綴り屋 漆黒の森

開業当初から店として生き残るということだけを考えてやってきました。当店が生き残るためにはどうすればいいのか。この店にしかない特長を作っていきたいと思って、当店なりに様々な試みをしてきました。

しかし、行き着いた答えは自分たちでできることをまず磨いて、あとはプラスアルファで考えるということでした。

自分たちでできること、特長はペン先調整です。

当店は万年筆店で、ペン先調整をして販売することを特長としていることは創業当時から変わっていません。このやり方で15年やってきていますので当たり前になっているけれど、他にあまりないサービスなので特長だと思っていい。結局それが当店に求められていることなのだと思っています。

それをしっかり認識して、もっと調整に磨きをかけて鋭く尖らせたい。

齢相応の年数、日々調整しながら、考えたり、たくさんの場数を踏んで経験を積むことでいろんな気付きがありました。以前から比べると、ペン先調整の腕は上がっていると思っています。

ペン先調整は、手の技術というよりも気付きによって進歩していくものだと思うので、今までのことが蓄積されていれば、年数を重ねるだけ調整士は上手くなっていきます。もっと色々なことに気付いて、いい調整ができるようになりたい。

昨年から扱い始めた綴り屋さんのペンは、当店のペン先調整を生かすことができる相性がいいものだと思っています。綴り屋さんは、木やアクリルレジン、エボナイトなど様々な素材を使って、作品と言えるペンを作られています。

定番はスチールペン先ですが、当店では金ペン先を装着できる仕様にしていただきました。

今回は、綴り屋さんのエボナイトを中心にしたシリーズ「漆黒の森」が入荷しました。ブラックエボナイトに木やアクリルレジンなどのアクセントあしらったシリーズで、抑えの利いた大人のセンスによって作られた万年筆です。

少し太めの握りで、キャップを尻軸に差して書くこともできるので、長めに持つ人でも書きやすい。バランスもかなり考えられていて、万年筆らしい万年筆だと思っています。

アクセントがレジンやエボナイトのものはレギュラーサイズのペン先、花梨やメイプルなど木製のものはオーバーサイズのペン先が選べるようになっています。

意外かもしれませんが、レギュラーサイズの方は柔らかめの書き味で、オーバーサイズの方がより粘りがある弾力が適度に強めの書き味になりますので、お好みに合わせてお選び下さい。

今回入荷の「漆黒の森」も当店オリジナル仕様で、キャップに素材違いのリングを付けた仕様になっています。

メーカーの定番品もいいですが、この万年筆のように作家さんが趣向を凝らしたものも、色々な良さが組み合わさって、1×1が何倍の魅力になっていくようなものも扱っていきたいと思っています。

⇒綴り屋・漆黒の森TOP

手帳用のおすすめ万年筆

20代の時に、ToDoや調べたことなどを書き込んで手帳が充実していくと、何だか気分が楽しくなることに気付きました。そして翌日書いたことを実行していくと仕事が楽しくなった。

もし仕事を始めたばかりの若い人に言えることがあるとしたら、手帳にキチンと今日学んだことと、明日やるべきことを書くようにされてみたらということです。手帳を充実させるとその紙面を眺めているだけで嬉しくなり、それが実行できてToDoが消えていくのは嬉しいもので、それは30年経った今も変わりません。

今の時代は、私が若い頃ほどのどかでおおらかではないかもしれませんし、私が勤めていたのが店舗だったからかもしれません。

職場によっていろんな事情があると思いますが、指示されるより自分で積極的に仕事を見つけてやるということが、仕事を楽しくするコツだと思います。

会社はチームなのでオーダー通りの仕事をするチームプレイも必要ですが、その中に自分の意思による仕事も差し込んでいく。労力を惜しまず自分の前向きな意思で仕事をしていくと、それはできます、それはできませんがこうならできるということがはっきりしてきますので、それを上司に伝える。それが信頼になっていき、チームの中で地位が確立されていきます。そうなると自分が得意な仕事が集まってくる。そしてより信頼される。自分の仕事においてのブランド作りに役立つことだと思います。

