランダッシュのボールペンに採用されている芯「ゴリアット」はカランダッシュもかなり自信を持っていて、筆記具の仕事に携わる私たちもそれを認めざるを得ない、他を凌駕するものでした。

しかし、ディフィのように他社と互換性のあるパーカータイプではないゴリアット芯はカランダッシュでのみ使うことができるもので、そのことからカランダッシュのボールペンの優位性を保ちながらも、その書き味の広がりを知らしめることを阻んできたのかもしれません。

カランダッシュのボールペンの中で一番人気のあるものがエクリドールのシリーズです。
比較的短めで、シンプルな六角形のボディはシャツのポケットにも入れやすく、使い減らした鉛筆のように握ることができます。
1953年発売(原型は1947年に完成)という歴史のあるモデルのため、デザイン的にも機能的にも他のボールペンとかなり違ってきています。
今では高級ボールペンはほとんどボディをひねって回転させることで芯を出すツイスト式になっていますが、エクリドールはノックボタンを押して芯を出すノック式になっています。

会議の席や静かな図書館などでガシャガシャとノック音を響かせることが下品だということで、静かに芯を出すことができるツイスト式が主流になっていったと聞いたことがありますが、カランダッシュのノック式は音がしない静かな作動により芯を出すことができます。
ボールペンにおいても、シャープペンシルにおいても、回転式よりもノック式のボタンを押す動作の方が私たちの感覚には自然に感じられますので、スピーディに、でも静かに芯を出したい時、エクリドールの機構はやはりアドバンテージが高いと思われます。

エクリドールの機能面について、ひとつひとつ挙げ連ねていくと、高級ボールペンの実用的な要件を全て満たしていて、このボールペンがいかに欠点のないものかということが分かってきます。
売れ筋として、ロングセラーを続けているものには何か理由があるということをエクリドールはちゃんと教えてくれるのです。

でも私がこのエクリドールの最も素晴らしいと思うところは、その佇まいにあると思っています。
銀張りの(スターリングシルバーモデルもありますが)ボディに彫刻された模様は時代によって変化していて、新しいデザインも意識していますが、ヨーロッパの伝統工芸品らしい上品な設えで、これで仕事をしたいと思わせる雰囲気があり、それがエクリドールの最も他から秀でたところなのではないでしょうか。

カランダッシュ エクリドール

バラ紙と綴じたメモとコラボメモカバー新作

バラ紙と綴じたメモとコラボメモカバー新作
バラ紙と綴じたメモとコラボメモカバー新作

私はメモ帳が好きで、使ったことのないものを見つけたり、何かの本で作者がそれを使っていることを知ったりするとつい買ってしまい、家に少しだけ使ったメモ帳がたくさんたまっています。

でもそんな方は結構おられるのだと思います。

使うものは何であれ、私にとってメモは仕事の基本で、手元にメモ帳がないと何も始めることができません。
ノートでも代わりになりそうなものですが、いい加減に思いついたことを書き留めることができ、立ったままでも使うことができるメモ帳がやはり使いやすいように思います。
メモ帳の汎用性を考えるとバラ紙の方が使いやすく、その役割もメモ以外に広がっていきます。

サブジェクトだけ書いておいて、ホルダーに入れたり、手帳にはさんだりしておけば何か思いついた時に書き加えることができるプロジェクトシートのように使うことも可能です。

大和出版印刷がリスシオ1の第1弾で発売したバラ紙のシリーズの中で5×3サイズ(ジョッターサイズ)の紙を見た時から何か用途を見出して使いたいと思いました。
バラ紙の欠点は余程強い意思を持って管理しないと情報が散逸してしまうことに尽きます。情報カードボックスなどを用意する必要がありますが、情報をそういったもので管理するよりもパソコンで入力してデータにしたり、ダイアリーに記入し直したりするためのメモの一形態と考える方が良いと思いました。

