万年筆をめぐる旅 1・ベルリン

万年筆をめぐる旅 1・ベルリン
万年筆をめぐる旅 1・ベルリン

文房具・万年筆の本場、ヨーロッパを旅して今後の当店のあり方について考えるのがこの旅の最大の目的ですが、行った先々の街にある店で、日本で手に入れることができないものを手に入れることも目的のひとつでした。

それに関しては、お店を回れば回っただけ収穫があって、何かしら見つけることができたのはとても幸運だったと思います。
そんな幸運な出会いと、その場所となったお店などについてのご報告を何回かに分けて、こちらのコーナーではさせていただきたいと思います。

ベルリンは、一番多くのペンと出会うことができた街でした。
そのリストは
アンティークのルーペ、銀の爪楊枝2本、アンティークペンシル2種、ペリカン旧800、ペリカン旧M250,エバーシャープペンシル、モンテグラッパエレガンザ、ペリカンM105、ペリカン60金張り、アウロラ75周年、ペリカン15周年、ヤードレット旧型ペンシル、ペリカン1931ゴールド、パイロット旧バニシングポイント、モンブラン75周年149、ペリカン旧800 14金ペン先、ラミーラティオ(既に販売済みのものもありますので、ご了承ください)など多岐にわたり、この街の大きさを物語っています。

中古品に関しては、蚤の市で入手しましたが、それはすごく幸運なことだとすぐに分かりました。
その後4ヶ所の蚤の市を回り、何も手に入れることができず、蚤の市はごみの市だと知りました。
そのごみの中からお宝を発掘するのが醍醐味なのですね。

多くのペンを入手することができた蚤の市の出品者は、ペンを専門にされている方で本当にたくさんのものを出されていました。
その中には、ピストンが動かないものなどもありましたが、状態相応の値段の付け方で、フェアだと思いましたが、なぜかモンブランだけは高めの値段がついていました。

たくさんのペンを前に私たちは喜びを必死でこらえながら、冷静を装い、必要なものを選び、値段交渉をするのでした。
一通り選んで、お金を払った後、実はまだあるが見てみるかとトランクが出てきました。
これがこの人たちの王道のパターンなのかどうか分かりませんが、後から考えるとそのように思われました。
そのトランクの中には、アウロラ75周年、ペリカン1931ゴールドなど比較的最近の限定品が中心に入っていました。

本当にきりがなく、欲しいと思いましたが資金に限界がありますので、何とか自制心で持ち堪えることができました。
ペンショップも旧西ベルリン側のウーラント通りという表参道のような通りに、「Papeterie Heinrich Kunnenman Nachfahren」というものすごく雰囲気のある店がありました。

そのお店は現行品を手堅く売っているお店でしたが、マイスターシュック75周年149やペリカン旧型800 14金ペン先などがさりげなくガラスケース内に並んでいました。
ファーバーカステル、カルティエ、デュポン、カランダッシュなどを中心に、エルカスコなど高級机上用品、本革ノート、革製品などを揃えたお店でした。
最初にこのショップを見たので、ヨーロッパ中にこんなペンショップがあるのだと思いましたが、その後良い店だと思ったのはあとイタリアのモデナで入ったお店1軒だけだったのは残念でした。

*画像は蚤の市の様子

リスシオ・ワンルーズリーフ新発売

リスシオ・ワンルーズリーフ新発売
リスシオ・ワンルーズリーフ新発売

A4サイズのルーズリーフを仕事で使い始めました。
毎日のことはダイアリーに時系列で記録していきますが、いくつかの長期企画が同時に進行すると、ダイアリーだけでは収拾がつかなくなってしまいます。
思いついたり、やろうと決めた時に書いて、それをまとめておくものの必要性に迫られました。
ノートを1冊別に作るという方法もありますが、荷物が増えて仕方ありませんでしたので、ルーズリーフを使うことにしました。