そんな簡単なことではないのかもしれませんが、おじさんから言えることはそれくらいです。

今は正方形のオリジナルダイアリーを使っていますが、若い頃は普通の手帳をズボンのお尻のポケットに突っ込んで使っていました。

最初はボールペンで書いていましたが、万年筆で書くと少しきれいに見えたので万年筆にハマりました。

私の万年筆と仕事の歴史は手帳に書くことから始まったと言えます。

当時万年筆クリニックはそれほど混んでいなかったので、隙間の時間に太字で使い方の分からなかった万年筆を「もったいないのう」と言われながら細字に研いでいただいて、使い方を教えていただいたインキ止め式のものが私の最初の手帳用の万年筆でした。

手帳と国産細字の万年筆は相性が良いですし、手帳用にお勧めしたい万年筆をいくつかご紹介したいと思います。

まずは廃番が決定してしまいましたが、パイロットデラックス漆です。

細身で出っ張りのない軸と可動式のクリップは、システム手帳などのペンホルダーでも出し入れしやすい。すぐに書き始められる勘合式のキャップも手帳用を考えた時には大切な要件で、全ての機能が手帳に向いています。

価格も金ペン先万年筆の中では最も安い部類で、惜しげもなくハードに使えるのものだと思います。

最近M5手帳を使う人も多く、そのペンホルダーにきれいに収めようとするとどうしても長さの制約が出てきます。そんな中パイロットエリート95Sなどはコンパクトなサイズなので、M5手帳のペンホルダーにピッタリ収まります。

エリート95Sは、これ1本で手帳から手紙まで、仕事の全てに使われていた時代の万年筆の復刻です。たしかにペン先も柔らかく、筆圧を抜いて細く書く、ところどころ筆圧を掛けながらメリハリのある文字を書くことも可能で、幅広い用途でお使いいただけるものだと思います。

セーラーから新しく発売された手帳用万年筆ランコルトは、カンダミサコM5手帳用ペンホルダーにピッタリと収まりますので、M5手帳ユーザーに特にお勧めします。

軸は新しい技術が導入されて製作可能になったマーブル軸で、女性の方にも好まれるものになっています。

ペン先は14金とセーラーにしては硬めのもので、中細のみの設定ですが、ほど良い温かみのある細い字が書けると思いました。

サイズ、機能ともに手帳用に向いたものを手帳用万年筆としていくつかあげさせていただきました。

手帳を万年筆でキチンと書くと、仕事や生活に張り合いができて、人生が良い方向に向かうものだと信じています。

⇒パイロット デラックス漆(廃番)

⇒パイロット エリート95S

⇒セーラー ランコルト

サクサク書けるインクを求めて

小説「メディコ・ペンナ~万年筆よろず相談~」の世界観を表現したオリジナルインクを、1/24(火)の神戸新聞朝刊で取り上げていただきました。(播磨地区は1/21)

神戸の万年筆店が舞台の小説ということ、出版元であるポプラ社の公認であることで、興味を持って下さったのだと思います。

さっそく新聞を見てご来店された方もおられて、掲載された効果はあると思いました。
地元の小さな店の活動を応援したいという新聞社の心意気を有難く感じました。

オリジナルインクを作るということは15年前の開店時から始めていましたが、最初の頃はなかなか売れませんでした。

オリジナルインクは当店のこだわりのインクの色を表現したもので、存在することに意義があると思って辛抱強く作り続けていましたが、そのうち文具店のオリジナルインクがポピュラーな存在になって、徐々に売れるようになりました。

15年間ずっと作り続けているインクですが、飽きのこない、使う人にとって安心して使える定番のインクになれるものだと思います。私も常にどれかを使っています。

インクについて考える時、私の場合は万年筆や紙との相性についても一緒に考えます。万年筆の理想の書き味を実現するためには、相性のいいインクが不可欠だからです。

万年筆の良い書き味、好みの書き味にも様々なものがあって、それはなかなか言葉では表現できません。でもあえて言うなら、私はサクサクと書けるということを理想としています。

サクサク書けるというのは、適度なインク出でペン先の筆致が感じられるような、少しだけ紙に切り込むような書き味です。

たくさんインクが出て滑らかなヌルヌルした書き味と、インク出が最小限に抑えられたカリカリの書き味を好まれる方はよくおられますが、サクサクはその中間に位置するものだと思っています。