5×3サイズの紙をメモに使うのに最も便利なものは、情報カードが情報管理ツールとして主流だった頃から使われていて、文具の好きな人なら誰でも知っているカードホルダー(ジョッター)です。
紙を数枚入れることができ、紙の四隅を留める筆記面を持っているカードホルダーは5×3サイズの紙をメモ帳にしてくれます。
せっかく書き込んだ情報が散逸せずに、ひとつのまとまった状態で持ち歩くことができるのは手帳タイプです。
書いて何かにインプットし終わったものは切り離して捨てることのできるものはどんどん薄くなって、仕事を処理して減っていくことが実感できる楽しさもあります。
この日常的に使うメモ帳を外国製の手帳のように、良い革の表紙で使いたいと思いル・ボナーの松本さんと相談して作ったのがコラボメモカバーで、安価でどこでも手に入れることのできるA7サイズの小さなノートを感じよくして、使い込む楽しさも味わわせてくれるものです。
カジュアルな風合いのブッテーロ革で作っていただいていましたが、スーツでお仕事されている方に合う素材、クロコとクリスペルカーフも作りました。
クロコの方はペンホルダーを付けずにシンプルなカバーに徹した仕様になっており、ポケットからの出し入れにひっかかることがないようにしています。
私たちは本当にたくさんのメモを試し、試行錯誤しています。
一番大切なのは長く続けることができる自分のスタイル(私もできていませんが)を確立することであり、そのお手伝いができればと思っています。

リスシオ・ワン製品第1弾発売~理想の紙を作ってしまった印刷会社の社長の情熱~

リスシオ・ワン製品第1弾発売~理想の紙を作ってしまった印刷会社の社長の情熱~
リスシオ・ワン製品第1弾発売~理想の紙を作ってしまった印刷会社の社長の情熱~

大和出版印刷の武部健也社長が理想の万年筆用紙をコストや効率を一切無視して作り上げた紙、Liscio-1(リスシオ・ワン)の製品が発売されました。

第1弾ラインナップは使用頻度の高い4サイズをカットしてパッケージしただけのとてもシンプルな仕様ですが、とても人気があるようでル・ボナーさん、分度器ドットコムさんでもよく売れています。
私たち文具業界の人間にとって、良い紙質とは書き味などのフィーリングで感じるものということが当然だと思っていましたが、印刷業界において良い紙というのは印刷を美しく再現するものだと思われていて、その認識にギャップがありました。

リスシオ・ワン紙の開発において、この認識の違いから埋めていかなければいけませんでしたが、武部社長はリーダーシップと人を巻き込む才能でそれを形にしていきました。
このリスシオ・ワンが生まれた背景は武部社長とル・ボナーの松本さんの8年前の出会いに遡ります。

当時武部社長(まだ社長ではありませんでしたが)は使っていた財布に不満を持っていて、究極の財布を求めて日本中を探していました。

あるインターネットの情報から腕の良い職人が同じ六甲アイランドにいることを知り、試しに行ってみることにしました。
ル・ボナーを訪れた武部社長はそこにある財布に大変感激しましたが、松本さんの革への愛情とマニアックな知識に気圧されながらも、その職人魂に強烈に惹かれました。
それから武部社長はル・ボナーの顧客になり、革製品は全てル・ボナーで誂え、その良さを知人に広めたりしながら親交を暖めてきました。

松本さんが友人である古山画伯の影響で万年筆に入り込んでいったのは今から3年程前で、初めての万年筆を買いに私のところを訪ねてくれたのがこの頃でした。
万年筆の書き味などが紙によって大きく変わることを知った松本さんは、大和出版印刷に万年筆と相性の良い紙を探してノートを作ることを持ちかけました。
武部社長に万年筆の良さを知ってもらうために、万年筆を使ってみることを勧めました。
最初あまり興味を示さなかった武部社長も、店の開店準備のためブラブラしていた私を会社に呼び寄せて万年筆を用意させてくれるようになり、今では松本さんを凌ぐほどのコレクションを持っています。