私にとってルーズリーフの良いところは、資料なども穴を空けて収容することができることと、パソコンで無地のルーズリーフに独自のフォーマットを印刷して使うことができるということでした。
まだパソコンが身近にない時、方眼のシステム手帳のリフィールに線を引いてオリジナルフォーマットとして使っていて、その作業が楽しかったのを思い出します。
自分の頭の中を整理するためのフォーマットをイメージして、エクセルで作っておけばとても便利で、これは趣味になり得ると思っています。
また書くスペースがA4サイズになったため、1枚で見渡せる範囲が広くなり、それも良い効果を生んでいます。

書き込むのも細字の万年筆でなくてもよくなり、中字や太字を使うこともできるようになりました。
鞄を大きくしたり、机を占有する面積を大きくする勇気が出せれば、紙は大きい方が良いと思います。
ルーズリーフは学生以来使ったことがなく、社会人になってからは便利だと分かっていながら、黙殺してきましたが、それはルーズリーフは学用品で、社会人はシステム手帳などを使うのがカッコ良いと思っていたのかもしれません。
学生時代に使っていたルーズリーフですが、少しは物が分かるようになった今使うと、いくつかの不満点がありました。

まずバインダーです。
メーカーもルーズリーフは学生のものと考えているのか、私がこれを使いたいと思えるバインダーがなかなか見つかりません。
せめて本革のものを使いたいと思っていましたが、プラスチックのものばかりで、あってもビニールのような合成皮革のものが関の山でした。

もうひとつは紙質です。
今最も多く使われている筆記具であるゲルインクの性質に合わせてあるのか、万年筆で書くと文字が異常に太くなったり、書き味が重かったりと気持ち良く書くことができません。
いくつか買って試してみましたが、一番いいと思えるものでも気持ちよく書けるではなく「不満なく書ける」という程度でした。
書きやすい紙のルーズリーフが欲しいと、大和出版印刷の多田さんに働きかけてみると、多田さんもルーズリーフについては考えておられたようで、すぐに商品化してくださることになりました。

A4サイズ30穴の万年筆でとても書きやすい紙、リスシオ・ワンを使ったルーズリーフが発売になりました。
A5サイズ20穴も今後発売予定です。

オリジナル万年筆 セレネ初回ロット完成

オリジナル万年筆 セレネ初回ロット完成
オリジナル万年筆 セレネ初回ロット完成

先日、当店オリジナル万年筆セレネの第1回目のロットが完成しました。

2007年の当店のオープン当初からオリジナル万年筆のご要望はいただいており、課題としてずっと持ち続けていました。
私としても早くオリジナル万年筆を作りたいという想いもあり、焦る気持ちもあって色々なものを考えました。実際にいくつかの作り手の方と話をしたこともありますが、なかなか実現しませんでした。

しかし、昨夏イタリアマーレン社からのオリジナル万年筆制作の打診を受けて、やっと実現へ向けて始動したのでした。
今までいくつかのオリジナル企画を担当してきて、こういったもののデザインは芸術的な感覚の鋭い人がするべきだと感じていましたので、当店のスタッフKにデザインを任せました。
万年筆の仕事に長く居座っている私ではなく、万年筆を何よりも好きな女性がデザインを担当したことで、セレネの企画はマーレンの個性と相まって、月の女神の名に相応しい少しだけ控えめな美しさを持ったものになりました。
モノトーンの色合いの万年筆ですが、アイボリーカラーの部分からは月の光を感じることができますし、キャップとボディの中心に配されたシルバーのリングは繊細になりすぎてしまいそうなこの万年筆を少しだけ強い存在にしています。

ペン先は女性的な印象のセレネのイメージからすると大きすぎるように感じられるかもしれませんが、この大きな18金ペン先によって柔らかいと感じることのできる書き味を持っています。

セレネで当店が思い描いたのは、毎日の仕事や家事で疲れた時にも元気になれたり、癒してくれたりする、味方のような存在でした。

万年筆は書くための道具ですが、書くためだけならもっとシンプルで安価なものがありますし、100円のボールペンでも字を書くことができます。
万年筆を使うということに、書くだけでなくそれ以上のものを感じていただきたいと常々思っていました。