サクサク書けるようにするには、ペン先の調整や紙質の他にインクの相性も重要で、その組み合わせをいつも探しています。

新しい万年筆にインクを入れる時、当店のオリジナルインクだと、朔、冬枯れ、虚空、メディコ・ペンナあたりであればどれもサクサク書けて間違いありません。

それでもインク出が多いと思ったら、ペリカンロイヤルブルー、ペリカンブルーブラックなどのインクに変えてインク出を抑えようとします。

滑らかさが足りないと思ったら、ローラーアンドクライナーを試すこともあります。

サクサク書けることとは違いますが、パイロットブルーブラック、ブルーのインクを使えば、大抵どんな万年筆でもインク出が多くなります。書き出しが出にくいとか、インク出を増やしたい場合などには有効で、ある意味最強のインクです。

欠点はある程度良い紙でないと滲むということと、ペリカン、モンブランなどドイツ系の元々インク出の多い万年筆に使うと、出過ぎてしまうというところです。

結局いろいろ試行錯誤する必要がありますが、自分の理想の組み合わせが見つかったら、それは宝物だと思います。

渋い万年筆の廃番 パイロットデラックス漆

渋いというモノの価値観は日本以外では通じにくい日本独自の感覚だということを「千利休無言の前衛」(赤瀬川原平著)で読みました。

「無言の前衛」は、私のモノの好みを決定付けてくれた本で、20年ほど前にこの本をたまたま見つけて読んだから今こうしていられる恩人のような本で、名著だと思っています。

この本によって茶道の美意識を知ってから、30代から40代半ばくらいまで茶道というものにハマりました。千利休に関する本を読み漁り、茶道も習いました。

茶道のお道具の中には煌びやかな西洋的な美しさを持ったものもありましたが、より格の高いものになると渋いとしか言いようがない、より高度な審美眼を要求するようなものになってきます。荒々しい素材感があって、作り込まれていないように見えるよう、最大限の注意を払って作り込まれたもの。

それはきれいとボロの間とも言えるものの在り方で、それらのものを渋いと言うのかもしれないと自分なりに思っています。そしてそれを万年筆やステーショナリーの中にも見出したい。

だけどなかなかそういうものはないし、そもそも万年筆にきれいとボロの間のものを求めること自体が難しいことなのかもしれません。少し前に外国のメーカーのさまざまなものできれいとボロの間のものが出始める流行のようなものがあって、定着したらいいなと思いました。

万年筆で言うとファーバーカステルクラシックマカサウッドがそれに当たるし、廃番になってしまいましたがS.Tデュポンディフィでもありました。

きれいとボロの間までいかなくても、素材感の感じられるものがその素質のあるものだと思っています。そして素材感を感じるには、自然の素材である必要があります。パイロットカスタム845、シルバーン、カスタムカエデ、ファーバーカステルクラシックなどが当てはまりますが、その中にパイロットデラックス漆も入っていました。

小振りで慎ましやかな細身の万年筆で、古風な形のペン先は柔らかく、濃淡のある文字を書くことができます。真鍮の軸なので重量もありますが、キャップの尻軸への入りが深いため中心に重量が集中してバランスがいい。

そしてその名の通り軸が漆塗りになっていることで、あまりにもスマートに塗られているので気付かれにくいかもしれません。こういう万年筆を渋い玄人好みの万年筆と言うのだと思いました。

そのデラックス漆が廃番になって、生産終了となっています。

慎ましいデザインとは裏腹に、凝った作りの部品点数が多い万年筆で、クリップもスプリングが仕込まれた可動式です。

漆塗りのキャップ、軸でもあり、もしかしたらコストが見合わなくなってしまったのかもしれません。

こういう存在の万年筆がなくなるのは寂しい。日本のモノ作りの頑なさを感じさせる万年筆だったと思います。

⇒パイロット デラックス漆

毎日を丁寧に暮らすためのダイアリー

毎年、十日えびすの前後の水曜日に西宮えびす神社に行って、笹を買って帰ります。

西宮えびすと言えば境内を走って一番福を競う福男レースで全国的に有名ですが、自分たちも一年に一度は必ず歩く場所がテレビで繰り返し映るのは楽しいものです。

昨年はコロナ禍ということで訪れる人も少なかったように思いましたが、今年は夜店も参道いっぱいに出ていて、賑やかでした。

宗教も持たず信心深くもないのですが、毎年の恒例行事なので、もし行かなくて店が上手くいかなくなったら後悔すると思って、ジンクスのつもりで毎年行っています。

以前は近くの柳原えびすに行っていましたが、兵庫駅前のコンビニで店員さんにからんでいる人を注意したら、こちらがからまれて大騒ぎになった。一緒にいた妻がもう二度と柳原えびすには行きたくないと言うので、少し遠いけれど西宮えびすに行っています。