万年筆の気持ち良い書き味を理解し、相性の良い紙の必要性を感じ、膨大な紙のサンプルの中から見つけ出したのが、サトウキビを原料とするバガス紙で、長年信頼関係を保ってきた須川製本さんの協力によって、最高の製本技術が施されたノート、上製本ノートが完成したのが一昨年でした。

柔らかいペン当たりと、気持ち良いインクの伸びを持った最高の書き味を持ったノートは5,000円という価格もあって話題になりましたが、バガス紙自体がすでに作られていない限られたものだったため、ノートも作ることができなくなりました。
バガス紙に代わる紙を探し始めた武部社長は、バガス紙ほどの書き味を持った紙がないことから、紙を独自に漉くことを決断しました。

よほどの大企業でなければ独自に紙を作るということは難しいとされている中、一印刷会社がそれを企画したということに業界は驚き、無謀だと思われたと思います。しかし、武部社長は業界内の目を気にせず、理想の紙を作るためにリスシオ・ワンプロジェクトを始動させました。

前述しました良い紙の認識の違いを、協力してくれた製紙会社の担当者の方と共通にし、辛抱強く試作を重ね、書き味と柔らかさ、にじみの少なさ、裏抜けしないなどの筆記用紙に求められる性能を高い次元で兼ね備えた、奇跡のバランスを持った紙を作り上げました。

大和出版印刷はお客様からの注文を受けて、印刷加工をして完成品をお渡しする受注産業で生きてきた会社なので、商品を企画してお客様に買っていただくことに慣れておらず、リスシオ1の企画が前に進むスピードは遅いですが、私たちのような文具の人間の頭で企画するものとは一味違うものを発売し、楽しませてくれると思います。

それが第1弾のバラ紙のシリーズです。

<リスシオ・ワン関連ブログ>


モンテグラッパエキストラ1930

モンテグラッパエキストラ1930
モンテグラッパエキストラ1930

もっと早くにこのコーナーでモンテグラッパエキストラを紹介すればよかったと後悔しています。
リシュモングループがモンテグラッパを売却するという話は、当店にとって衝撃でした。
本国のホームページにも当店の名前が取扱店として記されていましたし、当店でモンテグラッパを扱っていることもお客様の間で定着してきた矢先の事でした。
しかし、それよりも何年も前から扱うブランドが変わってもいつも気に掛けてくれて、お世話になったモンテグラッパのブランドコーディネーターリシュモンジャパンの井本さんがこれからどうされるかということが気に掛かりました。
モンテグラッパを扱うことになったのは、井本さんが私と当店をネットで探して来てくれたからでしたし、その縁で大和出版印刷の金賞受賞ポスターをエンブレマで撮影することができました。

当店の新しいショップカードと名刺にはエンブレマの写真を使っています。
あまりにもイメージが高く、実際の価格も高かったモンテグラッパは限られた方のペンだったようで、あまりたくさんは売れていなかったようでした。

その中でネロウーノ、エキストラ1930が当店の売れ筋だったことは、当店に来られるお客様の志向とモンテグラッパというブランドが打ち出すものが合致したからです。
モンテグラッパはペリカン、アウロラなど多くの定番メーカーの万年筆とは一味違ったイメージの良さと、デザインの美しさで他の万年筆から抜きん出ています。
モンテグラッパを使いたいと思う人は、万年筆に妥協のない最高の美しさを求め、そのためには価格の高さに妥協してもいいと思う特別な感覚を持っている人が多いように思います。
売却先はまだ公表されていませんが、美しく、使う人を満足させてくれて、ファンの多いモンテグラッパを扱いたくない会社はないと思います。
力があり、モンテグラッパのイメージを壊さずに大切に売ってくれる会社が新たに扱ってくれるのを願うばかりです。

全ての万年筆の中でお勧めはなんですか、と聞かれることがありますが、そんな時値段に関係なくということでしたら、私の個人的な好みも大きく働いていますが、モンテグラッパのエキストラ1930を勧めるようにしています。