セレネにはシリアルナンバーが刻印されていて、私たちはそのシリアルナンバーを記録することで、皆様とそれぞれのセレネの出会いを残していきたいと思っています。

ペンをただ買っていただくだけでなく、そのペンを使う人とそのペンとの出会いの場面も演出したいというのが、Pen and message.という当店の名前の由来のひとつですが、シリアルナンバーの刻印もこういった気持ちの表れです。

また、今回のセレネ完成に合わせて、カンダミサコさんがセレネ専用ペンケースを作ってくれました。
内側の窓にクリップをはめ込んで固定して巻く独特の構造で、外側を硬めの丈夫な黒革、内側はとても柔らかい白い革で、セレネ同様モノトーンに仕上げてくださいました。

巻き上げた姿は昔の文にも似て、優美さを感じさせてくれます。

セレネは限定品ではなく、定番として今後も作って行きたいと思っています。イタリアとのやりとりなので納期がなかなか決まらない場合がありますが、決まり次第ご連絡させていただきたいと思います。

現在は次回ロットの納期を確認中です。ご予約いただいておりますお客様には確認でき次第ご連絡させていただきます。
インターネットからご予約いただけますので詳細は下記よりご覧下さい。


机上のヌシ

机上のヌシ
机上のヌシ

ずっと原稿用紙を使いこなしたいと思っていました。

作家の原稿用紙を見たことがあります。相当なスピードで書いたはずですが、そこには堂々とした腰の据わった文字が書かれていて、時々挿入や朱色で訂正がされてたりして、とても格好良く見えました。

私は文章を仕上げる時、まずノートに万年筆で下書きをして、それを見ながらパソコンで打ち込みます。そのため原稿用紙を使うことがなく、たまに使ってみてもなかなかサマになりません。
今回はそんな原稿用紙に使いたくなるような、超実用と言える万年筆のご紹介です。

万年筆を使っていくうちに、デスク用のフルサイズの万年筆(ペリカンM800やモンブラン146などのように、筆記に対する長さやバランスが良いとされるサイズ)を使ってみたくなる方が多いようです。

それらはボディが大きくて、持ち歩きには不便ですが、手にした時に感じる重量感、存在感、頼もしさはこのサイズならではの醍醐味です。
移動の多い仕事中や、外では使いにくいかもしれませんが、書斎の机のヌシとなりうる万年筆のご紹介です。

万年筆にとっての黄金バランスは重さ30g、直径13mmと言われています。
軽すぎると紙にペンを押し付けようとして、力が入ってしまいますし、重すぎると手が疲れてしまいます。細すぎると握りにくく、太すぎると握るどころではなくなります。
このサイズの万年筆は種類も多く、ペリカンM800という代表的なものもありますが、机のヌシと言えるようなもののひとつが、パイロットカスタム845です。
派手さや斬新さのない、とてもシンプルでありふれたデザインでありながら、その設えはとても凝っています。

両切り型(ボディエンドを平らにしたスタイルのもの。モンブランのようなエンドが円錐になったものはバランス型と言ったりします)で、非常にオーソドックスなシルエットを持つ万年筆ですが、ボディ素材にエボナイトを採用しています。
エボナイトは削り出しの技術が必要で、大量生産に向かない素材ですが、質量が軽く、プラスチックと同じ大きさでも軽くできますし、熱の伝わりが緩やかですので、長時間握っていても内部が暖められてインクの出が多くなるようなことがありません。

万年筆のボディとして理想的な素材と思えるエボナイトですが欠点もあって、そのままでは湿気や紫外線で茶褐色に変色してしまうのです。そこで表面に漆を塗ることによって変色を防いでいます。

漆を塗るということは、エボナイトの変色を防ぐ以外にも、独特の深みのある光沢と感触の良いしっとりとした手触りをもたらしました。
一見すると他の万年筆と同様にプラスチックに見えますが、実は漆塗りという最高級の仕上げの技術が使われているというところに日本的な美学をこの万年筆から感じます。

パイロットはエボナイトに漆を塗って変色を防ぐ技術を80年以上前に確立していて、プラスチック製の量産万年筆がほとんどのこの時代に定番モデルとしています。

細かいことですが、カスタム845のキャップの内側には薄いフエルトが貼られています。
これはキャップを尻軸に差した時にボディに傷をつけないということと、キャップを安定させるための配慮です。