こういうささやかな休みの日の記録も、時間メモリをつけて箇条書きでM6手帳に書いています。仕事の日のことは、方眼罫の正方形ノートに縦線をいれて半分に区切り、1ページ2日にして記録しています。

こういう記録をつけるのは、休みの日も仕事の日も後で見返すことが意外に多く役に立つからですが、その時間一瞬一瞬を大切にしたいという想いがあります。

当店にダイアリーを買いに来て下さったお客様が「毎日を大切にしたいから手帳をちゃんと書くようにしたい」と言われていて、私たちの想いを代弁する言葉だと思いました。

当店のオリジナルダイアリーには、マンスリーダイアリーとウィークリーダイアリーがあります。

マンスリーは予定が確認しやすく、特に仕事においてとても使いやすいので、私も昨年はシステム手帳と併用しながら使っていました。

しかしダイアリーの中に仕事の夢やアイデアも書いておきたいと思うようになって、今年はウィークリーを使い始めました。

ウィークリーダイアリーにはマンスリーダイアリーのページもありますので、予定とToDoとともにアイデアも書けるようになりました。

近年システム手帳が人気があって、バイブルサイズとM5サイズを中心としたシステム手帳ユーザーが増えているのを実感していました。

でも今シーズンは、綴じのダイアリーも盛り返しているように思います。

当店の正方形のオリジナルダイアリーも昨年より売れていて、1冊の綴じ手帳をキッチリと使うことで、1年の記録としたいと思う人が増えたからかもしれません。

そう思うと、私の仕事でもオリジナルダイアリーで十分使えるし、バラバラにならないので、むしろ記録するには綴じ手帳の方がいいかもしれないと思うようになりました。

それにシステム手帳でさまざまな分類を試してみたけれど、私の場合時間の経過という絶対的な条件でページが分かれていく方が、何年後かにも探しやすいことが分かってきました。

オリジナルダイアリーは質感のある上質な紙の表紙ですが、手帳にビニールカバーを掛けると1年きれいなままで使い続けることができますし、軽く、薄くて荷物がかさ張らなくていいかもしれません。

革カバーに入れて使うのも、より愛着を持って使うことができていいものです。

ベルトとペンホルダーがついたミネルヴァリスシオ革のオリジナルダイアリーカバーはエージングするということで人気があるし、カンダミサコさんが作ってくれているカバーはよりタイトな作りで、また違った魅力があります。

エージングしない丈夫で手触りのいいシュランケンカーフに内張りを施し、コバを作らず、シュランケンカーフのしなやかさを生かした作りで、柔らかな印象のものに仕上がっています。

その1冊を見れば2023年の自分の行動を確認することができて、日々を愛着を持って丁寧に生きるために、この一年を記録する正方形ダイアリー、試していただきたいと思います。

⇒オリジナル正方形ダイアリーTOP

ペン先調整と研ぎ

明けましておめでとうございます。

いきなりですが、正直に告白すると、去年はいろいろなことで苦しんだ年で、いろいろ考える所がありました。

いろいろ考えた結果、結局当店には万年筆しかない、当店がチョイスした万年筆を当店なりに味付けして示していく他に道はないとい開き直りに似た結論に至りました。

当店なりの万年筆の味付けというのはペン先調整です。

各メーカーさんが緻密に設計して、細心の注意を払って生産している万年筆をより書き味が良いように、気持ち良く書けるようにすることがペン先調整です。

中にはペン先調整をしなくてもとても書き味が良いものがありますが、たいていの場合ペン先調整でより滑らかに書けるようになります。そして、調整の必要があるかないかを見極めて、必要のないものには何もしないのもペン先調整の目と経験に基づく技術だと思っています。

万年筆の書きやすさは人によって違うと言われることもありますが、ペン先の硬い柔らかい、インク出が多い少ないなどの好みの違いはあっても、滑らかに書けるペン先が嫌いな人はいません。

そういう万人が好む状態を当店としては標準的な状態だとしています。

販売する万年筆もペン先調整で持ち込まれる万年筆もそれぞれの万年筆の最も良い状態を目指して調整していますが、その状態にするにはそれぞれの万年筆の最高の状態がどういうものか知っている必要があります。