ペン先サイズがオーバーサイズの大きなペン先であるにも関わらず、ボディはそれほど大きくないミディアムサイズで、ペン先とボディの大きさのバランスがとても良いと思っていること、1930年代のセルロイドを復刻させたというオリジナルのセルロイドが渋い色合いを出していて、格調高い美しさを出しているということ、それと使っておられる何人もの方々の満足の声から、この万年筆を当店の定番品の頂点としていました。

エキストラ1930は何本もの万年筆を使って、行くところまで行った人が最後に使うような、万年筆だと思っていますので、これからも手に入る限りお勧めしていきたいと思っています。

デュポン 「ディフィ」ボールペンリフィル

デュポン 「ディフィ」ボールペンリフィル
デュポン 「ディフィ」ボールペンリフィル

ファーバーカステルギロシェのボールペンをずっと愛用しています。
デザインがシンプルでありながら美しいと思っていますし、バランスもよく書きやすいところが気に入っています。
スプリングが内蔵されたクリップが使いやすく、最近では「分度器ドットコムオリジナルCUAエンベループ」のスペシャルポケットに入れて、すぐ使えるようにしています。
とても愛用しているギロシェボールペンですが、不満がないわけではありません。

三菱のジェットストリームの書き味を知ってから、ファーバーカステル純正の芯の書き味が重いことに気付き、筆圧をかけなくても気持ちよく書くことができるものを使いたいと思うようになりました。

パーカージェルリフィルというものが水性顔料インクで筆圧をかけずに書くことができ、ギロシェに入れることができますが、複写用紙を書くときにジェル芯ではインクが出過ぎることがあり、あまり適していない気がします。

やはり油性ボールペンの芯で滑らかなもの、そして海外ブランドのボールペンに切るなどの加工をせずに装着することのできるものが欲しいと思っていました。

以前、何かの用事で加藤製作所を訪れた時に、加藤さんがパーツメーカーからこんなものが送られてきたと言って見せてくれたボールペン芯がありました。
形は世界標準というべきパーカータイプですが、書き味がとても滑らかでした。
性質は水性でもゲルインクでもない油性なのにとても滑らかで気持ちよく書くことができます。
加藤さんはツルツル滑りすぎると言って、あまり興味がなさそうでしたが、私はすぐに採用するべきだと進言したことを覚えています。
それから数年経ち、その芯と再会しました。

デュポンの新シリーズデフィを書かせていただく機会があり、その書き味はすぐにピンときました。
中の芯を確認するとデュポンのロゴが入っていますが、加藤製作所で見た芯そのものでした。

ボールペンはその芯を良いものに交換するだけで、全く別物になったと感じられるほど変わります。
万年筆のインクの色を変えると何か新しいペンが増えたようで嬉しくなるものですが、ボールペンでも同じことが言えると思います。
日本にはジェットストリームなどのとても滑らかに書くことのできるボールペンがありますが、他社の芯との互換がありません。
多くのメーカーが採用しているパーカーサイズで滑らかに書くことができるものをきっと多くの人が望んでいることは、いくら万年筆を使う機会を多くしても、毎日の仕事生活の中でボールペンを使う機会が少なくないことからも想像がつきます

書き味を我慢してボールペンを使われている方のご不満を解消する、ひとつの答えがこのデュポンディフィボールペンリフィルだとお勧めします。

しかし、他社の芯を入れて使うことはメーカーは推奨しておらず、自己責任での使用になるということをご注意ください。

ディフィボールペンリフィル

結婚祝いの万年筆

結婚祝いの万年筆
結婚祝いの万年筆

宮城県の支局で新聞記者をしている従弟が結婚することを知り、何かお祝いを父と一緒に贈ろうということになりました。
その従弟とは歳が離れているので、一緒に遊んだりした記憶があまりありませんでしたが、佐久市の薪ストーブのある家彼の家から元気に小学校に通う姿はよく覚えています。
伯母の葬儀で昨年川上村に帰った時、久し振りに会いました。
スカッとした、とても感じのよい大人になっていて、清清しいものを感じました。
とても忙しい毎日を送っているようで、めったに佐久市の実家にも帰っていないようでしたし、通夜の時も大きな部屋の片隅でパソコンを開いて仕事をしている姿を見ました。
そんな彼の結婚の記念に万年筆を贈りたいということは、父から言い出しました。

