うるしの話~ペリカンM1000螺鈿万年筆「星屑」

5月に早めの夏休みをとらせていただいて、金沢に行ってきました。

金沢の国立工芸館にはよく行っていて、今回も行ってきました。

国立工芸館の中に蒔絵師で人間国宝の松田権六先生の工房が移築されていて、中に入れないですが間近で見ることができます。

小さな空間に、全てのものが手に届くかのように機能的に配置されていると思えるもので、まさに茶室のような工房です。

工房もいつまでも見ていることができましたが、松田先生のパイロットエリートのデラックス版と思われる金キャップの万年筆と能率手帳のような小さなビジネス手帳も展示されていて、文具好きにはこれも見ものだと思いました。
手帳には松田先生が毎日1つ新しいデザインを考案するということを自身に課していたことを裏付けるように図案がブルーブラックのインクで、覚書とともに1日1つ描かれていました。

松田先生のような大家になっても常に新しいものを生み出そうとする努力を怠らずにやっていて、私たちも当然見習わないといけない姿勢です。

その根底には松田先生がデザイン案を生み出すこと、蒔絵を描くことが好きで楽しむ心があるのだと思っています。
一生涯長く仕事を続けるには、その仕事が好きで努力し続けることが苦ではないと難しいのではないか。


松田権六先生の著書「うるしの話」(岩波文庫)をかなり以前に読みました。私の蒔絵の知識は「うるしの話」から得たものばかりですが私のような予備知識のない者でも読みやすい本でした。
漆の樹液の話から始まり、蒔絵の技法まで、分かりやすく解説したその本は絶版になってしまっていて入手が難しくなっています。本当にもったいない。
希少な本ですが、ペリカンM1000螺鈿「星屑」をお買い上げいただきましたお客様に古本になりますがプレゼントさせていただきます。

ペリカンM1000螺鈿星屑は漆黒に塗り立てた軸に細かく砕いた鮑の貝殻を紛筒で蒔いて磨き上げることで仕上がっています。
螺鈿に鮑の貝を使うようになったのは、安土桃山時代以降、本阿弥光悦、尾形光琳ら、琳派の人たちが始めたそうです。

それまで使われていた琉球近海でとれる夜光貝ではなく、魚屋の片隅でもどこにでもある鮑の貝殻で素晴らしい作品を作り始めたそうです。
当時日本は戦国時代と言われる時代で、平和を願う気持ちを多くの人たちが持っていたのではないか。もしかしたら戦乱の時代で夜光貝が手に入りにくくなっていたのかもしれません。

特別ではないどこにでもあるもので、美しい作品を生み出していたその時の琳派の姿勢を松田先生は高く評価していました。

鮑の貝殻を金粉のように使うことに、世界じゅうで争いが起きて、金の高騰や様々な物資不足の今の時代の漆芸の姿として、意義のあることのように思い、メッセージ性のある作品だと思っています。
蒔絵、螺鈿などの伝統工芸は時が流れても変わらないものだと私たちは思ってしまいますが、長い年月続けてきたものだからこそ、その時代を映すフレッシュなものでなければならない。だから松田先生は新しい図案を生み出す努力を常にしていたのだと思います。

この万年筆の蒔絵を担当した加賀蒔絵の流れを汲む宝舟会はこのペリカンM1000螺鈿星屑でそれを体現したように私には思えます。
螺鈿を伝統的なやり方で張り付けるのではなく、砕いて蒔く。
螺鈿らしいギラギラした派手さはないけれど、抑えた美意識のようなものを感じさせる万年筆だと思っていて、松田権六先生の名著を添えるのに相応しい万年筆だと思っています。

ペリカンM1000螺鈿万年筆「星屑」