調整士は様々な万年筆を見て、それぞれのとても良い状態の万年筆を書いたり、ペンポイントをルーペで見て、多くの万年筆の良い状態の書き味を知っています。

それを知っているからペン先調整を任されたペンをどういう状態にするべきかという到達点が分かる。

私も職業柄、良い状態の万年筆を書かせていただいたり、ルーペでペンポイントを見せていただく機会に恵まれました。おかげで多くの万年筆の良い状態を知ることができ、感覚的にも理解することができました。これが私の調整士としての財産で、このおかげで今まで生きてこれたのだと思っています。もちろん私に万年筆を任せてくださったお客様がいるからこそです。

仕事の経験は時代が変わるとなかなか生かすことができず、むしろ邪魔になることが多いかもしれませんが、ペン先調整は経験が技術になっていく。だから調整士は齢をとっても続けていける生涯の仕事だと言えます。

ペン先調整とペンポイントを特殊な形状に形作る研ぎとは区別して考えています。

ペン先調整ではメーカーさんの作っているペンポイントの形状を尊重していますが、極端に細く書きたいとか、横線が細く縦線は太いスタブ形状にしたいとか、キレの味ある美しい文字が書きたい、という要望があった時には、メーカー純正のペンポイントの形状では実現できないことがありますので、特殊な研ぎを施すことになります。

最近ご要望が多いのが三角研ぎです。

極太や太字などかなり太いペンポイントから研ぎ出す方がその特長が出しやすいですが、細めでもできないわけではありません。筆記角度40度くらいの少し寝かし気味で書いた時にヌルヌルと気持ち良く書けるように筆記面作り、ペンポイントの先端に行くほど細く研ぎ出します。

寝かせて書くと太く、立てて書くと細く書ける状態にします。

そうすると日本語のトメハネハライが美しく表現しやすいペンポイントになり、書くことが楽しいペン先になります。

手帳には細く書いて、他のものには太く書くというような太さの使分けもできます。

セーラーの中字以上のペンポイントは近い形状をしていますが、それをより極端にはっきりさせたものがこの三角研ぎです。

インク出は多めよりも少なめにした方が線にキレが出るようです。

金ペン先の万年筆ならどの万年筆にもこの三角研ぎをしていますので、興味のある方はお申し付け下さい。お持ち込みの万年筆への三角研ぎの場合は10000円(税込)で、当店でお買い上げの万年筆であれば、無料でさせていただきます。

三角研ぎなどの特殊な研ぎはその結果を視覚的に見せることができますが、良い書き味というのは、目に見せることのできない感覚的なものです。それは味に似ているのかも知れず、だから書き味というのかもしれません。

それが当店でできる万年筆の味付けだと思っています。本年もどうぞよろしくお願い申し上げます。

想いを綴る ファーバーカステルパーフェクトペンシル

今年最後のペン語りとなりました。今年も良いことも悪いこともありましたが、個人的にはあまり良い年ではなかったかもしれません。

春から夏にかけて出張販売にも行けたし、イベントにも出店したりして充実した忙しい時間を過ごせたけれど、10月に狂言師の安東伸元先生が逝ってしまわれたことが大きく影響しています。

生き方の師と仰いでいた人とのもう2度と会うことのできない別れに、心の支えを失って茫然としました。先生が亡くなって気付いたけれど、私は人生の別れの季節を迎えたのかもしれないと思っています。

それは齢の順で仕方のないことかもしれないけれど、これから大切な人との別れが何度もあるのだと思うとやはり悲しい。人は皆大切な人との別れを経験して、その悲しみを抱きながらも生きているのだと思うと、生きるということも辛いものだと思います。

それでも、毎日の仕事の中ではいくつもの出会いがあります。お一人お一人との出会いが有難く、大切で仕方ない。失ったことで本当に大切なものに気付けたことは少し情けないけれど、それが今の心境です。