そういえばその従弟が新聞社への就職が決まった時、父はラミー2000ブラックウッドのボールペンを贈っていて、新聞記者には筆記具を贈るのが新聞記者を兄に持つ父の流儀のようでした。

万年筆選びを任された私はペリカンM420が頭に浮かびました。
葬儀の時、村から1時間も走らないといけない火葬場へ、彼のビュンビュン飛ばす運転のBMWで行き、その印象もあってドイツ製のものにしたいと思いました。
新聞記者は万年筆で原稿を書いている余裕などなく、パソコンのキーボードに向かっていることの方が多いと思いますが、書くことの象徴である万年筆を贈ることはとても相応しいと思えましたし、やはりM420が彼にとても似合うと思いました。

M420はスターリングシルバーのキャップと尻軸、プレキシグラスの黒ボディで、合わせるとしたら黒いスーツに合う、シャープな印象で、茶系のスーツに合うと思われるキャップ、尻軸がバーメイル、ボディが黄色っぽいトートイス柄のM450の外観とは対照的な印象になっていますが、書き味、バランスなど実用的には同じ仕様になっています。

M800やM1000ではなく、少し小振りだけどアクセサリー的な要素もあるM420を選んだのは、従弟にあると思われる洒落っ気から、真面目なM800よりもM420の方を好むと思ったからでした。

万年筆はその実用性だけでも特別なものに感じますが、それは文房具であると思っています。
しかし、M420のように、キャップがスターリングシルバーになっているようなデラックス版は選ばれる時点で違う、特別感の強いものであると思っています。

父に贈る万年筆

父に贈る万年筆
父に贈る万年筆

65才で43年間勤めた高校をほぼ定年で退職した父の退職後の生活を心配していました。
40年以上も行っていた学校に行く必要がなくなって、毎日手持ち無沙汰に退屈に暮らしていくうちに老け込んでしまうのではないかと思っていたからです。
仕事以外に情熱を傾けるもののない私からすると、仕事のない生活は無為なものに思われ、父は何か新しい仕事を見つけるべきだと思っていました。

ただ、子供の頃からずっと見てきて、教えていた歴史以外(仕事であり、趣味でもあった)にも趣味はかなり多かったと思っていました。
それは今の私が仕事以外にほとんど趣味がないことと対照的なところでした。
父は私が小さな頃から、写真が趣味で日本中写真を撮りに出掛けていましたし、非常にたくさんのカメラを所有していました。
当時写真の趣味は一般的で、多くの男性の間で流行していたようにも思います。
拓本もしばらくの間凝っていて、有名な石碑の拓本をとってきて、表装して何種類も床の間に掛けていました。

その中でも、父が一番長くしていた趣味はテニスだったかもしれません。
毎週末にはテニスに出掛けていて、家にいることはあまりありませんでしたし、凝り性でラケットが何本も家にありました。
様々な趣味を渡り歩く間、ずっと父が静かに情熱を傾けたのは旅行でした。
日本中の様々な所、世界中の主要な都市を学校の長い休みの間に旅していて、その旅行趣味は放浪癖に近いものだと思えました。
学校を定年退職した後の父の楽しみはその旅行でした。
自由に使うことのできる時間をふんだんに使って、車で行き先を決めない旅に出たり、東欧へリュックサックを背負って行き当たりばったりの旅に出たり、東南アジアのリゾート地に出掛けたり、中国に行ったりしています。
自宅にいる父の日常は、午前中は日用品の買物、午後はずっとフィットネスクラブで運動、夕方帰ってきてテレビを観て寝る、という規則正しい生活をしているようです。
そんな父に万年筆の書き味を楽しみながら家でゆっくりとした時間を過ごすのも楽しいと思ってもらえるようなものを贈りたいと思いました。