カスタム845のように、派手さはないですが、上質な実用性を持たせるために作り込まれた名作万年筆を机上のヌシとして、楔のペントレイにのせて、原稿用紙に向かうのもなかなか楽しい一人の夜の過ごし方だと思っています。
何を書くかは決まってなくてもいい、カスタム845と原稿用紙があれば夜の机上で何かが起こる、そう思わせてくれる万年筆だと思っています。

⇒カスタム845

机上の充実 思考の時間

机上の充実 思考の時間
机上の充実 思考の時間

ゴールデンウィークでのご家族との時間も楽しくて良いものですが、万年筆を愛用していて書くことの楽しさを知っておられる方は、一日が終わった時の一人で思考する机上の時間を取り戻すことができたことに、ほっとされている方も多いかもしれません。

一日の終わりの机上の時間が充実していれば、日常生活に潤いが出来て、疲れが蓄積することもありません。
あまり良いと思えない一日を過ごして、気持ちがクサクサしていても、その時間を有意義に過ごすことができれば、気持ちが晴れて、毎日をリセットするのに役立つと私は思っています。

机上での思考の時間を充実したものにするために、ご自分のデスク周りの装備に凝ってみるのも楽しい工夫で、それを考えること自体楽しい作業です。

今から10年前、私は引っ越しを機会に久し振りに自分の机を持つことができました。
独身の時の机は散らかり放題で、机の上に物が積み重なっていて平らなところが全くないという有様で、机周りを充実させたいという気持ちはありませんでした。
しかしその時は、万年筆を使うようになっていましたので、机上空間への憧れは強く、夢のマイホームならぬ、夢のマイデスクを手に入れたことで、文房具を色々揃えて、使わないものまでも装備するようになりました。
また、それらを買い集めることもとても楽しい、休日の過ごし方でした。

当店では思考するための道具をなるべく揃えたいと思っていますが、それはその時に机上周りを充実させて、思考の時間を楽しく充実したものにしたいという気持ちを覚えているからです。

コンプロットミニ(名称変更の予定あり)は、名刺などのカードを入れておくための机上用名刺入れとして作られたものです。

来客をご自分のデスクで迎えるような方には、一味違った名刺入れとして活用していただけるものですが、プライベートな使い方としては、机上でよく使うクリップなどの小物や、小さくて収納に困るけれど、たくさんあればとても便利なポストイットなどをまとめていれておくのにとても便利です。
万年筆のカートリッジインクなどもかっこよく収納でき、これを使いたいために、両用式の万年筆をカートリッジで使いたくなるかもしれません。

B8サイズの情報カードを使われる方は情報カードを入れるボックスとしても使うことができて、プラスチックのボックスを使うよりも、机にそのまま置いておいてもサマになる佇まいが私は気に入っています。

同じ工房楔の銘木定規、カッターナイフもご自分の机上の装備を充実させるのに、とてもお役に立てるものです。
どちらも文具店や100円均一で売られているもので用は足りますが、よく使うものほど、面白みのある、凝ったものを使いたいと思い始めるのは、皆様も同じだと思います。

カッターナイフなどは非常のよく使う道具ですが、事務的なものしかなく、木のハンドルが付いた銘木カッターナイフのようなものを長年探していました。
まさに探していたものと出会ったと思いました。
木の定規も同様で、骨董に近いもので木製の面白いものがたくさんありますが、最近では竹尺しかありませんでした。

ちょっとものを計ったり、線を引いたりするたびに顔がほころぶものだと思います。
思考の時間をより楽しく、心豊かなものにしてくれる、机上の装備を充実させることは当店の想いでもありますので、これからも追求していきたいと思っています。