毎日の出会いやこの店での時間が大切に思えて書き残しておきたいと思い、ダイアリーに毎日店で起こったことを書いています。

それでも、モノとの出会いはいくつもありました。特にパーフェクトペンシルとの出会いは毎日の淡々とした時間に楽しみをくれました。

20代で文具店に就職したばかりの時から、豪華な箱に入ってシルバーのホルダーのついた、ファーバーカステルの贅沢な鉛筆の存在は知っていました。

その時はまだ鉛筆削りはキャップに内蔵されておらず、シルバーの削りが別で付属していました。名称もパーフェクトペンシルではなかったと思います。

こんなに高い鉛筆を誰が買うのだろうと漠然と思ったのを憶えています。

でも今年の夏頃、趣味の文具箱の清水編集長がパーフェクトペンシルファンクラブを立ち上げたのを聞いて、ふと興味が湧いてきました。

色々見ているうちに、パーフェクトペンシルは持っているだけで嬉しくなるもので、誰かに語りたくなるものだと初めて認識しました。

それが分かると、文具に限らず自分はこういう存在のものをいつも追い求めていたと気付きました。

万年筆の定番品にもこういう存在のものはあって、モンブラン149、ペリカンM800、アウロラ88クラシック、ファーバーカステルクラシックなどが近い存在かもしれません。

そこで早速パーフェクトペンシルを手に入れて、原稿書きや手帳書きに使い始めました。

最初は鉛筆削りで削っていましたが、思いのほか早く短くなることに気付いて、近くの590&Co.さんで肥後守を買ってきて、チビチビと削るようになりました。

万年筆のインクを吸入したり、書道で墨を磨ることが気持ちを静めるのと同じで、鉛筆をナイフで削ると無心になれて、気持ちを落ち着けてくれます。

それに気のせいか、ナイフで削った方が鉛筆削りで削るよりも丸くなるのが遅い気がします。

原稿を書く時も、頭の中でほぼ内容が決まっていて、一気に書きたい時は万年筆で書きます。逆に考えながら少しずつ書き進める時は、パーフェクトペンシルで書いています。パーフェクトペンシルを使い始めて書くことがより一層楽しくなりました。

自分が書くものに思うことは、せっかく読んで下さった方が時間の無駄だったと思わないものにしたいということです。

動画全盛の時代にも関わらずブログを読んでいると言って下さる方も多く、心から感謝申し上げます。

私のブログを読んで下さる方はきっと、書くことが好きで、大切にされている方なんだろうと想像しています。

私も唯一自分を表現できる手段が書くことで、いまだにそれに飽きることがありません。私が楽しいと思ったことをこれからもお伝えしていきたいと思っています。

来年もよろしくお願いいたします。

*次回の店主のペン語りは、1月6日(金)更新です

⇒ファーバーカステル TOP

セーラー工場竣工記念万年筆 貝塚伊吹

前職で、セーラーの呉・天応工場には何度か行ったことがあります。

はじめは上司が同行して、何度目からか一人で行くようになりました。全部上司がお膳立てしてくれていたと思うと、会社でもいろんな人のお世話になっていたことに改めて思い当たります。

それは今も変わっていなくて、面倒をかけている人の数は増えたかもしれません。仕事というのは一人ではできない。特に私はそうなのかもしれません。

私にとっても天応工場は思い出のある場所でした。

戦後まもなくして建てられた三角屋根の木造の工場の中に、最新式と思えるきれいな機械が並んでいる棟もあって、そのアンバランスさが面白かった。

わりとオープンな雰囲気で、取引先の人の訪問を受け入れてきた天応工場に私と同じように思い出のある業界人は多いと思います。

近年、万年筆のお客様の層、売れる万年筆の種類、字幅、売れ筋のインクの色など、様々なことが変って、時代が変ったことを強く感じていますが、セーラー天応工場の建て替えもそれを象徴する出来事かもしれません。

そんな中で、天応工場の建て替えで伐採された敷地内にあった樹木を万年筆にするというのは粋な企画だと思いました。

生産本数が限定100本とかなり少なかった泰山木(タイサンボク)は入荷が少なく、店頭に並ぶことなくなくなってしまいましたが、生産本数500本の貝塚伊吹(カイヅカイブキ)はまだ在庫があります。