パイロットカスタムカエデが最適だと思いました。

イタヤカエデという木をボディ材にしていて、使い込んでいくと手の油を吸って光沢が出てくるというところが趣味的だと思いましたし、多くの男性の好むところだと思いました。
通常のカスタム74と違う、柔らかいペン先も書き味が良く楽しめるポイントです。
カスタムカエデなら、通知表付けと採点にカスタム74のEFを使う以外は万年筆を使っていない父にも、その良さが分かるかもしれません。

でも、団塊の世代である私の親世代の人たちの多くは、本当に行動的で人生を楽しんでいるようです。
そんな人生を楽しむ達人である人たちに、万年筆という新たな楽しみを贈るのもいいのではないでしょうか。

パイロット カスタムカエデ

ペン先調整考

ペン先調整考
ペン先調整考

万年筆のペン先調整は、単純に書きにくい万年筆を書き易くすることが目的ですが、書きやすいということは書き手によって様々で、インクの量の調整、筆記角度に合わせる調整などにより、書き手がより書きやすいと感じられようにすること全てが調整の範疇になります。

ペン先調整において、目は非常に大切で、目で行うものであるとも言えます。
テクニック自体はそれほど複雑なことをしているわけではありませんので、手先の器用さよりも、目の訓練ができているかが、ペン先調整ができるかどうかの分かれ道になります。
目の訓練とは、書きやすいと思った万年筆のペン先をルーペで見て、書きにくいと思った万年筆のペン先の同様にルーペで見て、その理由についてそれぞれ考える。
それをどれくらい繰り返すかが、訓練だと思います。

そして、その訓練を繰り返すうちにどのようにしたら書き易くなるかが分かってきます。
私もたまたま万年筆を扱い出した時から、ルーペでペン先を見るということをしてきましたので、気がついたら「どの形のペン先が書きやすいのか」を理解できるようになっていました。
あとはコツややり方を各社のペンドクターに教わったり、横で見て覚えたりしていました。

いくら教えてくれる人がいても、ルーペの中に見えるものが理解できないと調整をすることはできません。
ペン先調整が手先の器用さとは違うということは、頭で考えて閃くことからも裏づけられると思います。
私の場合、上手くいかない調整があった時、そこから少し離れて手を休めてタバコの1本でも吸いながら、じっとそれについて考えることによって、上手くいく方法が見つかったり、やってみようと思える方法が見つかることがよくあります。
そういうことを含め、ペン先調整が手先のものではなく(少なくとも私には)どこか違う部分が行っているものに思えます。

書き手の書き方に合わせる場合のペン先調整で最も大切なのは、その書き手の書き方をどれくらい理解しているかということではないかと思っています。
その人の書く時の角度やペン先の向き、筆圧や書くスピード、そして好みなど、その人のことをその性格も含めていかに理解しているかどうかで、書き手の満足感は違ってくるのではないでしょうか。

そのように考えると万年筆のペン先調整は、手先や理屈で行うものではなく、心で行うものだという結論に達してしまいますが、私は本気でそう思っています。

店で行うペン先調整は、書きにくい万年筆を書き易くすることが目的であり、その万年筆の性格を変えるものではありません。
それにそうして良い結果が得られたことは私の経験からは皆無ですので、テクニックよりも見極めるということが最も大切なことだと思います。

もし万年筆売場で働いている人がいて、ペン先調整をしてお客様に書きやすい万年筆を使っていただきたいという気持ちを持っておられる方がいたら、調整の技術よりも毎日入荷してくる万年筆のペン先を15倍から20倍くらいのルーペで見て、それを書いてみて感じて、見極める技術から訓練して欲しいと思います。