アルボレス 美しいペーパーステーショナリー

アルボレス 美しいペーパーステーショナリー
アルボレス 美しいペーパーステーショナリー

コンケラーやクレイン以外にも、コットン100%の上質な紙は多くのメーカーで作られており、たくさんの種類があります。
それぞれのメーカーで製法などが違うため、紙質にはかなりの個性が表れています。
しかしそれらの紙の多くは、プリンターの打ち出しなど印字での美しさは追求されていますが、万年筆で書いたときの書き味が良いものはあまり知りません。
それは書いた後のインク映え、紙の風合いの良さと引き換えに我慢しないといけないものだと思っていました。

しかし、それはイタリア フェデリゴーニ社のコットンペーパーを使ったアルボレスペーパーステーショナリーの紙質には当てはまりませんでした。
アルボレスの紙は、書き味の上質な滑らかさもあって、万年筆での書き味といった手で感じるフィーリングも上質です。

紙の質感と書き味を両立させるのは意外と難しく、紙の表面が平滑である方が書き味は良いですが、せっかくの紙の風合いが死んでしまいます。
他社のコットンペーパーのように質感を出すためにプレスを浅くすると、にじみが多く、ペン先が引っかかりやすくなり、書き味が悪くなるというジレンマがあります。
アルボレスの紙は、見事にそれを両立していて、コットン100%ということを忘れてしまいます。

A4サイズということで、手書きの手紙のような用途よりも、プリンターでの打ち出しをして、最後にサインをするという使い方が多いかもしれませんが、そのサインも気持ちよくすることができます。

また、イタリアの美的感覚はこういったペーパーステーショナリーにも表れるのかと感心するのが、少し厚手のパール加工の封筒です。
私はお客様への手紙などは、店の事務的な封筒を使うことが多いですが、(それはそれで店のロゴや名前が入っている思い入れのあるものなので、なるべく使いたいと思って使っています)こういったものも使ってみたいと思いました。

表面に光沢があり、インクをはじく性質の紙のために、宛名書きなどはラベルを使わなくてはいけませんが、このような、受け取った人が自分は大切に扱われていると感じられる封筒は本当に特別な用途に使うのではないでしょうか。
自分が関わっている何かの催しの招待状やチケット、あるいは映画や美術館の入場券、手帳やハンカチなどを贈るのに良いパッケージにもなります。

上質な書き味のA4ペーパーと美しい封筒は、決して安価ではありませんが、アウロラやデルタの万年筆と同じように、贅沢に日常使いすることで、日々の生活に潤いを与えてくれるイタリアの逸品だと思います。

800番 それまでの生活との決別

800番 それまでの生活との決別
800番 それまでの生活との決別

大学4年間は、本とブルースのレコードであっという間に過ぎてしまいました。
読書は自分がどのジャンルの本が好きなのか、どういうものが読みたいのか分からないままいつも何かを読んでいて、理解できないような難しいものをただ文字を追いかけて、アカデミックな気分に浸っていただけのように思います。
ブルースは本と違って自分の好みがはっきりしていて、自分なりの好き嫌いをすぐに判断できました。
クラシックやジャズと違い、敏感で冴えた耳がなくても、雰囲気を聴き取れる感性があれば楽しめるのがブルースという、とてもプリミティブな音楽でした。
サンハウスという、戦前に録音を残しているブルースマンが80年代になって再発見されて「プリーチンブルース」というアルバムで、全く変らない迫力を聞かせる。
ブルースというのはそんな不思議な音楽で、私はそんなブルースの音楽としての魅力はレコードから、ブルースマンたちのとても劇的な、時には悲劇的な人生の物語を学術的な研究書で知り、夢中になっていました。

ブルースのレコードは、結婚した頃から買わなくなりましたが、今まで買い集めたものはいつか余裕ができたら、レコードプレーヤーを買い直してのんびりと聞こうと思っていて、ささやかな新居である団地の押入れの一番奥に入れたままになっていました。

ブルースを聴かなくなって、私に趣味というものがなくなってしまい、会社の帰りに毎日コンビニに寄ってカー雑誌を立ち読みしたり、ごくたまに買って帰ったりして、無理やり新しい趣味を見つけようとしていました。
今でもその時の気分を思い出してしまうので、カー雑誌は見たくないし、売り場にも近付きません。