日本の木らしく模様が控えめな大人しい印象の木目の貝塚伊吹ですが、使い込むと色が濃くなって、すごみのある艶を出してくれそうな素材です。

セーラーの万年筆でよく使われる両切りタイプのプロフェッショナルギア型の工場竣工記念万年筆ですが、通常のものよりも尻軸が長めになっていることが特長的です。

これはキャップの尻軸への入りを深くして、キャップを尻軸に差した時に全長を適度に短くすることで、重心を中心に寄せる効果があります。

中心に重心のある万年筆は力を入れずに持つことができてコントロールしやすく、長時間の筆記でも疲れにくい。

ペン先の刻印も定番のものと変えています。旧型のプロフィットのフレーム型の刻印を復活させて、セーラーの歴史を感じさせるものになっています。

この効果を狙ったのかどうか分かりませんが、ペン先の刻印は少ない方がペン先は柔らかくなります。今回の限定品工場竣工記念万年筆のペン先の刻印は定番のものよりもシンプルなものになっていて、書き味は柔らかく感じられます。

キラキラした記念の万年筆らしい華やかな装備を凝らしたものではなく、こういった実用的なことも考慮して作られているどちらかと言うと渋い、使うための万年筆を工場竣工記念万年筆として出してくれるところはとてもセーラーらしいと思いました。

天応工場で日本の万年筆の歴史が作り続けられてきたのをこの貝塚伊吹の木は見てきたのだろうと思うと、この万年筆がとても貴重なものに思えます。

⇒セーラー 広島工場竣工記念万年筆 カイヅカイブキ

オーダーの名店「BAGERA」のペンケース

神戸市灘区のオーダー革鞄、革小物の工房バゲラさんのペンケースとレザートレーを扱い始めました。

バゲラの高田さんご夫妻とはもともと顔見知りで、ずっと交流がありました。

15年前、この店を始めたばかりの時にル・ボナーの松本さんに鳥鍋に誘われて行ったことがあったのですが、その時初めてお会いしたのがバゲラの高田和成さんでした。

バゲラさんとの出会いも松本さんがきっかけで、私は松本さんからどれだけ恩恵を受けているのだろうと改めて思います。

バゲラさんとはその後も当店では承れないご要望のお客様をご案内したりして、頻繁ではないけれどやり取りは続いていました。

今年の夏のある日、三宮駅前の百貨店の婦人靴売場で、妻が化粧直しに行ったのでブラブラしていると、女性革職人さんが実演販売をしているのに気付きました。

雰囲気のある職人さんと作品だと思って見ていたら、それはバゲラの高田奈央子さんでした。

オーダーを中心に20年ほどやってこられたバゲラさんですが、ついに自社の世界観を表現した既製品の制作を始められたそうで、その中にペンケースやペントレーなどのステーショナリーもありました。

その濃厚な世界観を持った他にはない雰囲気に、一目惚れしました。

バゲラさんの方でもその百貨店のイベントが終わったら当店に声を掛けようと思っておられたそうで、言葉通り2、3週間後打ち合わせに来て下さり、ペンケースをご提案していただきました。

表のフラップはクロコ、ベルト部はオーストリッチ、胴体部分の表と背面はパティーヌ加工したゴート、側面は黒桟革、内側はブッテーロ。

特にゴートは、アンティークな雰囲気を出すためにパティーヌ加工を施すというこだわりで、その革自体も何年も前に限定的に発売された革を、少しずつ大切に使われているそうです。

革それぞれの質感を生かして配置し、全て手縫いで仕上げる。

手縫いも様々な技法が駆使されていて、直角に接する表と側面の革はこま合わせという技法で縫われていて、ジグザグに走るステッチがアクセントになっています。

フラップの背面はシングルステッチで固定されていて、これも良い味を出しています。マニアックなくらい様々な革、様々な技術が凝らされていて、それらがデザインにも生きています。

奇抜にも見える、数種類の革を組み合わせたデザインですが、造りはキッチリしていて甘いところがありません。職人の仕事と作家の表現が両立している、世界観のあるペンケースだと思いました。

ペンを何本も持ち歩くのもいいけれど、大切なペンケースにこれだと決めたペンを1本だけ持って出掛ける。そんな風にペンの扱い方も変えてくれるペンケースです。

もうひとつ、ペントレーもご紹介いたします。

厚い1枚革に土台となる部分をつけたシンプルな構造のトレーは、スムースな革ワルピエ社のエトルスコを揉んで、シボやしわを出してから使っています。そうすることで革の生命力のようなものが起き上がってくると高田和成さんは言われます。