すぐに子供が生まれ、幸せな新婚生活の一方、家族と過ごすこと以外に楽しみのない生活は数年続きましたが、伯母が入学祝いにくれた万年筆で手帳を書くようになって、書くことがとても楽しくなりました。

伯母の万年筆をしばらく満足して使っていましたが、職場からペンカタログをもらって帰って、毎日見ているうちに新しい万年筆が欲しくなりました。
誰もが素晴らしいという、ペリカン800番(当時Mという頭文字はついていませんでした)をぜひ使ってみたいと思いました。

家計に余裕がなく、小遣いもたばこ代で消えてしまいましたので、お金がありませんでしたが、押入れの奥にある500枚以上のブルースのレコードをお金に換えて、その一部で黒い800番を買いました。
800番は、普通のボールペンなどから持ち替えた時、とても大きく感じました。
あまりに大きく感じたので、最初キャップを尻軸に差さずにしか使うことができませんでした。
当然、今ではその大きさに慣れて、キャップを尻軸に差した方がバランスがとれると思っています。
とてもバランスの良い、全ての万年筆のお手本とも言われている800番ですが、言い換えると最も万年筆らしいバランスを持った万年筆だということになります。
万年筆を始めて持つ人には、M400くらいの細くて軽い万年筆の方が、違和感なく使うことができるかもしれません。

800番のバランスに慣れた私は、ブルースのレコードに凝っていたことも忘れて、万年筆に関する仕事に夢中になっていました。
それまでの生活の中で情熱をかけて集めたレコードを売ってまで、手に入れたことで、今までの自分の生活と決別し、新しい自分との出会いのきっかけになった万年筆・・。

私にとって800番は初めて自分で買った、とても思い入れのある万年筆です。

⇒ペリカンM800

旅ノート

旅ノート
旅ノート

ル・ボナーの松本さんと分度器ドットコムの谷本さんが実現までこぎつけたヨーロッパの旅に便乗させていただくことになりました。

海外に行くのは20年振りくらいで、何から用意していいのか分かりません。
途中列車の旅になるということで、荷物はなるべく小さくしておく方がいいと谷本さんからは言われています。
旅行へ行くからといって、装備を一式揃えるようなことはしたくないと思いました。
それらの装備が旅行の10日間しか使わないのであればとてももったいないと思いますし、何か気負いすぎているような感じがして自分のスタイルでないと思いました。
なるべくすでに持っているものの中から、旅に持って出るものを選んで出掛けるような感覚でいたいと思っています。(でも旅行を理由に新しい鞄、靴、服は欲しいと思っています)

でも、今回の旅行のためにノートを新しく作りたいと思いました。
旅行の準備から下調べ、期間中の日記を記すためのもの。
そんな旅のノートに適しているのは、立ったまま書けて、持ち運びのしやすいサイズとある程度の厚さ、丈夫な製本と表紙などを兼ね備えたものだということで、その条件にあったものをイメージしていました。

モールスキンやトラベラーズノートなど、旅に相応しいイメージを持ったものはありますが、多くの人がすぐにイメージできるものではなく、独特で自分らしいものを選びたいと思いました。

このノートを決めるために、何件かの文房具屋さんを見て回っていましたが、理想の旅ノートは自分の店にありました。
ライフの本麻ノートが私の旅ノートのイメージにピッタリだと思いました。

B6という大きくも小さくもないサイズ、300ページという厚さ、めくりやすく柔らかい、書き味の良い紙、そして夏の旅をイメージさせてくれる麻の表紙など、私の旅ノートにとってこれ以上ない選択に思えました。

少し書いてみると、インクの染み込みが強く、パイロットのインクでは裏抜けが頻発しそうでしたので、ペリカンブルーブラックを使うことにしました。
ペリカンのブルーブラックは私の好きな伸びるインクとは少し違いますが、にじみが少なく、裏抜けがしないので、このノートの紙によく合いますし、乾きが早いところは書いてすぐに閉じないといけないこともある旅ノートにピッタリでした。

ブルーブラックを入れて使うペンは、最近手に入れたペリカン1931ホワイトゴールド以外考えられなく、それをいつも持ち歩きたいと思いました。
私はそれぞれの万年筆に決まった役割を与えたいようで、今使っている万年筆は全て役割が決まっているものばかりです。
新しく手に入れたホワイトゴールドには、決まった役割がなかったので、旅ノート用ということにしたいと思いました。
これから、この旅ノートに旅に関すること全てを書き込んでいきたいと思っています。

実際の旅行に関することだけでなく、旅に関してイメージした文章など、旅をキーワードとした私の記述を1冊にまとめたもの。それが旅ノートのアイデアです。

憧れて、諦めていた 万年筆

憧れて、諦めていた 万年筆
憧れて、諦めていた 万年筆

仕事柄今まで本当にたくさんの素晴らしいペンを見てきました。
店に新しく入ってきたもの、お客様が修理などで持って来られたものなどの中には、強く心が動かされて、強烈に印象に残っているペンがいくつかあります。

モンテグラッパシガーは、茶色のセルロイドを葉巻のように1本の筒に見せたペンで、タバコの葉を模したクリップが付いているとてもかっこ良く、でも当時30歳になったばかりの私にはまだ早すぎると思っていました。

シェーファーコノソアールをベースにした、錫製のボディに竹の模様のアジアシリーズにも強く心を奪われました。
重すぎて書きにくくてもいい、これを自分のペンケースに入れておきたいと思いました。
今しか買うことのできない限定品で、チャンスは今しかないと分かっていましたが、経済的な理由で手に入れることを諦めていました。

同様に強く憧れて、本当に素晴らしいと思いながら手に入れることを諦めていたものに、ペリカン1931ホワイトゴールドがありました。
往年のペリカンの名品No.100の希少なモデルを復刻したシリーズのうちのひとつです。
ホワイトゴールドという名前ですが、本当にホワイトゴールドではなく、ジャーマンシルバーという素材で、スーベレーンの金属パーツに使われています。黒ずむことのない、とても扱い易い実用的な素材です。

吸入ノブはエボナイトで、そのあたりにもとてもこだわりを感じます。
良い万年筆と言えば、大きいものがほとんどですが、このシリーズは数少ない小さくて良いもののひとつで、紳士の万年筆といった風情も私の心を捉えました。
いつかこのペンを使うようになりたいととても強く憧れました。

でもすぐにホワイトゴールドも私の前から姿を消していきました。

それから何年も経って、ホワイトゴールドを見ることもなく、その存在すら忘れかけていました。

しかし先日、どこから出てきたのか、売っていただけますか、という筆記具問屋様の言葉とともに、1931ホワイトゴールドが店に入ってきました。
日頃から、自分の一番欲しいものからお客様に買ってもらうのがプロだと自分に言い聞かせていて、お客様にもそう宣言していました。
万年筆店の店主として、それが正しくお客様から信頼される店主像で、そうありたいと思っていました。

しかし、今回はそんな事は言っていられない状況でした。

憧れて、諦めてしまった万年筆が目の前にやってきたことで、プロとしての意識は薄れてしまい、調整テーブルのペン置きに置いておいた連休の3日間、お客様にお勧めしながらも気が気ではありませんでした。

そして私は結局ホワイトゴールドを手に入れてしまいました。
使い出したホワイトゴールドのキャップは収納時はコンパクトで、キャップを尻軸に差すととても使いやすいサイズになり、少し細めのボディとともに、とても実用的なサイズであることが分かりました。ペン先も硬くとても滑りの良いもので、今はこのペンばかりを使っています。

オリジナルである1931年に作られたNo100の特別バージョンも手に入れて、もう1本同じサイズのペリカンも手に入れて、字幅違いでピッタリのサイズのペンケースに収めて使いたいと私には珍しく夢が膨らんでいます。

新しい万年筆を手に入れると、仕事の時間が今まで以上にとても楽しくなりますが、とても楽しい仕事時間を過ごしています。
万年筆を使って書くことも自分の仕事だと、皆様から横取りしたこの万年筆に誓い、皆様への情報発信にも努力していきたいと思っています。