革をきれいなまま使うのではなく、手を加えて馴染ませてから使うのは面白いと思いました。とてもシンプルなトレーですが、机上の雰囲気がこれひとつで贅沢な空間に変わると思います。

15年も前に知り合っていたにも関わらず、今静かに始まったバゲラさんとの仕事。

お互いこの15年の間にいろんなことがあって、今それぞれの店のタイミングが合って動き出したという、不思議な縁のようなものを感じています。

⇒BAGERA(バゲラ)ペンケースL・雲

⇒BAGERA(バゲラ)ペンケースL・夜

⇒BAGERA(バゲラ)レザーペントレイ・黒

⇒BAGERA(バゲラ)レザーペントレイ・茶

B A G E R Aについて(リーフレットより)*

2002年創業。以来一貫してフルオーダーメイドの革製品を制作する神戸の小さなアトリエ。服と靴以外の革製品全般を取り扱います。

「圧倒的に特別なもの」をコンセプトに、個々のカスタマーへの丁寧なヒアリングを元にスケッチや模型で提案。その一点のみをはじめから終わりまで一人が担当し制作します。現在小物で平均半年程度、鞄で1〜2年の納期を頂いています。

こだわりの既製品を2023より始動。

高田 和成

高田 奈央子

共に芸大で建築を学び、その後職人の道へ。

建築から得た構造の大切さを追求する和成と、感性的なモノ作りを得意とする奈央子によってB A G E R Aは作られています。

場所への愛着

店は営業していますが、私は11/28(月)~12/2(金)の間、休みを取って鎌倉へ旅行する予定です。例年通りの遅めの夏休みですが、夏は暑すぎて外に出る気になれず、やっと外を歩くのにいい季節になりました。

鎌倉のどこかに目的があったわけではなかったけれど、鎌倉の町中を歩いてみたいと思いました。

観光名所に行くわけでもなく、ただ他所の町を歩いてお店があれば入ってみるというのが私の旅のやり方で、文房具屋さんを見つけたら必ず立ち寄っています。

行き先が決まったら、その町にまつわる本を読みます。今は以前読んだ「ツバキ文具店」を読み返して、落ち着いた鎌倉での暮らしに思いを馳せています。

ツバキ文具店の主人公、鳩子さんの日常にも憧れますが、自分の、元町での当店の日常にも愛着を持っています。

いつも何軒かの決まったお店に晩御飯を食べに行くので、すっかり顔見知りになっているお店、のんびりした街の雰囲気。営業前によく近所を歩きますが、それは健康維持のためだけではありません。愛着を持って暮らせる街に居られることは幸せで、恵まれたことだと思います。私はおめでたい性格なので、きっとどこに住んでも愛着を持って生きているのだと思うけれど。

地名がついた万年筆が好きです。それはきっと地元の山陽バスの行き先表示を見ても楽しめるほど地名萌えする性質だからなのかもしれないけれど、できれば自分に関連のある地名を冠したモノがあれば手に入れたいと思うし、地名のついた万年筆を手に入れたらその場所について知りたいと思います。

アウロラの「神秘の旅」という限定万年筆のシリーズがあって、先日第2弾のボルテッラが発売されました。

ボルテッラの街は、緩やかな丘陵と渓谷が連なるトスカーナ地方の一際高い崖の上にある城塞都市で、中世の面影を今も残しています。アラバスター(雪花石膏)の産地で、アラバスターを使った彫刻など芸術作品に溢れた街としても有名です。

ボルテッラの万年筆も、そんな街の中世から歴史を刻んできたイメージ、アラバスターの質感のイメージを軸色に表現したクラシカルな仕上がりになっています。

落ちついた感じのする乳白色の軸に、ローズゴールドフィニッシュされた金属パーツが上品で、3000年近くもの歴史があるボルテッラという街そのものだと思います。ボルテッラに行ったことのある人にはぜひ手に入れていただきたいし、この万年筆でボルテッラを知った人は、この街の歴史などについて調べるとより愛着を持ってこの万年筆を使えると思います。

手に入れた万年筆に地名が付いていたら、その土地や周辺の場所に興味の対象が広がるだろうし、毎日がより楽しくなります。

万年筆は書くためだけのものではないと常々思っています。

⇒アウロラ 限定品万年筆 Viaggio Segreto(ヴィアッジオセグレート) Volterra(ヴォルテッラ)

*次回の店主のペン語りは、12月9日(金)更新です